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作品名:堕天使の葬列 第一幕 作者:牛を飼う男

第6回   ミカエルの神殿で
 ドラゴニ国の城の上に1人の男がいた。黒い服装が風になびく。長身でスポーツ刈りのように髪は短く、細長い体格をしている。
「…いい天気や。気持ちがええで」
 その男の口から長い舌がこぼれ落ちた。トカゲのような長い舌がゆらゆらと揺れる。
「そうおもわんか?」
 男は隣にいる翼のはえた男に言った。その男は黒いローブを全身にかぶり、大きな口から覗かせる鋭い牙でニヤリと笑った。
「そうだね。気持ちの良い天気だ」
 ローブの男は表情をローブで隠し、口だけで答えた。
「大体は完成やな。魔術を通しやすい石材を使ってこの国全体に魔方陣を描き、国民の血を吸った天使達を適切な場所に配置する。あとはあんさんの主人がエネルギーをこめれば完璧や。…ところで、ここまでして何やる気なん?」
「…それは君が知る必要はないよ」
「冷たいなぁ。まあええわ。ところで請求書なんやけれども…」
 トカゲのような男が気配を感じ後ろを振り向くとそこには少年が立っていた。黒いローブの男はさっと後ろへと下がる。
 キラキラ輝く黒髪に大きな瞳が静かに瞬く。端正な顔が国全体を覆った橋のような魔方陣を見つめている。
「良い出来だね」
「そりゃそうやで。人件費はかけたさかいな。…ときに『女神の血』を手に入れたというのはほんとなん? ダークドラゴン…いや、S級犯罪者円術士『π』といったほうがいいか」
「本当さ」
「どうや。血は体に馴染むか?」
「うん。問題ない」
「そうか。ちなみにあの帝国軍第四類…通称『死帝』がここに向かってきてるみたいなんやけども。あいつらは少数精鋭やさかい人数は少ないけれども、帝国軍第一類が動き始めたらやっかいやで」
「平気だよ。この城を中心とした結界でもう誰も入ることはできない。それに死帝なんて所詮花に養分を運ぶだけの『根』。―この女神の力を持ってすれば恐れはない」
 πは可愛らしく微笑むと大きく手を広げた。両目が徐々に血のように赤く染まっていき、青い瞳が変色していく。右目の奥には何かの紋様が黄色く輝く。
「おっ、おいおい。ここでやる気か?」
「…試しに使ってみるだけさ。あと…あの国を逃がさないように捕まえなきゃならない」
「あの国?」
「物語の国さ。しょせん紙の中だけの国。―ただの紙屑さ」
 πは残酷な表情で微笑むと魔術を発動させた。
「あっ! レベッカーの奴忘れとった…。まっいいか」
 トカゲのような男は腕からはえた鋭い3本の鍵爪で頭を掻いた。


「本当にいいの?」
 スワンがモジモジしながらスワローに聞く。
「いいのいいの。どうせ謹慎くらって暇だし」
 スワローは「やれやれ」と両手を広げながら空をパタパタと飛んでいる。
 今私達4人は『神殿』に向かっている途中だ。神殿には熾天使であるミカエル様が降臨されている。
 神殿への道は空を飛んでいかなければならない。青の空が赤茶色に染まり、雲が薄く消えていく。風が暖かくて心地よく、翼から神の波動を感じやすい。
「さすが神に一番近い建物といわれるだけはあるね」
 セガルが明るい表情で髪を掻き分ける。
「う〜ん。気持ちいい。ここで昼寝してもいいな」
「あんたは本当にしそうで怖いわ」
 ダークもピンと翼を伸ばして気持ちよさそうに飛行している。
 雲が完全になくなり、暁の空に染まり、小さい玉のような水晶が色とりどりに浮遊してきた時、目的地である神殿が見えてきた。
 神殿は真っ白に染まり、窓がまったくなく、丸く鉛筆のような形をした塔が何本も建築されていた。壁にはいくつもの神像が造られており、神々しい姿で世界に向かって手を広げている。
 私達は怪しまれないように正門へと向かうと、力強そうな男の番兵に声をかけた。
「あの〜…」
「なにかな? 神の使者天使よ」
 番兵は見かけによらず優しげな口調で答えてくれた。
「ミカエル様にお会いしたくてやってきたのですが…」
「ほう? 何用で?」
「知恵を授かりたくて…」
「そうか。それなら案内しよう。迷える天使よ」
 番兵は頷くと建物の中に入っていく。
「…なんか…あっさり入れたな」
「…ほんと…毎日来ようか」
 ダークとスワローがヒソヒソと話し合っている内に番兵は建物の中に入っていく。スワン達は慌ててその後ろを追いかけていった。
 建物の中は七色のガラスで出来ており、光を反射しながら内部を明るく照らしている。あまりの美しさに呆然と口を開けてしまった。宙を浮いている透き通った水玉が頬をつるりとすり抜けていく。
「すげー」
 あのダークも驚いている。セガルとスワローも同じ表情で辺りをキョロキョロと見回している。
 廊下を一歩歩くと響き渡るような美しい旋律の音が奏でられる。心地いいうえに気持ちが高揚してくる。背中の翼が嬉しそうに小躍りする。
「ここは初めてか? 小さな天使達よ」
「は、はい」
「そうか。ここはとても心地よいだろう?」
「おう!」
「こら、ダーク」
 スワローが慌ててダークの不躾を注意する。
「はは。よい。さあこっちだ」
 番兵は少し微笑むと、前へと進み出した。
 しばらく歩くと大きな扉が見えてきた。番兵が扉を開けるとその中はとても広く、書籍がたくさんつまった本棚があった。本棚は何十、何百とあり奥が見えない。2階、3階、4階へと続く螺旋階段があるのだが、天井にすら本棚が置いてあった。恐らく重力が逆転しているのだろう。
「うわっ…」
 ダークが嫌な顔をした。どうやらダークにとっては絶対に行かない禁止区域のようだ。
「すごい本ですね」
 セガルが番兵に感心したように話しかけた。
「ああ。ここにはあらゆる知識がつまっておる。この世界のすべての知識と言ってもいいだろう。ミカエル様は神の子。何もかも知っておられるよ」
 番兵も自慢気に答えた。
「それではミカエル様をお呼びしよう。ここで待たれよ」
 番兵は出口へと向かうと扉を閉めた。
「…いつもどんな本を読んでおられるのかな?」
 スワンは本棚をグルリと見回した。
『遺伝子工学』
『マザーグースの唄』
『機械工学』
『心の源泉』
(なんだか難しそう…)
 スワンは目がクラクラしそうになった。
「なあ!」
 書籍にまったく興味のないダークがみんなに呼びかけた。
「なによ」
「これ誰だろうな?」
 ダークはパタパタと飛行しながらある肖像画を指差した。
 そこには穏やかそうな初老の老人が描かれていた。髪は前髪がハゲかかっており白髪。眉は弓形で目もギラギラとしておらず柔和。茶色いローブを着ており、手には一本の杖を持っている。
「…なんだか優しそうな人」
 一目で気に入ってしまった。
「ほんと…もしかして神様かな?」
「そんなわけないでしょ」
 セガルの言葉にスワローがすぐ否定した。
「どうして?」
「…まあ根拠はないけど」
ガタッ
 急に扉が開いた。私達4人はビクリと体を震わす。
「やあ。お待たせ。君達かい? 僕に相談したいという天使は?」
 そこには大きな白い翼に眩くほどの金髪をした大天使長ミカエルが立っていた。その鐘が鳴るような声についうっとりとしてしまう。
「そっ…そうです」
 スワローは完全に緊張してしまっている。無理もない。憧れの人が目の前にいるのだから。
「はは、僕に答えられる内容ならいいけどね」
「あのっ。私エデンへ行きたいのです」
 スワンは思い切って言った。
「ほう…エデンへ? 何のためかな?」
 ミカエルは微笑を崩さないが、探るような口ぶりで聞いてきた。
「そっ…それは…」
『私のことはくれぐれも内密に』
 スワンは蛇の言葉を思い出した。
「エデンへ行き知恵の実を食べたいんだ!」
 ダークがはしゃいで言った。
「はは、それは駄目だよ天使よ。あの実は神への奉納。我々は口にすることはできない」
「え〜。マジかよ〜」
 ダークは一気にテンションが下がった。本当に食べたかったらしい。
「それなら…それなら見学させてください」
「見学?」
「はい、見聞を深めておきたいんです」
「…そうか…う〜ん…それは困ったな…」
 ミカエルはすっと後ろを向いた。
「ああそういえば。今君達は謹慎処分中の天使かな? エデンに勝手に行ったということで」
「「「「えっ!?」」」」
 4人は驚いて目を丸くした。
 すでにミカエル様は知っていたのだ。
「ごっ、ごめんなさい。私は反対したんですけども」
 スワローはさりげなく自己弁護する。
「あっ、汚ねぇぞ」
「なによ。本当のことよ!」
 ダークとスワローの言い合いが始まる。セガルが慌ててそれを止める。
「あそこは禁止区域だ。行ってはいけないことは知ってるね?」
「…はい」
 スワンは小さな声で返事した。
「…残念だけどあの場所は…」

ドンッ!!!!

 いきなり地面が大きく揺れた。地上に立っていた4人の天使はバランスが取れず地面に転んだ。
「何だ!?」
「ミカエル様!」
 門番が部屋に飛び込んできた。
「何事だ!?」
「地上からの攻撃です。光の巨大な玉が神殿に激突しました」
「光の玉?」
「はい! 今被害状況を確認…うっ…」
「!? どうした!?」
「…なんだ…これは? …体が…」
 門番は地面に倒れこむと苦しそうに体を痙攣させる。
「…これは…まさか…」


「ひゅう〜。すごいな! 高エネルギーが空に飛んでいきおった!」
 トカゲのような男が飛び上がった。
「………」
「あ〜しもた。わいも『十の獣』に入って『女神の血』をもろとくんやった。誘われたときは胡散臭かったから断ってしもうたんや」
「…あの国を壊すには足りないね。もう少し生贄が必要だ」
 πは踵を返すと城の中へと入っていく。
「へっ? なにが?」
「さっきの攻撃でまた天使がくるよ。…恐らく20歳以下の天使かミカエルが…。まあ国を捨てたデーバの奴は来ないだろうけどね」
「えっ? マジで? 大丈夫なん?」
「チェシャ。もし天使が来たら知らせておくれ。捕らえて最後の儀式の生贄としよう」
 チェシャと呼ばれた黒いローブの男がコクリと頷いた。
「ちょ、ちょっとまち! 天使ってあの天使? あの凶暴で国民を食い殺した? そんなのが来たらやばいんちゃうん?」
「大丈夫だよ―」
 πは紋様のある目で男を見つめた。トカゲのような男はその目にゾクリと悪寒をはしらせた。

「―この『女神の力』があればすべての物語を終わらせることができる」

 πは鼻歌を歌いながらその場を去って行った。
(…やれやれ。なんちゅう目で睨んでくるんや。このS級犯罪者『クロトカゲ』様もさすがにビビッたで)
 クロトカゲは城から周りの風景を見回した。
 そこにはすでに白い結界の光が空へと向かって何本も伸びていた…。


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