蛇は本能に従って獲物を捕らえていた。蛇の鼻と目の間には赤外線を感じ取ることができるピットと言われる器官がある。この器官を使って獲物の体温を感じとることができるのだ。 その蛇にはいつも気になっていることがあった。 たまに太陽の射す天に顔を向けると感覚が強くなる。それはつまり天にはより大きな獲物がいるということだ。 蛇は毎日のように空に顔をあげた。仲間の蛇はそんな蛇のことは気にもしなかった。獲物を横取りされないので都合のいい蛇だと思われていた。 蛇は空を飛びたかった。自分に翼があれば空を自由に飛ぶことができるのに。蛇は口惜しくて仕方がなかった。 ある時、蛇は人間達が集まって何かを建てていることに気づいた。それは巨大な塔だった。どうやら人間達は天へと行こうとしているようだった。 蛇は喜んだ。人間達についていけば自分も天へと行くことができる。天へと行ければきっとこの世とは思えない絶世の獲物が食べられるはずだ。蛇は舌なめずりをした。 蛇はスルスルと塔へと近づいていく。途中1人の男に出会った。都合がいいので蛇は男へと近づいていった。 男は蛇を見ても怖がらなかった。蛇という生き物に対して恐れを知らないのだ。 蛇は「シュ」と舌を出した。
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スワンは授業に身が入らなかった。今日あった罪人のことが気になっていたからだ。 「…こら」 ポンッと先生から教科書で頭をはたかれた。 「ちゃんと授業には集中しなさい」 後ろからクスクスという笑い声が聞こえてくる。 それでも私の頭から消えることはなかった。
「なに? どうしたの?」 休み時間となり、スワンの様子がおかしことに気づいたセガルが話しかけてきた。セガルとは同じクラスである。 「え? なにが?」 話しかけられたことにも気づかず、変な返事をしてしまった。 「なにって…授業中にボウッとするなんて珍しいから…」 「うん…あのね」 私は今日あった出来事を話し始めた。 「えっ!? 罪人に会ったの!?」 「ちょっと、声が大きい…」 「どんな人だったの? やっぱり怪物みたいな奴だった?」 「はは、私もそう思ったんだけど…以外に普通の人だった…ただ…」 「ただ?」 「翼が…なかったの」 セガルは驚きで声が止まった。 「翼がない…どういうこと…」 「わからない。どうしてだろ?」 「神のご加護がある者には天へと昇るために翼が必要なはずよ。それだと飛べないわ。いったいどうやって神の寵愛を受けるのかな?」 セガルは考え込んだ。 「…いったいあの人は…何者なの?」 スワンもセガルと同じく腕を組んだ。
「へえ〜噂で聞いていたけど罪人てそんななんだ。絵本の怪物とは違うんだな」 ダークがりんごの実を咥えたまま、翼を上下に動かした。 「やだわ。この平和な国にそんな野蛮な天使がいるなんて」 スワローは首を振った。 「それがさ。おかしいのよ。その天使、翼がないのよ」 セガルが話題を振る。 「ええっ!!」 スワローがびっくりしてりんごを落とした。 「それってどうやって飛ぶの?」 ダークは特に驚かなかった。 セガルはダークの反応は予想していたので、スワローの反応を見るだけで満足だった。 「不思議よね…翼のない天使。やっぱりエデンと何か関係があるのかしらね。それとも地上人? …はないわね。翼がそもそもないもの」 スワローは落としたりんごを再び手に取った。もう食べる気がしないので学校の窓から土に向かって投げ捨てた。 「でもどうしてスワンが罪人のこと知ってるのさ」 ダークは興味深そうにスワンを覗き込んだ。 「トニーと見に行ったの…商店街に罪人が通るって…」 「あっ、それで今日遅刻しかけてたんだ。何かトニーとしたの?」 「しないわよ!」 「冗談だよ。そんなに怒るなよ」 ダークはケラケラと笑った。 「でも…やっぱり気になるの。あの罪人のことが」 スワンは屋上の空を見上げた。 銀色の鉄の鎖で首を繋がれた男。体も私達と何も変わらなかった。ただ違うのは翼がないこと。 それに…あの悲しそうな表情。 いったいあの人は何をしたのだろう? この平和な国で、どうしてあんなに悲しそうなのだろう? あの人を思い出すと不安になる。自分の胸が何かにつつかれたように痛く、苦しい。この気持ちは何なのだろう。 「ねえ? 泣いたことってある?」 私は唐突に3人に尋ねた。 「泣いたこと? あるわよ。演劇を見て」 スワローが何を急にという顔をして言った。 「私もあるよ。記憶喪失になった恋人のために尽くす女の演劇」 セガルも正直に言った。内気なわりにはそういうのが好きなんだなと思った。 「ああそれなら知ってる。戦争で別れる2人。恋人を待つ女」 「だけど戦争が終わっても恋人は帰ってこない」 「我慢ができず恋人がいるであろう場所へと向かう女」 「するとそこには事故で記憶を失った恋人がいた」 「だけどその恋人には献身的に介護をしてくれている婚約者がいた」 「もつれあう2人の女。1人の男をめぐって複雑な恋愛模様が繰り広げられる」 「婚約者の気持ちを知った女は身を引こうと涙を流しながらその場を去ろうとする」 「しかし恋人の記憶が蘇りそして2人は…」 「キャー!!」 「イヤー!!」 セガルとスワローは勝手に2人でもりあがりバシバシ2人で体を叩き合っている。よっぽど恥ずかしい…もしくはくさいらしい。 「俺もあるぜ」 ダークは親指を自分に向かってたてた。 「男との決闘に負けたときだ。ジャンケンで負けてあの果物を取られた時のくやしさったらもう…」 「そんな低俗な涙じゃないわ」 スワンはズバッと切った。 「なによ。スワンのくせに生意気なこと言うわね」 スワローが腰に手を当てて言った。 「違うの。そんなんじゃなくてもっとこう…言葉では言い表せないような…」 私はもどかしそうに両手を動かす。 「…スワンそんなに気になるのか?」 「うん…」 「じゃあさ。そのエデンって所に休日行ってみようよ」 ダークがとんでもない提案を出してきた。3人とも唖然とダークを見つめた。 「…なんだよ?」 「あなた何考えてるの?」 「何って、エデンに行こうって言ってんだよ」 「はあ〜…あなたね。エデンは絶対禁止区域よ。神と熾天使なんかの位のある天使じゃないと入れないの」 「マジで? なんだ〜いつか行こうって思ってたのに」 「…あっあんたねぇ」 さすがのスワローもダークの無知ぶりに自分の頭を押さえた。 「いいかも」 「へっ?」 スワンの一言にスワローは目を見開いた。 「行ってみようよ。何があるのか知りたい」 「そうね…私も一度見てみたいわ」 セガルもスワンに賛同した。 「あっあなた達…神様の罰が当たるわよ」 「心配しすぎだって。なっ」 ダークはスワローにビッと親指を立てた。スワローは信じられないといった顔で3人を見回した。
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「ひゃほう〜!!」 ダークは楽しそうに翼を広げ、3人の間を旋回した。 空には地上から蒸発した水が雲となって浮かんでいた。ダークはその雲を突き抜けながら元気よく飛び回る。 「やっぱいいわ〜。大体天使なんだからいつまでも建物の中にいたら羽が腐っちゃうっての」 普段私達天使は翼を使うことが少ない。道も普通に歩くし、家も学校も会社も建物の中だ。翼を使うのは長距離の場所に行ったり、目的地が飛行しなくては行けなかったり、神の元へと向かう時だ。 「ああ〜すっごい嫌な予感がするわぁ〜」 さっきからスワローは頭を抱えている。 「大丈夫だって」 「…あんたはなんでそんなに気楽なのよ」 ダークの気楽さにスワローは嫌味の1つでも言いたくなった。 「見えてきた」 セガルが叫んだ。 …そこには青、赤、茶色―――色のついた実のなる森があった。美しい水色の湖があり、その真ん中にポツンと一本の木が見える。 「…あれがエデン」 教科書の写真のとおりだ。七色の森といわれるだけあってその果実達は美しかった。スワンはゴクリと唾を飲み込んだ。 「もうこの先を飛んだら捕まる。いったん下に降りましょ」 セガルが地面へと降下し始めた。3人はそれに続いた。
エデンの樹には一匹の蛇がいた。蛇は空を見上げていて、4人の天使がエデンに向かってきていることを知った。 「…おやおや珍しい…可愛らしい天使達だ」 蛇は舌を「シュ」と出した。
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