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作品名:堕天使の葬列 第一幕 作者:牛を飼う男

第13回   トカゲと湖
 アナとバインはとりあえず適当に山菜を摘んでいた。本当は動物性タンパク質や脂肪があったほうが運動にはいいのだが、いくら探しても動物が見つからない。そこで仕方なく木の根にはえてるキノコやお茶にできそうな葉を摘んでいる。
「バイン。すごいゾ。大きなキノコ見つけタ!」
 アナは樹に登っているバインに向かって、紫色の怪しい胞子を漂わせているキノコを見せた。
「…お姉さんそれは毒キノコだよ。どうみても毒々しいだろ」
「ふウ。贅沢だナ。私が飢えで苦しんでいる時はこんなキノコでも…」
「いいって、お姉さんの餓死寸前記憶なんて聞きたくないから。それにお姉さんと違うあの子達が食ったら確実に死ぬだろ」
 バインは適当にお茶にできそうな葉を摘んでいる。
「この葉はお湯でふやせば食えるかね。…にしても虫もおらんな…せっかくのタンパク質が…」
「バイン。見ロ。これはおいしそうなキノコだゾ」
 アナが今度は茶色いキノコをバインに見せた。
「おおっ! ナイスだお姉さん! それはかの有名な松…」

「キャー!!!!」

 突然つんざくような悲鳴が森に響き渡った。
「なっ、なんだ!?」
「この声…スワローだ!」
 声でアナは誰の悲鳴かわかった。すぐに武器を背中に乗せた。
「バイン! 行くぞ!」
「待て!」
 森の奥へ行こうとするアナをバインは呼び止めた。
「…樹から降りる時は慎重に降りないとね…」
 バインは何故か髪を押さえながら一歩一歩樹から降りている。
「バイン…かっこ悪いゾ!」


「はあっ…はあっ…」
 スワン、セガル、ダーク、エリカ、コモリの5人は悲鳴がした場所へと向かっている。森は縄のような枝やひょうたんのような実、人が両手を広げているような枯れ木などが障害となり、なかなか前へと進めない。
 スワンとセガルとダークはエリカやコモリと違って翼があるので余計に進みずらくなっている。
「いっ、痛い!」
 セガルの翼に木の枝が刺さった。すぐにセガルはその枝を取り除く。
「大丈夫?」
「う…ん。ごめん」
 心配そうなスワンにあいまいな笑いでセガルは応えた。
「あっ! 見ろ!」
 ダークが急に立ち止まり空を指差した。すると、空にはスワローがいた。そのスワローを抱えて大きな翼をもつ何者かが空を飛行している。
 スワローはダラリと両腕をたらしたまま動かない。もしかすると気絶しているのかもしれない。
 スワローを抱えている者は黒いローブをヒラヒラさせている。まるで空を歩いているかのようにスウーと先へと進んでいく。
「くそっ! 待て!」
 ダークは翼を広げると相手を捕まえようと空に羽ばたいた。黒いローブの人物が私達に気づいた。それはニヤリと大きな口で笑うとスピードをあげた。
「待ってください! この先は摩周湖です! 先に進むのは危険です!」
 エリカはダークを止めようとしたが、ダークは空に飛び出してしまった。仕方なくエリカはスワン達だけでもその場に留めた。
「どうしたの! スワローとダークが行っちゃう!」
「わかってます! この先は摩周湖といって年中霧が出ていて危険なんです!」
「じゃあどうすればいいの!」
 スワンはエリカに向かって叫んだ。
「…私を連れて行ってください」
「えっ?」
「コモリとセガルはここで待機して、私達が戻ってこなかったら帝軍の人達を探してください」
「えっ? そんな…」
 セガルは自信なさそうに答えた。
「きっとあれはπに関わりのある者に違いありません。迷っている暇はないのです。スワン、一緒に行きましょう」
「いっ、いいけど…どうやって…」
「私を運ぶことはできますか?」
 エリカは真顔でスワンに聞いてくる。
「運ぶ? エリカを? …できないことはないと思うけど…」
「それなら運んでいってください。この先は大きな湖になっています。素人が勝手に入ると抜け出せなくなります」
「…わかった。セガル、コモリをお願い」
「ええっ!?」
 セガルはスワンからも期待をよせられてオドオドとし始めた。セガルの性格上難しいと思うが、仕方がないとスワンは思った。
「…コモリ、このお姉ちゃんと一緒にいてください」
「…やだ。…エリカといる」
 コモリは明らかな拒絶反応としてエリカの服を引っ張った。エリカは困ったようにコモリを見た。
「…私はすぐに帰ってきます。それにこの人達は『あの天使』達じゃありません。…だから心配しないで…」
「…絶対帰ってきてくれる?」
「約束します。そうだ。指きりしましょう」
 エリカは小指をコモリに差し出した。コモリはどうすればいいかわからないようだ。エリカは微笑むとコモリの小指をとり、お互いの指を結んだ。
「約束の証です。私は必ず帰ってきます」
「…うん」
 コモリはその指を見てニコリと笑った。可愛らしい笑顔だとエリカは思った。
「それじゃ行きましょう。スワン」
「わかった」
 スワンはエリカを抱きかかえると空へと羽ばたいた。エリカの体重は軽いので落とす心配はないが、やはり高度が低くなってしまう。
「スワン! 気をつけて!」
 セガルはスワンに向かって必死で手を振った。いつしか2人は見えなくなり、森の奥へと消えていく。
「…行っちゃった」
 残されたのはセガルとコモリだけだ。コモリはエリカの言いつけを素直に守り、地面に腰をおろした。セガルも今後のことを考えようとコモリと離れて岩の上に座ろうとした。
ガサッ…
「ひっ!」
 遠くで草が動く音がした。コモリはすぐに立ち上がると遠くを見つめる。セガルもすぐにコモリの元へと走った。
「だっ、大丈夫。気のせいよ」
 セガルはコモリを落ち着かせようと言ったが、自分自身がなによりも落ち着いていない。逆にコモリの方が心配そうにセガルを見る。
「くっ、草なんて四六時中動いてるし…大丈夫だよ…もし何かあったらお姉ちゃんが護ってあげるから…」
ガサッ…ガサッ…
「ひっ、ひい!」
 セガルは小さく悲鳴を上げた。確実に誰かがこちらに近づいてきている。気配がするのだ。
「だだだだ大丈夫よコモリちゃん。おおおおお姉ちゃんが護ってあげるから」
「…セガル…震えてる…」
「ちちちち違うよ。わわわわ私じゃないよ。ここっ、コモリちゃんじゃないの?」
 明らかにセガルの方が震えていた。コモリはセガルに気を使って離れようとするのだが、セガルの方がコモリの体にしがみついているので離れられないでいる。
ガサッ…ガサッ…ガサッ…
「てっ! 帝国軍の人ですか! バインさん! アナさん!」
 たまらずセガルは叫んでいた。
ガサッ…ガサッ…ガサッ…
 返事がない。それに一定の間隔を置いて確実にここに近づいてきている。
「ちっ! 違うんですか! 返事をしてください!」
ガサッ…ガサッ…ガサッ…
 やはり返事がない。音がさらに大きくなる。
 セガルは軽いパニックを起こした。こんな状況を経験したことがないからだ。それに行動的なスワンやスワローやダークがいないのでどう動いたらいいのかわからない。
「セガル、逃げよう」
 コモリがセガルを見上げて言った。
「そっ、そうだわ。私には翼があるんだし。コモリちゃんぐらい背負えるはず」
 セガルは翼を広げようとしたが、震えが邪魔してうまくいかない。
「こんな時に…どうしてよ…」
「セガル、落ちついて」
「わっ、わかってる!」
 コモリにまで同情されセガルは自分が情けなくなった。どうしてこんな時にうまくいかないんだろう。こんなときに…!
ガサッ!
 大きな音がして人影が2人の前に姿を現した。
「ひっ!!」

「どうしたんだい!! 僕のロリータ!!!!」

 草むらから出てきたのはバインだった。どうやら脅かそうと思ったらしい。実際驚いたのはセガルでそのまま地面に倒れてしまった。
「あれっ!? ロリータじゃなかった?」
「バイン。いい加減名前で呼んでやレ」
 呆れ顔のアナを余所目にバインはセガルの元へと近づいた。セガルは目を白くして地面に倒れている。どうやら驚きすぎて気を失ったらしい。コモリが指でツンツンしたが動かない。
「…返事がない。どうやらただの屍のようだ…」
「コモリ。どっからそれを覚えたんダ?」
 バインは慌ててセガルを抱き起こした。
「どうした!? 俺のロリータはどうしたんだ!? くそっ! 誰がこんな酷いことを…!!」
「お前のせいだヨ。バイン」
 結局バインとアナは今の事情をコモリから聞くことになった―。


 スワンとエリカは摩周湖の上を飛行していた。
 湖から出る水蒸気が鼻や頬を潤していく。太陽に反射しキラキラと輝くその姿は光の粒の上を飛んでいるようだ。湿った風がサラサラと髪をゆらしてくる。
 湖の底から黒い影が現れる。尾鰭がついているので魚だろう。天使の気配に気づいたのか再び底へと消えていく。
「なんか気持ちいい」
 エリカを持っているので多少疲れるものの心地よさで気持ちがウキウキしてくる。
「そうですね。でもここから危険なんです」
 金髪の髪をなびかせながらエリカがそう呟いた。
 スワンは湖からエリカの顔を覗いてみた。エリカの眉はへの字になっていて綺麗に整っている。目元はきつめでどこか大人びた様子を醸しだしている。だけれども不細工というわけではなく、恐らく成長すれば美人になる可能性を秘めているかもしれない。
「…あの」
「うん?」
「天上の世界はどういった感じなのですか?」
 エリカは視線を湖に落としたままスワンに聞いてきた。
「う〜ん…とにかく平和で暇で退屈な世界かな?」
「…犯罪とか…戦争とかは起きないのですか?」
「起きないよ。だってみんな神の祝福を受けてるもの。そんなこと考えている人はいないよ」
「…そうなんですか…何か変な感じですね。私達人間からしてみれば…」
「人間はそういうことするの?」
「…ええ。人間には欲望がありますから。それに感情も」
「それなら捨てたらいいじゃん」
「…できませんよ。それが人間を構成している要素なのですから」
「ふ〜ん。なんか複雑」
 天使である自分とはやはり違うのだろう。地上人には地上人なりの悩みがあるようだ。
「でも私達って翼があるだけで何も違わないよね?」
「そうですね。それは私も思います」
「私達の世界じゃね。あなたたちのことをコピーイングって呼ぶんだ」
「コピーイング?」
「うん、神の姿を模倣したって意味」
「へえ〜不思議ですね」
「何が?」
「いえ、さっきスワンが言ったように私達は翼があるかないかの違いじゃないですか。それなのにどうしてコピーイングって区分するんだろうなって…」
「それは…えへへ、ごめんわかんない」
「あっ、いや。いいですよ。深い意味はないですから」
 スワンは笑って誤魔化したが詳しくはまったくわからない。こういうのはスワローが得意としそうな分野だ。
「スワン…」
「うん?」
「私、あまり同世代のお友達が出来なかったんです。今あなたのような人と出会えてよかったと思ってます」
「私もだよ。でもエリカやっぱり変な言い方するんだね。肩こらない?」
「…結構こります」
 エリカと私はクスクスと笑い合った。
 今思えばエリカが自分を指名したのは信用の証かもしれない。初めてできた地上人との交友に心温まるものを感じた。
 しばらく飛行していると霧が現れ始めた。最初は薄かったが徐々に濃くなっていき、視界が真っ白になっていく。これでは方向がわからない。
「ねえエリカ…」
「大丈夫です。このまま真っ直ぐ行ってください」
「うん」
 ここから先はきっと危険地帯だ。スワンはエリカの指示通り動くことに決めた。
シャワシャワ…シャワシャワ…
「ねえ…何か変な声が聞こえるよ?」
「そろそろですね…」
 エリカの顔が緊張で強張る。
 異様な雰囲気にスワンの羽が縮こまった。ショッパイ水蒸気が口内に入り込んでくる。寒気が背筋からつま先まで走っていく。
シャワシャワ…シャワシャワ…
 声が大きくなっていく。最初は小さくて聞こえなかったのが、言葉として耳に入り始める。
『おかあさんがわたしをころした。おとうさんがわたしをたべた』
『ないてないてなきつづけた。するとからいものがくちにはいっていしきがなくなった』
『だらしないせいかくだとおもう。はなれたくびがみあたらない』
「なに…これ…」
 気味の悪い声がスワンの耳に入ってくる。
 よく見ると、湖の上を黒い影が立っている。1人じゃない。何人も何人もの影が湖の上を立ち尽くしている。
「亡霊です」
「亡霊?」
「影の亡霊。人の死の瞬間が影となってこの広い湖に集まってくるのです。大丈夫。影は呟くだけで何もしません」
「そうなの…?」
「決して彼らと話してはいけませんよ。ついて来られますから」
「わっ、わかった」
『ひなたぼっこをしよう。じゅうじゅうやかれるけど』
『すいようびにけっこんした。もくようびにこどもがうまれた。きんようびにぼうりょくをふるわれた。どようびにうごけなくなった。にちようびにうめられた』
『かわいいあかちゃんねんねしな。うさぎのかわにつつまれながら』
 影の亡霊の言葉には悪意、憎悪、嫉妬…様々な負の言語が使われていた。何人もの言葉を聞いているうちに気分が悪くなる。
「なんか…やだ…」
「飛行に集中して彼らの声を聞かないようにしてださい。大丈夫。私がいます」
 エリカに勇気づけられながらスワンは飛行を続けた。そのおかげで霧が薄くなっていく。もうすぐこの霧から脱出できそうだ。

『しろいつばさがおりてきた。そしてわたしはひかりにつつまれた。するとせかいのなかにさわれないはねがまいおりた。とうめいのかいだんからおうどいろの―』

 言葉が途切れた。霧を抜け出たのだ。
「…えっ?」
 霧から脱出できたことでホッとしたスワンとは裏腹に、エリカが変な声をあげた。
「? どうしたの?」
「うん…ええ…さっき変な言葉を聞いたなと思って…」
 エリカは考え込んだが、スワンはそれを聞こうとはしなかった。もうあの奇怪な言葉を聞くのが嫌だったからだ。
「あっ! 地面が見える!」
「…摩周湖を渡りましたね」
 スワンとエリカは湖の向こう側にたどり着いた。
「スワン。私を降ろして下さい」
「うん」
 スワンはエリカを地面に降ろした。
「ここからが大変です。スワローさんとダークさんを助けるために慎重に行動しなくてはなりません」
「どうするの?」
「恐らく、あの黒いローブの人物は方向からしてお城へ向かったと思います。でも摩周湖近辺には近づかないはずなので、彼より私達の方が先へと進みました。なぜなら摩周湖を避ける以上遠回りしなくてはならないからです」
「追い越したんだね」
「そうです。ダークさんは見当たりませんでしたがきっと近くにいるはずです。まずスワローさんを助け出す段取りを…」
「ラッキー。わいはついとるで!」
 急に男の声が2人の耳に入った。素早く振り向くとそこには長い3本鍵爪を両腕からはやし、黒い服を着、ボサボサで荒い髪の毛を腰までのばした長髪の男が立っていた。その男の目は爬虫類のようにギラギラしており、口から長い舌が胸の辺りまでニョロリとのびている。
「誰!」
「ああ驚かしてすまんかったのぉ。わいはクロトカゲ。S級犯罪者クロトカゲや」
「!?」
 エリカの反応が変わった。明らかに脅え始めている。
「エリカ? どうしたの?」
「…S級犯罪者…πと同じ…『人の名を持たぬ者』…そんな2人もいたなんて…」
「天使様は知らんようやな? まあ天界におったんやから当然や。そこの金髪のお嬢ちゃんはわいのこと知っとるみたいやね」
 クロトカゲは嬉しそうに舌をゆらゆらと揺らした。
「天使様は生贄としてπにやるとして、そこのお嬢ちゃんはどうしょうか? そうや。見た目べっぴんやから女郎か娼婦館に売ったらええわ。元がええからしこめば売れそうやしな」
 エリカが絶望的な顔をした。スワンはエリカが何を怯えているのかわからない。
「あなた! エリカに何をしようとしてるの!」
 スワンはエリカの前に立つとクロトカゲに向かって叫んだ。
「おほほ。可愛いのぉ。あの天使どもとは大違いや。―でも無知は救いようがないんやで」
 クロトカゲの3本の鍵爪がキラリと光る。

「―大人しくしいや。怪我はさしとうないんや。わかるやろ? なにもせえへんかったら怪我せずにすむんや」

 クロトカゲの爪が2人の少女に真っ直ぐ向けられた。


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