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作品名:堕天使の葬列 第一幕 作者:牛を飼う男

第11回   地上人と出会って
 薄暗い玉座にπはひっそりと座っていた。閉じていた両目をゆっくりと開き、薄暗い部屋を見回す。
「…4人か…ふふ、ミカエルの奴。慎重だな…」
 πは口元を歪め1人笑う。
『―あと1人いれば術は完成する。連れてくるかい―』
 天井から声がした。πは慌てることも動じることもなく、静かに言った。
「うん連れてきて。余計なものも何人かいるみたいだけどね」
『―クロトカゲがウロチョロしてるみたいだけどねぇ―』
「ほっとけばいいさ。まだレベッカーの奴が死んだことに気づいてないみたいだしね。それよりえらく興奮しているじゃないか。何かあったのかい? チェシャ」
『―懐かしい知人と会ったのさ―』
 天井から気配が消えた。
 恐ろしいほどの静寂がやってくる。
「…エリカ…もうすぐ物語は終わるからね…」
 πはそう1人静かに呟くと再び目を閉じた。


「それで? 神様ってのはいるの?」
「はっ、はい…います…」
「その神様は人の小さな願いを叶えてくれるの?」
「はっ、はい…善行を行えば…」
 スワンはバインに問い詰められるように質問に答えていく。まるで警察に尋問されている犯人のようだ。
「そうか。神はいるのか…」
 バインは何かを思い起こすように顔を上げた。
「お姉さん」
「なんダ?」
「俺は今日からゴッド・バインと名乗る」
「…マジでカ?」
 その気持ちの悪いネーミングにさすがのアナも驚きを隠せなかった。バインは両手を合わせると何かを唱え始めた。…どうやらお経らしい。
「そんなことよりもお前達の国は平和なのカ?」
「はい。平和です。争いも犯罪もありません」
「本当カ! なあ、どうしたらその国にいけル?」
「…あの…行きたいんですか?」
「うン。私はその国に住んで結婚していっぱい子供を生んで暮らすんダ!」
「…その…無理だと思います」
「えっ!? なんデ!?」
「神の使いである証の翼がないから…」
「うっ、うっ、嘘ダ!!」
 アナはショックでのけぞった。その勢いで地面に頭を打った。よほどショックだったらしい。
「お姉さん。元気だしなよ。神がいるというだけでもうけもんじゃないか」
 バインはお経(?)を唱え終えると清々しい顔でアナに言った。その悟りを開いたような表情にアナは多少むかついた。
「ところで名前の確認だが君がスワンという天使様だね」
「はっ、はい」
 バインの声が優しさに満ちている。あまりもの変わりようにスワンはのどがつかえた。
「そこの眼鏡っ娘がセガルちゃんだね」
「あの…そうです…」
 セガルはその声に何故かおびえている。
「そしてその色黒い男の子のような天使様がダーク君」
「そうで〜す」
 ダークは気にもならず手をあげた。その能天気さが羨ましいとセガルは思った。
「それからその美しい髪、毛並みの整った翼、貴族もびっくりするような整った顔…」
 スワローは自分の事だと思い「ふふん」と自慢の髪をかきあげた。
「君の名前はロリータだね」
ズコッ!
 予想外の事にスワローはついズッコケた。
「なんでよ! 私はスワロー!」
「もうロリータでいいじゃないか。君はとってもロリータだよ」
 バインは悪意もなく爽やかな表情で言う。
「何よそのロリータってのは! 意味不明よ!」
 スワローはブリブリ怒り始めた。
「なあ? ロリータってなんだ? よくコンビニとかでレジ打ってる人のことか?」
「違うぞ。ロリータとはね…」
「んなことどうでもいいわよ! 私はスワロー! ス・ワ・ロー!」
 ダークの問いに答えようとするバインに対してスワローは必死で名前を連呼した。
「俺の名前はバインだ。今日からゴッド・バインと呼んでくれ。そしてこのショックを受けてイジケてる女がアナだ」
「私と同じぐらいの背丈ですね。おいくつですか?」
「…お前達の年齢を2倍した年ダ…」
 「嘘だぁ」と悪意なく笑うスワンに対してバインはさりげなく頷いた。それはアナに同情しているつもりなのである。
「そいでそこの少女2人がエリカとコモリだ。金髪の少女がエリカで、黒髪の少女がコモリ…ってどうした?」
 エリカとコモリは天使達から離れた位置にいた。コモリに至っては怯えているのかエリカの背中から出てこない。
「あのっ、その人達は天使ですよ?」
 エリカの声が震えている。訳がわからないバインとアナは顔を見合わせた。
「そうだぞ? 見てのとおりだ?」
「どうしタ? 天使が怖いのカ?」
「国民を虐殺した…凶暴なあの天使…」
 エリカは小さく呟いたため、バインとアナはよく聞こえなかった。
 スワンは立ち上がるとエリカ達に近づいていった。エリカは「ひっ!」と小さく悲鳴を上げたまま体を硬直させた。スワンはエリカの所まで来ると顔をジッと見つめた。
「なん…ですか?」
「…ふ〜ん」
「??」
「なんかスワローと同じ匂いがする。良い香り。それに言葉遣いも丁寧だし。ねえ。あなた貴族?」
「………違います」
「そうなんだ。地上人って翼がないだけで私達となんにも変わらないんだね」
「………」
「ねえ。手をつなごうよ」
「………どうしてです?」
「なんとなく。さあ」
 スワンは手を差し出した。エリカはその行為を見てどうしようか迷っている。その間にスワンの手が伸びていき、エリカの手を握った。
「なっ! …」
「暖かい。小さくて細い指。やっぱり私達と何も変わらないね」
「………」
「神様に感謝しなきゃ。今日の出会いに感謝」
 スワンはエリカの手を握ったまま額まで持っていった。
「―あなたに出会って良かった。ありがとう」
「………プッ、変な天使様」
 エリカの表情がようやく崩れた。安心したのだろう。それともスワンの性格がそうさせたのかもしれない。
「私達お友達になれるよね?」
「…さあ、それはわかりません。まだあなたのこと知らないですし」
「なれるよ。こうやって会話も出来るんだもん」
「…やっぱり変な天使様」
 エリカは安心したように「ほっ」と息をした。
「その子は?」
「ああ、この子はコモリちゃんです」
 エリカは後ろに隠れているコモリを紹介する。小さな女の子だなとスワンは思った。
「こんにちは。コモリちゃん」
「…やだ」
 コモリは後ろに後ずさった。表情は恐怖で固まっている。エリカ以上にひどい反応だ。
「大丈夫ですよ。…この人達はあの天使達じゃありませんから」
「やだ…やだ…頭痛い…来ないで…」
 エリカが小さく囁いたが、コモリはさらに後ずさる。よほど天使が怖いのか目から涙が流れている。さすがのスワンも近づけない。
「コモリちゃん…」
「ったくどうしたってんだよ。俺達が何かしたか?」
 我慢できずダークがズンズンとコモリに近づいていった。
「わっ! 馬鹿!」
 スワローが慌てて止めようとしたが遅かった。
「キャー!!!!」
 すごい悲鳴を出した後、コモリは森を飛び出し、光の柱が走っている危険地帯に行こうとしている。
「まずい! お姉さん!」
「わかってル! ―エンプネスの名において命じる。小さく跳ねまわる者に静かなる重みを―」
 アナが得意とする術をコモリにかけた。
 エンプネスとは『13人の赤眼の者』の1人で重力を操ることができたと言われている。その姿は13人の中でも巨大だったらしい。
ドスッ!
 コモリが地面に膝をついた。バインが慌ててコモリを抱き上げる。
「おわっ!? おもっ!? お姉さんもういいって!」
「わかってるヨ! 私は術のコントロールが苦手なんダ」
 一桁詠唱ですら短縮して術を発動させることができるアナの欠点は、発動言語が短いことによって目標がうまく定まらないことだった。
 アナは「スウー」と息を吸い込み術を解いていく。
「…やれやれ」
 バインがコモリの様子を見ると、目を閉じたまま動かない。どうやら気絶しているようだ。
「この馬鹿!」
「いて! なんだよ…」
 スワローはダークをはたいた。ダークも悪いと思っているのか頭をさすったまま文句も言わない。
「なんで俺達を見て悲鳴を上げるんだよ…」
「なんか嫌な思い出でもあったんだろ。うん?」
「どうしタ?」
「お姉さん。これ見てくれ」
「うン? …なんか変な跡があるナ?」
 バインがたまたまコモリの服がはだけた背中を見てアナに見せた。背中には2つの跡があった。肩甲骨の部分に左右細長くついている。
「なんだロ?」
「うん…肌が再生を始めているな。なにかひどい怪我でもしたのか…」
 バインは丁寧にコモリを安全地帯の地面へと寝かせた。
「とにかク。腹が減ったら誰でもイライラするサ。バイン。飯を探しに行こウ」
「そうだね。お姉さん。とりあえずコモリはエリカに任せようか」
 エリカはコクリと頷いた。
「これから長期戦になるからな。あと聞きたいんだけど君達は何しに地上に降りてきたの?」
 バインは聞き忘れたことを天使達に聞いてみた。
「あっ、私達はその…急に爆発音が聞こえて…それで…ええと…地上に何が起きているのか知りたくて…」
「そうか。πの攻撃をくらったわけか…君達の国は空の上にあるのか?」
「そっ、そうです」
「そうか。じゃ、お姉さん行くか」
 バインとアナは森の中に入っていった。エリカはコモリの傍に腰をおろすと優しく髪を撫でてやった。
「…ごめんさない。私達のせいで」
 スワンはエリカに謝った。エリカは「ううん」と首を横に振った。


 バインとアナは2人きりになり森を探索し始めた。しばらく歩くとバインがアナに話しかけた。
「…お姉さん。もしかしてあの天使は『デーバの子孫』じゃないかね」
「『デーバの子孫』?」
「ああ。第一級危険物に認定されている。俺も初めて見るけどね。そしてπが攻撃した国ってのがもしかするとデーバが造った国なのかもしれない」
「…空の上に舞い上がったっていう…あの国カ?」
「うん。まだ推測でしかないんだけどね」
「でもそれはおかしイ。どうしてπは自分のいる国を攻撃するんダ?」
「そこだよねぇ。…これはもしかするととんでもないことに巻き込まれているんじゃないかな」
「もう巻き込まれてるサ」
 アナは森をキョロキョロと見回した。誰もいないことを確認しているのだ。頬が仄かに赤らんでいる。
「…休むかい?」
 バインはいつものことなので落ち着いている。
「…うン。ここでいいだろウ」
 アナの声が変わった。いつもの野太い声からか細く、弱々しくなった。
 アナは腰のバックから毛布を取り出す。
「…傍にいてくれるカ?」
「…もちろんだ」
 大事にしている赤いハチマキをスルリと解いて、アナはバインと向き合った―。


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