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作品名:堕天使の葬列 第一幕 作者:牛を飼う男

第10回   天使が舞い降りて
「ああ〜やってもうた」
 クロトカゲは1人城の出入り口の白い階段に腰を下ろすとため息をついた。
 城の庭園は広く、青々と茂った芝生や色のついた花壇が見渡せる。それに壷をもった女神様からキラキラと光る水が流れ、噴水場を神秘的なものにしていた。これらの手入れはすべてチェシャ1人でしているのである。
 そんな光景をボケッと見ながら「無駄なことをしよる」とクロトカゲは呟いた。
「まさか契約書に術の完成と同時に報酬金を受け取ることになっとるとわな。てっきり仕事を完成させれば貰えるとばかりおもうとった。今の儲けは三分の一や。レベッカーの奴に金渡してもうたらスズメの涙ほどしか残ってない。ああ〜こんなことならレベッカーなんか雇うんやなかった。あんな簡単な仕事でこれだけ稼げるんや。大儲けやん」
 城は静寂に包まれ誰もクロトカゲの声に耳を傾けない。人の声も、鳥の声も、虫の声ですら聞こえない。空には光の柱が静かに魔法陣を循環している。
「でもな。これには理由があんねん。今回この報酬額を見てわいも怪しいおもたんや。けどあのS級犯罪者『π』の依頼と聞いて納得したんや。これはぜひ成功させなあかんと思ってあのレベッカーを使って人材集めにはしった。あいつは優秀やし、人集めがうまい。それに契約はきっちり守る。もし帝軍なんかに捕まってもわいの名前はださんはずや。そのおかげで無事魔法陣は完成した。そこまでは良しや」
 クロトカゲは1人で納得した。
「しかしπの奴。術を完成させないと駄目だといいおる。そのためには天使がもう1人必要なわけや。さっそくチェシャっていう獣臭い奴が偵察に向かった。いつも黒いローブを身に着けてて辛気臭い奴やけどな」
 意味もなく空を見上げる。光の柱が何事もなく動く。それはまるで蠢いているようにも見える。
 …あの光の柱…あと一本足りんわけか…。そうや。あと1人や。あと1人いれば術が完成し、わいに大金が転がりこんでくるんや。
 …しっかし、まさかレテランスにこっちの情報が漏れてるとは知らんかった。πの奴、国民は全員殺したとか言いおるから安心しとったのに帝軍の奴がこっちに向かってるやん。…これははよせな今迄の苦労が無駄になるなぁ…。
 …うん? 空に何か飛んでいる。さっきの高エネルギーの集合体のせいで空を飛べる生き物は蒸発したはずや。それに土は今エネルギーを吸収するために生命力の弱い生き物も飲み込んでいきおるしな。
 まさか…本当に天使か?
 クロトカゲは立ち上がり背伸びをしてそれを見続けた。それは4つに別れており白い羽が見える。それに微かだが人間のような形をしている。かなり高い高度にいて見えずらいが間違いない。
 天国なんてあったんやな。びっくりや。てっきり若いお姉ちゃんの所にしかないおもてた。
 クロトカゲの目が細くなりターゲットを見定める。
 …背丈は小さい。あの凶暴そうな天使やないな。ってか。あの天使はほとんどマルスオフやんと突っ込んでしもうたしな。
 クロトカゲの口から細い舌がニョロリと伸びた。
「…ククッ…わいは運がええのぉ…。ここは大儲けするためや。よしっ!」
 クロトカゲは階段を飛び降りるとさっそく天使達を追いかけて行った。


「あの…」
 エリカがアナに話しかけた。バインは木の枝を探している。
「うん? なんダ?」
「あの地雷場所はどうしてわかったのですか?」
「簡単ダ。レベッカーの戦車の中に地図があったロ? あれを一目見て覚えタ」
 アナは一般常識はすぐに忘れてしまうのに、命がかかっているものに対しては能力が高まる。
「…すごい…」
 エリカはあらためて2人の戦力のすごさがわかった。
「ほれっ!」
 バインが拾った木の枝を光の柱におもいっきり投げ込む。ジュッ!! という音をたてて木の枝が蒸発した。後に残っているのは焦げくさい臭いだけだ。
「駄目だ。あの光の柱の幅は1本3メートル、奥行き2メートルってとこか。2本の柱の間隔は4メートルぐらいだから走ればなんとかなるかもしれないが、黒焦げは必須だな」
 「ふう」っとバインはため息をついた。
「まっ、とりあえず自己紹介といこうか」
 バインは2人の少女に振り向いた。
「あっ、私はエリカといいます」
「コモリ〜」
 エリカはちょこんと頭を下げ、コモリはニコリと笑った。
「俺の名前はバイン。皆からクールな『暁のバイン』と呼ばれている」
「私はアナダ。皆からは神秘的な『月のアナ』と呼ばれてル」
「「2人合わせて…『アルテミス』だ!!」」
 アナとバインは前から決めていたポーズを2人の少女に披露した。
「………」
「………」
 エリカはなんていったらわからないような困惑した表情で2人を見た。コモリは興味がないのか光の柱をボケッと見ている。
(…お姉さん。明らかに困ってるよ。それにあの子なんてまるで興味を示してないし。やっぱり『最下位コンビ』という悪名からは逃れられないんじゃ)
(違うゾバイン。対象年齢が高すぎたんダ。もっと年齢をおとしてやるべきだっタ)
(ええっ!? そんな問題!?)
「…あのぉ〜」
 エリカはたまらず2人に話しかけた。
「お二人はここへ何しに来たのですか?」
「うんっ? ああ。俺達は帝国軍第4類所属バインとアナだ。ここへは『ドラゴニ国の調査訪問』ということでやってきた」
 「最初から普通にそう言えばいいのに」とエリカは思ったが、言わないことにした。
「帝国というと…この大陸のほぼ半分を支配下に置いてる?」
「そうだ。レテランスの依頼でね。ドラゴニ国から来たと名乗る男からの依頼らしい」
「…どうしてそんな素性の知れない男からの依頼を帝国が受理したのですか?」
 エリカが疑わしそうな顔でバインを見る。
「理由は簡単だ。ドラゴニの通貨は金銀の含有率が高い。恐らく鉱山か何かを持ってるんじゃないか? それで今後の取引相手として都合がいいんだろ」
「…そんなところでしょうね」
 エリカは少し残念そうな顔をした。
「やけにクールだナ? お前は何者ダ?」
「私は…私はただの村民です。ここから西に行った所の村に住んでいます」
「へえ。いくつ?」
「今年で13歳です」
「しっかりしてるねぇ。顔つきでわかる」
 バインは感心したようにウンウンと頷いた。
「じゃあお前は何歳ダ?」
「私…私わかんない…」
 コモリは指を口にくわえ首をかしげた。
「まあ5歳かそこらだろ。とりあえず結論としてはドラゴニは異常事態が起こってると言っていいな」
 バインはポケットから地図を取り出すと地面に広げた。
「この魔法陣はおそらくドラゴニの城を中心点として…」
 地図に描かれている城の絵にコンパスの針をさしこむ。
「ここまでの範囲まで囲まれているといっていいだろう」
 グルリとコンパスを回す。すると綺麗な円が地図に描かれた。
「かなりの広範囲だナ。半径10キロ以上あル」
「でもおかしいです」
 エリカが手をあげた。
「魔法陣をここまで描くには大掛りな作業が必要なはずです。私は村からたまにこの周辺までくるのですけどそんなの見たことがありません」
「…ふむ…人の血を吸収し、描けもしない魔法陣の発動か…。ちなみに城へは行ったことある?」
「あっ、えと、ありません。あの武装兵達がウロウロしてたから…」
「おそらく、この中心点から何らかの方法で魔法陣が完成しているんじゃないか?」
 バインが地図の中心点を指す。
「どういうことダ?」
「つまりだ。中心点の周りに巨大な魔法陣を完成させておいて、その形式を外郭へと放出しているわけよ」
 地図を丸く指でなぞり、外に向かってポンと叩く。
「すると、外に出たエネルギーは再び中心点へと戻ろうとするから、性質上他のエネルギーを吸収しながら中心点へと戻る。その時に設計された魔法陣のとおり、まあ擬似魔法陣ともいおうか、エネルギーは地面に沿っていくからあんなウネウネした光の柱が完成する。そして中心点へと戻ったエネルギーは循環をへて巨大な魔力へと変換されているというシステムだ」
「へぇ〜。すごいなバイン」
「まあね。もっと言って」
 自慢げにバインは顎に手をやった。
「でもそんな高度な魔法陣を描ける奴なんているのカ?」
「それも解決している。レベッカーの奴死ぬ間際にS級犯罪者『π』っていった。あの円術士πだ。奴なら可能だろう。なにせ『箱舟事件』の張本人だ」
「『箱舟事件』ってなんダ?」
「…おいおい、一応あなた帝国軍なんだからそれぐらい知っておきなさいよ」
 バインは呆れた顔つきで話し始めた。
「『箱舟事件』ってのは10年ぐらい前にデーバっていう『神の国』を造ろうっていう教祖と当時マルスオフ対策として省力化、効率的な魔法陣を開発して有名だった円術士が起こした事件だよ。ある国の王様がエコーズ対策として有名な円術士に魔法陣作成を依頼してきた。その円術士はデーバとともに王の指示通り魔法陣を国全体に施した。ところがこの魔法陣、実はエコーズの防御防壁の役割を果たすものではなく、箱舟と呼ばれた宗教団体を空へと飛ばすために造られたものだった。そのためにデーバ率いる狂信者に王は殺され、国民は魔法陣のための生贄とされ、国ごと空かなたへと舞い上がったっていう話だ。その国は帝国の加盟国だったため、デーバはA級犯罪者として認定、円術士…確か本名はダークドラゴンと言ったか、人の名前は削除され罪名としてS級犯罪者『π』という名がついたというわけだ」
 「ダークドラゴン」という名前にエリカが少し反応した。だが、バインとアナは気づかなかった。
「今でもその国があった所は地面に巨大な陥没ができてるはずだ」
「その後どうなったんダ?」
 アナの問いにバインは両手を上げた。
「何も。国は空高く舞い上がったまま落下もしてこなかった。『四天』の能力者でも探し出せないだろうさ」
「…その円術士がこの国にやってきた…」
 エリカの様子が少しおかしい。ようやくバインとアナが気づき始めた。
「そうだな。理由はわからないがすでに地上へと降りてきているらしい」
「…彼をどうするつもりですか?」
「捕らえるサ。犯罪者として認定されているのならナ」
「…そうです…よね」
「どうしタ? なんかソワソワしているゾ?」
 アナがエリカの顔を覗き込む。
「えっ!? あっ、そっそうですか? すみません。そんな凶悪な人があの城にいるとは知らなかったから…」
「あのレベッカーが来たのはいつぐらいからだった?」
「…確か…半年前ぐらいだと思います」
「依頼日時と一致するな。これは間違いないだろう」
 バインは立ち上がった。そして光の柱の方を向いた。
「…お姉さん。この魔術はおそらく何日と持たない。ここまで巨大なんだ。おそらく3日後には終わるだろう」
「…なにがいいたイ?」
「ここで待機しよう。S級犯罪者とは『人の名を持てぬ者』。俺達のように『赤眼化』できるし能力も未知数だ。正面から戦うのは賢いとは思えない。ここは援軍を呼びに行こう」
 バインが言う事ももっともだった。S級犯罪者とはA級犯罪者のように経歴や個人情報がわかっておらず、『赤眼化』できるうえに国や町、村1つ滅ぼす事が可能とされた者のことだ。特に最悪とされたS級犯罪者には『ゴキブリ』『イナゴ』『シデムシ』の3人がいる。
「だけどその頃にはもう何もかも終わっているんじゃないカ?」
「…まあ…そうかもしれないけど…」
「バイン。確かにまだ相手の出方もまったくわかっていないけれどもこれだけの事をする奴ダ。きっととんでもない事をしでかすに違いなイ。終わってからでは遅いと思ウ」
「…しかし…」
「大丈夫ダ」
 アナは立ち上がると真っ直ぐバインを見た。
「私達は犯罪者から『死帝』と恐れられる存在だゾ。何もかも終わってからじゃ誰もその実力を認めてくれなイ。犯罪を未然に防いでこそその名で呼ばれるのにふさわしイ」
 部族としての誇りだろうか。アナは正論をバインにぶつけた。
「…はあ。わかったよ。まあS級犯罪者なんて倒したと上がわかったらランクが上がるかもしれないしな。それに賞金額も高い。これはチャンスといえばチャンスだ」
 バインは奮い立たすために自分に言い聞かせた。
「ちなみにお姉さんはS級犯罪者と戦った経験は?」
「なイ」
「…あっ、なんか頭が痛い」
「どのあたりダ? 撫でてやル」
「あっ!? やめろっ!? それをするととんでもないことが起きるぞ!」
 バインはズサッと後ずさった。アナはニヤニヤ笑っている。コモリとエリカは何のことだかわからない。
「…とにかく今から俺達はお城に行ってくるから、お前達二人はここにいるんだ」
「…わかりました」
 エリカは少し間をおいてコクリと頷いた。
「バイン。今大変なことに気づいタ」
「なに? お姉さん」
「腹が減っタ」
「実は俺もだ」
 2人のお腹が同時に鳴った。その時、別の方向からお腹が鳴る音が聞こえた。
「朝から何も食ってないからな。干し肉も食べちゃったし」
「まったくダ」
「ほんとにそうだ」
「ほんとに…あれ?」
 バインは1人多いことに気づいた。アナの隣に誰かいる。服装は違うがどこかアナにそっくりだ。
「おかしい。腹が減りすぎて糖分が脳にいってないのだろうか? アナが2人に見える。もう1人は生き別れた兄弟?」
「私には兄弟はいないゾ」
「俺には兄弟はいるゼ」
 アナと同時にもう1人のアナもしゃべり始めた。
「あれ? なにこれ? もしかして今までの出来事は夢オチ? 起きたら隣に白衣を来たえらそうな医者が『大丈夫ですかな? バインさん』とかいうパターンか?」
「こら! 勝手に出て行くな!」
 森の中からやけに気の強そうな女の子が出てきて、もう1人のアナの腕を引っ張った。
「ごめんなさい…じゃ!」
 その女の子は素早く逃げようとする。

「「待て」」

 アナとバインは即効で呼び止めた。
「誰だお前等?」
「わっ、私達は別に地上に降りてきただけで…その…みんな出てきなさい!」
 言葉に困った女の子は森に向かって叫んだ。すると、困ったように苦笑する女の子とその子の後ろに眼鏡をかけた女の子が出てきた。なによりも4人とも背中に何か翼のようなものをつけている。
「スワロー…ひどい」
「誰がよ!」
「もしかしてお前等天使カ?」
 翼に着目したアナが話しかけた。
「…はい…そうです」
 苦笑しながら森からでてきた女の子がそう答えた。
「オオオオオ!! バイン!! 天使ダ!! やっぱり天使はいたんダ!! 私の言うとおりだロ!!」
 アナが興奮してバインの服を引っ張った。
「ばっ…馬鹿な…天使が存在するわけ…」
「ホラ見ロ!」
 アナはスワンの翼を触った。
「きゃ!?」
 スワンは驚いて飛び退いた。
「本物の翼ダ! この世に天使はいたんダ!」
 信じられないといった顔でバインは天使達を見回した。
(なっ…なんてこった…天使がいるということは神様もいるということで…これは…これは…)
 バインの目が怪しく光った。

(俺の悲願、男の宿命、この逃れられない運命(ハゲを直してもらうこと)に逆らうことができるかもしれない。『現実と戦わなきゃ!』という悪魔の囁きを打ち砕くことができるのだ)(←どっかの帝王口調)

 と、本気でバインは思った。
 ―ただ、エリカとコモリだけは彼女達に近づこうとはしなかった…。


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