暗い闇の中を歩いている。聞こえるのは自分の足音。見えるのは消えかけた蛍光灯。 「…暗いな…」 一言そう呟く。それが反響して小さく耳に聞こえた。 トンネルを抜けるとようやく駅が見えてきた。「やれやれ…」と一息つく。 駅に到着するとまだ電車は到着していなかった。どうやら大雪で遅れているらしい。 「困ったな…」 いくら人通りの少ない駅でもそれを利用する者にとっては災難だ。仕方なく駅にある冷たいベンチに座り、待つ事にする。 「…参ったね…」 いきなり人から話しかけられた。びっくりして振り返るとそこにはいつの間にか人が立っていた。 「あんたも電車を待ってるのかね?」 男は若かった。白髪かかった髪に茶色いロングコート、不思議と足元がぎこちない。その動きを見てよっぱらいかと思った。 「ああ、酔ってない」 男は考えている事をズバリ言い当てた。 「ああ…失礼…」 「いや、いいんだ。よく言われる」 「あなたもここで電車を?」 「うん、まあね」 「帰りですか?」 「ああ、ホテルの帰りだ」 「ホテル? 出張ですか?」 「…ううん…」 男は考え込むように頭を掻いた。 「ああ…言いたくないことでしたら…」 それから私達は何もしゃべらなくなった。気まずい空気が流れる。 「そうだ…あんた面白い話を知ってるかね?」 「面白い…話?」 「ああ」 「ううん…どういった話ですかね?」 男の言っている意味がわからず聞きかえす。暇つぶしに何か面白い話を求めているのだろうか。 「面白ければ何でもいいよ。『都市伝説』とかね」 「ううん…」 そう言われても困ってしまう。どうしたものか…。 「なければいいんだ」 男は諦めたのか両手を後頭部につけて深く椅子にもたれかかった。 「そうです…ねぇ」 ふとある事を思い出された。こんなことを話していいものかどうかわからないが面白いかもしれない。 「僕の…知り合いの話なんですけどね…」
彼は病院で働いていた。病院とは色々な患者が運ばれるところだ。当然、指を切断した、足を切断した患者さんも救急車や外来でやってくる。 それでは切断されて使い道のなくなった足や指はどうするのか? 普通切断された指や足は患者本人か家族に許可をいただき、冷蔵庫に保存しておく。その後は大体国の許可を貰っている業者が処理してくれる。その業者に処分してもらう前に一応どの患者のどの部位を処分してもらうのか把握しておかなければならない。 彼は後輩にリストを作っておくように支持した。その後輩は大人しい男でそれに何も言わずに従った。そしてリストが出来上がったことを受けて彼は後輩と共に冷蔵庫へ向かった。 冷蔵庫を開けるとやはり腐臭がしてくる。冷蔵庫は微生物の働きを遅くする事はできるが完全に止める事はできない。どうしても腐っていくのだ。 「それじゃあ始めるか」 彼は後輩からリストを受け取り冷蔵庫の中から黒い袋を1つ取り出した。 「さて…名前は江本のり子…交通事故か…」 袋を開けると何かが出てきた。それはカタツムリのように渦巻き状のもの…
耳だ。
「このリストを見る限り間違いないな」 彼はリストにチェックをいれた。確認後、後輩を見ると耳を持ってジッとそれを見つめている。 「どうした?」 すると後輩はその耳を壁にくっつけた。
「壁に耳あり」
「はは…」 その後輩は大人しいが少しふざけることがある。まあこの程度なら何の問題はないだろう。 「…すいませんちょっと不謹慎でしたね」 後輩は照れくさそうに頭を掻いた。 「いいさ。はやくすませよう」 「そういえばヤドカリの殻に耳を当てると海の音がするんですよね」 「ああ、そういうね」 「じゃ、耳だとどうなるんだろ?」 「おいおい…」 くだらないなぁ…。早く仕事を終えたいってのに。 彼は後輩をほっといて仕事を進めることにした。 「さて…次は…」
「ふふふふ…」
ギクリとして笑い声がした方向に顔を向けた。そこには死体の耳に自分の耳を当て、ニヤニヤ笑っている後輩の姿があった。 「へえ〜…そうなんだ…怖いねぇ」 「何が怖いんだよ」 「ああ、すみません…先輩も聞いてみてくださいよ」 「ええっ!?」 後輩が耳を持って近づいてくる。 「何が…聞こえるんだよ」 「さあ、聞いてみればわかりますよ」 後輩から耳を受け取る。何が聞こえるのか。どうせくだらない冗談に決まっている。 そっと耳を近づける。すると本当に人の声のようなものが聞こえてきた。 「んん!?」 もっとよく聞いてみようと耳を近づけていく。ガヤガヤと何かが聞こえてくる。 (…なんだ? …何の音だ?)
ガヤガヤ・・・
ガヤガヤ・・・
「や…め…て…」 女の人の声だ。何かうめき声を上げている。 「や・め・て」 何だ。何かの叫び声が聞こえる。まるで動物のような…。
『よく聞け。お前を殺してやるから』
「うわっ!?」 耳をつい放り投げてしまった。耳が地面に落ちる。 「あっ…駄目ですよ先輩」 後輩は耳を拾うと人差し指を口元に持ってきて「シィ…」と呟いた。
「壁に耳あり」
電車がようやく来たようだ。ちょうどいい。 「あの電車か?」 「そうですね」 「そうか。面白い話だった」 「そうですか。僕も話せてよかったです」 電車が止まった。自動扉が開く。 「ああ…そうだ…」 「うん?」 「このこと言っちゃ駄目ですよ。その声を聞いた彼、次の日に死体で見つかりましたから。その後彼の後輩も行方不明でね」 電車に乗った男が「シィ…」と人差し指を口元に持ってきた。そして、扉の閉まった透明なガラス窓に耳をくっつけた。
「壁に…耳あり…」
電車は男を乗せたまま行ってしまった。白髪の男はポケットから煙草を取り出すと火をつけた。
『壁に耳あり:了』
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