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作品名:赤い雫 作者:牛を飼う男

第9回   王のいない城(4)

『E−00024:起動実験開始』

 そこは冷凍庫と呼ばれていた。
 外は暑い砂漠地帯が広がっているが、地下では巨大な氷が空間を冷やしていた。何故こんな空間ができたのかは誰もわからないでいる。ただ、最近問題となっている季候に異変があるのと関係があるのかもしれない。
「いいんですかい? こんなもの…」
 2人の男が地下に降りてきた。無数の姿とランプの光が氷に写しだされる。それは幻想的というより不気味さを感じさせた。
「良いも悪いもない。お前はここを見張り、嘘の診断書を書き続ければよい。精神科医など食ってはいけないのだろう?」
 ディドリッヒは小馬鹿にしたように言った。
「へえ…まあこちらとしてはありがたいんですけどね」
 医師は顔をしかめることなく言う。もう自分の境遇に慣れてしまっているのだ。それが卑屈として態度に出るのだろう。
「ようやく手に入れたのだ。この世界の謎を解明するために必要な材料がな。この建築物も場所も」
 ディドリッヒが満足そうに氷に閉じ込めらているソレに手を触れた。
「エコーズ…旧世界の帰還を願い、「帰りたい」と繰り返し呟くためその名が呼ばれた。まさしく古代の遺産だ」

***

 カンタロウとダンテは大きく豪華に色づけされた扉の前に立っていた。この扉だけランプも綺麗に造形されている。
「ダンテ君。ここが王の間だと思うのだがどう思う?」
「…うん…そうだね」
 ダンテは元気なく答えた。
「なんだ? まだ気にしているのか?」
 カンタロウはさっそく扉を開けようと引っ張った。
「…別に」
「大丈夫だ。女の子ってのはなぁ…。しばらくすれば気持ちがおさまって…」
 カンタロウは扉を開けようとして力を込めるが開かない。徐々に額に血管が浮き出てきた。後ろ髪をまとめているポニーテールがピンと垂直に(?)のびる。
「あっあかねぇ…うおおおらああぁ!」
「やっぱり僕ノゾミの所へ戻るよ」
 元々城の探索に乗気ではなかったダンテは王の間を後にした。
「一番に玉座に座らせてやるからなぁ…ダンテぇ!」
 ダンテがいないことに気づかず、カンタロウは開かない扉を引っ張り続けていた。

 ダンテはトボトボと階段を降りていく。「カツン…カツン…」と自分1人だけの足音が聞こえてくる。それに何故か寂しさを感じ、立ち止まった。
ダンッ!
 何かが地面に落ちた音がした。ダンテは我に返り、その音の元へと向かった。
 そこではノゾミが地面に倒れていた。
「ノゾミ!」
 ダンテはノゾミに近寄った。ノゾミは小さな体を起こそうと地面に手をついた。
「あっ…」
 ふらりとノゾミの体が揺れた。そのまま地面に激突する前にダンテがノゾミを受け止めた。
「あっ、ダンテ…」
 ノゾミはようやくダンテが近くにいたことに気づいた。
「大丈夫?」
「うん、体が慣れてないのね」
「? 体が?」
「城に入ったの…初めてだから」
 ノゾミはダンテを赤い眼で見つめた。ダンテはノゾミの赤い眼の奥にある烙印にふっと引き寄せられた。

「…ごめんね。ダンテ」

 ノゾミが小さく笑った。
 ダンテはふいをつかれ、頬を赤く染めてノゾミから視線をそらした。
「どうしたの? …ダンテ」
「えっ!? うっううん!? どうしたんだろ!?」
 ダンテは自分の感情に困惑してノゾミの肩を離してしまった。
「あっ…」
 ノゾミはそのままダンテの胸に顔を埋めた。ダンテはますます慌てた。
「ごごごめん!? だっ大丈夫!?」
「うん大丈夫。…ねえダンテ」
「なっなに!?」

「私の赤い眼…怖い?」

 ノゾミがダンテの胸に顔をうずめたまま聞いてきた。
「…ううん? どうして?」
 ダンテはその質問の意味がわからなかったが素直に答えた。
「…そう…」
 ノゾミは少しだけ嬉しそうに笑った。
「ノゾミの赤い眼。綺麗だし、僕は好きだよ」
「………」
 ノゾミはダンテの胸の中で素直に赤く照れた。ダンテの胸からノゾミはそっと抜け出すとダンテの顔を見つめた。
「…私もダンテが好き」
「ほんと!?」
 ダンテは嬉しそうに笑った。
「うっうん…その銀色の髪…綺麗で好き…」
 ダンテの大袈裟な反応にノゾミは戸惑いながら言う。
「やったぁ! じゃあ僕達友達になれるよね!?」
「…うん。お友達になれる」
「よかったぁ!」
 ダンテはノゾミを抱きしめた。ノゾミはそんなダンテを受けとめるかのように眼を閉じて微笑む。
 その様子を壁越しにソネットとキクが伺っていた。
「うっうう…ダンテ…私のダンテ…まだ早過ぎるわぁ…」
 ソネットはハンカチを口に咥え号泣している。
「まだ子供のことだから…」
 そんなソネットを宥めるようにキクが言った。

「結局王の間には行けなかった」
 カンタロウがソネット達の元へと帰ってきた。顔がすっかりヘコんでいる。それほどまでに玉座に座りたかったのだろうか。
 ソネット達は大食堂の間で食べ物をあさっていた。もう外は暗く、城から出ることは危険であると判断し、城の中にいることにしたのだ。
 テーブルにはソネットがつくったばかりの料理が置かれている。
 キクとカンタロウはちゃっかりその料理をいただくつもりで席についていた。
「いいのかなぁ…」
 ソネットはまだ罪悪感があるようだ。城の食べ物を勝手に持ち出したのだから当然である。
「いいのいいの。どうせ人いないし、ほっといたら腐っちゃうからもったいないし」
 それが一番奇妙なんですけど…っとソネットは思った。食べ物は今日仕入れたばかりのように新鮮なものが多かった。
 キクはそんなソネットを他所に食べ物をパクパク食べていた。
「…あんた…もしかして早くギルドに報告しないのは食べ物が目的だから?」
 ソネットの言葉をキクはすっかり無視していた。
「母さん。おいしいよ。早く食べようよ」
 ダンテとノゾミも席に着くとパンとスープを食べ始めた。
「はいはい…。あっダンテ、慌てて食べちゃ駄目よ? ほら、口元に食べ物がついてるじゃない」
 ソネットはハンカチでダンテの口の周りをふいた。
 ダンテはチラリとノゾミを見た。ノゾミはおかしそうにダンテ達を見守っている。
「いっ…いいよ…自分でやるよ」
 急にダンテは恥ずかしさを覚え、ソネットの手から顔を反らした。
「!?」
 ソネットはハンカチを地面に落とした。
「? 母さん?」
「ダンテが…ダンテが…」
 ソネットは信じられないといった眼でダンテを見つめている。


「ダンテが私から離れていくうううぅ!!!!」


 ソネットは再び号泣した。
『すっ…すげぇ親馬鹿』
 キクとカンタロウは同時にそう思った。
「私の可愛いダンテがぁ!!!! どんどん変わっていくぅ!!!! 母さんが…母さんが悪いのねえぇ!!!!」
「違うよ母さん。これは違うんだって!」
「いいのよぉ!!!! 母さんはずっと1人ぼっちになるのよぉ!!!! もう寂しくなんかないわあああああ〜ん!!!!」
 すっかり号泣してしまっているソネットをダンテはおろおろと慰めている。その様子をノゾミは楽しそうに見ていたが、空腹には勝てず、食事を再開した。その様子を見たカンタロウは「この子もちゃっかりしてんなぁ〜…」と思った。

「いやああああああ!!!! ダンテええええええぇぇ!!!!」

「母さん! やめてよ! 僕は母さんの傍にいるから!」

「…おい」
 カンタロウはさすがに聞くに堪えなくなりキクに話しかけた。
「なに?」
「止めなくていいのか? あの親子劇場を?」
「ほっとけばおさまるわよ」
「そうなのか? …というか、何があったんだ?」
「ちょっとしたジェラシーよ。ジェラシー」
 キクとノゾミは2人を気にすることなく食べ物を口の中へと入れていく。その光景にカンタロウはかなりの違和感を覚えた。
「…ジャラシー…恐るべし」

 ソネットはようやく落ち着きを取り戻した。
「そうよ…ダンテはまだ子供じゃない…だから私がしっかりしなきゃ…あんなこと…私が絶対にさせないわ」
 まだソネットはぶつぶつと独り言を呟いている。
「何をだ?」
 カンタロウがソネットに突っ込んだが聞こえてないようだ。
「ねえ、カンタロウ」
「うん?」
「この赤い果実と薄い緑の果実。どっちが美味しそう?」
「なんだ? くれるのか? 俺なら赤い果実だな」
「そう」
 キクは赤い果実をシャクシャクと食べ始めた。
「…ふっ、予想はしていたが人を精神的にいたぶるのが大好きな奴だ。ちなみにもう片方の薄い緑の果実はくれる…」
「あっげな〜い」
 キクは薄い緑の果実もシャクリと食べ始めた。
「ふっふふ…キクぅ…いい度胸だ…その小さな胸で祈りを捧げるとぉ!」
「カンタロウ。甘いわ」
 キクはちょっとした(?)からかいにキレ始めたカンタロウに向かって片手を広げた。
「砂糖がか!?」
 カンタロウは素直にボケた。
「こんなことで動揺してどうするの!? あなたには帝軍の誇りはないの!?」
「なっ、ほっ誇りか?」
 キクの指摘にカンタロウは素直に動揺した。
「そうよ。あなたはこんなことで動揺する人じゃない…そうじゃなかったら…」
 キクがビシッとカンタロウを指差した。

「なんのために田舎から出てきたのかぁ!!!!」

「ぬおっ!? そうだったああああ!!!!」

 カンタロウは地方から上京し、帝軍になったのだ。そのためか『田舎』とか『地方』とか『ゲダモノ』(?)といったワードに過剰に反応する。
 キクはそこを突いてきたのである。…ただ面白いがために。
「…何なの。あの2人の関係って…」
 すっかりソネットは冷静さを取り戻し、呆れて2人を見つめていた。
「ところでノゾミ」
 カンタロウが向こう側で自問自答している間キクはノゾミに話しかけた。
「むふふふ」
 そのキクの気味の悪い笑いにノゾミは後ずさった。
「この果物あげる」
「…あっ、ありがとう…」
 ノゾミはキクから果物を受け取った。マジマジと果物とキクを見比べる。それは警戒しているように見える。
「食べてみて」
「…うん…でも」
「遠慮しないの。毒なんて入ってないから。おいしいよ」
「うっ、うん」
 ノゾミは恐る恐る果実にかじりついた。モグモグと咀嚼する。チラリと上目づかいでキクを見上げる。
 キクは気持ち悪いぐらいの微笑でノゾミを見つめている。
「? ………」
「ふふ…ふふふふ」
 キクが何故か興奮している。凄まじい危機感を感じたノゾミは「ちょっと風に当たってくる」と言い残し、大食堂を出て行った。
「可愛い奴め…たまらんのぉ…」
 キクはキラリと笑った。
「お前いつのまにそんなに親父臭くなったんだ? まさかロリッぶっ!!」
「…まだまだ修行が足らないわ」
 カンタロウの口に果物が見事に命中した。

 ノゾミは城の窓を開け、二階のテラスに出た。外の世界は真っ黒な闇しかなかった。仄かな寂しさと光の儚さを感じる。
「………」
 風が気持ちいい。長い髪がサラサラと靡いた。

 ノゾミは歌い始めた。
 母から教わった歌だ。この歌を歌っている時だけはどんな苦しみも耐えられた。生きている実感を得ることが出来た。
 だけど、この歌を教えてくれた人はもういない。優しい人だった。私が他人から虐げられていてもあの人だけは守ってくれる。
 ノゾミの瞳から涙が落ちた。
 どうして私を残していなくなったのか。どうして私を守ってくれなくなったのか。

 ―どうして私を殺さなかったのか。

 闇の向こうに白く光るお城が見える。いや、あれはお城ではない。ビルという建物だ。
 誰かが言った。それは人が建てた建築物。人が住み、仕事をする所。
 だけどあの建物を追い出された人間は―――社会性をなくしたただの『獣』でしかない。
 ノゾミの歌が静かに終えた。
パチパチパチ…。
 後ろに人の気配がした。後ろを振り向くのが怖かった。
 ―それが…黒い男であるのが怖かった。

『俺とお前は同じ。この星が生まれ、生物が這いずり回る時から生きている。―イヴよ…』

 黒い男が笑った。

「上手だね。ノゾミ」
 後ろを振り向くとダンテが立っていた。
「…ありがとう」
 ノゾミは笑った。それは安心した笑いだった。
「…良かった」
「…?」

「あなたと一緒だと―安心できる」

 ダンテは照れ臭そうに鼻をかいた。
「そっそうかな?」
「うん。…!?」
 急にノゾミの顔に緊張がはしった。
「!? どうしたの!?」
「来る…」


『キャー!!!!』


 悲鳴が聞こえた。…いや、違う。これは人の悲鳴ではない。
 獣の叫びだ。
 ノゾミとダンテの2人の前に、テラスの外から大きな手がニョキッと現れた。

***

 それは闇の中にいた。


『かえりたい…かえり…たい…アカイ…アクマめ』


 それはゆっくりと赤い眼を見開いた。


『王のいない城(4):了』


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