屋根の上でカンタロウは町を見回した。灯台の光のような赤い眼が小さな物すらとらえようとしているが鼠1つ見つからない。 「…ほんと人1人おらんなぁ…」 カンタロウは頭を掻いた。 「ねえ、誰かいた?」 ダンテが屋根の上に上ってきた。 「そんなことしてると母ちゃんに怒られるぞ」 「大丈夫だよ。キクと町中人を探してるから」 「一緒には行かんのか?」 「ここにいろってさ。つまんないよ」 「はは、そりゃそうだ」 カンタロウは手を出し、ダンテを屋根の上にあげた。 「その力でどうやって人を探すのさ? 家には壁があるのに」 「関係ないね。このコンスティンの力を使えば壁を透け、すべての生物は記号化する」 「記号?」 「ああ、例えばこのマーク」 カンタロウは免許書を取り出してダンテに見せた。そこには花のような木が描かれたマークがある。 「…帝国軍のマーク」 「そう、記号とは抽象的な意味を表す。これと同じ記号がコンスティンの眼を通して生物を記号化する。そこに壁は存在しない。まあ範囲は限定されるがね」 「へえ、どんな記号が見えるの?」 「それはお前がコンスティンの能力を手に入れてから見るんだな。記号の意味さえわかるようになればこれも楽しい」 カンタロウはコンスティンの能力を解除した。元の黒い瞳に戻る。 「ふう、やはり誰もおらん…って俺の刀に触るな!」 ダンテがビクリと動きを止めた。 「ごっごめん。珍しい剣だったから…」 「これは剣というより刀だよ。危ないから触るなよ」 「うん、わかった」 「それより、彼女の心配したほうがいいな。下手すりゃ落ちるぞ」 カンタロウが指差した先にノゾミがいた。危なっかしく屋根のふちにつかまっている。 「…ダンテ…たすけて…」 屋根に上ったはいいもののそこから動けなくなったようだ。 「ノゾミ! 待ってて! 今行くから!」 ダンテは慌てて屋根を降りていった。 「…静かだねぇ」 カンタロウはゴロリと屋根の上で横になった。
ソネットは民家のドアを開けた。しかし、そこには誰もいなかった。 次々とドアを開けてみるもやはり誰もいない。しだいにソネットは疲れで歩くこともできなくなった。 「どう? 誰かいた?」 ソネットの後ろでキクが民家からもらった(盗んだ?)りんごをかぶりつきながら言った。 「…ぜい…ぜい…誰もいないわ…」 「だから言ったのに。無駄だって…ん?」 キクはりんごを食べるのをやめた。 「…どうしたの? …」 「…気のせいね…」 「なによ? 気になるじゃない」 「さっき。人の悲鳴が聞こえたわ」 「えっ!?」 「キャーってね」 「…聞こえないわよ…」 「だから気のせいだと思う」 「………」 キクはまたりんごにかぶりついた。 「もうすぐ日が暮れるね…」 「うん…」 ノゾミはそう頷くと夕日を見つめた。ダンテはその横顔を見てみた。するとノゾミもダンテの方に向き、少し笑った。 ダンテは慌てて顔を逸らすと、寝転がっているカンタロウに話しかけた。 「ねえ、カンタロウさん」 「うん?」 「帝国軍第4類ってどうすればなれるの?」 「なるつもりか?」 「うん」 「赤眼化はできるのか?」 「…できない」 「それじゃあ無理だ。受験資格がない」 「でもいつか神脈を見るかもしれないじゃないか」 ダンテはムキになって言った。 「どうしてなりたい?」 「…待遇が良さそうだから」 「はは、そうだな。帝国軍第4類になれば定期的に基本給がもらえるうえに歩合給が上乗せされるからな。しかも福利厚生がつくし身分も確立する。住所不定、学なし、資格なし、コネなし、親兄弟なし、嫁なしの者には助かるわ」 カンタロウはケラケラ笑った。 「もしお前が赤眼化できたなら教えてやるよ。まずはそれからだ」 「ほんと? 絶対に?」 「この刀に誓って嘘は言わん」 「それならどうやって赤眼化できるの?」 「お前の母ちゃんに聞いてみたらいいんじゃないか?」 「聞いても『わかんない』って言われた」 「正しい答えだ。俺もわからん」 「ええ〜。何か条件とか法則とかないの〜」 「それがまったくわからんのよ。文献にも方法はのっていない。まあそんなにすぐ赤眼化できるのであれば旨味はないけどな」 ダンテは不満そうな顔で夕日を見つめた。 「ダンテ…『赤眼の者』になりたいの?」 傍で2人の話を聞いていたノゾミが話しかけた。 「うん、じゃないと帝軍になれないもの」 「他に方法はないの?」 ノゾミはカンタロウの方に向いた。ダンテもカンタロウを見る。 「ない。帝国軍第1類はエリート、帝国軍第2類は一般職、帝国軍第3類は技術職、どれも試験が難しいうえに身分が決まっている。君がちゃんとした住居を持っていて、学校に通ってて、大帝の卒業生であれば可能だが…」 ダンテは首を振った。 「だろうね」 「ダンテ…気を落とさないで…」 ノゾミが同情の瞳でダンテを見つめた。 「まあでも変わっている奴もいるけどな。例えばキクとか」 「キク?」 「ああ、あいつちゃんと戸籍持っていて大帝の卒業生でもあるんだ。それなのに資格発足後、最年少で帝国軍第4類を合格して今は何故か俺と組んでる。普通なら帝国軍第1類も目指せると思うのに何故かそれをしない」 カンタロウは起き上がった。 「まあ昔色々あったそうなんだがな―――人は1つくらい不幸を背負って生きてるものだ」 屋根の下でソネットとキクが手を振っている。 「ダンテッ! 危ないわよ! どうして屋根にいるのよ!」 ソネットは大げさに叫んでいる。 「今行くよ母さん」 ダンテは苦笑いしながら手を振った。 「あっ! あんたね! ダンテをこんな危ない所に連れて行ったのわ!」 「違うっての」 カンタロウも「やれやれ」と首をならした。
ソネット達は町に誰もいないので、お城を目指すことにした。城は山の上にあり、坂道を歩いていかなければならない。太陽はすでに半分体を沈ませていた。 「城に行けば何かわかるかもしれない。何かの理由で城に住民が避難していることだって考えられるし」 キクがモグモグと果物を食べる。 「ねえ」 「うん?」 ソネットが小さな声でカンタロウに話しかけてきた。 「どうしてあの子あんなに食べてるの?」 「知らん。出会った時からそうだった。恐らく何かにエネルギーを使っていて、その補充として食物を食べているのかもしれない。じゃないと太らない理由がわからん」 「…何その屁理屈?」 カンタロウの言葉にソネットは多少引いた。 カンタロウの知識は普通の人からみても論理的に筋が通っていないことがある。それはカンタロウが単なる知ったかぶりだからだ。帝軍になる前はそんなことはなかったものの、肩書きを得てからこうなった。人は形から変わっていくものである。 「どうして帝軍って常識がない人ばかりなのかしら…」 ソネットは独り言のように呟いた。そしてますます帝国軍第4類を嫌悪するようになった。それは試験に受からなかった者の僻みともいえる。 「おいおい、嫌味は人に聞こえないように言うものだぞ」 「ほんと。モグモグ」 「…俺にも1つくれ」 「やだ」 キクとカンタロウが食べ物のことでもめているうちに、ソネット達は湖の前にたどりついた。その湖は夕日の光で淡い黄土色に輝いていた。 「へえ〜…綺麗な湖」 ソネットはその神秘的な輝きに魅せられたように湖に近づいた。手に水をすくって口の中に入れてみる。 「この湖だな。あの城の王ディドリッヒが亡くなったのは」 ソネットは「ブハッ」っと水を吐き出した。 「あっ…あんたね。はやくそういうことは言いなさいよ」 「言う前に飲んだじゃないか」 カンタロウは悪びれる様子もなく湖に近づいた。 「確かに綺麗な湖だ。まるで引き込まれそうな感じになる。王が自殺を計ろうとしたのも…」
「おかしいわ」
キクが突然言い始めた。 「この湖…見た所底が浅いわ。高地だから水がうまく溜まらないのね。こんな浅瀬で王が自殺を計ろうとするかしら? ほら私でも太ももぐらいしかつからないし」 キクの白い足が湖の水に入れられた。確かにキクの太ももぐらいの深さしかない。 「それに王は水泳が得意だって聞いたことがある。スポーツ万能な人だったのね。そんな人がこの浅い湖で自殺を計るかしら? 私ならまず思いつかない」 「…確かに浅いな」 カンタロウの黒い毛のはえた足が湖に入れられた。一応湖の奥へと進んでみるが少ししか深くならない。 「この湖の面積も狭いな…しかも見通しがいい。向こうには町も見える。ここで自殺は考えないか…」 「…カンタロウ」 「うん? 何か見つかったのか?」 「…その姿…とても見苦しいわ」 「…ほっとけ。果物を口に入れながらしゃべってる人には言われたくないよ」 カンタロウは渋々湖から出た。 「ああ、変な水飲んじゃった…口を洗いたい」 ソネットはベロを出し、「ペッペッ」と唾を吐き出している。 「死にはしないわよ。それよりおたくのお子さん。湖で遊んでるんだけど」 「えっ!?」 ソネットが振り向くとダンテが湖ではしゃいでいた。 「…綺麗」 ノゾミは湖の水を手につけている。 「それ!」 「きゃ!」 ダンテがノゾミに水をかけた。ノゾミはびっくりして後ろに尻餅をついた。ダンテはおかしそうに笑った。 「気持ちいいよノゾミ。入ってきなよ」 ダンテは楽しそうに湖の中で走り回っている。 「………」 ノゾミは呆然とダンテを見つめた。 「どうしたの? ノゾミ?」 「………」 ノゾミの顔が少し歪んだ。 「ノっノゾミ?」 「…ダンテの…馬鹿…嫌い…」 ノゾミは「ひっく、ひっく」と泣き始めた。
「あ〜あ、泣かせちゃったね」 ノゾミはキクの体にしがみついていた。キクは「よしよし」とノゾミの頭を撫でてやる。 「ちっ違うんだ…ただ僕はノゾミと遊びたくて…」 ダンテはノゾミに必死で謝っている。だが、ノゾミはキクの体に隠れてしまう。 「…ダンテ…嫌い…」 「そうよね。相手の気持ちも考えずに酷い事するよね。女の子にさ」 キクはノゾミを慰めているようだが、ダンテをからかっているようにも見える。ダンテはそれを真に受けてシュンとなった。 「…少年。女心は秋の空だ」 ポンポンとカンタロウはダンテの肩を叩いてやった。 「もうすぐ城だ」 ソネット達は城門の近くまでやってきた。そこに門番はいなかった。 「おかしいわね? 門番がいないじゃない?」 ソネットは訝しがった。城の中庭にも誰もいない。 途端に冷たい風がソネット達の体に触れた。 ブルッとソネットは震えた。 「もう日が沈む…こりゃ何か嫌な予感がするなぁ…」 カンタロウは沈む太陽を見つめた。 「カンタロウ。ここには?」 キクがカンタロウに尋ねた。もう果物は手に持っていなかった。 「―――見えないねぇ…人の記号が…」 「んっ?」 キクが唐突に後ろを振り向いた。 「………」 「どうした?」 「なっなんなのよ?」 カンタロウとソネットが同時にキクに声をかけた。 「また聞こえたわ…人の…悲鳴のようなものが…」 「まっまた? やめてよ」 ソネットは体を震わせた。それは寒さからではなかった。恐怖からだ。 「どんな悲鳴なんだ?」 カンタロウも耳をすましてみる。
「『キャー』っていう甲高い悲鳴よ」
『王のいない城(2)』
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