灰色の空だ。すべての空間が灰色でできている。緑の草も、茶色い土も灰色だ。ただ、土から生えた花だけは血のように赤い。 地面に何本もの十字架が突き刺さっている。 それはお墓というやつだろう。母に教えてもらった。
ヒュウ…ヒュウ…
静かに風が吹いた。 この丘では赤い花が咲き乱れている。風に乗って、花びらが空に舞い上がる。 私は花びらを手にとって見た。花は可憐で儚かった。花びらを離した。 自由を得た花びらははしゃぎながら灰色の空へと昇っていった。
『―赤い花は地面に根ずき、生きる証である花を咲かす』
誰かの声がした。 十字架の墓に誰かが座っていた。黒いコートを着た男だ。 『不謹慎だと思うか? 確かにそうだな。墓石に座ることは悪いことだ』 黒いコートが風に靡いた。 男の目は『赤い眼』をしていた。 『ここは…どこ?』 私は男に聞いた。 『世界の始まり。永遠の夢。愚者達の墓。終末の墓域』 男は独り言のように呟いた。 『言葉で表すのならいくつもの名前がある。その1つ1つに意味があり、間違いではないが正解でもない…そんなところだ』
ゴーン…ゴーン…
鐘がなった。不協和音として聞こえるこの鐘は私を不安にさせた。 『意識の鐘がなった。もうお別れか。久しぶりの人だ。もう少し話したかったがしかたがない』 男は両目を閉じた。まるで黙祷するかのように。 『行くといい。君が何を信じるか。何を失うか。何を得るか。そしてこの世界をどうするか』 男が静かに言う。『赤い眼』が茶色い空を仰いだ。 『…だと思う…耐え……君…鍵…』 声がブレる。灰色の空が白く変わる。まるで世界が…変革をおこしているように。
『…会える…きっと。……意識が閉じ…お別れだ』
カサカサ…カサカサ…
十字架の墓標の傍で、赤い花が静かに揺れる。 ―私の目から何故か涙が零れ落ちた…。
『ディドリッヒ王の死因には謎が多い――― 20という若さで王の座についたこの王は、ロマン主義者であり、名曲に傾倒し、多くの国費を城の建設へと費やした。その奇行ゆえ、『精神病』と判断された王は、王位を退位させられ、ディサイダーという城に監禁されることになった。 ―退位から2日後、夕方の太陽が輝く湖で、共に散歩に出かけた精神科医と一緒に浮いている所を発見される。 解剖の結果、死因は自殺ではなく、心臓発作として発表された。しかし、王の死因について自殺説、暗殺説、事故説…様々な憶測が流れた。
―――なぜなら、克明な記載を義務づけられている死亡診断書には精神病であることは書かれていたが、肝心な死因には触れられていなかったからである』
ソネット達の車は『ディサイダー』という町を目指していた。今日の寝床と決めた町である。 車の中でカンタロウはダンテの質問に答えていた。 「それで、帝軍第4類って何?」 ダンテは帝軍に会ってから落ち着かない。ソネットはブスッとした顔でそれを聞いていた。 「帝国軍第4類というのはだな。何年か前にギルドという商工会議所がつくった資格が元になってる。最初は賞金稼ぎの地位向上のためだったんだが、今は帝国が直接採用試験として使われている。この試験を受けるのは受験資格があって『赤眼化』できることが条件になっている」 カンタロウは偉そうに質問に答えているが、すでにパニック起こしていることをキクは知っている。カンタロウはこういった説明が苦手なのである。そのキクの隣でノゾミがスヤスヤと眠っていた。 「『赤眼化』って誰でもできるの?」 「ああ、だが誰でもってわけではない。『赤眼化』できるのは『ロード』のつくった神脈で神の精練を受け、力だけの存在となった『13人の赤眼の者』と協調現象を起こせた者だけだ。『赤眼化』を起こした者は『13人の赤眼の者』の名を呼び、呼び起こしたい力を命ずることによって魔術を発動させる。個人差はあるが詠唱が必要な場合もある。ちなみに俺とキクは一桁唱えただけで術を発動させられる」 「フフッ」とカンタロウの白い歯が光った。 「じゃあ『13人の赤眼の者』すべての力を使えるの?」 「いやっ、…え〜と…お〜と…」 「『1番目の息子』ロード、『2番目の息子』ファースト、『4番目の息子』ザクロ。この3人の赤眼の者の能力は使えない。その理由はこの世界の創設者であり、神すら超越した存在だから。いわゆる『協調不可』」 「そう、それよぉ〜」 言葉が詰まったカンタロウに変わってキクが答えた。カンタロウはちゃっかりとそれに乗っかる。 「『13人の赤眼の者』はこの世界の基本魔術になっている」
1.特殊な術を使える『赤眼の者』 『13番目の息子』レパード・・・主に幻影、幻術を得意とする『赤眼の者』。老人のような姿をしていたと言われている。 『12番目の息子』カンダダ・・・主に物質的な物を操ることができる『赤眼の者』。戦闘をゲームのように楽しんでいた赤眼の者。 『11番目の息子』ドッペルゲンガー・・・主に模倣を得意としていた『赤眼の者』。仲間内でも本当の姿は見た者はいないと言われている。
2.四天といわれていた『赤眼の者』 『10番目の息子』ランゲ・・・主に水を操ることができる『赤眼の者』。青い翼を持つ。13人の内一番のおしゃべりだったらしい。 『9番目の息子』コンスティン・・・主に監視を得意とする『赤眼の者』。灰色の翼を持つ。あまりにも無口であったため仲間内でもその声を聞いた者は少ない。 『8番目の息子』グリード・・・主に生命を操る事ができる『赤眼の者』。黒き天使と言われていた。ロードの力を模倣した能力を持つ。 『7番目の息子』インバルン・・・主に火を操る事ができる『赤眼の者』。赤き翼を持つ活動的な『赤眼の者』。
3.剣を持つ『赤眼の者』 『6番目の息子』エンプネス・・・主に重力を操る事ができる『赤眼の者』。巨人のように大きかったらしい。 『5番目の息子』マルス・・・主に風を操る事ができる『赤眼の者』。唯一人間の姿をしていなかった『赤眼の者』。数年前に騒乱を起こした重罪人。連合国はすでに討伐されていることを発表。 『4番目の息子』ザクロ・・・『赤眼の者』の中で唯一不死の力を持つ。そのため賢者とも言われている『赤眼の者』。 『3番目の息子』レトリック・・・主に氷を操る事ができる『赤眼の者』。妖精の王とも言われていたが詳細は不明。 『2番目の息子』ファースト・・・一番初めに生まれた『赤眼の者』と言われている。能力は不明。
4.神といわれる『赤眼の者』 『1番目の息子』ロード・・・詳細不明
「まあこんな所だな」 カンタロウは失態を挽回できたと微笑んだ。 「じゃあ10人の赤眼の者となら協調できるの?」 「いや、『13人の赤眼の者』と協調できるのは3人までだ。それ以上は協調できない」 「どうして?」 「それはだな。…キク、答えてやりなさい」 カンタロウはキクに説明を譲った。 「…『13人の赤眼の者』と協調することは自身が『赤眼化』し『赤眼の者』となる。『赤眼の者』になることは私達の体にある『レッドデス』の抗体を異常に高めること。それは免疫が過剰に働き、人間の細胞を傷つけてしまうように、『赤眼化』が長びけば私達の体がもたなくなる。3人以上の赤眼の者と協調すれば抗体が限界を超え肉体が崩壊するから」 「よし、よくできた。さすがだな」 カンタロウはビッと親指を突き出した。 キクは話しながらノゾミの髪を撫でた。 やはりどこかで見たことがある。何故か懐かしい気持ちにさせられる。 そんなキクの思いにノゾミは寝息で答えた。 「…じゃあ母さんは無理して『赤眼の者』になってるの?」 ダンテの言葉にキクとカンタロウが反応した。 「ちょ、ダンテ…」 「そういえばお前達の名前を聞いてなかったな」 カンタロウが乗り出した。 「母さんの名前はソネット。僕はダンテ」 ダンテは素直に答えた。 「…ソネット親子。有名ね。資格を持たない『ハンター』の中で唯一『赤眼化』できることで」 「本当か?」 2人に詰め寄られてソネットはため息をついた。 「…そうよ。私は『赤眼化』できる」 「それならなぜフリーの賞金稼ぎに留まっている。帝軍試験には興味がないのか?」 ソネットは言いにくそうに口を閉ざした。 「落ちたのね。帝軍試験は3つの壁がある。筆記、実技、C〜S級犯罪者の捕縛又は暗殺。そう簡単には採用されないわ」 「そうよ。受験はしたけど落ちたのよ…筆記で」 当たりだったようだ。 「それじゃあギルドの資格試験を受ければいいじゃないか。難易度はそっちのほうが簡単だ」 「母さんは『赤眼化』できるから実技は合格するんだ。だけど筆記が全然駄目なんだよ」 「…マジ? 一般の人でも合格するのに? プッ」 「わっ笑らわないでよ! 私だって勉強すれば筆記ぐらい!」 ソネットは顔を赤くして言った。 「ギルドの資格試験でも認知度の高いものは20%の合格率だわ。…まあ本気で勉強すれば受かるけど」 「…それって嫌味?」 「ううん。一般常識」 キクは嫌味なのか嫌味じゃないのかあいまいな表情で言った。 「ねえ、どんな能力を使えるの?」 「…教えない」 「スネたの?」 「別に」 ソネットは頬を膨らませた。キクは「やれやれ」と質問をやめた。 「あっ! 町が見えてきた!」 車は林道を抜け、平らな平地へと踏み入れた。遠方に町の屋根がいくつか見える。その奥の山の上にはお城が建っていた。 「へえ、こんな田舎町にもお城はあるんだ」 ソネットは風に茶色い髪を靡かせながら遠くを見つめた。 「あの城に住んでいた王には奇妙な噂があってな」 カンタロウが両手を後ろにやり言う。 「もう数年前になるか。あそこの城に都会から来た王が住んでたんだ。奇行が多く、一族から追放されたとかでな。その王がやってきた2日目に湖で死体となって発見された」 「なによそれ…気味悪い」 ソネットは体を身震いさせた。 「確か様々な説が流れたね。どれも嘘っぽいけど」 「俺は自殺説を信じるね。王は精神を病んでたから自殺をはかろうとした。だが、精神科医に止められ、カッとなった王は精神科医を殺し、そのまま湖で溺死したんだ」 カンタロウはキクに自分の推理を話した。 「…そうだ。その湖に行ってみましょうよ。来たついでに」 「いいねぇ。悪くないねぇ」 「でしょ。こんな機会めったにないわ。行けるときに行っとかなきゃ!」 キクとカンタロウのテンションが上がってきた。 「…私も見てみたい」 ノゾミがいつのまにか起きて座っていた。 「じゃあ町に着いたらちょっと探検しようよ」 「うん、ダンテが行くなら行く」 「やったぁ、楽しみだなぁ」 ダンテはウキウキし始めた。
「…あなた達、観光に来たんじゃないんだけど…」
ソネットは1人だけテンションが低かった。
―町に到着し、ダンテは1番に車を降りた。 「ノゾミ、早く行こうよ」 「うん、待って」 ノゾミはあくまでマイペースに行動する。 「…なあ」 カンタロウは車の中で町の様子を伺っている。 「おかしくないか?」 町には人が1人もいなかった。人々の賑わす声や生活音もまったく聞こえない。静寂そのものだ。 「どうしたのかしら? みんなお昼寝してるのかな?」 ソネットは素で答えた。 「そんなわけないだろ…みんなお昼寝してるのだったら夜が大変だ」 「…カンタロウ変だわ。人の気配がしない」 キクが強張った顔で言った。 「ねえ! 母さん!」 ダンテが大声でソネットを呼んだ。 「あっ、ダンテ! 何してるの!」 ダンテは他人の家の扉を勝手に開けて中に入り込んでいた。ソネットは慌ててその家へと向かう。 「変だよ…机の上にお茶の入ったコップとパンが置いてある」 「えっ?」 ソネットは悪いと思いつつその家へと入った。すると、木で出来た机の上に5人分のパンとお茶が用意されていた。お茶からは白い湯気が出ている。 「…どうして…」 呆気にとられているソネットを尻目にキクがお茶を手に取った。 「暖かいわ」 そのまま口の中へと運ぶ。 「えっ、ちょ、ちょっと!?」 「心配するな。いつものことだ」 慌てて止めようとするソネットにカンタロウは言った。 「いつものことって、何が入っているかわからないのよ!?」 「彼女は1口で食べ物に毒が入っているか入っていないか判別できる」 「…ほんとに?」 「らしい。でも死なない所を見ると大丈夫そうだな」 カンタロウもお茶を1口飲んだ。 「パンはどうだ?」 「グッドです」 「よし。いただこう」 カンタロウとキクは白い皿の上のパンを食べた。ソネットは何か不思議なものでも見るかのように2人を見ている。 「…朝食用ね。このお茶薄くつくってある。胃に優しいわ」 「なるほど。朝突然いなくなったというわけか」 「あんたたち、家の人に見つかったらどうするのよ!?」 「…見つからんよ」 カンタロウはパンを飲み込んだ。
「人はいない。すでに『9番目の息子』コンスティンで調べておいた」
カンタロウの眼が赤い。すでに『赤眼化』し、町の様子を把握しているのだ。 「カンタロウの能力は信用していいわ」 キクがパンにかぶりつく。 「でも…」 「おいしいよ。母さん」 ソネットがダンテ達を見ると、ダンテはすでにパンをたいらげている。 ノゾミはパンをちぎって口の中へと入れている。 「………」 ソネットのお腹が急に鳴り始めた。
『王のいない城(1):了』
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