「おんや?」 カンタロウが奇声を発した。 「何? 動いたの?」 昼寝していたキクが目を擦った。 仁王立ちしているカンタロウの東洋の服がヒラヒラと風に揺れる。 「あれは? もしかしてマルスオフ?」 「マルスオフ? なんでこんな砂漠に?」 「いや…でもマルスオフだろ? でもなんでまたマルスオフ?」 カンタロウが首をかしげた。キクは呑気に欠伸している。 「見間違いじゃないの? 私寝るッス」 「いや、寝るッスて…寝てたの!?」 カンタロウはキクが仕事サボって寝ていることに始めて気づいた。
大将は逸早く赤い眼の少女の元へ向かっていた。状況がわからない見張りの兵が戸惑っている。 「どけっ! 少女を連れて行く!」 見張り兵を強引にどかすと大将はドアをおもいっきり開いた。 そこには赤い眼の少女が…いるはずだった。 「なっ! いないぞ!」 興奮のあまり誰もいない部屋で大将は怒鳴った。 「どうなってる!」 「誰も通していませんし、少女は外には出ておりません!」 見張りの兵士も困惑した。 「ではなぜいないのだ!」 大将は部屋の中に入った。すると、鉄の棒が転がっていることを発見した。 「これは…まさか!」 大将が窓を見ると鉄柵が外れている。慌てて小さな窓にでかい顔を突っ込んだ。 「あっ! 貴様!」 窓の外では、少女が少年に手を引かれて下の窓から逃げ出そうとしていた。 「ちょ、ちょっと待て!」 手を伸ばそうにももう届かない。 大将は少女に声をかけた。少女は大将の声に気づいて顔を上げた。 「どうして逃げる! 我々はお前の母親に会わしてやろうと…」 「…あなたじゃ私は守れないわ」 少女は冷たく言い放った。 「ごめんよ。この子は僕が責任持って守るから!」 少女を窓の外から中に引き入れ、少年が叫んだ。 「おっおまえ…」
ドンッ!!!!
塔が大きく揺れた。大勢のマルスオフが塔に突っ込んできたのだ。もう時間がない。 「くそっ! 仕方ない! おい小僧! これを持っていけ!」 大将は少年に向かって何かの紙を投げつけた。その紙は丁寧に丸く丸められていた。 「いいかっ! そこへ行け! ちゃんとその少女を届けないと報酬金は払わんからな!!」 「わかった!」 少年は紙を受け取ると少女を連れて塔の下へと降りていった。
「ダンテ!! どこなの!!」 ソネットは叫んだ。しかし、ダンテの返事はない。 「おい! お前! 早く逃げないか!」 「うるっさいわね。私の息子がいないのよ!」 「もう知らんぞ!」 兵士はさっさと逃げていった。 「なによ。頼りない男ね」 「母さん!」 ダンテの声が聞こえる。ソネットは急いで声がした方に向かうと、奥の階段からダンテが走ってこちらへと向かってくる。 「ダンテ!」 ソネットが走ってダンテを抱きしめた。 「よかった…私の可愛いダンテ…」 「母さん…それより…」 ソネットはダンテの後ろにいる少女に気づいた。そしてその子の眼が血のように真紅に染まっていることにも。 「…あなたは」 「始めまして、ノゾミです」 ノゾミは恭しく頭を下げた。 「あっ、始めまして」 ダンテを離すと、ソネットも挨拶した。 「ダンテ…この子は…」
ドゴンッ!!
けたたましい音とともに、マルスオフが塔の壁を突き破った。透明なガラスが雨のように散らばった。 「うわっ!!」 ダンテは反射的にノゾミの手を引いた。 「マルスオフ! もうこんなところまで!」 ソネットは剣を抜いた。
『かえりた…い…かえり…たい』
マルスオフの頭から何かがはえてきた。それは人のように頭があり、体があり、両腕があった。下半身はマルスオフになっている。 「…かえり…たい…」 赤い眼が爛々と光った。 「エコーズ! ダンテさがって!」 ソネットが叫んだ。だが、それより早くマルスオフの強力な顎がノゾミに振り下ろされた。 「やめっ…」 ノゾミの前に立とうとしたダンテをノゾミは制止した。 その時、ダンテは見た。ノゾミの眼が黄金色に変色していることを。 ―マルスオフの動きが止まった。まるで何かの箱に閉じ込められたようにマルスオフの周りの空間が静止した。 「…どうして」 ダンテは呆気にとられていた。 「ダンテ! 今よ、早くその子を連れて逃げるわよ!」 ソネットの声でダンテは我に返った。 「行こう!」 ダンテはノゾミの手を握るとソネットの後を追った。 ソネットは脱出口へと向かっていた。この塔に入る前に案内役の男に聞いておいたのだ。鉄の扉を無理矢理開けるとそこには今まさに逃げ出そうとしている案内役の男がいた。 「あっあんたね!」 「じょ、冗談じゃないよ! 私はあんた達を塔へ連れてくるのが仕事なんだ!」 男は車のエンジンをかけようとキーを回した。 「ぎゃあ!!」 男が叫んだ。男の頭をマルスオフがかみついたのだ。強力な顎で頭蓋骨が砕かれていく。 ソネットは車に素早く近づくと男を蹴り飛ばし、車から追い出した。男はマルスオフにバリバリと喰われて行く。 「恨みなら地獄で聞くわ!」 ソネットは車のエンジンをかけるとダンテに向かって叫んだ。 「乗って!」 「わかった!」 ダンテとノゾミは車に乗り込むと、ソネットはアクセルを全開にして扉に突っ込んだ。 「バンッ」と大きな音をたてて扉が破壊される。 「よっしゃあ! それじゃあ行くわよ! しっかり捕まってて!」 ソネット達は砂漠の中へと車を走らせた。 車は快調に砂漠を走り続けた。だが、ソネットは青い顔してアクセルを踏み続けていた。 「どっどうして追いかけてくるのよ!」 車の後ろにはマルスオフが大群を率いて追いかけてくる。その先頭にあのエコーズがいる。 「大体私達が来る時はなんでラクダなのよ。経費削減してんじゃないわよ!!」 パニックに陥ったソネットはすっかり意味不明なことを口走っている。 「母さん…落ち着いて…」 「私は落ち着いてるわ。てゆーかその子こんな状況で堂々と寝てるじゃない!」 やはりソネットはパニックに陥った。 ノゾミは確かにスヤスヤと眠っていた。何となくダンテは安心したが、そんなことも言っていられない。 「母さん…僕が…」
「ひゃほうぅ〜!!」
突然空から大声が響いた。上を見上げると炎の翼が見えた。 「あれは…」 次の瞬間、炎の柱が砂漠の地を走った。マルスオフがそれにたじろぎ、陣形が崩れた。 「まさか!? 『7番目の息子』インバルンの能力」 炎の翼を持った男は空で大きく回転すると一気に先頭のエコーズに急降下した。 「もらったぁ!!」 男の剣がエコーズに振り下ろされる。
スカッ
「あらぁ!?」 エコーズは素早く体をマルスオフに隠し、剣をかわした。 男はそのまま砂漠の中へと突っ込んでいった。 「…なっ…なんだったの…」 ソネットは呆れてその様子を見ていた。 エコーズは再び本体をマルスオフの体から出した。
「馬鹿ね。本命はこっちよ」
エコーズの体に剣が振り下ろされた。 「ぐあっ…」 エコーズが叫んだ。赤い鮮血がマルスオフの体に飛び散った。 水色の翼を持った女がそのまま空へと舞い上がっていく。 「あれは『10番目の息子』ランゲ!? どうして『赤眼化』できる人間が2人も!?」 ソネットは叫んだ。 空には赤い翼を持った男が砂漠の砂を体に浴びながら待機していた。 「どうだ!? うまくいったか?」 「いや…浅いわ。さすがにしぶといわね」 エコーズは傷口を押さえながら立ち上がった。 「かえり…たい…かえり…たい…」 エコーズの眼から血の涙が流れる。マルスオフの顎がノゾミへと向けられた。
「…アカイ…アクマメ…」
エコーズの眼に剣を振り上げたダンテの姿が見えた。 エコーズの体が裂けた。その言葉がそのエコーズの最後となった。 「ごめんよ」 ダンテはそのままマルスオフに弾き飛ばされた。 「ダンテ!!」 ソネットは車のブレーキをかけることができなかった。ここでブレーキをかければマルスオフに踏み潰されてしまう。 ダンテは空を仰いだ。青い空から水色の翼を持った天使がダンテの手を掴んだ。その天使は昔紙芝居で見た天使にそっくりだった。 「くっそぉ〜!!!!」 天使は苦悶の表情を浮かべて地面スレスレを飛行した。今飛行をやめれば統括者を失ったマルスオフに体当たりされる。砂蟻の体は異常に硬く、体当たりされれば全身骨折どころじゃすまない。 小さな砂がカミソリのように頬に当たる。ここで力尽きれば砂漠に飲まれる。 飛行の先に砂漠の砂が山のように盛り上がっている。このままではぶつかる。 「カンタロウ!!」 「任しとけぇ!!」 赤い翼を持つ男が巨大な炎の塊を砂漠の山に放った。爆風が地面から舞い上がり、天使はうまくその風に乗った。「ビュウ!!」という音とともに空へと舞い上がった。 「よっしゃあ!!」 赤い翼を持つ男がポーズを決めた。 「…はあ…無茶するわ…まっなんとかなったわね」 天使がダンテに向かってウィンクした。ダンテは少し照れて俯いた。
エコーズを失った砂蟻達は自分達の巣へと帰っていった。 「ダンテ!! よかったぁ!!」 車を止めると、ソネットはすぐにダンテを抱きしめた。 「母さん…」 「ケガはない? どこも痛くない?」 ダンテはいつもの母の調子になされるがままだ。 ちなみノゾミは車で寝たままである。 「はいはい、そこまでだ」 赤い翼を持った男が『赤眼化』を解除した。隣にいる女も『赤眼化』を解除している。 「…ありがとう、まずはお礼を言っておくわ」 「いえいえ」 女は落ち着いた雰囲気で答えた。
「で? 帝軍さん達が何の用?」
「母さん?」 ソネットが女を睨む。明らかに警戒している。 「へえ? よく知ってるな?」 「まあね。『赤眼化』の力を使えて2人1組で行動する。まさかとは思うけどあなた達…」 「知ってるようだな」 男はポケットから何かを取りだした。
「帝国軍第4類カンタロウだ」
「同じくキクよ」
カンタロウは免許を取り出しソネット達に見せた。キクもポケットからスプーンを取り出して2人に見せた。恐らく手に当たったものを適当に出したのだろう。スプーンがキラリと光った。 ソネットは唖然と2人を見つめた。 「ふふ、驚くのも無理はない」 カンタロウは免許をしまった。キクもまったくスプーンに気づかずにポケットにしまう。 「帝国軍…第4類…『赤眼化』の力を持つ部隊」 驚きの目でダンテは2人を見つめた。 「…それで」 すっかり緊張感をなくしたソネットが気だるそうに言った。 「俺達はお前達に興味はないし、用事もない」 カンタロウははっきりと言った。 「なに? それ?」 「はっきり言って偶然助けただけよ。私達は宗教団体『エリニュス』を追っていただけ。マルスオフが塔に突っ込んだ時は、めんどくさいことが終わると思ったのにね」 キクが大きく欠伸した。 「おい、俺達の任務は奴らの動向をつかむことだろうが」 カンタロウが慌てて嗜めた。 「簡単にボロなんて出しはしないわよ。それより奴らにつきまとうもう1つの組織の方が気になるでしょ」 「やめろキク。これ以上秘密事項をバラすな」 さすがにカンタロウはキクがこれ以上しゃべるのを止めた。 「お前達を助けたのは奴らとは違う『ハンター』だったということと…そこの娘が気になるんだと」 カンタロウは少し投げやり気味に親指で少女を指した。 「俺は残っている兵士を追いかけようと提案したんだがどうせ何もしゃべらないだろうし、ほとんどマルスオフにやられちまった。っと、言うことで奴らのことについて何か知らないか?」 「知るわけないでしょ。今日雇われたんだから」 ソネットが強気に言った。 「だよな…。キクもう行こうぜ」 ガクッとうなだれてカンタロウはキクに言った。しかし、隣にいるはずのキクはいつのまにか車の所にいた。少女に興味があるようだ。 「どうした? その子はお前の子か?」 カンタロウは皮肉を込めて言った。 「違うわ。でもどこかで見たことあるのよね」 キクは少女の頬をツンツンした。 ダンテは大人しくその様子を見守っていた。キクならノゾミを傷つけないだろうとわかっていたからだ。 「誰だったかなぁ…」 「もしかして隠し子?」 相当キクの行動に不満があったのかカンタロウはなおも嫌味を言った。 少女がピクリと動き、目を覚ました。 「あっ、起きちゃった。ごめんね」 ノゾミは眠い目を擦りながらキクを見つめた。キクは申し訳なさそうに笑う。
「…お母さん」
ノゾミはキクに抱きついた。 「…へっ?」 キクは驚きのあまり目を丸くした。 「ええっ!? マジで隠し子!?」 カンタロウは目が飛び出るぐらいびっくりした。 「なんだ。母親いたのね」 ソネットは安心したようにため息をついた。 「よかったね。ノゾミ」 ダンテも嬉しそうに笑った。 「ちっ、違うわよ。私の子じゃないわよ」 キクは手を振って否定した。ノゾミはキクから離れようとしない。 「まてよ…それじゃあ俺はお父さんになるのか!?」 カンタロウの言葉に誰も反応しなかった。カンタロウはかなりヘコんだ。 「ちょ、ちょっと。何言ってるのよ」 キクは少女を掴んだ。 「あっ、あれ?」 ―ノゾミはキクに抱きついたまま眠っていた。その幼い寝顔にキクは少しだけ愛着を持った。 「はあ、しょうがないな」 キクは優しく少女を体から引き離すと、車の椅子に寝かせた。 「あっ!! そういえば!!」 いきなりソネットが叫んだ。 「何か思い出したの?」 「前金貰ってないわ…」 「………」 「ああ、報酬金だって貰ってないじゃない! 今月はダンテの服買おうと思ってのに。今からいってやり直せないかしら?」 「無理ね。塔は全壊してるわ」 キクは呆れたように首を振った。 「母さん」 ダンテがソネットの服を引っ張った。 「ノゾミをここに届ければ報酬がもらえるよ」 ダンテは地図をソネットの前に出した。 「何? これは?」 「地図だよ。あそこの塔の大将さんから貰ったんだ。ここにノゾミを届ければお金くれるって」 地図の赤い×印を指で押さえた。 「ああ、ダンテ。さすが私の子だわ。天才!」 ソネットはダンテに頬ずりした。 すごい親馬鹿だなとキクは思った。 「よし! それじゃあ行くわよ!」 ソネットは運転席に乗った。 「待った。私達も行くわ」 キクが車に乗り込んだ。 「…どうしてよ?」 「私達の目的は宗教団体の動向を探ることにあるからよ。その地図の所に行けば何かわかるかもしれないわ。あなた達には協力してもらいます」 ソネットは露骨に嫌な顔をした。 「いいと思うよ母さん。だってこの人達強いんだし何かあれば守ってくれるよ。それに僕達はノゾミをそこへ連れて行けばお金がもらえる。その後のことはこの人達に任せればいいんだよ」 「利口な子供ね。そちらに不利益はないと思うわ。それに私達の権限を使えば役に立つこともあるわよ」 キクはダンテの頭を撫でた。 「でも契約書に軍には気をつけろって…」 「ああ、それは帝国軍第1類か第2類のことだと思うわ。私達はあくまで賞金稼ぎ。極端に言えばあなた達『ハンター』と同類よ」 「………」 まだ納得のいかない顔をソネットはしていた。 「母さん」 「…もう、わかったわかった。連れて行けばいいんでしょ」 「やったぁ。良かったね」 「ええ」 ダンテとキクは手をパンと叩き合った。 「カンタロウ。早く車に乗って」 カンタロウはまだヘコんでいた。
大将は塔の屋上へと向かっていた。部下達はマルスオフに全滅させられた。大将自信も深手を負い、血がポタポタと地面に落ちている。 「…おのれ…何故エコーズに…」 大将は屋上の扉を開けた。 「!?」 そこには兵士の死体が転がっていた。飛行竜は何事もなかったように首を動かしている。屋上の端の方で下界の様子を伺っている1人の人物がいた。 「―――やれやれ、せっかくうまくいったと思ったのに。まさか逃げられてしまうとは予想外ですねぇ…」 その人物はゆっくりと後ろを振り向いた。顔を何かの図形が描かれている包帯でグルグル巻いている。包帯の中からギョロリとした両目と口だけが見える。 「貴様…!?」 もう1人屋上にいた。それは死んでいる兵士を貪り喰っていた。バリバリと大きな音をたてている。 「大変失礼しました。あなたの部下は私の仲間が殺してしまったんですよ。なにせ腹が減るとイラついて飛行竜まで殺しかねないですからねぇ」 男が喰うのを止め、ゆっくりと大将に振り向いた。その男の口は無数の牙で出来ており、頬まで裂けていた。赤い血が牙から滴り落ちた。 「…貴様ら…S級犯罪者…『イボガエル』、『ハイエナ』か!?」 「おやおや? 私達の名前を知っているとはさすがですね」 「人間の忌み嫌う名を持つ者。そして、女神の下僕共が!!」 大将の銃声が砂漠を木霊した―――。
「追いかけるのか? なあ? 追いかけるのか?」 ハイエナは大将の頭を壁に叩きつけると赤黒い脳みそを取り出して口に入れた。 「まあそう興奮しないでくださいよ。それに私は死体の臭いは嫌いなんですから近づけないように」 イボガエルはさっきから興奮して死体を弄んでいるハイエナに注意した。 「わかった。わかった」 「そう。あなたは物分りが良くて助かります」 イボガエルは遠くの砂漠を見つめた。その先にはソネット達がいる。 「それにしても帝軍まで出てくるとわね。ややこしい話になりそうですよ。あの少女もなかなか勘が鋭い」 「うまそうだった。あの女うまそうだった」 「決して少女には手を出してはいけませんよ。他の者はあなたの好きにしてもいいですけどね」 「やった。やった。犯す。犯す。犯して食べる」 ハイエナは嬉しそうに踊った。
「―――さて、どうしてやりましょうか…」
イボガエルは「ケケケケ」と笑い始めた。
『帝軍:了』
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