ラクダを降りると乾いた砂の音が聞こえてくる。 「ここが…あなた達の基地なの?」 「正確には臨時の基地ですけどね」 案内役の男もラクダから降りた。 「大きな塔だ。上のほうなんてピカピカ光ってる」 息子のダンテが正直な感想を言った。 「ねえ、なんでこんな塔必要だったの?」 「―――そうね。どうして昔の人はこんなもの造ったんだろうね…」
―今から数百年前。『レッドデス』と言われるウィルスが世界中を襲った。科学の進歩した人類でも、このウィルスに対して対抗するすべを持たなかったと言われている。 赤い花が世界を覆いつくし、あらゆる生物を変貌させていった時。人類に1つの希望が現れた。それが『13人の赤眼の者』といわれる『赤い眼』をもつ者達である。 彼らは全員男であり、『1〜13番目の息子』と言われ、その神にも近い能力を持って、『レッドデス』に感染し、変貌した生物を倒していった。 彼らの目的は凶暴な『レッドデス』感染者から母体を守ること。母体に選ばれたのは唯一『赤眼の者』となれた人間の女だった。 『1番目の息子』ロードが世界を創り、『2番目の息子』ファーストが赤い花の抗体を創り、『4番目の息子』ザクロが知恵と精神と魂を創り、母体が今の世界の生物の肉体を創った。 こうして私達人間は彼らに創られ存在しているのだ。
「何よこの塔? 変なの」 ソネットはガラスをペタペタと触った。太陽に反射して自分の顔がガラスにうつった。肩までかかった薄い茶色の髪が眩しく見える。 「母さん危ないよ」 割れたガラスの切っ先が鋭く光る。 「大丈夫よ。それよりダンテは触っちゃだめよ。ケガするから。わかった?」 「は〜い」 案内役の男は若い母親だと思った。ソネットの顔を見てみるがどう見ても20代後半というところだ。 男の子のほうは10歳といったところか。銀色の髪に幼いながらも端正な顔つきだ。髪の色の違いは父方の遺伝が強いためか。 「あっ、指きっちゃった! どっどうしよう!」 「母さん…」 「いっ痛い! ダンテ! 消毒液!」 ソネットはパニックを起こし、指を天に掲げた。そのため余計に血が飛び散った。 「はいはい」 ダンテは冷静にバッグから消毒液を出した。 …ほんとうに大丈夫かこの2人…っと案内役の男は思った。
窓の隙間から乾いた風が入ってくる。砂が廊下の端に溜まり、山となっている。どうやら掃除をしても無駄なようだ。 「どうしてこんなところ基点にしてるのよ?」 「だから臨時ですよ。いつまでもいるわけじゃない」 「ふ〜ん…まっ、掃除が大変そうだし。こんなところいつまでもいたって無駄ね。私なら引っ越すわ」 しばらく歩くと詰め所が見えてきた。2人の兵士が扉の前に立っている。案内役の男が2人の兵士の元へと向かった。 「さっ…てと、それじゃあ母さんはいってくるから。1人で待ってるのよ」 ソネットはダンテの頭を撫でた。 「うん、わかった」 ダンテは素直に頷いた。 「さあ、稼ぐわよ。とっとと契約すましてしまいましょ」 ソネットは肩を回すと詰め所に向かった。 1人残されたダンテは窓から広大な砂漠を見回していた。何もない砂漠だ。 「ふあ〜あ…」 数分で飽きてしまった。 「ねえ」 「なんだ?」 ダンテは扉を守る兵士に声をかけた。 「トイレはどこ?」 「…そこを左に曲がって真っ直ぐ行けばわかる」 兵士は仏教面で答えた。ダンテは「ありがとう」と言うと、兵士に言われたとおりの道を歩いて行った。 用をすますとダンテは元の場所に戻ろうと廊下を歩いた。 「…あれ?」 いるはずの2人の兵士がいない。しかも扉の形も違うしどこか雰囲気も違う。 「まずい…迷った」 すぐに迷ったことに気づくと、ダンテは周りを見回した。とりあえず状況を把握しようとしているのだ。 「太陽は東から昇り、西に沈む。今は午前中だから…」 太陽を見て方角を確認する。 「これなら大丈夫か…?」 どこからか歌が聞こえてくる。女の人の声だ。 「…綺麗な歌だな」 ダンテは思わず聞き惚れた。 「…ちょっとぐらいならいいか」 母さんはいつも契約時は時間がかかる。なぜなら契約金でかなりごねているからだ。今頃契約金をもうちょっと上げろとか言ってるに違いない。 「よし、行ってみよう」 子供ながらの好奇心を持ってダンテは歌の方へと向かった。 歌は塔の最上階から聞こえてきた。階段を慎重に上がっていき、20と番号がかかれた階に着いた。 「…あっ」 ダンテは小さく声を上げた。そこにも兵士が2人ほど立っていたからだ。しかも1階と違って武装している。 武装兵は表情を1つも変えずに立っている。その姿にかなりの威圧感を感じる。なんだか重々しい雰囲気だ。 「なんだろう…」 ダンテは近づくのを躊躇した。行った所で止められるだろう。 「どうしよう…」 途方にくれているとガラスのない窓が見えた。窓の外を覗くと壁に小さな出っ張りが見える。 ダンテはニヤリと笑った。
少女は歌を歌っていた。この歌は母が歌っていた。その歌を少女は胎児の時から聴いていた。 歌を歌っていると不安が紛れた。自分を押しつぶそうとする何かに少女はいつも怯えていた。孤独の中、少女は声が枯れるまで歌い続けた。 ガタッ 何かが動いた。少女は歌を止め、顔を上げた。 「…お前、また来たの?」 少女はベッドから立ち上がると窓辺を見つめた。 ガタッガタッ… 窓辺の鉄柵が外れた。 「よしっと。これで中に入れる」 誰かの声がした。 「よいっ…しょっと…」 頭が見えた。小さな頭だ。狭い鉄柵の間を通り抜けようと少年が体をねじこませた。 「よっ…と」 少年はうまく鉄柵の間をすり抜け部屋の中へと入ってきた。 「………」 少女は怯えることなくその様子を見つめていた。少女にとって始めてみる人間だ。自分をここまで連れてきた人間は背の高い大人しかいなかった。 少年は音をたてずに地面へと降りた。 「こんにちは」 少年は人懐っこい笑顔で挨拶してきた。 「あっ…こ…こんにちは…」 「僕の名前はダンテ。君は?」 「…名前?」 「うん」 「…ノゾミ」 「へえ〜ノゾミっていうんだ」 ダンテはノゾミをジロジロ見た。ノゾミは汚れた絹の布を着ており、細い足がスカートから見える。 「女の子なんだ?」 「うん」 「ここで何してるの?」 「…歌を歌っているの?」 「どうして?」 「…気分が良くなるから」 「綺麗な歌だね」 「………」 ノゾミは少し頬を赤らめた。自分の歌を褒められたことがなかったからだ。 「少なくとも僕の母さんよりはうまいよ」 「そう? …ありがとう」 ノゾミの顔が少し曇った。ダンテはその表情の反応を見逃さなかった。 「…どうしたの?」 「ううん、お母さん。いるの?」 「うん、今交渉してる」 「…あなた達は何故ここに来たの?」 ノゾミの大人っぽい対応にダンテは少し戸惑った。背は自分より小さい。髪は黒髪で、背中まで伸びている。それに…少女は赤い瞳でダンテを見つめている。 「うん、確か『赤眼の者』の護衛で僕らは雇われたんだ。僕も一応『ハンター』」 「…そうなの…それで背中に剣を抱えているのね」 「まあね」 少女はベッドに座りなおした。 「ねえ。僕もそっちに行っていい?」 「うん、どうぞ」 ダンテは遠慮なく少女の隣に座った。そして、ノゾミの瞳をジッと覗き込んだ。 「君が『赤眼の者』?」 「…大人はそう言うね」 「綺麗な瞳…宝石みたいだね」 「宝石…」 ノゾミはまた頬を赤らめた。恥ずかしいというより予想外の反応に戸惑っている。 「…怖く…ないの?」 「別に。どうして?」 「………」 ノゾミは視線をダンテから逸らした。言葉では思いつかない感情がノゾミにそうさせた。 「あっ、ごめん。変な事言った?」 「ううん…あっ…お母さんがいるなんて羨ましいなって…」 「君にはいないの?」 「いるけど…その…まだ会ったことないの」 「? どうして? 生まれた時にお母さんはいたんじゃないの?」 「うん、生まれた時にお母さんはいたけど死んじゃったの。それで、今から本当のお母さんに会いに行くの」 「?? 生まれた時のお母さんはお母さんじゃなかったの?」 「ううん、どっちも本当のお母さん」 「???」 ダンテの頭の中が混乱してきた。 急に少女が立ち上がった。ダンテは驚いてベッドから飛び退いた。 「どっどうしたの?」
「…来る」
少女の赤い瞳に刻まれた烙印が薄っすらと光った。
「…ううむ。確かにお前達の事情はわかった」 この塔の大将が唸った。髪の毛のない額には大量の汗が流れ、黒髭はピクピク動いている。 「わかっていただけました?」 ソネットがハンカチ片手に涙を拭った。 「だがな。50万割り増しは駄目だ」 キッパリと大将は断った。さっきから延々とソネットから身の上話を聞かされ大将はうんざりしていた。 「じゃあ25万。私達にも生活ってものがあるのよ」 ソネットは割り増し賃金を図々しく半分にした。 「話にならん。提示した金額以上は絶対に払わん」 「なによケチ!」 ソネットは不貞腐れた。子供っぽく頬まで膨らましている。 「ケチでも結構。提示した金額は相場としては破格の額だ。不満があるなら他をあたる」 「まっさかぁ〜。ちょっと冗談を言っただけですよぉ〜」 急にソネットの態度が卑屈になった。 契約決裂となるとこっちがまずい。ダンテにも成長に見合った服や靴を買ってやりたい。今後の資金も貯めたい。 ソネットはこれ以上余計なことは言うのはやめた。 ここは大人しく妥協しておいた方がよさそうだ。確かに報酬額はいいのだから。 「それなら契約成立だ。さっそく仕事のほう…」 「たったっ大変です」 若い兵士が慌てて詰め所に入ってきた。 「なんだ騒々しい。まさか? 軍か?」 「ちっ違います。マルスオフが大勢でこの塔へ向かっています…」 「なっなにぃ!!」 「なんですってぇ!!」 大将とソネットは同時に立ち上がると、詰め所の扉を強引に開け、窓から外を見た。遠くで砂煙が天高く舞い上がっている。 「くそっ、その双眼鏡を貸せ!!」 「嫌よ!! これは私のなんだから!!」 強引に奪おうとする大将の手を振るいのけ、ソネットは遠くを覗いた。ちなみにその双眼鏡は若い兵士からひったくった物だった。 「貴様のをよこせ!!」 大将は近くの兵士から双眼鏡をひったくるとソネットと同じく遠くを覗く。 「…ほんとだ…マルスオフだ」 ソネットが信じられないといったふうに小さく呟いた。 「馬鹿な…マルスに捨てられしゴミどもがどうして軍勢など…」 「ねえ、あの左にいる奴ってもしかして…『エコーズ』じゃない?」 「ほんとか!?」 ソネットが指示した場所を覗くと、マルスオフ『砂蟻』に下半身を同化させた『赤眼の者』エコーズがこの塔を目指して進軍してくる。 「前線の部隊はどうなった!?」 「連絡がつきません!」 「くそっ!! 奴らの狙いはアレだ。飛行竜を早く手配しろ!!」 「まっ間に合いません! 塔にぶつかってくる!」 ソネットは双眼鏡の中で『エコーズ』を見て呟いた。
「―――『レッドデス』の抗体を持たず、毒の回るこの世界で…旧世界の帰還を繰り返し呟く者。『エコーズ』…」
『エコーズ:了』
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