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作品名:赤い雫 作者:牛を飼う男

第28回   エピローグ(前編)
 目が覚めるといつも聞こえてくるあの歌声。
 優しくて
 透き通ってて
 柔らかい歌声。
 その歌声が聞こえるとすぐに目が覚めた。
 ベッドから起き上がると寝間着のまま家のドアのほうへ向かう。
 そのドアの傍にはいつもあの人がいた。
 長い黒髪を絹糸で束め、木で造った椅子に座り、膝には黒い猫の小さな寝息が聞こえてくる。
 どこまでも遠い青い空の下で、あの人は歌を歌い続けた。
 私がすぐ傍まで行くと、すがすがしい顔でいつものように言うのだ。
『おはよう。ノゾミ』
 私はその歌が好きだった。
 あの人が好きだった。
 膝の上の猫も好きだった―


「取引完了ですねぇ」
 自動扉のスイッチを入れると、小さな機械音と共に扉が開いた。扉の向こう側には2人の男が立っていた。
「こんにちは小さな女神様」
 大きな目をギョロリと回し、長い舌を空中でブラブラさせながらイボガエルが挨拶した。
「ははっ、女神だ。女神だ。小さい。小さい。可愛い。可愛い」
 隣にいる顔を奇妙な図形が描かれている布で覆い、鋭い牙のある大きな口だけを見せるハイエナが興奮気味に笑った。
「直接お会いしたのは初めてでしたっけね?」
「…ええ」
「そうですか。仲間の1人があなたの顔を見ているはずなのですが非協力的でねぇ。…まあそれは置いておくとして、それでは行きましょうか?」
 私はチラリと後ろで眠っているダンテの方を見た。機械犬も私の命令どおり大人しくダンテの傍にいる。
 私が機械犬に頼んだのだ。ダンテを護ってくれるようにと…。
 コクリと頷くと2人の男の後ろを歩き始めた。
 通路を歩いている間私達は一言も口を開かなかった。前にはイボガエルが、後ろにはハイエナがピッタリと私を挟んで歩いて行く。後ろでハイエナが「ハア、ハア」と興奮しているのがわかる。
 私はこれから何をされるのかわからなかった。それでも脅えたり、恐がったりすることはなかった。だって、私は大切な仲間を護るのだから。
 以前の私はそんなことを考えただろうか? きっと考えもしなかっただろう。私はずっと逃げてばかりで、自分はか弱く戦う事などできないと思っていた。
 だけど今は違う。一緒に旅をした仲間を、初めて出来た友達を…そして…大切な人を護っている。
 これでいい。
 そう心の中で呟くとスゥーと緊張感が抜けていく気がする。
 私達はエレベーターに乗り込むと、小さな銀の扉の中にある血のついたボタンをイボガエルが押した。エレベーターが下に降りていく間、体から現実感が抜け出そうだった。
チン
 エレベーターが止まった。扉が開くとそこは整備された通路ではなく、茶色い洞窟だった。
「ここは緊急用の通路ですよ。主に偉い人が逃げ出すためのね。混乱を避けるために一般従業員には秘密にされている所ですよ」
 イボガエルが洞窟の闇の中へと歩いて行く。
「どうしてあなたがそれを知っているの?」
「私達の仲間が教えてくれたのですよ。…まあ今日解散しますけどね」
 イボガエルがそれ以上何も言わず洞窟内を進んでいく。
 洞窟の壁には松明が明々と闇を照らしていた。3人の影が不気味に揺らめく。それはまるで踊っているようにも見える。
 しばらく行くと白い光が見えた。どうやらこの先には大きな部屋があるようだ。その部屋から嫌な臭いがただよっている。
「…やあ。そこにいるのが女神かい?」
 部屋に入ると私と背丈が同じくらいの少年が立っていた。髪が茶色で瞳が黒い。洋式の服装を着こなしている。
「どうやら儀式は始まっているようですねぇ」
 イボガエルが嬉しそうに言った。
 天井から何かが落ちてきた。もう一度よく見ようと目を凝らすと、赤い水滴が落ちているようだ。上を見上げるとそこには異常な惨劇が広がっていた。
 人間の死体が天井にはりついているのだ。恐らくここに逃げ込んだ人達のなれの果ての姿だろう。バラバラに刻まれた体から、搾り取られているように血が水滴となって地面へと落ちている。奇妙なことにコンクリートで出来ているはずの地面には血の水溜りが1つもできておらずすべて吸収されている。
 私は脅えることなく部屋へと一歩踏み入れた。すると不思議な事が起こった。私の足元から緑の植物が地面から現れ、赤い花を咲かし始めたのだ。そこから波及するように赤い花が部屋全体へと広がっていった。
 イボガエルとハイエナはその光景を感嘆した表情で眺めている。
「間違いないようだね。その子は女神だ」
 少年は微笑むように言った。
「初めまして。僕はπだ」
 πは端整な顔を歪ませて言った。
「へぇ〜。そいつが女神か?」
 部屋の奥から2人の男が現れた。1人はがさつな声で品性の欠片もない。身形は黒い服で覆い、右目を大きく開け、左目が細い。わざと顔のバランスを崩しているのか癖なのかわからない。
「これはこれは。本当に小さな女神様だな」
 その隣の男は落ち着いた雰囲気を醸しだしている。口を布で覆い身形もキリッとしている。長髪の髪型が冷徹な印象を与える。
「あの2人はキング兄弟です。がさつなのが弟でキング・コブラ、きちんとしているのがお兄さんでキング・シーサーですよ」
 イボガエルが私の耳元でボソッと教えてくれた。
「ほう。どんなものかと思えばまだガキじゃのう」
 さらにジャラジャラと体を縛る鎖を引きづりながら、両腕のない男が現れる。
「可愛い女神様だ」
 その隣にいる小さな女の子が舌なめずりをする。片腕がないようだが痛そうな様子はない。
「アハ…アハ…いいよ…すべて…」
 口のろれつがまわっていない太っちょの男が体を引きずってくる。
「両腕のない鎖の男がオオムカデ。太っちょの男がナメクジ。体が溶けるという奇病にかかっていましてね。もう脳みそもだいぶやられてますねぇ。そしてあの小さな女の子がイモムシ。あれは仮の姿ですが、本体はそれはもう情けない奴ですよ」
 イボガエルは「ククッ…」と小さく笑った。
「―また会ったな」
 カツン、カツンと革靴の音を響かせながら、黒い皮服を着、銀縁の眼鏡をかけた男が現れた。
「………」
「あれがイナゴですよ。私達の中であなたと対面したのはあの人だけですねぇ」
 イボガエルは一瞬私の顔が緊張で強張るのを見逃さなかったようだ。すぐに無表情に戻ったが、イボガエルはニヤニヤ笑っている。
「………」
 イナゴはそれ以上何も言わず壁に背をもたれた。
 合計9人の人間がこの部屋にいる。いや、私を含めると10人か。だけど…もう1人いる気配がする。
「気づきましたか?」
 イボガエルは私の様子に目を細めた。
「S級犯罪者『オニ』があそこにいるのですよ。まあ完全不可視性体なので姿は見えませんがね」
 血のように赤い花畑の中に2つの空間ができている。それがカサリと音を奏でた。確かに生き物がいるようだ。姿は見えないけど。
「さてと。それでは皆さん…」
 イボガエルが声を上げた時、後ろから獣の唸り声が聞こえてきた。振り向くと機械犬が白い牙を向けて走ってくる。標的は小さな女の子…イモムシのようだ。
 ガッ!!
 機械犬がイモムシの喉元に咬みついた。イモムシは慌てることなく機械犬を睨んだ。
「またお前か…いい加減ウンザリするよ」
 イモムシは機械犬を片手で掴むとコンクリートの壁に投げつけた。
「ギャワン!」
 機械犬は叫び声を上げるとズルズルと地面に倒れた。口からはピンク色の舌が投げ出された。
 イモムシの喉元には傷1つついていない。イモムシは喉元をさすると機械犬に向かって腕のある方をあげた。
「そんなに主人が恋しいのか? ―だけどこの体は返さないよ…」
「やめなさい」
 イボガエルがイモムシに向かって言った。不機嫌な顔つきでイモムシがイボガエルに視線を移す。
「神聖な儀式が汚らしい獣の血で汚れてしまう。それはあなたも本意ではないでしょう?」
「…ふん。邪魔ばかりして気に入らない犬だったけど今回だけは勘弁してやるよ」
 イモムシは攻撃する手を下げた。
「待て!」
 また後ろから声が聞こえた。そこに立っていたのは銀髪の少年…ダンテだった。
「ダンテ…」
 つい声が漏れた。思わぬ登場に驚嘆してしまったのだ。
「ノゾミをどうする気だ!」
 ダンテは剣を抜くとイボガエルに剣先を向けた。
「なんだぁ? あのガキは?」
 キング兄弟の弟、コブラがジロリとダンテを睨んだ。
「ああ、彼は女神様の騎士ですよ」
 イボガエルは驚きもせず淡々と答えた。
「へえ〜。女神様の騎士ねぇ。面白れぇ。いっちょ相手してもらおうか?」
 剣を抜こうとしたコブラを制して、イナゴがダンテの前へと立ちはだかった。
「なっ!? テメェ!?」
 文句を言おうとしたコブラを兄であるシーサーが片腕を上げて止めた。
「あっ、兄貴…」
「今はそんなことをしている場合ではない。俺達の目的を忘れたか?」
「…チッ」
 コブラは剣を鞘へとおさめた。
「…女神を救いに来たのか?」
 イナゴは静かに言った。
「そうだ! ノゾミを返せ!」
「ほう…威勢のいい子供だ。もし女神の騎士だとするのなら期待できるかもしれん」
 イナゴは長身の剣を抜いた。自分の背丈ほどありそうな剣だ。
「こい」
「…うおおお!!」
 ダンテはイナゴの異様な威圧感を跳ね飛ばすように大声をあげるとイナゴに向かって行った。
ブンッ!
「!?」
 ダンテの剣がイナゴの体を掠めた。
「………」
「くそっ!」
 ダンテは的確にイナゴをとられて剣を振り下ろすがなんなくかわされてしまう。
「なるほど。素人ではないようだ」
「くっ! …」
 ダンテの剣がイナゴの右肩に振り下ろされた。しかし、イナゴは剣を持っていない左手でダンテの剣を掴んだ。
「!?」
「だが…その程度か?」
 イナゴはダンテの剣を持ち上げると、浮かび上がったダンテの体に蹴りを入れた。
「ぐはっ!?」
 強力なイナゴの蹴りがダンテの腹に入り、ダンテは固い壁に背を強打した。そのままずるずると地面へと座り込む。
 イナゴは剣をダンテに向かって直線状に構えた。
「…それでは俺は救われない。ここで女神の血となれ―」
 イナゴはダンテに狙いを定めると、リーチの長い突きをダンテの胸めがけて繰り出した。
「まって!!」
 ダンテの前にノゾミが両手を広げて立ちはだかった。イナゴの剣はちょうどノゾミの喉元でピタリと止まった。
「…約束を守って」
「………」
 イナゴは感情の読めない目で私の目を覗き込んだ。
「ああ、すみませんねぇ。女神様と取り引きしたんですよ。儀式を完了させてくれる代わりに、ここにいるお友達を助けてくれってね。だから申し訳ないのですがここは剣を引いてもらっていいですかね?」
 イボガエルは今思い出したようにイナゴに言った。そのわざとらしさに少し腹が立った。
「………」
 イナゴは黙って私を見つめた。
「…お前の父親もそうやって大切な人を護って死んでいった。かなりの剣の腕前だと聞いて期待していたのだがな」
 キッとイナゴを睨んだ。
「―この俺が憎いか? お前の父親と母親を斬り殺したこの俺が―」
 …なんと邪悪な目をした男だろう。その目の奥には後悔や同情など一切感じられない。いったいどんな目でこの世界を見つめているのだろうか。
「―ええ」
「…ふん」
 イナゴは剣を引くと鞘におさめた。そして踵を返すと奥の方へと引き返していく。
「…ダンテ」
 ダンテの頬にそっと触れると微かだが反応があった。「よかった…」と小さく呟き私は儀式に向かおうとした。
「…ノゾミ」
 ダンテが呟いた。私の名前を呼んでくれた。意識が遠のくのを必死で我慢しながら心配そうな顔を向けてくる。
 その顔を見ると決心が鈍りそうで恐かった。ここで私が逃げ出してしまうと何もかもが終わってしまう。そういった不安が心の奥で叫んでいる。
 ―口がそっと動いた。
 それは無意識な行為だった。私の口からあの歌が聞こえてきた。優しくて、柔らかくて、懐かしい歌。あの人が好きだった歌。
「…ノゾミ…やめて…」
 ダンテが苦しそうに言った。心地よい歌に意識を奪われていることがわかる。
 そうか。
 この歌は子守唄だったのかもしれない。
 どうして今まで気づかなかったんだろう?
 ダンテは必死で抵抗していたが、やがてまぶたが静かに閉じられていく。まるで安らぎを得た子供のように。
 この先の事をダンテに見られたくない私の思いが通じたのかもしれない。
「…ノゾミ―」
 ダンテはそう一言言うと、ガクンと頭を項垂れた。その時にはすでに私の心は落ち着いていた。もう何も恐くない。
「―ダンテ…もう何も恐くないから―」
 ダンテの唇に自分の唇を重ね合わせる。
 ダンテに自分の事を忘れてほしくないから。
 ダンテに自分がいたという証を残したいから。
 唇をそっと離すと小さな寝息をたてる彼に微笑んだ。

「―ダンテ、大好き―」

 私は立ち上がると、『十の獣』達と向き合った。
「なんということでしょう! この少女の気高き勇気、そして深い慈愛! たかが少年1人を護るために自分自身を犠牲にするとはなんという崇高な存在なのでしょう! 皆さん! この少女の中に眠る素晴らしい力を堪能しようではありませんか! そして我等の物語はここで完結を迎えるのです!」
 イボガエルが高々と両手を広げて宣言した。その姿は庶民に教えを説く支配者のようだ。
「わははははは!! くだらねぇ!!」
 コブラが高笑いしていった。
「茶番だな」
 シーサーが冷ややかな目で私を見下す。
「面白いもんじゃ。まさしく滑稽よ」
 オオムカデが目を細める。
「くくく…愛は美しいものだ」
 イモムシが卑しげに笑う。
「アハ…つまらない…」
 ナメクジがくだらなそうに天を仰ぐ。
「………」
 ハイエナは何故か真剣な顔つきで私達を見つめる。
 イナゴはすでに興味がないのか目を閉じたまま動かない。そして、姿の見えないオニはどんな表情をしているのかもわからない。
「さあπ! 儀式を完了させましょう! この小さな女神様に敬意を表してねぇ!」
 イボガエルは嬉々として興奮し、πを私の前に導いた。
「…なかなか面白い見世物だったよ。伝説として残るとすれば紙芝居あたりがいい所じゃないかな?」
 πはニヤニヤ笑いながら私の前に立った。
 私は『十の獣』を見回した。皆ニヤニヤと笑っている。嫌な笑いで私を見下す。
 ―私の存在はそんなに軽いものなのだろうか?

「―ねえ。私の存在ってどんな意味があるの?」

「―ただの『か・み・く・ず』だよ」

 πは口元を歪めながら一言そういうと、私の胸に右手をかざした。
 赤い花が一斉にざわめき、部屋の外側から真紅のクリスタルに変わっていく。花びらが部屋の天井まで吹き飛ばされ、そのままユラユラと力なく地面へと落ちていく。真紅のクリスタルが私の足元に到達するとピキピキと体がクリスタルへと変化していくのがわかる。
 膝が動かない。腰が動かない。腕が動かない。
 クリスタルは容赦なく私の体を硬化させていくと、ついに喉元まで侵食し始めた。
 痛みはない。
 苦しみもない。
 後悔もない。
 ―これで…自分の人生が…苦しくて辛かった生への執着が終わる―


『綺麗な瞳…宝石みたいだね―』


 唐突に蘇ったダンテとの過去の記憶。それは生に対する喜び。そして死に対する後悔。
 ―ダンテ。
 ―初めて自分の存在が認められた。
 ―嬉しかった。
 ―楽しかった。
 ―あなたに会えて…


 ―よかった


 完全に紅いクリスタルと化したノゾミの瞳から、一粒の赤い雫が流れ落ちる。
 イナゴが何も言わずノゾミの前へと立つ。その目には女神が零した赤い涙をしっかりと捉えていた。
「…泣いているのか? 仲間と別れるのがつらいか? それとも死に対する恐怖からか? まさか…あの小僧と別れるからか?」
 イナゴは剣を抜くと静かに構えた。
「もし誰かを恨むのなら―自分自身を恨むんだな」
ズバッ!!

「―お前の存在そのものが『悪』なのだから」

 イナゴはクリスタルと化したノゾミの首を切り落とした。首を失ったノゾミの首元から赤い血が溢れ出す。
「ひゃほう! 血だ! 女神の血だ!」
「いい匂いだ。いい匂いだ。飲みたい。飲みたい」
 コブラとハイエナが我さきにと伸ばした手をイボガエルが制止させる。
「まあ待ちなさい。ここに十のグラスがあります。女神の血をそそいで乾杯しましょう」
 それぞれが女神の血が入ったグラスを持つと、イボガエルは手に持ったグラスを高々と掲げた。
「永遠の祝福あれ!」
 イボガエルがグラスの中に入った血を飲み干すと、皆一斉にグラスに口をつけた…


 ―儀式が終わり、獣達はそれぞれの帰路についていた。
「おい。小僧」
 気を失っているダンテの前に、コブラが座り込んだ。
「お前が何故大切な人を護れなかったか教えてやろうか?」
 コブラは上機嫌に言った。

「―力だよ。お前に力がなかったからだ。力こそ正義なんだよ」

 コブラは自慢気に笑うとシーサーと共に姿を消した。
「…さてと」
 残っているのはイボガエルだけだった。
「一応あなたは生かしてあげますよ。女神様との約束ですからねぇ。でももうすぐこの部屋は毒ガスで充満してしまいます。それはこっちの責任じゃないのであなた達でどうにかしてくださいねぇ」
 イボガエルはダンテに背を向けるとその場から立ち去ろうとした。
「あっ、そうそう。取引には脱出方法も含まれてましたねぇ。あのエレベーターの最上階のボタンを押して真っ直ぐ進めば出口があります。大丈夫。暗号はすべて解除してありますから。まあたどり着けるかどうかは知りませんがね。それと…」
 πの術が解け、血の海と化した地面からイボガエルが何かを取り出した。
 …その赤く血にまみれたものはノゾミの頭部だった…
 イボガエルは乱暴にノゾミの頭部の髪の毛を掴むと、血でスベリ落ちそうになりながらもダンテの目の前に突き出した。

「…おっと、危ない危ない。この首は貰っていきますよ。ほしくてもあげません。あの方に捧げなければいけないのでねぇ…フフフ…」

 首だけとなったノゾミは半開きになった瞳で虚空となった空間を見つめていた。まるでどこまでも遠い青空を見つめているように…。

 イボガエルの高笑いが部屋に木霊した。
 ダンテは何もできず。
 ノゾミを失ったことにも実感がもてず。
 
 ―ただ呆然とイボガエルが姿を消すのを見守っていた…。


『エピローグ(前編):了』


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