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作品名:赤い雫 作者:牛を飼う男

第25回   地下シェルター(5)
 どうしてだ?
 止まりそうな息を吐きながら考えたのはその言葉だった。
 俺はついていなかった。
 22才の頃大学を卒業して就職したものの、3年後にリストラされた。その理由は適正がないから。意味不明な理由だった。
 その後転々と転職し、27才の時はフリーターをやっていた。あの時は未来への希望もなく、ただ淡々と仕事をこなしていた。そうするとふと思った。
 俺、死んでもいいんじゃないか?
 友達も結婚や仕事やらで会えなくなり、彼女もいない。家のことは兄貴がなんとかやっていける。あいつには彼女もいるし親も結婚を期待している。それに比べて俺は何にもない。
 何にもない、何にもない、何にもない。
 なら俺は何故生きている?
 容姿に自信もない。勉強も特に好きではない。仕事だって何やってもうまくいかない。性格だって根暗でどうしようもない。
 俺は死んでもいいんじゃないか? 例えば突然暴漢に襲われたり、事故にあったりして。
 それなのに自殺だけは考えなかった。そんなことしたら周りに迷惑だし、そんなことするエネルギーだってないし。突発的な何かで死亡する。それが俺の理想だった。
 それが…どうしてだ?
 体が動かない。車のフロントガラスがひび割れている。サイドミラーに誰かの血がついている。
 車で彼女の家に行く途中だった。今日は彼女の誕生日だ。だから最高のプレゼントを持って家を出た。
 29才の時自分の志望の仕事に就けた。がむしゃらに働き続け、そこで出会った彼女に恋をした。30才になってようや幸せになれると思っていた。
 車の外で人が何かを叫んでいる。それの声がノイズのようにガサガサと聞こえる。風景が色あせ徐々にしぼみ始めている。
 どうして…こんなときに…願いが叶うんだ?
 遠くからけたたましいサイレンの音が聞こえる。白い救急車から人が降りてきて何かを言っている。俺はガラスの破片が刺さった腕を動かし手を伸ばそうとする。
 すると、どこかで子供の笑い声が聞こえてきた。
 白く濁った目で車の外を見ると赤い花びらが舞っていた。そして俺の腕を掴んだ人間が微笑んだ。
 スラリとした細い腕、見間違うはずもない。彼女が車の外で立っていた。

 ―どうしてだ?

 嬉しいはずなのにその時は何故かそう思った。

***

 私はお花畑の上に立っていた。赤い花の咲くお花畑だ。地面に根づき、満開に花びらを咲かせている。
 空を見ると太陽が2つあった。
 1つは赤い太陽。もう1つは黒い太陽。2つの太陽が徐々に近づいていき1つになろうとしている。
 周りに音はなく風も吹いていない。完全な無音状態で静かだった。あまりにも静か過ぎるので逆に不安になる。
 ふと遠くの丘を見ると誰かが立っていた。黒い影が見えた。近づいていくとそれは人間だという事がわかった。
 それは2つあった。2つともユラユラと幽霊のように動いている。私を手招きしているのかもしれない。
 私はそれが何故か恐くて足がすくんでしまった。大切な何かを失いそうで恐かった。それが何なのか言葉にできなかった。

 ペタ…ペタ…

 いつのまにか眠ってしまったようだ。薄く開いた目で隣を見るとダンテがスヤスヤと眠っている。その寝顔が愛おしくてたまらなかった。
「ウゥ!」
 機械犬が唸り声をあげている。どうやらドアに向かって唸っているようだ。
「どうしたの?」
 ベッドから起き上がりノゾミは機械犬の傍に近づいていく。だけど機械犬は廊下に通じるドアを睨んだまま唸り続けている。
「…誰か…いるの」
 私の心臓が高鳴っているのがわかる。
 ペタ…ペタ…
 その時、耳にしっかりとその音が聞こえてきた。心臓が飛び上がりそうなぐらい驚く。
 ペタ…ペタ…
 この足音は…絶対にソネット達じゃない。まるで爬虫類が歩いているような、そんな気味の悪い足音。それがこの部屋に向かって歩いてくる。
「………」
 私は祈った。その足音が目の前のドアを通り過ぎることを。何事もなかったようにしてくださいと。
 ペタ………
 だけどその願いは叶えられなかった。足音はドアの前で止まった。
 ゴクリ…
 唾を飲み込んで私はドアに近づく。機械犬が危ないと言いたげに私の服を咥えた。

「―お久しぶりですね。小さな女神様―」

 この低調でぬめりのあるような声…。
 私の緊張感が一気に冷めていく。赤く興奮した後の白い冷たさが私の体を覆う。
「ここだ。ここだよ。女神はここだ」
 獣のように「ハアハア」と息をしながら別の声が聞こえてきた。どうやら2人いるようだ。
「…カンタロウの好みのタイプは?」
「…はあ…なんでしょうねぇ?」
「答えられないのなら開けない」
 ドアの向こう側で「フフッ」と鼻で笑う声が聞こえてきた。
「これは困りましたねぇ。いやまいったまいった」
「肉だ。赤くて血のしたたる肉。そうだろ?」
「…違う。絶対に開けない」
「なんだ。違う。違う」
 獣の喉が「グルルッ」と唸る。
「まあいいでしょう。開けたくないのならそれでもよろしいですよ。でもこのままだと全員死んじゃいますねぇ」
「…嘘」
「嘘ではありません。この施設はもうすぐ毒ガスが充満するようになってます。マルスオフ対策か帝軍対策かはわかりませんがね」
 声はわぜと困っているような言い方をした。この状況を楽しんでいるような…そんな感じがする。
「皆を救う方法はありますよ。どうでしょう―私と取引しませんか?」


「ぬおおおおおおおおお〜!!」
 カンタロウの大声が施設内に響く。それに続くけたたましい足音。防音を施されているはずの施設内は喧騒に包まれていた。
「あっ、あれはなんなんだぁ〜!」
 カンタロウが隣で顔を青ざめながら走っているキクに叫ぶ。
「知るわけないじゃん!」
 キクの額から透明な汗が飛び散る。
「あんた達! 何とかしてよ! 帝軍なんでしょ!」
 先頭を行くソネットが2人に文句を放つ。
 全力で走っている3人の後ろでは4体のガーディアンが2本足で追いかけていた。どれも動物の着ぐるみを着ていて可愛らしい姿をしているが、実際その動きは俊敏で速い。カエルが、ウサギが、カメが、リスが2本足でマラソン選手のようなフォームで追いかけてくるのである。それは想像を絶する恐さだった。
 3人はすっかり恐縮してしまい戦うどころではなかった。
「はははは!」
 部隊待機室のモニターの前でクロサギは大笑いしていた。それほど3人が滑稽で面白いからだ。
「まあ気持ちはわかるわな。まさか『森の動物シリーズ』の着ぐるみにガーディアンが入っているのなんて俺でも創造できん」
 ニヤニヤ笑うとクロサギはモニターの電源を消した。
「女神を恐がらせないためとはいえスダチの奴もえらい物を造ったものだよ。…さてと、脱出するとしますか」
 クロサギは部屋の通気扉を見つめた。
「くっくそ! このままじゃ体力がもたん! ソネット! キク!」
 カンタロウが走りながら2人に叫んだ。
「なによ!」
「とりあえず2つに分散させようぜ! ここで戦うには狭すぎるし相手の能力もわからん」
「どうするのよ!」
「分かれるんだよ! 案内図ではこの先は2つに分かれている!」
「ちょ、ちょっとまってカンタロウ!」
 カンタロウとソネットの間に強引にキクが割り込む。
「二手に分かれようたって誰が1人になるんだよ! 1対2なんて不利じゃん!」
「ふふっ…それはだな」(←彼なりに考えたカッコイイポーズをしてます)
「無理に走りながら顎に手を置かなくていいって! 見てるこっちが苦しいわ!」
「俺だ!」
 カンタロウは左手を自分の胸に置き、右手を前へと掲げた。
「…だから無理すんなっての」
 キクは呆れて言った。
「俺が1人で2体を相手にする! あの金属音からして奴らは機械仕掛けの人形か何かだ! 遠慮はいらないぜ!」
「大丈夫なの?」
「心配するなソネット!」
 カンタロウは親指をソネットに突き出した。
「―俺がお前を守るって言ったじゃないか!」
「…カンタロウ」
 「うわっ! こいつ恋愛小説か何か絶対読んでやがる」とキクは思ったがさすがに悪態をつくことだけはやめた。
 何よりも本人がノリノリなのだから水をさすことはないだろう。きっと今カンタロウの頭の中では騎士が姫様かなんか(?)を守るシーンが蘇っているんだろうな。美しき場面を汚すこともないだろう。…とキクは思った。
「あっ…ありがとう」
「おう! きっと無事生きて帰るぜ!」
 あまりそんな小説と縁がなさそうなソネットが素直にカンタロウの言葉を受け取る。それを見たキクは「騙されてるぞ! ソネット!」と突っ込んでやりたい気持ちを必死で抑える。いや、むしろソネットの純情さ(?)に笑いが込み上げてきて腹が痛い。
 ソネットの素直な反応にカンタロウはますますテンションがあがり意気揚々とし始めた。
「よし! もうすぐ分岐路だ! 頼んだぞキク!」
「おっおう…まっ…まかしといて…」
「どうしたの? キク?」
「あっいや…腹が…ちょっとね…」
 心配そうなソネットに腹の内を探られないように精一杯誤魔化すキクだった。
 分岐路に到達し、カンタロウが右へ、ソネット達が左へ行くことになった。うまく二手に分かれそれぞれの道を走り去っていく。
「よし! 相手も2人づつに分かれたはず! 叩くなら今ね!」
 キクが剣を持ち勢いよく振り向く。
「どこからでもかかってきなさい!」
 ソネットも覚悟を決め振り向いた。
「………」
「………」

 シーン…

 勢いよく振り向いたのはいいもののガーディアン達がやって来ない。2人はしばらく通路を睨んでいたが、不気味なぐらい施設は静寂へと変わっていた。
「…あれ?」
 キクは小さく首をかしげた。
「…もしかして…転んだ?」
 ソネットが冗談なのかどうなのかわからない事を言った。
 ―そして2人は最悪の事態に気づいていくのだった。


「なんで4体とも俺の方に来るんだよおぉぉ!!!!」


 ガーディアン4体は1人の女神を守るために共同で敵を倒すようにプログラムされていた。そのため二手に分かれた場合女神の元へ戻るか、一番強敵そうな『男』を狙うように設定されてあるのだ。つまり、人間のように物事の事態に対しての柔軟性に欠けるという欠点があるのだった。
「そんな説明はどうでもいい!! これは嫌味か? 出番が少ないって俺が愚痴った嫌味なのか? そんなに俺が嫌いなのかああぁぁ!!」
 意味不明なことを口走りながらカンタロウは必死で4体のガーディアンから逃げだす。
「くっ、くそぉ…体力が…」
 「ぜいぜい」と呼吸をしながらカンタロウは通路の角を曲がっていく。3番目の角を曲がった所で透明なガラス張りの通路に出た。
「? なんだ? ここは?」
 走りながらカンタロウはガラスの向こう側を覗く。そこは見たこともない建造物が建てられていた。どれも破壊されまともな建築物は1つもない。
 車輪のような固い素材で出来ている机、透明で粉々に砕けているガラスの破片、人間が直立したような姿をしている奇妙な木。どれもカンタロウが知らない物ばかりだ。
 生物が動く気配のない廃墟。
「…死滅してやがる」
 カンタロウは一言呟いた。
「!? うわっ!?」
 カンタロウの足が止まる。目の前に壁が現れたからだ。壁には『非常扉』とかかれている。
「馬鹿な!? 地図にはこんなところに壁なんてなかったぞ!?」
 カンタロウは慌てて地図を取り出そうとしたが、後ろから4体のガーディアンが迫っている。
「くっ、くそっ!」
 壁をおもいっきり蹴ったが逆に弾き返されてしまった。
「せめて赤眼化できればこんな壁…」
 カンタロウの背筋が凍りついた。ガーディアンの1体、リスが天井にとりつき襲ってきたからだ。
「はっ…速…」
 カンタロウの口が開く前にリスが素手でカンタロウに殴りかかってくる。素早くそれをかわしたものの突然のことで足元が交差し、カンタロウは窓際の地面に尻餅をつく。リスはすかさず2撃目をカンタロウの顔へと放った。
 バリッ!!
 ガラスが破れ、破片が地面へとカランと落ちる。カンタロウは寸での所で攻撃をかわした。切られた頬から赤い血が流れていく。
「くっ、この!」
 刀を抜きリスへと切りかかる。刀の刃はリスの脇腹に入り、体の中央で止まった。バチッと切断されたコードから電気が漏れる。
「どうだ!」
 リスに向かって勝ち誇ったように叫ぶ。しかし、リスは無表情にカンタロウを見つめ、刀をしっかりと手で握った。
(!? まさか!?)
 カンタロウの嫌な予感が的中したかのようにリスの後ろにはウサギがいた。ウサギはゆっくりと着ぐるみから突き破った左腕の剣をリスの背中に向けると素早く突き刺した。
 バリンッ!!
 窓ガラスが砕け、カンタロウは外へと飛び出された。リスは数度痙攣のように小刻みに震えるとそのまま機能を停止させた。目の赤い光りが静かに消えていく。
「くっ…あっ…」
 カンタロウは何とかウサギの攻撃を自分の刀の腹で受け止めた。その代償として地面へと落下することとなった。背中から湿った風が伝わってくる。
 キラキラとガラスの破片がカンタロウの前を舞っている。光に反射して光るその姿は昔見た雪を連想させた。
 ―そう。あの時だ―

『綺麗だね』
 それは芸術に縁のなさそうな彼女の一言から始まった。
 あの時は確かキクと組んだばかりだった。2人で重役の護衛任務を引き受け、それが終わり帰る途中のことだった。空からヒラヒラと赤い雪が落ちてきたのだ。
 任務とはいえその途中何が出てくるのかビクビクしていた。重役連中に何かあれば護りきれなかったこっちの責任になる。そんなプレッシャーのある任務をやり遂げた後の赤い雪に気持ちの悪いものを感じていた。それなのに彼女はそう言った。
『…なんでだ。まるで血のように気味が悪いじゃないか』
 雪を手にとって解凍してみる。この雪が赤いのは微生物がくっついているにすぎない。それでも不気味さを感じずにはいられない。
『私が大人になったからかな。そう思えるようになったのは』
 キクは両手を背中にまわすと空を見上げた。灰色の空から無数の赤い雪がふってくる。
 カンタロウはキクの意図がわからず同じように空を見上げる。
『…意味がわからないな』
『…私さ。小さい頃からマルスオフと戦っていてこんなに雪が綺麗だなんて思わなかった。冷たいし、寒いし、降らなきゃいいのにってずっと思ってた』
 初めて彼女の過去を聞いた。確かにキクの戦闘能力は高い。帝軍1類の精鋭が戦っても勝てなかった伝説があるほどだ。その強さの元を聞いた気がした。
『雪が綺麗だって思えるってことは、年くった証拠かな?』
『…そうかもな。俺は未だに雪が降るとうんざりするよ。まだ若いね』
 つい言ってしまったことだ。仕事の余韻をこんな赤い雪で潰されてしまった嫌味を仲間であるキクに言ってしまった。言った後で後悔するどころかキクの反応を窺っている。嫌な奴だと今では思う。
 キクはしばらく何も言わずに歩き続けた。怒っているのかなと思った瞬間、キクは足を止めた。
『―私は未来という言葉、希望という言葉、将来という言葉を知らなかった。だって明日には死でいるかもしれないといつも思っていたから。仕事でつきあってきた人間の死をいっぱい見たから。世界は不条理で、明日生きている自分が想像できなかった。でも今はこんな雪でも綺麗だと思える。それは…きっと自分の中に余裕ができたのかもね―』
『………』
『いい年の取りかたしたな。うん…生き続けて良かった』
 キクは1人で納得したように頷く。その言葉に彼女の生き様を感じた。―そう…彼女も自分と同じ、不条理な世界で必死で生きてきたのだ。
『…すまん』
『? なに? どうしたの?』
 キクは謝罪を不思議な顔で受け止めた。
『…さっき言ったことだよ』
『あっそう。それより』
 キクが近づいてきて茶色いコートに積もった雪を掃ってくれた。なぜそんなことをしてくれるのかわからず呆然と彼女を見つめる。キクは白い歯を見せ笑った。
『風邪ひくなよ』
『…おう―』

「…ふっ」
 カンタロウは空中でうまく体を回転させ地面に着地した。高さがあまりなかったことと、地面が湿っていて固くなかったことが幸いしたようだ。
 ドスッ! ドスッ! ドスッ!
 ガーディアン達も地面に下りて来た。リスを失ってあとはカメ、ウサギ、カエルがカンタロウの前に立ちはだかった。
「―俺もあの雪が綺麗だと思えるまで…生き続けたいんでね」
 カンタロウは刀を構えると3体のガーディアンに向き合った。
「来い」
 シュ…
 カンタロウが戦闘に集中し始めた時、背後から風を切るような音がした。その瞬間、ガーディアンのカエルが施設の壁に激突した。
「なっ!?」
 カエルを攻撃した紫色の棒のようなものはシュルシュルと暗闇の中へと戻っていく。攻撃されたカエルは無惨にも頭を破壊され、パチパチと青白い電気を放電させることしかできなくなっていた。
 カンタロウは素早く紫色の棒が戻っていった方向へと視線を向ける。そこには闇しか見えないが巨大なナニカがいる気配がした。
「…いったい」
 ガタン…
 大きな岩が地面に落ちた。それは闇から施設の明かりが届く範囲までやってきた。ある言葉を呟きながら…。

「…かえりたい…かえり…たい…」

 それは目がなく、口が大きな巨大ミミズだった。鋭い牙から紫色の舌がダラリとたれている。大きさは二階建ての家一軒一飲みにしてしまいそうなぐらいでかい。
「―まさか…こんな所でエコーズが…」
 エコーズ:アイロストは巨大な体を瓦礫の建物に巻きつかせながら新しい獲物に狙いを定めていた。


『地下シェルター(5):了』


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