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作品名:赤い雫 作者:牛を飼う男

第22回   地下シェルター(2)
「遺体がなくなるなんて…お化けでもいるのかしら?」
「馬鹿だねぇ、ソネット。いるわけないじゃん」
「それなら何故俺を前に出す?」
 ソネットとキクはカンタロウの後ろに隠れている。カンタロウの前には上へと続く階段があった。松明のせいで階段の影が黒く壁にうつっている。
「いいから早く行ってよ! ダンテが大変なのよ!」
「へいへい、わかったよ」
 カンタロウは五月蝿いソネットに呆れながら階段を上っていく。「カンカン…」という階段の金属音が狭い室内に響いている。
「ったくお前等ノゾミを見習えよ。あんなに堂々としてるぜ」
 ノゾミは3人の後ろを素直について来ている。眼が合っても無表情なのである意味恐くもあるが…。
「私はノゾミと違って感受性豊かだもんねぇ」
「わかった、わかったから服引っ張るのはやめて。伸びる」
 キクは自分の手を見ると、いつのまにかカンタロウの服を握っていることに気づいた。慌ててキクはカンタロウの服を離した。
「…ふふ」
 その一部始終を見ていたソネットは思わずふきだしてしまった。
「何さ」
「別に」
 照れるキクを横目で見ながらソネットは階段を上っていった。
 上の階に上がると冷気は消え、逆にどこか息苦しさを感じた。天井には蛍光灯が光っているので、カンタロウは松明を消した。
「どうしてこんなに光っているの?」
 ソネットは蛍光灯が珍しいのか手を伸ばして掴もうとしている。
「蛍光灯だよ。電気の力で光っているのさ。どこかに発電所があるんだろう」
「電気? 何よそれ?」
「まあ簡単に言うと蛍光灯っていう物を光らせるエネルギーさ。蛍光灯がこの木で、エネルギーが『13人の赤眼の者』の力と考えればいい」
「へえ〜…」
 カンタロウの説明を受けてソネットは感心したような顔つきになった。
「なんだよ?」
「カンタロウって実は賢いのね」
「…ふっ、今更なにを」
 カンタロウはカッコイイ(自分で思っている)ポーズを取った。
「これさえなけりゃね」
「ぐっ…」
 キクに腹を軽く殴られカンタロウのポーズが崩れた。その様子をソネットは面白そうに見ている。
「何?」
「あなた達って仲いいわね。実は恋人だったりして」
「………」
「………」
 キクとカンタロウはお互いを見合った。
「キク、俺のこと好きか?」
「冗談、顔だけにして」

「「とっ、いうことだ」」(←キク・カンタロウ見事にハモル)

「あっ、あそう」
 その割には息がピッタリ合っているキクとカンタロウだった。
 しばらく通路を歩くとT字路になった。そのT字路の廊下には奇妙な赤い線が引かれていた。
「…カンタロウ」
「ああ…これは血の臭いだ」
 その赤い線は引きずられたように右から左へと向かっている。どうやら血の持ち主は左へと行ったようだ。
「…何かやばそう」
 ソネットはダンテを背負いながら体を硬直させた。
「どうする?」
「そうね…とりあえず追ってみる」
「だろうね」
 キクとカンタロウの意見が一致したようだ。2人は左へと曲がろうとしている。
「ちょ、ちょっと待って!」
 ソネットは慌てて2人を止めた。
「うん?」
「敵がいたらどうするのよ」
「それを把握しに行くんじゃない」
 キクは今更何をという顔をしてソネットに言う。
「S級犯罪者だったらどうするのよ!」
「それならそれでいい。俺達の目的はそいつ等だし」
「あんた達の都合に合わせないでよ! こっちにはダンテとノゾミがいるのよ!」
 ソネットはあくまで2人の意見に反対のようだ。困ったようにキクとカンタロウは目を合わす。
「…まあ…俺達は一応帝軍だし…人命救助は原則最優先だわな」
「まあそう…ね」
 キクとカンタロウが納得したように頷いた途端、ノゾミがその脇を通り過ぎて左へと向かって行った。
「ちょちょ、ちょっと!」
「大丈夫。敵じゃない。たぶん味方」
 ソネットの制止も聞かずにノゾミは左の通路をさっさと歩いて行く。
「敵じゃないって…どういう意味?」
「さあな。とにかく追いかけようぜ」
 結局ソネット達はノゾミに導かれるまま左の通路へと入った。しばらく行くと、ノゾミが屈みこんでいる姿が見えた。
「どうした?」
「…犬」
 カンタロウがノゾミに話しかけると、ノゾミは一言そう言った。よく見てみると、確かにノゾミの傍に黒い犬が横たわっている。どうやら怪我をしているようだ。
「何だこの犬…一見シェパードに見えるけど…」
 耳はピンと尖り、毛色はブラック、尻尾は折れており、体は筋肉質。シェパードの特徴と一致する。
 しかし、犬の体には所々金属化されている。顔も半分機械化されているようだ。
 犬はノゾミの傍で「ハッハッ…」と荒い息をしている。その姿はとても痛々しかった。
「脇腹を怪我したようね。刃物か何かかしら?」
 キクが犬を見て判断する。
「確かに…そうね。この切り傷。刃物ね」
 ソネットもそう判断した。
「誰にやられた…って犬に聞いても『ワン』としか言わんか」
「とにかく治療してやらなきゃ…どこかに安静できる場所はない?」
「これ」
 ノゾミがキクにカードを差し出した。カードには何者かの写真がのせられており、ネームの欄に『スダチ サトル』と書かれている。
「これは?」
「この犬がくわえてた」
 ノゾミは犬を落ち着かせるために優しく体をさすっている。
 犬は暴れることもなく、ノゾミに体を許しているようだ。どうやら人に馴れているらしい。
「このカード、どうやって使うのかな?」
「う〜ん…」
 ソネットは見たこともないカードなのでキクの疑問に答えられない。仕方がないのでキクはカンタロウに視線を向けるが、カンタロウも知らないのか首を横に振った。
「きっとこう」
 ノゾミはキクからカードを取ると、壁から出ている細長い穴の開いた装置にカードを入れた。すると、ピッという音とともに鉄の扉が開いた。
「「「おおっ!!」」」
 ソネットとカンタロウとキクは驚喜の声をあげた。
「すごいな。何故知ってるんだ?」
「この子が教えてくれた」
 ノゾミは嬉しそうに犬を優しく撫でた。そして、犬の耳元で「ありがとう」と言った。
 不思議な少女だな…っとカンタロウは思った。
 部屋の中は以外に広く、ベッドが1つ、タンスが1つ、あとは奇妙な箱が数個あった。バスルームやトイレもある。
 ソネットはさっそくダンテをベッドの上におろした。ダンテは目を閉じたまま死んだように寝入っている。
「おっ、医療用具があった。さっそく治療しなきゃね」
 キクは犬を手当てし始めた。その間、カンタロウは部屋中を探っている。ソネットは心配そうにダンテの額に手をのせた。ノゾミもダンテのことが心配なのか傍を離れようとしない。
 カンタロウのゴソゴソとした音がしばらくしていたが、急にそれが聞こえなくなった。ソネットがカンタロウの方に視線を向けると、カンタロウは何かを熱心に読みふけっている。
「何かあったの?」
「ああ…ここの場所がわかった…」
 カンタロウは何枚かの資料をベッドの上に並べた。
「ここはエリニュスの第5研究所だ」
「!? ほんと!?」
 犬の治療を終えたキクが声をあげた。さっそくキクはベッドに腰をおろすと資料を手に取った。
「この資料にはここの場所が書いてある。それに地図もある。エリニュス第5研究所、地下シェルターってな」
 ソネットとキクが資料を読むと確かにそう書いてあった。
「この赤丸は何?」
 ソネットは見取り図に書かれてある赤丸を指差した。
「たぶんこの部屋だろう。ほら、この部屋の下に遺体安置所がある」
「ほんとだ。でも遺体安置所の所に閉鎖って書いてある」
 キクは地図をトントンと叩いた。
「それで遺体がなかったのか。やれやれ。てっきりゾンビでも出るんじゃないかと思ったぜ」
「あっ!!」
 今度はソネットが声をあげた。
「どうした?」
「―ここ…地図にあった赤いバツの所じゃない」
 ソネットは慌ててバックから傭兵団の大将から貰った地図を取り出した。地図を広げて見ると、確かにこの場所を指していた。
「マジか…あの城から最低でも2週間はかかるってのに…」
「…カンタロウ…今日何日かわかる?」
「? 24日だろ?」
「月が変わってる。今日は9月4日になってる」
「また変なことを言うなぁ。今日は…」
「これみて!」
 キクはカンタロウに資料の中にあったカレンダーを見せた。カレンダーには9月4日に術印が刻まれている。
「ほんとだ…術印が正確なら今日は4日だわ」
 ソネットは驚きのあまり口を手で抑えた。
「とっいうことは…俺達は一週間以上もあの変な雲の上にいたのか!?」
「…信じられない…あそこではたった数時間しかいなかったのに…」
 キクは顎に手をのせ「う〜ん」と唸った。
「まあとにかくここが目的の場所でよかったわ。早くこの施設の責任者に…」
 そこまで言いかけてソネットは気づいた。ここが依頼の場所ならノゾミと別れる事になる。ソネットはマジマジとノゾミを見つめた。
「…とにかくダンテを助けよう」
 ノゾミはソネットに優しく言った。
「そう…ね。とにかく今はダンテを助けましょ。私依頼主に会って来る」
 ソネットは立ち上がると出口へと向かった。
「待って!」
「何よキク?」
「さっき犬の怪我を見たでしょ。それにS級犯罪者もいる」
「…知ってる。今ここで不可解な出来事が起きてるってことぐらい」
 ソネットは振り返った。
「だけど息子を助けなきゃ」
 ソネットはキクに微笑んだ。キクは少し唖然としたが、「やれやれ」とベッドから降りた。
「私も行くわ。あなた1人じゃ心配だし」
「あら? これでもソネット親子はハンターの間じゃ有名なのよ?」
「馬鹿ね。私達のほうがその十倍は有名よ」
 キクは剣を手に取るとソネットの元へと向かった。
「待て。それなら俺も行こう」
「? どうしてよ?」
「俺はお前の相方だぞ? お前1人で何ができるよ」
「別にいなくてもいいんだけど」
「…それはかなりきつい発言だな。涙がでそうだ」
「カンタロウはダンテ達の傍にいて。お願い」
 ソネットはカンタロウに手を合わせる。
「大丈夫。この部屋ロックがかけられるんだって」
 カンタロウが何かを言う前に、ノゾミが犬の頭を撫でながら言った。
「えっ? 本当なの?」
「うん。だから3人で行ってきていいよ。いざとなったら私とこの子がダンテを守るから」
「でっ、でも…」
 ソネットがノゾミに何か言おうとした時、キクが手をあげてそれを制止した。
「まっ、それならそっちの方がいいかもね」
「どうしてよ?」
「―3人いれば誰かが死んでもここに戻れるわ。ダンテやノゾミの救助率もあがるわけだしね」
 キクがさらっとシビアなことを言う。ソネットはゴクリと唾を飲み込んだ。
「…さてと…どうする?」
 カンタロウはキクに言う。キクは黙ってソネットを見つめた。
 ソネットはダンテをチラリと見ると、迷いながらも頭を下に下げた。
「決まりだな」
 カンタロウはベッドから立ち上がると剣を手に取った。
「実際この施設は変だ。さっきから人の気配がしない。なに、何が起こってもお前だけは守ってやるよ」
 カンタロウはソネットに向かって親指を立てた。
「…カンタロウ」
 ソネットはその行為が心に響いたのか頬を赤らめた。
「よし、よろしく頼むぞ」
 キクはカンタロウの肩をポンと叩いた。
「…待て、お前も俺と同じ帝軍だろ。よろしくってどういう意味?」
「さて、それじゃちゃっ、ちゃっ、とすましちゃって。美味い飯でも食いに行くぞ!」
「おっおい…よろしくって何? キクさん? キクさぁ〜ん!」
 ソネットはキクとカンタロウの様子を嬉しそうに見送ると、ノゾミの方へと顔を向けた。
「…ありがとう。行ってくるわ。ダンテをお願い」
「うん、みんな生きて帰ってきて」
「…あっ、そうそう」
「?」

「―ダンテとデートぐらいなら許すわ」

「…うん」

 ソネットはノゾミに向かって手を上げると、廊下へと出て行った。
 廊下に出るとさっそくカンタロウは扉をこじ開けようと力を込めた。しかし、扉はガタガタと音をたてるだけで動きもしなかった。どうやらノゾミが機械犬を使って扉をロックしたようだ。
「聞こえる! ノゾミ!」
 キクが扉をドンドンと叩いた。
「うん、何?」
「暗号を決めましょ。そうね…扉が叩かれたら『カンタロウの好みのタイプは?』って聞いてみて!」
「うん」
「そしたらこっちが『巨乳』! って答えるわ」
「…わかった」
 ノゾミは意味がわからなかったのか少し考えてから返事をした。
「おい! お前いたいけな少女になんてこと教えるのか!」
「別にいいじゃん」
「ふ〜ん。『巨乳』が好きなのね。カンタロウは」
 ソネットが痛い視線をカンタロウに送る。カンタロウは「ぐっ…」と言葉に詰まった。
「…うん」
 いきなりキクがソネットの胸をもんだ。
「ぎゃ! 何すんのよ!」
「ソネットは十分カンタロウの好みに入るわ。よかったね」
「よくないわよ!」
 ソネットは胸を両手で押さえるとカンタロウに軽蔑の視線を送る。
「…おいおい…俺は何にもしてないぞ?」
「いっとくけど私にはダンテがいますからね!」
「あっ!? おっ、お前なぁ」
「は〜い、2人とも。喧嘩してないで。依頼主に会いに行くよ」
 キクはさっさと先へと歩いて行く。
「原因をつくったのはお前だろ! それにソネットもその態度はやめろ!」
 両手で胸を押さえながら「ジト〜」とした視線を送るソネットにプリプリと怒るカンタロウの姿を見て、キクは1人ニヤニヤ笑いながら廊下の先へと歩いて行った―。


「くそっ…くそっ…」
 エリニュス第5研究所、地下シェルター内部で1人の男が息もきらしながら廊下を歩いている。男の左肩からは赤い鮮血が衣服を染めている。
 男の傍にいた同期の男はもういない。そして二度とここにはやってこない。
 男の名前はクロサギといった。
『あの地下シェルターへ異動? 可哀想に。あんな奴隷がやるような仕事をさせられるなんてな。そうだ。お前はきっと"ついてない王国"の"ついてない王子"だ』
 クロサギの脳裏に嫌味な同期のケラケラとした笑い声が聞こえてくる。
「畜生…これじゃあ本当についてない王子様だ…」
 クロサギはブツブツと独り言を言いながらも目的地へと向かって歩んでいる。エレベーターが使えないので階段でここまで降りてきた。アレを見てからどこをどう走ってきたのかは覚えていない。
「どうしてアレが動いてるんだ? 帝軍がここをかぎつけたか? この緊急時に鎮圧部隊はどうしているんだ?」
 疑問点が次々と浮かんでは消えていく。
「―!? まさか!?」
 考え事をしていると必ず嫌な所へたどりつく。
 クロサギは足を止めた。
「―エリニュスは俺達ごとここを閉鎖するつもりか?」
 冗談じゃない。せっかく必死で稼いで、大帝を卒業して、研究員になって、自分が取り組みたい課題を見つけたっていうのに…。
「くそっ、冗談じゃねぇ!」
 ギィ…。
 ビクリっとクロサギは背筋を凍らせた。大声を出した後悔はじわりじわりとクロサギを覆いつくしていく。
 ギィ…ギギギィィィ…
 この金属音を擦るような音…。
 アレだ。
 アレの音だ。
 最悪だ。
 最悪の状況だ。
 クロサギの額から大量の汗が流れ出る。

 ああ…神様…。

 信じちゃいなかったけど今ならあなたに祈れます…。


 俺を助けてください…。


『地下シェルター(2):了』


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