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作品名:赤い雫 作者:牛を飼う男

第2回   赤い眼
 広大な砂漠の真ん中に塔が1つ建っている。
 その塔の周りには黒い服装をし、銃や剣を持った人間が数人取り囲んでいた。彼らはキョロキョロと周りを見回し、怪しい者がいないか見張っているのだ。
 砂漠なので周りには砂しかなく。木や森がないので視界の邪魔にはならない。最初こそ真剣に見張っていたものの、砂漠の閑散とした光景に徐々に見張りも怠慢になっていった。
 塔は旧世界に造られた遺物で、窓には割れたガラスがいくつもあった。中は今ではもう見ない机や椅子、棚、書類が散乱している。
「…う〜ん、デンジャラス」
 カンタロウは崖の上からそう呟いた。双眼鏡をのぞき、塔の周辺を見回す。
 見張りが動いた。交代なのだろうやってきた1人が見張りの定位置に立ち、見張りを終えた1人が塔の中へと入っていく。
「なるほど、この時間に交代ね」
 カンタロウは素早く頭の中に時間をインプットした。
「…食事できたわよ」
「おう」
 カンタロウが見つからないように体を後退させ、仲間の所へと向かった。
 そこには湯気をあげた鍋にスプーンをつっこんでいる女が1人だけで待っていた。
「おいおいキク。自分1人だけ食おうってわけか?」
「お腹すいたもん。早く来ないと食っちゃうよ」
「へいへい」
 カンタロウはキクの前に座り、鍋の中にある米を自分専用のスプーンですくった。
「しかしいい加減あきるな。お粥ばっかだと」
「仕方ないわ。この米は長持ちするし、水分も同時にとれるし。いいじゃない」
 金色髪をサラサラと靡かせ、子供のようにキクは口にいっぱいに食べ物を入れた。青い瞳がおいしそうに潤っている。
「そんなに食うとつまるぞ」
「大丈夫よ」
 カンタロウの忠告を無視してキクは食事を続けた。「やれやれ」とカンタロウも口にお粥を入れた。
「…しかし…変な所だな」
 カンタロウが周りを見回した。
「森もない。降水量も少ない。気温が高くなってもおかしくない砂漠なのに温度は…22℃。こんな変な場所初めてだ」
「そう?」
「…いつも思うがキクは驚かないよな」
「私はもっと変な所にいたことがあるからね」
「…どんな所なのやら…科学的な説明はつかないだろうな」
「そんなことより…動いたの?」
 一瞬キクの目が鋭く光った。
「…いや…まだ動きはない」
「じゃあゆっくりしましょうよ」
「いいのか? そんな楽天的で」
「なるようにしかならないわよ」
「…そだな」
 カンタロウはお粥を再び口に入れた。

***

 砂漠の上を2匹のラクダがとぼとぼと歩いている。ラクダに乗っているのは男が1人、女が1人と子供が1人だった。
「う〜さむっ」
 ラクダに乗っている女が一言呟いた。
「そんな夏服の格好してくるからだよ」
 女の後ろに乗っている男の子が呆れたように言った。
「だって砂漠なのよ? どうしてこんなに涼しいのよ?」
「情報にそうあったじゃないか」
「確かにそうだけどぉ〜」
 予想外の気温だったのか女がブツブツと愚痴り始めた。後ろの男の子はそれを適当に回答しながらときに嫌味も言ったりする。
「…あの〜ソネットさん、ダンテさん」
 2人の前を歩いているラクダに乗った男がしげしげと声をかけた。
「なに?」
「もうすぐ例の塔につきます」
「そう? それよりなんでこんなに涼しいの?」
「…いや、それは私には」
「こんなに涼しいんじゃ砂漠の意味ないじゃない。もう、こんな布邪魔よ」
 ソネットは頭に被せてるフードを脱いだ。
「駄目だよ母さん。涼しくても太陽に当たり続けると熱中症になるから」
「大丈夫よ。私はダンテみたいに柔じゃないのよ」
 ソネットは平気だと言わんばかりにダンテに抱きついた。
「…母さん…暑いよ…」

 塔の内部の一室で中年の男が椅子に腰をおろしている。窓の外を見ても砂漠ばかり、変わらない光景だ。
「…ようやくここともお別れか」
 男はうんざりしていた。上層部の命令とはいえ、こんなところに転勤になるとは最悪だ。あれからもう1年の月日がたっている。
 男の耳にまたあの歌声が聞こえてくる。透き通ったいい歌だ。この砂漠に来て唯一の慰めといえばこの歌だろう。
「それにしても…よく発狂しないものだな」
 男は複雑な思いだった。あれは我らにとって世界を改変するための切り札だ。だが粗末に扱えば自害する可能性もある。もし死なれでもしたらどうするのだ。
 たまには外に出してやりたいと思うときもある。だが、上層部の命令で外に出れば暴走するかもしれないということだ。確かに、あれは危険でもある。
「世界の改変…悪くない」
 男が古傷をさする。生々しい傷跡が右腕に刻みこまれている。
トントン…。
 ドアがノックされた。
「入れ」
「失礼します」
 武装した兵が部屋の中に入ってきた。
「『ハンター』ソネット親子が塔に到着しました」
「来たか。すぐ行く」
 男が立ち上がった。
「…よろしいのですか? 彼らに護衛を任せて」
「資格を持たない『ハンター』の中でもソネット親子は『赤眼』できることで有名だ。能力に不足はない」
「しかし…あれを見たらどう思うか」
「別に何もせんさ。彼らがほしいのは金だ」
 男はそういうと上着を取りだした。

***

 少女は塔の奥で歌っていた。少女にはそれしかできなかった。それ以外やることがなかった。
 トン。
 塔の窓に何かが止まった。少女は歌をやめた。視線を向けるとハゲタカが窓辺にとまっていた。
 ハゲタカが一声鳴いた。
「…お前も1人ぼっちなの?」
 少女は立ち上がると鳥に手を伸ばそうとした。だが、背が小さいため窓辺に届かない。近くを探すと椅子がある。
 少女は椅子に近づくと、持ち上げようと力を込める。大人であれば簡単に持ち上げられる重さだが少女には力が不足していた。体をふらつかせながら椅子を窓辺に置く。
 少女は椅子に乗ると再びハゲタカに手を伸ばした。
 ハゲタカは警戒しながら少女に近づいてきた。
「おいで…。怖くないから…」
 少女は優しく微笑んだ。
 ハゲタカは少女の『赤い眼』をジッと見つめている。その『赤い眼』には奇妙な烙印が刻まれていた。右目、左目ともに烙印が違っている。
「クアァ…」
 ハゲタカは一声鳴くと飛び去っていった。
 少女はハゲタカが遠くなるまで見つめていた。ハゲタカが見えなくなると、窓辺を離れ、ベッドへと戻った。


「そう…来るのね…」


 少女はまた歌を歌い始めた。


 ―砂漠が震えた。何匹もの砂蟻が軍隊をつくり、目的の場所へと移動している。すでに前線の部隊は全滅していた。
「…かえ…りたい…かえり…たい…」
 砂蟻を指揮している者がそう何度も呟く。

 ―その者の目は『赤い眼』をしていた―。
 


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