ダンテからノゾミとの結婚宣言を聞いてカンタロウとキクは呆気にとられた。だが、一番ショックだったのはソネットだった。 ソネットの頭の中で楽しかったダンテとの2人旅が走馬灯のように駆け巡る…。 「あっ、あはは。そう。そうなんだ。それはおめでとう」 「うん、ありがとう」 気持ちを落ち着かせようとしつつも、驚きを隠せないキクに向かってダンテは素直にお礼を言った。 「まっ、まあいいんじゃない。とりあえず、私とソネットは行くから…カンタロウ、2人をお願い」 「おっ、おう」 「じゃあ…行くわよソネット」 キクは真っ白になっているソネットを強引に引っ張っていった。 残ったのはカンタロウ、ダンテ、ノゾミの3人となった。 「なあダンテ…その話は本当なのか?」 「うん!」 「…ていうか、お前結婚ていう意味知ってる?」 「知ってる! ずっと友達でいることだ!」 ダンテは迷うことなく答えた。それはダンテなりに一生懸命考えた結果の答えだった。 「…まあそうかもしれないな。解釈の1つとして。…じゃあノゾミはそれでいいのか?」 「はい。私はダンテとずっと一緒にいます」 ノゾミが丁重に言った。一瞬子供だと思っていたノゾミに大人の芳しさを感じたカンタロウは少し動揺した。 「じゃあ行こうノゾミ」 「うん」 ダンテとノゾミは仲良く手をつないで歩き始めた。 「…う〜ん」 カンタロウはなんとも言えない気持ちで2人の後ろを歩き始めた。
「…不思議ね」 キクが1人呟いた。 キクは一応あの白い世界へと進める階段へと来ていた。しかし、その階段は姿を消しており、目の前には地震にも耐性がありそうな、丈夫な壁ができあがっていた。調べてみるとこの壁は前からあったようだ。突然出来たわけじゃない。 キクは何度も壁を手で叩いてみたが、空洞音はしなかった。 「…しょうがないか」 諦めるのも決断の1つだ。今はほおっておこう。 キクは壁に背をむけると、ダンテの結婚宣言を聞いて気絶しているソネットの元へと向かった。 あの世界はいったい…。それにダンテが言っていたシンジって何者なんだろう。 キクの頭の中で疑問点が渦巻き始める。 あっ! そういえばマザクについてはマテリアお姉ちゃんが何か知ってるかもしれない。 最近忙しくてマテリアと文通してないなとキクは気づいた。 昔、マザクと一緒に旅してたことがあるって聞いたし。仕事が終わったら会いに行こうかな…久しぶりに。 そんなことを考えながら、キクはソネットの元にたどりついた。ソネットはまだ気絶していた。 「…相当ショックだったのね」 キクは「ペチペチ」とソネットの頬を平手で叩いた。すると、「うんっ…」とソネットが反応を返した。 「起きて。行くわ…」 ガバッ! いきなりソネットが起き上がった。 「キク!!」 「うわっ!? なにっ!?」 「ノゾミが…さっきノゾミが私にこう言ったわ」 「はっ? 何て?」
『―よろしくお願いします。お義母様―』
「呪いの言葉で私の気を失わせたのよ!」 「おっ…おいおい」 それのどこが呪いの言葉なんだ? キクは呆れて頭を掻いた。 それにしてもノゾミのやつ…あの子もちゃっかりしてるなぁ…。ダンテのどこがいいのか知らないけど。 キクがそんなことを考えていると、ソネットはふらふらと立ち上がり、鉄柵の上にもたれかかった。 キクは「めんどくさいなぁ」と心で思いつつも、ソネットに何か言葉をかけてやろうと口を開いた。 「まあ気にしなくていいんじゃない? 子供が言う事なんだからさ」 「……お母さんは絶対に許さないわ」 「はいっ?」 「うっ…ふふふふふ…小娘め…世間の恐さをおもいしらせてやる。虐めて虐めて虐めまくってやるわ!」 ソネットの体からダークのオーラが異常な勢いで溢れ出ている。 (うわっ…この人もう意地悪なお姑さん全開モードだよ) キクは少しノゾミに同情した。
D地点にたどり着いたカンタロウ、ダンテ、ノゾミの3人はさっそくハンドルを『S』方向に回し始めた。ハンドルは最初固くて回らなかったが、3人が力を合わせることによって、ようやく動き始めた。 「あっ! 汚泥が引いていく」 どこかの汚泥の通路が閉じられたのか、目の前の汚泥が徐々に水位を低くし始め、ハンドルを完全に閉めきった時には靴底の高さぐらいしかなかった。 「以外に深いな…2m弱ってとこだな」 カンタロウは汚泥のあった通路を一番初めに降りた。 「ダンテ、ノゾミ、気をつけろ。汚泥がまだ残っているから床がすべりやすくなってる」 ダンテは慎重に通路に飛び降りた。 「降ろしてやろうか?」 カンタロウはノゾミに手を差し伸べた。 「うん。ありがとう」 ノゾミはカンタロウの手を借りると地面へと降りた。 「キクさんと母さんには伝えなくていいの?」 「うん? ああ、とりあえず出口を見つけてからのほうがいいだろう」 「…うん…そうだね」 ダンテはまだ何かカンタロウに言いたいようだ。それをカンタロウは察してダンテに聞いてみることにした。 「どうした?」 「…実は…カンタロウに…剣術を教えてもらいたいんだ!」 ダンテは意を決したように言った。 「どうして?」 「その…この前エコーズに負けちゃって…ノゾミを守れなかったから…」 ダンテは言いにくそうに言う。ノゾミはそれを静かに聞いている。 「だから…カンタロウに剣術を教わりたいんだ」 「う〜ん…ソネットがいるだろう?」 「確かに母さんから剣術は教わった…だけど僕はもっと強くなりたい!」 ダンテははっきりと言った。カンタロウは困ったように頭を掻いた。 「だけどなぁ…」 「一緒にいる時だけでいいんだ! お願いします! 師匠!」 カンタロウの動きがピクリと止まった。どうやら「師匠」という言葉に反応したようだ。 「…もう一度言って」 「お願いします! 師匠!」 「…うふふふふ」 カンタロウは気味悪く笑い始めた。どうやら「師匠」という言葉が気に入ったようだ。 「うむっ! わかった! 今日から俺はお前の師匠だ! 剣術でも何でも教えてやる!」 「ありがとうございます! 師匠!」 カンタロウは得意気に笑い始めた。 (まさか師匠だなんて言われるようになるとはな)
『―お願いします。先生。俺をここから…こんな所から出て行かせてください―』
カンタロウは昔同じ事を言った人物の事を思い出した。それは懐かしく、遠い事のように感じられた。 (…先生か…) カンタロウは少し苦笑した。 「…ダンテ」 カンタロウが物思いにふけている間、ノゾミがダンテに話しかけてきた。 「うん?」 「…どうして…強くなりたいの?」 「ノゾミと一緒にいるためだよ。僕は君のために強くなりたいんだ」 「………」 ノゾミは少し顔を傾けた。 「ノゾミ? どうしたの?」 「―嬉しい。私のために…私なんかのために…」 ノゾミは目から1粒の涙が零れ落ちる。 「…ノゾミ」 ダンテは急にノゾミが愛おしくなりそっと抱きしめた。ノゾミは少し驚いていたが、すぐにダンテを受け入れて両手をダンテの背中に回した。 ノゾミの腕からダンテの固い筋肉質な感触が伝わってくる。 ダンテからもノゾミのか細く柔らかい感触が伝わってきた。 「大丈夫だよノゾミ。絶対に僕が君の傍にいるから」 「…私もいる。ダンテの傍に。ずっと…一緒に…」 2人の間に心地の良い時間が流れている。そして…それは唐突に終わりを告げた。 ガッコン! 「ダンテ! ノゾミ! 走れ!」 カンタロウの大声に2人は体を離した。その途端、汚泥が2人に迫ってきていることに気づいた。 「このボロめ! 急に動き出しやがった!」 カンタロウはさっきのハンドルを握っている。どうやら閉じていた通路がまた開き始めたようだ。 「はやく行け!」 「ノゾミ!」 「うん!」 ダンテはノゾミの手を取ると向こう側へと走り出した。距離は思ったほど遠くなく、2人はすぐに向こう側へとたどり着けた。 「師匠!」 ダンテは振り返るとカンタロウを呼んだ。 「よし! それじゃあ縄でこのハンドルを縛って…」 なっ!? カンタロウが縄を取り出そうとした時、靴底が空中を舞った。何が起こったのかわからないまま、カンタロウは受け身もとれず、後頭部を地面にうちつけた。 そのままカンタロウは意識を失った。 「師匠!? カンタロウさん!? どうしたの!?」 ダンテがいくら名前を呼んでもカンタロウは応えなかった。不安が2人の間をよぎった。 「…何か…あったんだ」 ノゾミが心配そうに向こう側を見つめる。 「とにかく…助けなきゃ」 ダンテは辺りを見回した。この汚泥設備は薄暗く、何があるのかはっかりとわからない。 「ねえ…ダンテ…どうしてハンドルが急に動き始めたのかな?」 ノゾミがダンテの前を歩き始めた。 「汚泥の勢いが強かったから?」 「ううん…きっと機械が圧力に耐えられなかったからだと思う」 ノゾミは自信なさ気に言う。 「どこか故障したから?」 「うん…あの汚泥はどこから流れてくるんだろ?」 それは素朴な疑問だった。その単純な疑問が、ダンテに活路を開いた。 「そうか! あのタンクから汚泥が流れてきているんだ」 ダンテは近くにある錆びついた大きなタンクを指差した。そのタンクには『汚泥 寄 30㎥』とかかれている。間の部分ははっきりと読み取れなかった。 「きっとタンクの中にある何かが壊れて汚泥が流れてきてるんだ」 「…どうするの…ダンテ」 「行ってみるよ」 「でも…直せなかったら」 「その時はその時だ。早く行かないと師匠が…」 「…うん。わかった。ダンテについていく」 ノゾミはコクリと頷くと、2人でそのタンクを目指した。 タンクの周りには中に入れそうな扉はなかった。そこで2人は鉄のハシゴを見つけ、それを上り、タンクの上を覗いてみた。そこには小さな扉があった。 「きっとあそこから入るんだ」 「…危ないよ…ダンテ」 「大丈夫。一応体に縄を縛っていくから」 ダンテは縄を小さな扉近くにある鉄柵にくくりつけ、自分の体にも縄を縛りつけた。 「あとは灯りが…」 「ちょっと待って」 ノゾミは自分のはいているスカートを破った。そしてどこからか拾ってきた棒に巻きつけると火をつけた。 「うわっ! どうして?」 「『13人の赤眼の者』の力。この火をダンテにあげる」 「すごいな…ノゾミは」 「…ううん、私はこれくらいのことしかできないから…」 ダンテはノゾミから松明を受け取ると、タンクの中へと入っていった。
『汚泥からの挨拶(2):了』
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