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作品名:赤い雫 作者:牛を飼う男

第10回   王のいない城(5)
「イヴリスの卵…」
 キクはソネットが後片づけをしている間にカンタロウに刺青のことを話した。本当は内緒にしておいたほうがいいのだけれどもカンタロウは一応帝軍である。教えておいた方がいいと思ったのだ。
 …自分がファーストチルドレンだということは話してないのだけれども。
「帝国内で呪印『イヴリスの卵』を刻めるのは…執行官カエサル」
「厄介な奴に目をつけられたものね。何の因果であの狂人の裁きを受けることになったのか」
「……ふむ」
 カンタロウは考え込んでいるようだ。
「確か…イヴリスの卵を刻まれた者は殻を砕かれた瞬間」
「首を絞められ、足を砕かれ、目を潰され、手の筋が切れ…死ぬ」
「…死刑よりも残酷な刑罰。死が常に隣にあり、生への意欲、希望を喪失すると言われている」
 洗い場からソネットの鼻歌が聞こえてくる。楽しそうな歌だ。久しぶりに大勢に料理の腕を振舞ったので上機嫌なのかもしれない。
「信じられんな…本当に刻まれているのか?」
「…気丈を装っているだけかもしれない。とにかく、私が言ったこと言わないでね」
「わかった」
 カンタロウの口は硬い(むしろ忘れているというのが正しい)。だから信用できる。
「ねえ? ダンテは?」
 ソネットが洗い場から出てきた。
「ああ、そういえばいないな」
 カンタロウがキョロキョロと食堂を探した。
「もしかしてノゾミちゃんの所に行ったんじゃない?」
 キクがニヤニヤ笑った。その笑いの意味を知ったソネットは本気でキクを睨んだ。ソネットの体からどす黒いオーラが見える。
「…世話になったんだからやめとけって」
 さすがにキクの悪戯に度が過ぎると思ったカンタロウは嗜めるように言った。
「わかった。ごめんなさい。2人の様子を見てくるわ」
 キクは反省しているのか、していないのか、わからない態度で大食堂を出て行った。
「…はあ。子供が増えたみたいで大変だわ」
 ソネットは洗い場に戻ると片づけを始めようと水を出した。
「…ん? ねえ、カンタロウ?」
 ソネットが洗い場から大声でカンタロウを呼んだ。
「あいよ」
 カンタロウは食後なのでゆっくりと自前のお茶をすすっている。
「変な叫び声上げないでよ」
「叫び声? 何の話だ?」
「だってさっき『キャー』って…」
「『キャー』? 俺が叫び声を上げるとしたら…ぬおおおう!?」
「今度は何よ?」
 ソネットが洗い場から再び出ていくとそこには『マルスオフ』と対峙するカンタロウの姿があった。
 ソネットの右手に持っていた皿が地面に落ち、粉々に砕けた。それが合図だったのかもしれない。城の上から凄まじい音を奏でるベルの音が聞こえてきた。

『カン!! カン!! カン!! カン!!』


 ―キクは階段を登っていく。ノゾミは2階のテラスにいるはずだ。
「…ったく、カンタロウのやつ」
 確かにあれは私が悪いのかもしれない。だけどカンタロウまで言う事ないのに…。
 そんなことを思いながらキクは1つ1つ段を登っていった。

ガシャン!!

 階段の上にある大窓がいきなり破られた。
 キクは反射的に剣を手に取った。ガラスの破片がキラキラと一階へと落ちていく。その幻想的な光景とは裏腹に、出てきた者は異様な姿をしていた。
『………』
 それは赤い目でキクを見つめた。
「マルスオフ!」
 それは二本足で歩き、ボロボロの着物を着用している。その着物は庶民全般に普及しているやつだ。
「まさか…人型マルスオフ。この町の住民が?」
 過去の事例から住民が人型マルスオフになったのは何件かある。1つは病気による免疫不全を起こし、マルスオフとなった例。もう1つは血液感染でマルスオフになった例。後はほんどが詳細不明。
 マルスオフはキクの姿に視線を合わせると「キャー」と鳴き、飛びかかってきた。
「頭は良くなさそうね」
 キクは剣を横に勢い良く振った。ズバッとマルスオフの体が裂け、断末魔を叫びながら階段に転がった。
 人型マルスオフ『シェリック』の特徴的な所だ。身体能力は飛躍的に上がるものの、知能が低下し、攻撃の段取りもたてられていない。
 転がったマルスオフはピクリとも動かない。
 元は人間だった。助けようにもその姿になってはもう助けられない。
「!? ノゾミ! ダンテ!」
 2人のことを思い出した。彼らが人間に敵意を持っているのならダンテやノゾミにも襲いかかるはずだ。ソネットの力はまだわからないが、カンタロウがついているから大丈夫だ。ということで助けに行くのは…。
「急がないと…」
 キクは階段を駆け上がった。すると甲高い鐘の音が聞こえた。

『カン!! カン!! カン!! カン!!』


 ダンテとノゾミは2人一緒に階段を駆け上がっていた。ダンテの手がノゾミの手をしっかりと握っている。
『キャー』
 後ろから4体のマルスオフが上ってくる。金切り声のような声を上げ、ダンテとノゾミに迫ってきている。
「はあ…ダンテ!」
 ノゾミは転びそうになるのを必死で踏ん張っていた。ここで転んでしまっては自分のみならずダンテにも迷惑をかけてしまう。
「がんばってノゾミ!」
 ダンテはとにかく上へと目指した。さすがにノゾミを守りながら4体を相手にするのは分が悪い。安全な場所を確保してから戦うか。それとも母さんや帝軍の人達が来るまで耐え抜くか。
 ダンテは後者を選んだ。あの人達ならこんな事態にも対処できる。だけどここにいることをどうやって伝えるのか?
 ダンテは走りながら状況の不味さを悟った。このままいけば王の間につく。だけどその先は確か行き止まりのはずだ。一応階段はあったが鉄の鎖で縛られていて開きそうにもない。
 それなら王の間に入るしかない。だけどカンタロウが言っていなかったか?
 王の間の扉は開かなかったと―。
 そうこうしている内に王の間にたどり着いた。そこには豪華な扉がある。後ろを振り向くと自分達を追ってくるマルスオフの影が明かりの先に見えた。
 ノゾミは不安そうにダンテを見上げた。
「…大丈夫…こうなったら一か八か!」
 ダンテは自分の不安を払拭するかのように声を上げると扉に体当たりをした。
「うわっ!?」
 すると扉はあっさりと開いた。どうやら押すと開く仕組みになっていたらしい。カンタロウはずっと引っ張り続けていたのである。

『カン!! カン!! カン!! カン!!』

 いきなり耳を劈くような鐘の音が響いた。
「うわああ!!」
 ノゾミとダンテは耳を押さえた。鐘はしばらくなっていたが、急に鳴るのを止めた。
 恐る恐る耳を離すと、扉が「バンッ!」と大きな音をたてて閉まった。ノゾミは自分達が閉じ込められた事を知った。
「やあ。久しぶりの客人は可愛らしい子供達か」
 玉座から声が聞こえてきた。ダンテとノゾミはビクリと体を震わすと、素早く玉座に顔を向けた。
 そこには豪勢な着物を着た男が1人。玉座に座っていた。


「ふふ…君が来るのを待っていたよ…」


 男は飛び出すぐらいの目を開けて、ノゾミを見つめた。


『王のいない城(5):了』
 


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