一晩吊り下げられたまま過ごした三人は、鉄輪と鎖で両手両脚をつながれて、獣檻に入れられ、布を被せられて、馬に引かれて城を出た。 闘技場では、城に忍び込んだ盗賊の一味が処刑されると聞いて、大勢の見物客が集まってきていた。罪人の処刑は、時々城の前広場で行なわれるが、闘技場では滅多にない。ヒトが殺されるというのに、見物料のいらない見世物だと面白がっているのだ。 「なんでも、獣の餌にするんだそうだ」「へえ、それは面白そうだな」「城に盗みに入るたぁ、大胆にもほどがあるな」「命が惜しくないのかねぇ」 わいわいと騒がしくなっていた。 イラリアは、また飲みすぎたらしいとぼおっとする頭でベッドから起きた。誰もいないので、どうしたのかと控室を出ようとしたとき、マレウスがやってきた。 「おい、大変だぞ、早く逃げろ」 荷物をまとめてと急かされて、どうしたんだいとのんびりしていると、マレウスが勝手に袋に荷物を詰め込み始めた。 「あの小僧たち、城に盗みに入ったって、処刑されるんだと!」 世話役のおまえも一味と思われて、掴まるぞと脅した。 「まさか、なんで、城なんかに」 もしや、夕べ、エンジュリンが連れて行かれたのは、城? 「とにかく逃げないとやばい」 だが、イラリアは、袋を持って、北口に向かった。 「おい、そっちじゃない、厨房口から逃げろ」 マレウスが腕を掴んだ。 「あの子たちは、盗みをするような子たちじゃないよ、なんかの間違いだよ!」 逃げろというマレウスの手を払いのけて、階段を降りていった。まったくばかなことをとマレウスも呆れながら、その後を追った。 北口には獣檻がいくつも運び込まれていて、その中にエンジュリンたち三人が入れられたものもあった。近付こうとしたイラリアを護衛兵たちが止めた。 「おい、それ以上近付くな!」 見咎めた闘技場のまとめ役が部隊長に耳打ちした。部隊長がイラリアを連れてくるよう、手を振った。兵士に両腕をつかまれて引き摺られてきた。 「おまえ、こいつらの世話役だそうだな、おまえも盗賊の一味だろう」 イラリアが首を振った。 「盗賊なんて、とんでもない、この子たちは、そんなことするような子たちじゃないですよ、なんかの間違いですって!」 部隊長にすがりつくようにして必死に訴えた。部隊長が手の甲で払いのけるように頬を叩いた。イラリアが獣檻に叩きつけられた。 「ああっ!」 エンジュリンが崩れ落ちるイラリアを柵の間から抱き支えた。 「大丈夫か」 眼を真っ赤にしたイラリアが振り向いた。頬が赤く腫れていた。 「このヒトは関係ない、俺たちがラキャテシオンに入り込むために利用しただけだ」 にらみつけてきたエンジュリンに、部隊長がフンと鼻を鳴らして、兵士の槍を取り上げて、イラリアの腹を突いた。だが、腹を突く寸前、その槍を掴まれ、押し戻された。 「おまえ、よくも」 逆らいおってと槍を引っ張った。よろよろと立ち上がったイラリアを退かして、獣檻を引き出させた。 その後ろから、眼を膨らませ、口から涎を垂らし、うろうろと動き回っている大きな狼が五匹入った檻が出てきた。 「まさか」 イラリアが恐ろしくてぶるぶると震えた。 「あの小僧どもは、狼の餌になる」 えっと部隊長を見た。闘技場の中央で三人は引き出された。両手両足に鉄の枷をはめられ、三人背中合わせになって鎖でつながれていた。処刑を見物に来た連中が、わあわあと喚いていた。狼たちの檻の扉が開かれた。腹を空かせた五匹は、すぐに三人を見つけ、駆け出した。 「これじゃあ、逃げるのも!」 なにしろ、繋がれたままだ。鎖も短く、ほとんど背中がくっついている。避けようとしたラトレルにひっぱられて、リギルトがよろけた。 「わあっ!」 そのままラトレルにぶつかって、ふたりして倒れ、エンジュリンもふたりの上に倒れこんだ。 「いたっ! 上に乗っかるなっ!」 ラトレルが怒鳴って、押し退けようとしたが、エンジュリンが、飛び掛ってきた狼を避けようとして、身体を転がした。引っ張られて、リギルトが上に被さってきた。 「うわああっ!」 狼の一匹がリギルトの腕に噛み付いた。 「しまった!」 エンジュリンが噛み付いた狼を殴ろうとして、腕を振り上げた。 そちら側に繋がっていたラトレルの腕が引っ張られて、途中で拳が止まった。 「兄さん、肩外せ」「できるか!」 できると言い張って、ぐいっと引っ張った。 「いた、いたたっ! 無理だっ!」 ぐきっと異様な音がした。 「食べられちゃうよっ!」 リギルトがもう片方の腕で狼の顔を掴もうとして、届かず、ぐいっとひっぱった。 「いたっ、いたっ、両方から引っ張るなっ!」 ふたりの下敷きになっている上、両側から腕を引っ張られていた。エンジュリンがリギルトの腕に食いついている狼の頭に頭突きをした。 「ギャィン!」 狼が驚いて、牙を外して、退いた。別の狼が食いつこうとしたのを防いで、ふたりの上に被さった。 三匹がいっぺんにエンジュリンに襲い掛かった。肩と腕、足に食いついた。 「ぐっ!」 グルルルッと身体を振りながら、食いちぎろうとしている。血が噴き出て、リギルトやラトレルの顔に掛かった。 「もう、『使え』!」 ラトレルが叫んだ。 「エンジュ兄さん!?」 リギルトも、もう『使おう』よと泣き出した。 「いや、このくらいでは!」 そのとき、噛み付いていた狼たちが、悲鳴を上げ、血しぶきを上げて、エンジュリンから離れた。影が落ちてきて、鉄の枷を外した。身体を起こしたエンジュリンが立ち上がった。 「サリナス」 ラトレルとリギルトも立ち上がった。サリナスは、左手の剣を地面に突き刺した。 「もう一度勝負だ」 このままでは示しがつかん、剣を取れと狼を切り刻んだ右手の剣を振って、血を飛ばした。エンジュリンが首を振った。 「あなたとの勝負はもう着いている」 だが、サリナスは剣を振り上げた。 「今度は負けん」 殺意が漲っていた。エンジュリンが翠青の瞳を窄めて、剣を取った。 「わからないヒトだな、何度やっても同じだ」 遠くで部隊長が怒り狂っていた。 「サリナス、勝手な真似をするな!」 観客席の正面中央のバルコニー状になっている貴賓席で見ていたスティシアが、声を張った。 「サリナスとやら、その不埒者を殺しなさい。殺したら、褒美を与えましょう」 サリナスが頭を下げて、構えなおした。エンジュリンも両手で剣を握り、構えた。 「おまえを殺して……妻を取り戻す」 昨日からルロイは一言も口を利かなくなった。約束を破ったからというだけでなく、強いはずの父親がまだ若い男にあっさりと負けたことにも衝撃を受けたようで、顔を見ようともしてくれなかった。もう一度勝負を挑んで、勝ってみせたかったのだ。褒美をもらえるとは両得。どうせ、盗賊の類だ。殺しても心は痛まない。 「見損なっていたようだな、道理はわかっているヒトだと思ったんだが」 エンジュリンがじりっとすり足で横に動いた。 「不埒者のくせに、どの口が言うか」 サリナスがどおっと勢いよく駆け寄り、剣を振り抜いた。エンジュリンは、その剣を振り払い、倒れこむようにして、身体を回転させ、地面に片膝を付き、飛び上がった。 「はあっ!」 剣をサリナスの頭の上から振り下ろした。あまリの速さに防ぐ間もなく、両断されるかと思った。 が、剣はサリナスの額の皮一枚のところでピタリと止まった。 冷汗がサリナスの額に流れた。頭上からスティシアの声が響いてきた。 「エンジュリン、サリナスを殺しなさい! そうすれば、三人とも許します!」 スティシアは血が見たいわけではなく、エンジュリンに自分の言うことをきかせたいのだ。 サリナスがガクガクと顎を動かしていた。自分ひとりの命ならば、これ以上敗北の恥辱を味わうより、死を選ぶ。だが、まだ幼いルロイや娼館で働かされている妻を思うと 命乞いするしかないと膝を付いた。 「待って、お兄ちゃん!」 北口から小さな身体が走ってきた。
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