その後の映像はとても正視に耐えられるものではなく、ロイエンは何かを否定するように手を振ってぶるぶると震えた。 「か、かあさん、かあさんが!!」 「ひ、ひどい!」 泣き伏したアスィエをトゥドが冷たく見下ろした。 「あの女は素子と交友関係を持った違反者だった、当然の処分だ」 そして、かがみこみ、またアスィエの首環を掴んだ。 「まさか、その首環!?」 ロイエンがはっと気付いて、這い寄ろうとし、アスィエも真っ赤に泣きはらした眼をトゥドに向けた。トゥドが口元を歪めていた。 「そうだ、この首環はあの女を吹き飛ばしたものと同じだ、エンジュリンはこの首環を壊すためにおまえに近付こうとしたんだ」 なおも首環を引っ張って痛めつけ、這い寄ってくるロイエンを蹴飛ばした。 「それをこいつがそのたびに邪魔をした、さっきもだ」 最後の機会だったのにとあざ笑い、首環を捩じ上げるようにして立ち上がった。 「もし、首環を壊したら、味方のふりをしていたのかと追求できたのだが、その機会をだめにしてしまった」 なおも這い寄ろうとするロイエンをアドレィが羽交い絞めにして立ち上がらせた。 「そ、その首環、外してくれっ!」 ロイエンが叫び、身体を振った。 「ロイエン、助けてっ!」 灰色の瞳から涙を溢れさせたアスィエがロイエンに助けを求め、手を伸ばした。 トゥドが顎をしゃくった。 「アドレィ、そいつを拘禁しろ」 了解とアドレィが短く応え、抵抗するロイエンを部屋から引っ張り出した。 回廊に出てきたアドレィが扉の横に立っていた部下の黒つなぎにロイエンを渡した。 「地下の拘禁室に連れて行け」 部下が短身オゥトマチクを背中に押し当てながら、歩けと命じた。 「アスィエ!」 ロイエンが後ろを振り返りながら、連行されていった。
司令官室に残されたアスィエはもう恐ろしくてトゥドを見ることもできなかった。椅子に座らされ、ぐいと顎を掴まれた。 「アスィエ、わたしが一番憎んでいるもの、それはおまえの父リィイヴだ。素子たち以上に憎むべき存在、何度殺しても余りある!」 アスィエがうなずいた。 「わ、わたしも父のことは……憎んでいます……」 祖父母を殺し、母を狂わせた素子たちに味方し、テクノロジイを放棄させようとしている。同じように憎んでいると涙を流しながら訴えた。だが、トゥドはさきほどのように冷たい眼で睨み、別の椅子をすぐ横に持ってきて、腰掛けた。 「同じようにだと? わかったような口を利くな!」 わかるはずはないとトゥドがつぶやいてから、またアスィエの顎を掴んだ。 「エンジュリンは、おそらく、リィイヴにおまえを守れと命じられたんだろう、だからずっと付いてきているんだ」 アスィエがまさかそんな、自分を嫌っている父がそんなことをとぶるっと震えた。トゥドは鼻先で笑い、ボォウドを叩き出した。 「優秀種の娘だぞ、おまえのことは、かわいくてしかたないはずだ」 モニタに白い四角がいくつか出現し、その中のひとつを拡大した。恐る恐るながら、アスィエが薄目を開けて、白い四角が表示するものを見た。 ……通信則……接続コォオド……認証番号……暗証番号……接続設定……キャピタァルかバレーに通信? しかし、ここは通信衛星『北天の星』の通信網の範囲外のはず。どこかでリレェイしているか。 トゥドの胸の小箱が震え、小箱を開いて、耳に当てた。相手がなにごとか話してから、トゥドが応えた。 「認証できた、これから通信開始する」 白い四角が小さくなり、代わりに映像が映る画面が広がった。灰色で何も映っていない。トゥドが小箱を叩くと、小さな画面に文字列が現れた。送信先を示している。 「まさか」 アスィエが口の中でつぶやき、ますます震えた。
キャピタァル中央統制塔二十三階の議長室で報告ファイルに目を通していたリィイヴは、胸ポケットの小箱が震え、誰からの通信かと開いて、驚き、色の違うふたつの目を見張った。 「……まさか……」 横から紐を出して、先を耳に入れ、受話釦を押し、応答した。 「……リィイヴだ……」 しばらく沈黙があり、そして、ザザッという小さな雑音がして、それに被さるように男の声が聞こえてきた。 『リィイヴ……素晴らしいじゃないか、ふたつの通信衛星を通して、両極にいるわたしたちが、こうして通話できるとは』 テクノロジイの偉大さを痛感すると話し出した。小箱の画面に表示されていたのは、トゥドの名前だった。最後にトゥドの声を聞いたのは、自分が十歳、トゥドはまだ五歳かそこらだったので、この声が果たしてトゥドかどうかはわからない。だが、この高圧的で尊大げな口調、母パリスにそっくりだ。間違いなくトゥドだ。 「トゥド、よく生き延びていたね」 リィイヴは声が震えるのを抑え切れなかった。 『ああ、自分でもよく生き延びたと思う』 ようやく冷静さを取り戻し、通話しながら、ボォウドを叩き出した。トゥドの小箱から『北天の星』にアクセスできるはずはないのだが、内通者の小箱を踏み台にして通信できるようにしているのかもしれない。アクセスしている場所も特定できるかもと探り出した。 『おまえとは一度ゆっくりと話をしたいものだが、今そんな暇はない』 急いで準備しなければならないからなと無駄話を切り上げた。 『単刀直入に要件を言おう、議長の権限をわたしに渡せ』 リィイヴは呆気に取られ、険しい眼をモニタに向けた。 「なにをばかなことを。そんなこと、できるわけないだろう」 もちろん、なにかで脅そうというのだろう。まさか、ユラニオゥムのアウムズを隠し持っているとか。逆探知によれば、踏み台にしているのは、輸送マリィン『エポォラァル』だった。位置は、極北海の外れ、『北天の星』網(レゾゥ)の範囲内ぎりぎりの地点だった。 『エポォラァル』、なんで、そんな位置に? こちらに向かっているはずなのに。襲撃にあったのか。 しかし、クェリスが護衛に付くという連絡が来ている。滅多なことにはならないはずなのだ。それなのに、トゥドがこうしてキャピタァルに通信をしている。ということは……まさか奪われたのか、ユラニオゥム燃料が。 『いいのか、渡さなければどうなるか』 今教えてやると言うと同時に手元の小箱の小さな画面が光った。映像を送ってくるのだ。映像が読み込まれ、展開していく。 見えてきた映像は、若そうな女の顔だった。茶色の髪と瞳、愛らしい様子だが、なにかに怯えているようで真っ青な顔で震えている。すっかり大人になっていたが、それは、紛れもなく娘のアスィエだった。幼い頃に別れた、その頃の面影が残っていた。 「アスィエ……?」 声が聞こえたのか、アスィエは、首を振って、見回すように瞳を巡らせた。その首に掛かっているものに気付き、リィイヴがあっと息を飲んで、思わず、椅子から落ちそうになった。 「そ、それは!?」 『お父様? お父様なの?』 ようやく小箱の内部キャメラに気が付いて顔を向けてきた。 「そんな、そんなものをアスィエに!」 リィイヴの脳裏に、昔、友だちだった女性が無残にもあの首に掛けられたもので殺されたときのことが蘇ってきた。 アリスタと同じ目に!? あんなひどいことをするつもりなのか。 「アスィエは、君に賛同して付いていったはずだ! 味方だろうに!」 いや、自分の道具にできれば、味方だろうが、身内だろうが関係ない。トゥドは非情で冷酷だった母パリスと同じだ。必要とあらば、容赦なく殺す。 『さて、どうする? 自分に逆らって反乱分子に加担した娘だ、見捨てるか?』 アスィエが部屋の隅に引っ張られていく。その様子を写していた小箱に指が被さってきた。小箱の釦を押そうとしているのだ。 『やめて、おじさま、お願い、やめてぇっ!』 部屋の隅で立ちすくんだアスィエが叫んだ。 『やめてほしければ、父親に頼め、助けて、死にたくないと泣き叫べ!』 リィイヴが顎をガクガクとさせて震え上がった。アリスタのようにボォムによって爆死させられてしまうと激しく動揺した。アスィエの声がさらに拍車をかけた。 『お父様! 助けてっ、お願い、助けてえ!』 小箱の中で、涙に濡れた顔を歪めて、死にたくないと泣き震えている。 「ア、 アスィエ……ああっ」 ぼろぼろと涙を零しながらリィイヴがついに椅子から落ちて、床に崩れた。
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