アスィエが点検のこともっと話してとねだると、すっと手を伸ばして、ボォウドを叩きながら、続きを話し出した。この基地でできうる限りではあるがと断ってから、施設管理の項目を表示して計画を説明した。 アスィエが質問を挟みながら、熱心に耳を傾けていた。エンジュリンは、その様子をうれしそうな笑みを浮かべて見ていたが、思いついて、送水管点検作業が終わったら、更新するヴィスを作るからとよかったら見に来ないかと誘った。 「その……魔力で……造るの?」 当然だが、まだ魔力という言葉には、戸惑いがあった。そうだとうなずいて、モニタにヴィスの設計図を投影した。 「廃鉄材を魔力で熔かし、この設計図どおりに成形する」 管は使用しない配管を解体し、磨いて使うつもりだった。 「磨くって……」 錆を落とすことかしらと小首を傾げた。その仕草も愛らしく、エンジュリンは胸が高鳴り、身体が熱くなってきて、落ち着きをなくし視線を泳がせた。 「学院の言葉で言えば、精錬するといって、魔力で磨き、その物がもつ性能を復元したり、より高めたりするんだ」 アスィエにもっと自分をわかってほしい。ヒトと違った力はもっているが、恐ろしい存在ではないということを。そして、大切にしたいと想っていることを伝えたい。その気持ちが次第に強くなっていく。 心も身体も昂ぶって行くのを悟られまいとして、次々と口早に説明していく。 この基地を整備するために必要な作業の工程や資材などについて、表を見せた。やはり、資材は不足しているので、いずれどこからか調達しなければならないのは明らかだった。それは食料や医療品なども含めてのことだ。 「おじさまはどうするつもりかしら」 アスィエが指を口元につけてまた小首を傾げた。 「なにかしらの手立ては考えているのだろう。そうでなければ、今回、カージュとリド・アザン村から違反者を収容し、組織の増員をするはずはない」 どうするのか、わからないがといいながら、エンジュリンが少し悩ましげな顔をした。強奪か交渉か。いずれにしても、穏やかには行かないはずだ。 話は澱みなく続いていたが、ふとエンジュリンの説明が途切れた。アスィエがモニタから眼を離し、エンジュリンを見上げてきたのだ。アスィエは思い切ったという表情だった。 「エンジュリン……」 何を言われるのかとエンジュリンは身を硬くした。まだある戸惑い、でもそれを振り切るかのように広がっていく好意の波。 「魔力の存在は、なかなか認められないの、でも、あなたが精練するところ見てみたいわ」 胸に染みこんで来るアスィエの暖かい心の波に気持ちが湧き立っていく。もう止められなかった。 「アスィエ」 我知らず、右手を差し伸べていた。指先がアスィエの頬に触れんばかりに近付いていく。エンジュリンが整った唇を開いて、熱い吐息とともにつぶやいた。 「アスィエ、おまえが好きだ」 性急な告白に戸惑ってアスィエの灰色の瞳が見開かれ、息を飲んだ。自分が映っている澄み切った青と翠の瞳に吸い込まれそうになり、動けなくなった。 「おまえにもっと俺のことを知ってもらいたい」 そして、もっと知りたい、おまえのこと。 指先が頬に触れる寸前。 「アスィエから離れろ、魔導師!!」 エンジュリンがふっと瞳をアスィエから外し、声の方を向いた。動けるようになったアスィエもその方を見て驚いた。 「ロイエン!?」 ロイエンが怒りにぶるぶると震えながら、短身オゥトマチクの銃口をふたりに向けていた。 「おい! おまえ、なんてことを!」 後方でアドレィが怒鳴った。アスィエの腕を取って、ゆっくりと立ち上がったエンジュリンがロイエンの肩越しに眼をやると、レニウスが倒れた黒つなぎを抱き起こしていた。どうやら、運転していた黒つなぎを殴り倒してオゥトマチクを奪ったようだった。 「その手を放せ! 放さないと撃つ!」 ロイエンが悲鳴のように叫んだ。まったく動じていないエンジュリンが小さく首を振った。 「そんなに震えていては、アスィエに当たる」 「おまえに取られるくらいなら、いっそ!」 ロイエンが血走った黒い眼を見開き、震える指に力を込めた。 瞬く間もなく、エンジュリンがロイエンの側に現れ、オゥトマチクを奪って、ロイエンを地面に叩き付けた。 「はっ!?」 後ろで見ていたアドレィやレニウスも何が起こったのかわからなかった。瞬間的に移動したとしか思えないほどの速さだった。 「好きなら、自分のものにならなくても、生きていてほしいはずだ」 顔を上げたロイエンがガタガタ震えながらも激しく首を振った。それまで冷静だったエンジュリンが険しい眼で睨み、オゥトマチクの銃口を額に向けた。 「そんな身勝手なやつにアスィエは渡さない」 ロイエンが思わず眼をつぶった。 「待って!」 アスィエが叫びながら駆け寄ってきて、ふたりの間に割って入り、ロイエンの腕にしがみつき、見上げた。 「お願い、ロイエンを撃たないで」 眼を赤くして、唇を震わせていた。ロイエンが、泣き伏した。 「ごめん、アスィエ、俺…俺っ……」 中央研究棟の清掃作業中、アスィエが黒つなぎたちに連れられて、モゥビィルに乗って走り去った。どこに連れて行かれるのかと、追いかけていった。うっすらと残っている路面の車輪の跡を辿り、ようやく追いつくと、アスィエが魔導師と親しげに話をしていた。術でも掛けて身体を奪おうとしているのではと短絡し、運転士をしていた黒つなぎを殴り倒して、短身オゥトマチクを奪ったのだ。 「こいつにおまえを……」 取られたくなくてと声を詰まらせた。アスィエがぎゅっとロイエンの腕を掴み、二つに束ねた髪を揺らして、エンジュリンを振り仰いだ。灰色の眼に涙が浮かんでいた。 「ごめんなさい、エンジュリン、わたし、ロイエンが好きなの」 素子への憎悪から拒絶したのではない。ふたりの男から求められ、そして、ひとりを選んだ。そのひとりがロイエンだったということだ。 ……ああ、やはりふたりの想いの波は重なっている。 幼い頃からの互いしかいないという絆は強く、到底割って入ることはできない。ふたりが再会を果たしたときに、わかっていたことだ。それでも一縷の望みにかけた。 目を閉じて、うなずいた。 「わかった」 顔を逸らしながら続けた。 「ロイエン、思い通りにならないなら死んだほうがいいなどと二度と思うな」 ずしりと胸底に響く声だった。ロイエンは返す言葉もなくただ顔を伏せた。 アドレィが近寄って、ロイエンの腕を掴んで立たせた。 「おい、立て」 よろよろと立ち上がると、アスィエもすがりつくようにして立った。 「トゥド様に報告する。一緒に来るんだ」 レニウスがエンジュリンから受け取ったオゥトマチクをアドレィに渡した。 「わたしがおじさまに事情を話すわ」 アドレィがちらっとエンジュリンの方を見てから、お好きにとロイエンを引っ張ってモゥビィルに戻っていった。アスィエがその後を追っていく。 殴られた黒つなぎが怒りと屈辱で顔を真っ赤にしてロイエンを睨みつけ、アドレィから返してもらったオゥトマチクの台尻でロイエンを殴りつけようとした。アドレィがその手を止めた。 「よせ、後にしろ」 ちっと舌打ちして運転席に座り、後ろの座席にアドレィとロイエンが座り、横にアスィエが座ってから発進させた。
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