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作品名:無限の素子 作者:本間 範子

第54回   第一章 異端の少女《エレズィエト》(42)
 トゥドが乗艦している『レジヨン』旗艦が、本拠となる基地『スィランドゥル』に到着してから、二日が経った。トゥドをはじめ、『レジヨン』の組織のものたちと作業員は下艦したが、後から乗り込んだカージュの違反者たちやリド・アザン村のシュティンたちはまだ下艦許可が下りなかった。アスィエも留まって『ジェネラル(一般知識)』の復習をしていたが、落ち着かなかった。ロイエンに会いたかったが、黒つなぎたちにはトゥドの許可がないのでと拒否された。
 黒つなぎにトゥドへの伝言を頼んでもみたが、学習をしているようにという返事しか来なかった。
 三日目になり、すでにライマンドたちカージュの違反者やシュティンらも下艦していることを知り、アスィエが怒り出した。
「わたしだけ降りられないとはどういうことなの?! おじさまに会わせてちょうだい!」
 黒つなぎが受入れ準備に時間がかかっているだけだと言い、もう少し待機してほしいと頭を下げた。
 翌日、ようやく下艦許可が下りたと黒つなぎが屋根付きのモゥビィルに乗せて基地の中に入った。モゥビィルの窓には遮蔽幕が下りており、前の座席との間は灰色の軽金属板で塞がれていた。まるで違反者移送のような扱いに気分を害して横に座っている黒つなぎを険しい目で睨みつけた。
 緩やかな坂を下っているような感じで、モゥビィルが走り、やがてゆっくりと停車した。
 先に下りた黒つなぎが扉を開き、どうぞと手を差し伸べた。ぷいと顔を逸らして、さっさと降りた。モゥビィルのプゥウルのようで、他にも何台か停まっていたが、よく見ると、みな、車輪もぼろぼろになり、車体も錆び付いていて、動かないようだった。じっと見ているのに気が付いた黒つなぎが説明した。
「あれは、もともとこの基地に放置されていたモゥビィルです」
 そのうち、片付けますと地下の入口に導いた。入口は手動だった。中にいた灰色つなぎのワァカァの作業員が左右に開いた。
 灰色の人造石がむき出しになっている通路にはところどころに携帯のエレクトリクトォオチが置かれていて、しばらく歩くと鋼鉄の通路になった。さきほどからカビ臭い澱んだ空気が鼻に付いていた。空調は効いていないようなので、清浄化されていないからだろう。
 通路をいくつか曲がり、マリィンの艦内のような鋼鉄の扉が開いていた。そこから階段になっている。
階段を登り始め、十五階分ほど上がった。途中エレベェエタァはないのと文句を言ったが、使えるものはありませんと往なされた。
ようやく『15』の番号の扉を開いた。建物の内部の回廊は灰色の人造樹脂強化材で出来ていて、天井のトォオチがところどころ点灯していた。黒つなぎが肩越しに振り返った。
「あと少しです」
 突き当たりに中央から左右に開く扉があった。扉際に認識盤はない。黒つなぎが小箱を出して呼びかけた。
「アスィエ様をお連れしました」
 すると、扉が左右に滑るように開いた。広い部屋の正面に、大きな軽金属の机が広がっていて、その向こうに座っていたトゥドが立ち上がった。
「アスィエ」
 アスィエがさっと歩みを速め、黒つなぎを追い越して、机の前までやってきた。
「おじさま、ひどいです、わたしだけなかなか下艦させてくださらないなんて」
 トゥドがやれやれといった顔で首を振り、手招いた。首を傾げながら、机の向こうに回る。トゥドがアスィエの細い肩に腕を回して、抱き寄せるようにした。
「おじさま……!」
 アスィエが驚いて離れようとしたが、ぎゅっと抱き寄せた。
「おまえに見せたいものがあって、その準備のために少し時間がかかったんだ」
 そんなに怒るなと笑い、胸から下げている小箱を開いて釦を押した。
 目の前の遮蔽幕がゆっくりと左右に分かれて畳まれていき、大きな硝子窓が見えてきた。十五階ほどあがったので、建物の上階であることはわかっていた。少し見下ろすように首を折ったが、暗くて何も見えない。トゥドがもう一度釦を押した。
「あ、ああっ……!」
 アスィエが灰色の目を見張り、驚きの声を詰まらせた。
 地上と思われるはるか下で、手前から次々と白い光の球が光りだし、規則正しくまっすぐ二列をなして先にと伸びていく。どうやら幹路の両脇に立っているエレクトリクトォオチのようだ。それと同時に天井が明るくなっていき、全貌が明らかになっていった。
「これは……」
 灰色の幹路の両脇には、いくつかの作業棟や格納庫らしき鉄筋舎が立ち並んでいる。バレーのように整ったアァティフィシャリテイ(人造物)ではないが、久々に見る鋼鉄と人造石の街に感激していた。美しい顔に若やいだ喜びの笑みを溢れんばかりに湛えていた。
「おじさま、とても素敵です!」
 こんなところが、バレー以外の場所にあったとは。しかも、何十年も前の施設なのに、こんなに立派に蘇った。三者協議会(デリベラスィオン)がいくら躍起になってテクノロジイを廃絶しようとしても無駄なことと改めて誇らしかった。
「これを見せたくて、準備していたので、下艦を遅らせたんだが、すこしいじわるしすぎたかな?」
 トゥドがようやく肩に回した腕を外した。アスィエがいいえと笑いながら二つに結い分けた髪の束を振った。すっかり機嫌を直したようで、窓に張り付くようにして見下ろしていた。その後ろ姿にトゥドが近付いた。
「アスィエ、これはエンジュリンがおまえの喜ぶ顔が見たいと、ユラニオゥム燃料棒を奪取してくれたから、可能になったんだぞ」
 アスィエが振り向き、戸惑った顔でトゥドを見つめた。
「まさか……素子が……」
 素子がもっとも嫌うテクノロジイ、それがユラニオゥムだ。ありえないと首を振るアスィエに、トゥドが苦笑した。
「エンジュリンはおまえが好きなんだ。好きな娘に好かれたいと贈り物したということだ」
 そんなこと、学院を裏切ってまでするわけがない。まだ信じられないアスィエの様子に少し叱るようにトゥドが肩を掴んだ。
「これだけのことをしてくれたんだ、礼くらいは言わなくては」
 さっきのように思い切り喜んだ顔を見せてやれと押しやるように肩を叩いた。
「でも、おじさま」
「もうおとなだろう? 大人らしくふるまってきちんと礼をしろ」
 トゥドが顎をしゃくり、アスィエについている黒つなぎとアドレィにエンジュリンのところに連れて行くよう命じた。
 まだ納得が行かなかったが、なんとか了解して、部屋を出た。
 さきほど登ってきた階段に戻り、今度は降りていく。
 アドレィが小箱から細い紐を出して先を耳に入れ、話し出した。
「これからそちらに行く」
 頷いてから紐を戻し、『02』階の扉を開けて、階段区から出た。広めの通路のの両脇には硝子張りの研究室がいくつもあり、中にはモニタが据えられた机がたくさん並んでいて、すでに稼動しているものもあるのか、机に向かっているものたちもいた。
「ベェエス、稼動しているの?」
 アスィエが尋ねると、アドレィが少し首を傾げるような仕草をしてから答えた。
「この基地のベェエスは撤退するときに撤去したようです。現在、各端末は、マリィンのベェエスに接続してシステムを起動しています」
 前方に玄関広間に下りる幅広な階段が見えてきた。玄関広間は十階分ほどの吹き抜けになっていて、見上げると、両側も天井も総硝子張りだった。
「ここは中央研究棟なのね」
 そうですと階段を降り始めた。さきほど上から見た基地内のほかの建物は簡易なものだったが、中央研究棟だけは立派だった。
 玄関広間では、ワァカァの作業員が清掃作業をしていた。先を歩いていた黒つなぎが小走りに降りて行き、さっと手を振って作業を中断させ、両脇にどかした。その間をアドレィに先導されたアスィエが通っていった。
 玄関の扉も硝子張りで、アスィエが近付くと、スゥーッと滑らかに両側に開いた。玄関前に屋根のないモゥビィルが待っていた。黒つなぎが扉を開いて、アスィエを後ろの座席に座らせ、自分は運転席に乗った。アドレィが助手席に座り、手を振ると、大きなプライムムゥバァの音を立てて走り出した。
「あれは……どこにいるの」
 アスィエが身を乗り出すようにして前の座席のアドレィに尋ねた。アドレィが肩越しに振り返った。
「エンジュリンは天井配管の点検をしています」
 中央研究棟の裏側から数セル離れた区画で作業をしているのだ。
 トゥドに礼を言えといわれたが、あれだけ憎悪をぶつけた相手に対してどう言えばいいのか。確かにあの素子の協力なしには燃料棒を奪えなかったかもしれない。追っ手から逃れてここまでこられなかったかもしれない。しかし、素子がテクノロジイ存続を手助けするなど、有りえないのだ。
 考えがまとまらないまま、モゥビィルは研究棟裏手の路を進んでいった。


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