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作品名:無限の素子 作者:本間 範子

第53回   第一章 異端の少女《エレズィエト》(41)
 第五大陸のバレーだったトゥル=ナチヤ・サンクーレ廃都に伴い、第三大陸バレーに異動した一部を除いて、そのほとんどの人員が、極南大陸ウェルイルの地下の鋼鉄都市『キャピタァル』に移って来た。そのため、『キャピタァル』では、収容した人員が多すぎて、電力不足が生じ、ワァカァたちのストレスも増加し、作業効率が下がって、多くのプラントで操業に支障を来たすなど、さまざまな都市機能が停滞したり麻痺していたりしていた。
 都市機能を統制する中枢『サントォオル』では、休眠中のユラニオゥム発電所の早期稼動を目指していたが、第四大陸のユラニオゥム精製棟からの輸送がなかなか実行されず、七月には開始される予定が大幅に遅れていた。
 各階層には、三者協議会《デリベラスィオン》の構成組織『スウソル』の班が設置されていて、三者協議会の出先機関としての役割を果たしていた。
 第十九階層の第十九班詰所では、度重なる停電と断水、配給品の滞りに文句を言いに集まったワァカァたちで混雑していた。
「だから、こんなんじゃ、いつ送気が止まるか、心配だって言ってるんだ!」
「うちのおばあちゃん、エレベェェタァに何ウゥルも閉じ込められて、心臓発作起こして死にそうになったんだぞ、また起きたらどうするんだ!」
「子どもの薬、いつ来るの?!」「消耗品が足りないのよ、なんとかしてよ!」
 対応していた係官が手を振った。
「発電量増加は要請してるし、配給の予定も立っている。心配しないで、各自ワァアクや自室に戻っているんだ」
 戻らないものは、違反者として逮捕すると脅したが、群集の声にかき消されてしまっていた。むしろ、後ろの方には届かないので、よけいに混乱していった。なにを話しているのか、聞こうとしてどんどん後ろから押し詰めていく。
「きゃぁ、押さないで!」
「押すな、倒れるっ!」
「わああん、わぁぁん!」
 みっつかよっつの子どもの泣き声がして、押されて倒れた。その身体に誰かがつまづいて、のしかかり、次々に倒れ掛かっていく。
「ぎゃあぁっ!」「ひいいっ!」「わああぁぁ!」
「おい、子どもが倒れたぞっ!」「どけ、どけっ!」
 悲鳴と怒号で恐慌状態になっていく。
「きゃぁぁ、メアリア!?」
 女がぐったりと倒れている子どもを抱き起こそうとしていた。
「おい、子どもが!」
 だが、その上にも次々にヒトが倒れていき、大惨事となっていった。
 救急班と警護班が出動して、群集の整理をしようとしたが、まったく近づけなかった。警護班の班長が、放水して沈静化するよう指示した。
 放水と警護班が盾で押しやりながらで、ようやく群集の一部がどき始め、詰所の入口前までの道が開け、警護班が道を確保しつつ、救急班が走っていった。
「これはひどい」
 救急班員が何人もの下敷きになったものたちを見て、青ざめた。
 急ぎ、担架台が何台かで病棟に運ばれていったが、群集の整理をする警護班と一部のものたちがもみ合いを始めた。
「協議会の犬が!」「学院の言いなりになりやがって!」「素子はでていけ!」
 わあわあと喚いて、詰め寄ってくるものを警護班が二股棒で押し戻そうとし、誤まって釦を押してしまったらしく、電撃を発してしまい、悲鳴を上げて倒れた。
「ぎゃあぁぁっ!」「ひどいことを!」「俺たちが何したっていうんだ!」
 それをきっかけに、群集が二股棒を奪い、軽金属の鞄などで殴ったりしてきた。群集に恐怖を感じた警護班の一部が応戦したので、ますます混乱して、ついに暴動になってしまった。
 第十九階層での暴動の報告を受けた中枢《セントォオル》では、調査班を向かわせ、同時に医療班の応援も派遣した。混乱は三ウゥル後、ようやく鎮静化したが、ワァカァ側協議会側双方に多数の死傷者を出してしまった。
 中枢《セントォオル》の後方にある作戦机についていたリィイヴ議長が、報告された映像をモニタで見て、目を覆った。
「なんでこんなことに……」
 隣席に座っていた中枢主任オルハが淡々と報告した。
「ここ六ヶ月間での第十九階層以下の人口密度が二十プウルサン増加しています。電力の供給不足により、断水、停電、配給の遅延が頻繁に発生し、ワァカァの不満が積もっていたところに、今回の事故が起き……」
 大きな声がして、オルハが途中で途切った。
「なんてこと、してくれたんだい!」
 顔を上げると、入口の前で、大柄な中年の女が眉を吊り上げて怒鳴っていた。作戦机の段に上がってきて、机に手のひらを叩き付けた。
「子どもまで犠牲になって、めちゃくちゃだ、どう責任取るんだい!」
 オルハが手のひらをかざして、落ち着かせようとした。
「サンディラ議員、落ち着いて下さい。収めるべきあなたがそんなでは、困ります」
 フンと鼻先で笑い飛ばすようにして、リィイヴの席を足で蹴った。
「こんなんじゃ、収めるもなにもないよ、今すぐに電力供給を増やして、シリィ化計画を中止しなければ、全階層に広がるよ」
 詰所にワァカァが押しかけているところはこの階層だけではない。ほとんど全階層といってもいいくらいだった。ここまでひどくはなっていないが、第十九階層の事故の様子が流布すれば、同じく暴動に発展することは目に見えていた。リィイヴがぐっと唇を噛み締めた。
「計画の中止など、ありえない。電力供給量の増加は早急に行なうと発表して、この騒ぎを収めるよう、下部組織に指令してください」
 サンディラが手のひらを机に叩き付けた。
「子どもが死んでるんだよ、計画中止以外、収まらないよ!」
 さすがにリィイヴも険しい表情で睨み返した。
「そこを収めるのがあなたや『スウソル』のワァアクです、そのためにデリベラスィオンに参画しているんですから、やってもらわなくては困ります」
 サンディラが拳を震わせ、リィイヴを殴りつけようとした。オルハがリィイヴの腕を引き、立ち上がらせた。
「議長、報告ファイルが溜まっています、議長室で閲覧してください」
 リィイヴが了解したと手を挙げ、中枢《サントォオル》から出ていった。
 サンディラがオルハに詰め寄った。
「さっさと供給量の増加を手配しな! 医療班も増員するんだよ!」
 オルハが顔色も変えずに、わかりましたと応えた。
 中央統制塔二十三階の議長室に戻ったリィイブは、モニタ画面に展開したファイルに集中しようとしたが、気持ちが散漫でできなかった。
 アートランからの極秘報告を聞いてからというものの、ワァアクが手に付かなかった。
「まさか、トゥドが生きていたなんて」
 しかも、どこかに基地を構えているかもしれないというのだ。アスィエも行動を共にしているという。
「このままではアスィエは……」
 知らない間に精子を採取され、子どもが出来ないように処置されていたことが衝撃的で、アスィエを娘と思ったことはないつもりだった。テクノロジイ放棄を拒否して、トゥドに同調するなど、許しがたいはずだった。だが、この騒乱が解決すれば、アスィエはトゥドもろとも処刑される。アスィエが死ぬ。胸が痛くなってきた。
 リィイヴはアスィエをはじめて自分の子どもと思えてきた。
 詰襟白衣の胸のポケットに差し込んでいる小箱が震えた。手に取り、開いてみて、そこに表示された送信者の名を見て、愕然とした。


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