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作品名:無限の素子 作者:本間 範子

第47回   第一章 異端の少女《エレズィエト》(35)
 ユラニオゥム輸送マリィン強奪ミッションが開始され、アンダァボォウト各艇が出航した頃に遡る。
トゥドは、艦長室のモニタで確認してから、エンジュリンが使っていたタァウミナルを立ち上げた。海図作成は途中までだったが、表示させてみた。緻密な数値で構築されているため、その図は精密なものだった。
「これをなんのデェイタも見ないで入力するのか」
 底知れない素子の力。
 もちろん、これが本当の海図かどうかの確認のしようはない。だが、なにもない状態から、ここまで書き上げたことは確かだった。
 レジヨンのマリィンも補給基地を出発した。エンジュリンが言うように海獣の追尾があるかどうかは、音探装置ではわからなかったが、もしそうならば、このまま目的地に向かい、『その』存在が発覚するのは、避けたい。いずれわかってしまうにしても、今はまだ知られたくはなかった。どのようにかわすか、対策が決まらないままの発進となった。
 翌日、午後になってから、艦長室の訪問音が鳴り、モニタにライマンドの姿が映っていた。すぐに入室許可を出し、扉を開いた。
「どうした、ライマンド大教授」
 トゥドが長椅子を勧め、向かい側に座った。ライマンドが聞かせてほしいと身を乗り出した。
「この時期に動くこととなった勝算のほど」
 トゥドがふうと大きなため息をついた。
「それより、確実なのだろうな、あなたからの情報は」
 ライマンドが恐らくと言い澱んだ。
「なにしろ、ワァカァの言うことではあるので」
 トゥドが、そのことも踏まえての勝算なのだと真剣な眼で見つめた。
「元妻が協議会議員だというその男から直接聞きたかったが」
 今年始めにカージュでパウリム原虫病という熱帯や亜熱帯に多い感染症が流行り、十数人死亡したが、その男も罹患者だった。
「死んでも死に切れないと言い残して死亡した」
 その男は、テクノロジイ存続を訴えて、三者協議会《デリベラスィオン》に抵抗し、カージュ送りになっていた。ワァカァの中にも、そうした抵抗する一派があり、その男は首謀者だった。元妻が協議会議員で、昔のよしみでいろいろと詳しい事情を聞くことがあって、それで余計に協議会に反発していたようだった。
「わたしもこのままでは終われない」
 ライマンドが、三者協議会《デリベラスィオン》に一矢報いることができればと拳を握った。
「一矢報いる? いや、そんなものではなく、必ずや存続を勝ち取るんだ」
 ユラニオゥム燃料が手に入れば、それが可能となるとトゥドは自信ありげだった。
 ライマンドは、もしやミッシレェでも所持しているのかと「かま」をかけたが、トゥドが答える前に艦長席のタァウミナルで呼び出し音が鳴った。トゥドが失礼と小さく頭を下げて、席に戻り、モニタを見た。
「ライマンド大教授、輸送マリィン、奪取成功したぞ」
 なにっとライマンドが立ち上がった。
「レニウスが戻ってきた」
 エンジュリンが提案してきたことを説明した。
 ライマンドが、エンジュリンが運んできた応用コォオドをこの艦に入れていいだろうかと悩ましげにしていた。
「たしかにエンジュリンは、ほかの素子たちとは少し違ったところがあるが」
 議会には陪席者としての参加で、意見を述べたりはしていなかったが、メェイユゥル(優秀種)レェベェルの数値を持っていて、いくつかのデェイタ収集コォオドの上位型を組んだりしていたのは知っていた。ほかの素子たちは、必要なテクノロジイはやむを得ず使っていたが、コォオドを組むようなことはしない。素子の中では、かなり変わり者ではあるのだ。
「どうやら、リィイヴにアスィエを守るようにと言われているようだから、妙な真似はしないだろう」
 それに、やはり探りを入れているに違いないので、簡単には『尻尾』は出さない。本拠到着まではへたには動かないはずだ。艦橋に行こうとふたりで艦長室を出た。

 艦橋には、新しく操舵主任に就任したシュティンが艦長席に座っていた。それまでは、トゥドが艦長となり、サウリが操舵主任だった。サウリも十五年務めていたので、内心は交代したくなかったが、トゥドの命令なので、しかたなく気持ちよく譲った形にして、副主任になっていた。
 レニウスとエンジュリンが艦橋に入ってきたのに気付いて、シュティンが席を立った。険しい眼をエンジュリンに向けて、睨んでいた。すぐにハーデンがやってきて、続いてトゥドとライマンドも現れた。
「どうだった、ハーデン」
 トゥドがハーデンを手招いてから尋ねた。ハーデンが手のひらを開いた。
「検疫しましたが、陰性でした」
 トゥドがハーデンの手のひらの上のヴァトンを摘み、シュティンに渡した。
「これを使って、グランヴァウルを通過しろ」
 シュティンが受け取って、ナビゲェイション席に向かいながら、不愉快そうにエンジュリンを見た。ナビゲェイション席の行法士に差し出し、行法士が盤上の差込口にヴァトンを差し込んだ。エンジュリンが行法士の後ろに寄った。
「海図デェイタ連動の機能拡張、ジヴィエ・ユィツ版(バァアジョン)か?」
 いえと首を振った。確認するとジヴィエ・ユィツ版(バァアジョン)よりもふたつ前の版だった。
「応用コォオドと機能拡張を『更新』して使え」
 行法士が了解して、モニタに表示された『更新』の可否を問う四角で許可し、応用コォオドとデェイタを上書きした。
「ナビゲェイション応用コォオド更新完了しました」
 行法士が更新した応用コォオドを起動させた。海図デェイタとの連動が始まり、目的地の座標数値を入れると、正面のモニタにグランヴァウルを通過する経路が表示された。
 シュティンが身を乗り出すようにしてモニタに見入った。
「なんて複雑な経路なんだ」
 海底火山と高熱海流からなる複雑な海底地形をすり抜けるため、複雑な経路になっていた。エンジュリンが行法士席に手をかけて、手元の計器を覗き込んだ。
「三ヶ月前に乱火脈を鎮化したところで、また動きがありそうなんだ」
 岩漿(がんしょう)が噴出する可能性がある何箇所かの座標数値を指定した。行法士が青ざめて見返った。
「この地点で岩漿(がんしょう)が……」
 まさに経路上に二箇所あった。
「いずれも回避の難しい地点だ」
 深度が浅く、両脇は海底山脈に囲まれた谷のような地形だった。
エンジュリンが振り返って、トゥドに近寄った。あわてて黒つなぎのひとりがすっと前に立ち塞がった。エンジュリンが眼を細めて、黒つなぎの肩越しにトゥドを見た。
「トゥド、グランヴァウルの火脈の活動がありそうだ、通過するとき、俺が先行して、乱火脈が噴出したら鎮化する」
 トゥドが口はしを歪めた。
「ラカン合金鋼の外壁だ。溶岩をかぶっても溶けないが、まあ、やってくれるのなら、やってもらおう」
 レニウスを同行させるように言いつけた。了解したとレニウスをうながして艦橋から出ていった。
 出て行く後ろ姿をずっと睨みつけていたシュティンが、行法士に経路図を操舵主任席のモニタにも転送させた。
……あの素子、ほんとうにアスィエ様のことを……
 いや、それはありえない。素子が協議会を裏切るなど。やはり、寝返ったと見せかけているだけに違いない。そんなやつを連れてこのまま目的地に向かっていいのかと思いながらも今はアートランの追尾を振り切るためにはやってみるしかないかと背もたれに背を預けた。


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