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作品名:無限の素子 作者:本間 範子

第46回   第一章 異端の少女《エレズィエト》(34)
 艦橋に戻ると、艦長席についていたバルズが一瞬腰を浮かしたが、肩で息をついて座りなおした。
 エンジュリンが通信担当官の席に向かった。椅子に血がついていた。
「まだ誰か撃たれていたのか」
 きつい目つきで睨まれて、横の席の通信担当官が眼を逸らした。
「ジョジルが抵抗したので」
 ほぼ即死だったと歯切れ悪く答えた。エンジュリンが眼を閉じて、椅子の背を掴んでいたが、急にすっと腰を降ろし、ボォウドを叩き始めた。レニウスがすぐ後ろに立った。
「どうするんだ」
 どうせ効きはしないが、妙なことをすれば、オゥトマチクで撃つことになっている。
 エンジュリンが、キャピタァルのベェエスに接続すると言い出した。
「キャピタァルに……やはり、味方になったなど嘘だったんだな」
 一歩二歩と離れて、エンジュリンの頭に銃口を突きつけた。そのような素振りをしたら、すぐに発砲すべきだったが、レニウスは躊躇していた。
……何故撃たない。撃て!
 レニウスが自分に命じた。だが、指は動かなかった。
……何故……撃てない。
 エンジュリンがちらっと肩越しに振り向いた。
「嘘ではない、キャピタァルのベェエスに接続するのは、グランヴァウル海域の海図を『落とす』ためだ」
 トゥド乗艦のマリィンが、グランヴァウルに逃げ込み、アートラン師匠の眼となっている『海獣たち』の探索から逃れるためだと正面を見た。レニウスの横にバルズも寄ってきて、覗き込んできた。
「そんなこと言って、中央統制《サントォオル》に報告するんだろう」
「そんなことはしない」
 すでに空中線を艦外に出して、北天の星にアクセスしていた。正面のモニタには、いくつかの黒い四角が現れていて、その中に次々と文字列が流れていく。
「おい、リカル」
 バルズが行法士を呼んだ。よく見ていろと席の後ろに立たせた。リカルは、二十代半ばの青年で、さきほど、バルズに言い含められてレジヨンに加担すると約束したのだ。様子がおかしかったら、言えと言われて、素直に了解した。
「はい」
 リカルがおずおずと覗き込んだ。モニタの黒い四角には、キャピタァルへのゲェィトがいくつか表示されていて、エンジュリンは、そのひとつから《サントォオル》ベェエスに入り込み、海域図を引き出して『落とし』始めた。輸送マリィンのベェエスには、グランヴァウル海域についてのデェイタはないのだ。
リカルが『落として』いる間に入り込んだ別のベェエスの黒い四角を見咎めた。
「これはどこのベェエスですか」
「これは、クリアム教授のラボのベェエスだ、ナビゲェイションの応用コォオドを引っ張ってくる」
「それなら、この艦にもありますよ」
 艦艇が航行するときは必須の応用コォオドだ。エンジュリンが首を振った。
「トゥドのマリィンは、基礎オペレェションコォオドが、旧式版(バァアジョン)だ、この艦の応用コォオドが動かない」
 クリアム教授は航行法専門分野で、ラボのベェエスには、ナビゲェイション応用コォオドの各段階のバァアジョンがほぼ揃っている。もちろん、ラボのベェエスには、そのラボのチィイム員のクォリフィケイションでなければ、アクセスできないので、認証番号をごまかし、クォリフィケイションを改ざんして、不正にアクセスしているのだ。
「そうでしたか」
 リカルが感心したように椅子の背を握って身を乗り出した。
「でも、海図ならトゥド様のマリィンのナビゲェイションコォオドで開くのでは」
 海図デェエタを開くのにはバァアジョン(版)は関係ないはずだ。エンジュリンが応用コォオドを捜しながら、別の黒い四角でアクセスログを消していた。
「展開させるだけではだめだ。ナビゲェイションコォオドと連動させて経路検索しないといけない。その機能拡張版(バァアジョン)の確認が取れていない」
 版(バァアジョン)が合わないと、海図デェイタと連動させて、経路検索ができないので、応用コォオドと合わせて機能拡張も『落とし』ておくのだ。リカルが専門分野なのに気が付かず恥ずかしそうに確かにとうなずいた。
「これだ」
 エンジュリンが探し当てた応用コォオドと機能拡張版を『落とし』始めた。海域図は『落とし』終わっていた。
「レニウス班長、あなたの小箱を貸してくれ」
 レニウスが不愉快そうにオゥトマチクの銃口でエンジュリンの肩を突付いた。
「いい加減にしろ、貸せるか」
 レジヨンで使っている規定網の通信則を確認するだけだと手を出した。しぶしぶの態で差し出した。小箱を開き、釦を叩き、通信則を表示して、ちらっと見ると、すぐに畳んで返した。
「これではだめだ」
 リカルに保存容量の大きいヴァトンを用意するよう指示した。リカルが壁の引き出しから、ヴァトンを持ってきて、渡した。
ヴァトンをボォウドの横から差し込み、『落として』きた海図とナビゲェイション応用コォオドを複製した。
「レニウス班長、できればトゥドのマリィンに通信網《レゾゥ》で、直接このデェイタとコォオドを送りたかったんだが、レジヨンの通信則では、『北天の星《エテゥワルノオォル》』にアクセスできない」
 通じるように通信コォオドを改ざんしている時間がないので、これを届けに行くとヴァトンを見せながら立ち上がった。
「このデェイタとコォオドがあれば、グランヴァウルを通過できる」
 アートランが操る海獣たちの追跡をかわせるのだ。
「わかった」
 この艦には、アドレィたち数名を乗艦させることにして、レニウスは、エンジュリンとトゥド艦に向かうことにした。
 昇降蓋のところで、アドレィと会ったレニウスが、後を頼むと手を振った。
「了解した、気をつけていけ」
 アドレィが、飛び上がったエンジュリンの腕に抱えられたレニウスを心配そうに見上げていた。
エンジュリンは、レニウスを抱えて海中に飛び込んだ。
「おい! 泳いでいくのか!」
てっきり、空を飛んでいくのかと思っていたので、オキシジェンの入ったチュゥブを口にくわえていない。しかし、なにか防護膜のようなもので包まれていて、水には触れていないし、鼻から空気も入ってきた。
「空気、作れるってほんとうなんだな」
 エンジュリンがうなずき、魔力の球体の周囲に伴泳している魚たちに散るように手を振った。魚たちがさあっと散っていく。
「魔力に引かれて、寄ってきてしまう」
 このまま北の海に連れて行ったら、迷子になると苦笑した。
「光に引かれて寄ってくるようなものか」
 レニウスが感心した。
「海獣たち、追って来ているのか」
「いや。《エポォラァル》には伴泳していなかった」
 おそらく、クェリスがいるのでアートランも安心して任せたのだろう。
「あの魔導師、死んだのか」
 アンダァボォウトの艇外キャメラで捉えていた戦いの様子ははっきりとはわからなかったが、対峙していた魔導師が跳ね飛ばされたのは確認できた。
「さあ。知らない」
 関心ないというような素っ気ない言い方だった。どうせ、敵を欺くならというやつだろう。いつ本性を現すかわからないとはいうものの、レニウスは、この恐ろしいヒトならぬ「もの」に惹かれ始めていた。ときおり見せる子どものような様子。それがかわいらしく思えてならなかった。そして、さきほど、射殺しなければならないところで引き金を引くことができなかった。
……これが『情が移る』ということなのか。
 あってはならないがと眼を閉じた。
 四ウゥル(八時間)ほど泳いだ後、ゆっくりと浮上した。
「もう着いたのか」
 エンジュリンが首を振った。
「まだだ、でも、少し休まないと、あなたがきついだろう」
確かに体のあちこちが強張っていたし、用足しもしたかった。少しだけならと言うと海上に飛び出た。
薄暗い海の上では、夜空から星が降り注ぐかのように輝いていた。
「……すごいな……」
 地上で過ごすようになってから、何度も見たはずだが、なぜか今夜は格別に思えた。
「今夜は朔(さく)の夜だから」
 第一衛星が見えないので、星の輝きが増して見えるのだ。
左手にうっすらと影が見えた。その方に向かって飛んでいく。
 陸地のようで、切り立った断崖の上に降り立った。地面に降ろされて、一瞬がくっと膝が折れた。
「大丈夫か」
 エンジュリンが支えた。
「情けないな、この程度で」
 レニウスが自嘲気味に口元を歪めた。大きな岩陰で用足しを済ませてから、崖に戻ってきて、腰を降ろし、身体から力を抜いた。腰から下げていた水筒の吸い口から水を飲み、眼を閉じると、崖下で波が砕ける音が聞こえてきた。なぜか暖かい心地になっていく。気を緩めることなどないと思っていたのに、その波音を耳にしているうちに、すうっと眠りについていた。
 気が付くと、隣に座っているエンジュリンに寄りかかっていた。みっともないところをさらしたとあわてて身体を離す。気にすることもなくエンジュリンが立ち上がった。
「そろそろ出発する」
 レニウスも立ち上がり、回りを見回した。まだ暗く、夜は明けていないが、海鳥の鳴き声がかすかにしていた。
「ここはラ・クトゥーラの最東端トリアス岬だ。ここから北側は極北海になる」
 トゥドのマリィンまで後少しだとまた抱えて崖上から海に飛び込んだ。


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