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作品名:無限の素子 作者:本間 範子

第45回   第一章 異端の少女《エレズィエト》(33)
 クェリスを撃退したエンジュリンは、輸送マリィンが転針して北東方面に向かって海流を遡上していくのに気付いた。恐らく内通者が乗っ取って、レジヨンの本拠に向かっているのだろう。アンダァボゥト参号艇、五号艇、八号艇が横並びで航行している。アンダァボォウト三艇は、マリィンを追うように方向を変えていた。水深は一〇〇セル、マリィンは、その水深を保って航行していく。三艇のアンダァボォウトも続いた。
 エンジュリンがマリィンの腹部に張りついた。この座標で浮上すれば、まだ通信衛星の有効圏内だ。
……有効圏内で接触しよう。
 浮上して空中線が使えるようになれば、キャピタァルに繋がる。
 エンジュリンがマリィンから離れ、参号艇の丸窓に貼り付いた。艇員のひとりが気付いてレニウスを呼んだ。小箱に電文を打ち込んで窓に押し付け読ませた。
『この座標でマリィンと接触する』
 接触する座標数値も書かれていた。レニウスがうなずいて、親指を立てて了解した。
 マリィンやアンダァボォウト同士は、水中用の音波装置により、潜航のままでも連絡が取れる。マリィンの内通者にも周波数は伝えてある。もし、それに合わせていれば、受信できるのだ。
 伝達はできたらしく、マリィンとアンダァボォウトは浮上を開始した。
 海上に出ると、夜明けの太陽が東の海から登っているところだった。雲は多いが、その合間から陽が差していて、海を朝焼けの色に染めていた。
 アンダァボォウト参号艇、八号艇の上部昇降蓋が開き、レニウスとアドレィが最初に顔を出した。ふたりとも黒いゴォムで出来た潜水服を身に着けていた。レニウスが後ろから上がってきた部下のひとりと海に入ろうとしたとき、海面が盛り上がり、薄い光の球が飛び出てきた。その光球の中心にエンジュリンが浮かんでいた。すっと参号艇に寄っていき、レニウスと部下を両脇に抱えた。
「おい、何する!」
「マリィンの昇降蓋まで連れて行く」
 足元が艦から離れ、空に浮かび上がった。
 部下が怯えて震えた。アドレィも口をあんぐりと開けて見上げていた。レニウスは眼を見開き、その信じがたい現象に耐えるように唇を噛んだ。たちまち、五百セルほど離れていたところに浮上していたマリィンの昇降蓋に降り立った。レニウスがオゥトマチクの台尻でコンコンココンと蓋を叩いた。すると、ココンココンと音がして、蓋が開いた。三十くらいの灰色のつなぎ服を着た男が顔を出した。
「レニウス班長ですか!」
 通信担当官ルネディと名乗った。ひょいとエンジュリンが顔を出した。
「ひっひぃぃっ!」
 ネルディが驚いて手すりにかけていた手を離して、梯子から落ちた。エンジュリンがヒトならぬ速さで滑り込み、ネルディが床に落ちる前に抱きとめた。
声もなく、眼を真っ赤にして震えている。レニウスと部下が降りてきて、ネルディの腕を取って立たせた。
「あ、ああのっ、エ、エンジュリ……」
 レニウスが口元を歪めた。
「大丈夫だ、こいつは味方だ」
 ええっとネルディが息を飲み、ありえないと首を振った。
「ネルディだったな、ひさしぶりだ」
 元気そうだなとごくふつうに挨拶してきたエンジュリンに呆気に取られていた。
「艦橋に行く」
 レニウスが先頭に立ち、通路を歩き出した。艦橋担当以外の艦員たちは、みんな艦員室に入るよう指示し、一斉に施錠してしまったので、誰も出てこられなかった。
 艦橋の扉の前には、くすんだ濃い緑色の身体にぴったりとした服を着た男が、待ちかねたように立っていた。
「おお、レニウス班長だな?」
 無事でよかったとほっとしたようだった。しかし、そのレニウスの後ろのものを見て、青ざめ、後退った。
 レニウスが苦笑した。
「この先何度、こいつは味方だって言わないといけないんだ?」
 やれやれと肩をすくめた。
「味方って……まさか」
 ほかの艦橋担当官たちもなにごとか理解できず固まっていた。エンジュリンが床に倒れている男に寄っていき、側に膝を付いた。
「艦長、ファドレスに変わっていたのか」
 ゆっくりと抱き起こして、腹の傷を覗き込んだ。
「おまえが撃ったのか」
 鋭い視線で振り向いた。バルズが青ざめて、言い訳した。
「抵抗するから……しかたなく……」
「手当てしないで放置か、殺す気だったんだろ?」
 レニウスに言われて、不愉快そうにうなずいた。
 失血はあったが、なんとか意識はあり、心肺停止までには至っていなかった。しかし、呼びかけてもファドレスは返事をしない。エンジュリンがファドレスの服の前を開け、手のひらを腹部の傷に押し当てた。レニウスが何をしているのかと覗き込んで、うっとのけぞった。
 押し当てている手のひらが光っていて、その光が傷を覆うと、たちまち傷が消えていく。
……これが……魔力……
 輝く手のひらで胸元を摩っていると、ファドレスが眼を開けた。
「……エ…ジュ……お……まえ……」
 だが、すぐに眼を閉じた。ゆっくりと抱き上げて、振り返った。
「医務室に連れて行く」
 好きにしろとレニウスが顎をしゃくった。バルズが不愉快そうに顔を歪め、しぶしぶ艦長席に戻って、医務室だけ施錠を解いた。
 ネルディについていくよう、レニウスがオゥトマチクの銃身を振った。ネルディが真っ青になり、首を振ろうとしたが、レニウスに睨みつけられて、おずおずと付いていった。
 艦橋を出て、急ぎ足で医務室に向かい、ネルディに開けさせた。
「開いたぞ!」
 中から出ようとしたものがいて、ネルディにぶつかった。その後ろから、エンジュリンがファドレスを抱えて入ってきたので驚いていた。
「艦長!?」
 奥から医務班長もやってきた。エンジュリンが治療用ベッドに横たわらせながら、医務班長に指示した。
「オゥトマチクで撃たれた。弾は貫通していた。傷は塞いだが、失血が多いので、輸血が必要だと思われる」
 医務班長が了解と返事をして、側の看護士にすぐにタァウミナルでファドレスの個人ファイルを引き出させた。バァイタァルを取って、輸血の準備をし、血液と輸液の点滴を始めた。
「エンジュリン」
 ファドレスの意識がはっきりしてきた。
「いったい……どういうことだ、反乱組……織に味方するなんて」
 痛みはなくなっていたが、身体に力がまったく入らない。口を開くのも大変だった。エンジュリンが眼を細めた。
「アスィエが好きなんだ、あの娘(こ)の喜ぶ顔が見たい」
 だから、このマリィンをレジヨンの本拠地に運ぶと言った。
「アスィエ……リィイヴ議長の……娘の?」
 アスィエは、地上での暮らしに慣れようとせず、テクノロジイ放棄を拒否しているため、エトルヴェール島から隔離施設に移されたということは聞いていた。
「あの娘(こ)が喜ぶって……」
 苦痛に顔を歪めて見上げているファドレスをエンジュリンは悲しそうな顔をして見下ろした。
「喜ぶはずだとトゥドが教えてくれた」
 後は頼むと医務班長に託し、ネルディと艦橋に戻った。


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