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作品名:無限の素子 作者:本間 範子

第44回   第一章 異端の少女《エレズィエト》(32)
 クェリスが艦外に出てから、十ウゥルが経った。その間艦長のファドレスと副艦長のバルズは、艦橋詰めを二度交代していた。
「艦長、替わります」
 バルズが少し早めに艦橋にやってきた。艦長席に着いて手元のボォウドで協議会への報告書を作成していたファドレスがそんな時間かと腕の時計を見た。
「三十ミニツも早いが」
 久々の現場でお疲れでしょうからと言われて、首を振った。
「そんなでもない。事務ワァアクよりはずっといい」
 バルズがじれた。もう時間だ。艦長室に閉じ込めて実行しようと思ったが、やはり殺すしかないかと右ポケットに潜ませた短い銃身のオゥトマチクを握った。すでに音探装置には不正コォオドによって、アンダァボォウトの探査ができないようにしてある。計画では、もうまもなくトルピィドゥによる攻撃が始まるはずだ。
「艦長」
 バルズがファドレスのこめかみに冷たい筒の先を押し付けた。
「バルズ……」
 ファドレスが前を睨んだまま、手元を操作しようとした。
「動くな、動くと撃つ」
 両手を上げ、席を立てと言われて、ゆっくりと手を上げて席を立ち、うながされるままに離れた。気付いた艦橋担当官のひとりが悲鳴のように叫んだ。
「な、何をするんです、副艦長!?」
「全員動くな!」
 動くと艦長を撃つと短身オゥトマチクを背中に向けた。
「おまえも《スウリ》と通じていたのか」
 ファドレスが内心の驚きを押し隠した。バルズは不満分子の名簿には載っていない。泳がせるためにわざと外していたハイラムと違って、まったく『白』と思われていたのだ。
 バルズの腕の時計がピッと警音が鳴った。ほとんど同時に音探担当官が叫んだ。
「艦長、全長五セルの金属円筒、六体、当艦に接近中、速度一〇〇カーセル毎時、距離一〇!」
「なんだと!?」
 いきなり出現したと言われて、首を動かし険しい眼を後ろのバルズに向けた。
「トルピィドゥ、発射したマリィンかアンダァボォウトの艦影が見えないなど……おまえ、なにかしたな」
 バルズがくくっと笑った。
「トルピィドゥなど、クェリスには効かないぞ」
「わかっている、だが、この艦内で起こっていることに気が付くこともない」
 クェリスが、発射したアンダァボォウトを攻撃に行っている間に、この艦を乗っ取り、逃走するとうそぶいた。
 通信担当官が手元をそっと動かして、緊急信号を発する通信筒を射出しようとした。その筒が海上に上がり、通信衛星『北天の星《エテゥワルノオォル》』にアクセスしてキャピタァルとバレー・トゥロォワに連絡が行くようになっていた。その手をぐっと握るものがいた。
「おい……」
 隣に座っていたもうひとりの通信担当官だった。
「副艦長に従うんだ」
 その手を振り払おうとして、立ち上がった。パァンと乾いた音がして、立ち上がった担当官の背中と胸から血を噴出した。
「バルズ、おまえっ、なんてことっ!」
 ファドレスが振り返って、短身オゥトマチクを取り上げようとした。だが、その前に再度引き金が引かれた。
「ぐあっ!?」
 ファドレスが身体を折ってうずくまった。腹と背中から血が流れている。
「艦長!?」
 何名かの艦橋担当官が叫んで、近付こうとした。バルズがその連中に銃口を向けた。
「動くと撃つと言った! おとなしくしていろ!」
 そのとき、艦体が大きく揺らいだ。
「わああっ!」
 立っていたものたちが大きく身体を揺らし、椅子にぶつかったり、床に倒れた。
『警戒警報、本艦、トルピィドゥ二発被弾、停艦せよ』
 抑揚のない女の声が警報を発した。バルズがまだ揺れている中、よろけながらも艦長席に向かい、自分の小箱をモニタ横の認識盤に押し付けた。クォリフィケイションを移してから、指令をボォウドに打ち込んだ。
『停艦の必要なし、至急に新航路経路に従い、転針せよ』
 レジヨンから渡された小箱からヴァトンに移した新航路経路を読み込ませた。運行システムからの返答が表示された。
『了解、本艦、転針』
 ゆっくりとだが、艦体の方向が変わっていく。バルズが耳覆いから出ている粒状の集音器を口元に持って来た。
「輸送マリィン《エポォラァル》乗組員の諸君、副艦長バルズだ。ただいまより、本艦艦長は、自分、バルズとなり、レジヨンの指揮下に入る」
 艦橋内がざわめいた。いつの間にか、通信担当官の手に二股の電撃棒が握られ、バルズの横に立っていた。艦橋に不審者が侵入したときの防御用アウムズだった。
「レジヨンの名は初めて耳にするだろう、レジヨンとは、我々にテクノロジイを捨てさせようとしている三者協議会《デリベラスィオン》に抵抗し、テクノロジイ存続を勝ち取ろうとする組織なのだ!」
 艦内に響くバルズの口調は高まっていく。いきなり聞こえてきた副艦長の声明に、艦橋以外で聞いているものたちは呆然としていた。
 バルズは、十五年前、パリス議長の五男トゥドが、大魔導師に消滅させられたアーレギアから辛くも脱出しこの日に備えて雌伏していたと告げた。
「レジヨンは、トゥド様を指導者とした抵抗の組織なのだ。ユラニオゥム燃料をもって、トゥド様の元に向かい、テクノロジイ存続のために戦おう!」
 艦橋担当官の中にも戸惑いと動揺が広がった。輸送マリィンの艦員は、三者協議会の所属なので、他のマシンナートたちよりは、ずっとテクノロジイ放棄に理解があるはずだが、それでも、自ら進んで捨てたいと思っているわけではないものもいる。そうした、しかたなくしたがっているものたちにとっては、存続の道があるならばと心を揺らがせるのも当然だった。
 ファドレスが出血に気を失いそうになりながら、歯を食いしばって顔を上げた。
「敵うわけが……ない……魔導……師の恐ろしさ……わからないのかっ……」
 バルズがファドレスの横腹を蹴った。
「ぐうぅっ!」
 膝を付いて、痛みにもだえるファドレスの頬に銃口を押し付けた。
「わかっている。だからといって、捨てたくないのに、命が惜しくて屈服するのは、ただの臆病者のすることだ」
 押し付けられた銃口で頬が歪んだ。
「あんただって、ほんとうにやつらの理《ことわり》を受け入れてテクノロジイを捨てようと思ってるわけじゃないだろう?」
 ファドレスがううっと眼を剥いた。
「お願いです、艦長を医務室に! 治療してください!」
 このままでは死んでしまいますと担当官のひとりが訴えた。
「死ねばいい、協議会の『犬』なんか」
 立ち上がってファドレスから離れ、艦長席につき、艦橋内をぐるっと見回した。
「従えないものは殺す」
 通信担当官が握っていた二股棒の出力を最大にした。通常は殺傷能力が低いものだが、最大にされて胸元を突かれると感電死することがある。ファドレスに寄ろうとしていたものも足を止めた。バルズがにやっと笑って、再度艦内に放送した。
「《エポォラァル》乗組員の諸君、当艦は、レジヨンの本拠『スィランドゥル』へ向かう、それまでおとなしく各員、それぞれの艦員室に入っていろ」
 すでに自動航行システムによって、入力した航路経路で航行している。艦橋の外でいくらあがいても、経路は変わることはなく、動力装置を停めることもできない。艦外に出られる気閘(きこう)(気密室)を施錠したので、脱出して信号や通信を送ることもできないのだ。このまま航行すれば、マリィンはトゥドの待つレジヨンの本拠に着く。
……たとえ負けても、一矢報いることができれば、このままマシンナートの誇りを汚されて、ただ『犬』となって生きるよりはいい。
 ぐったりとなって意識を失いかけているファドレスを見下ろして口元を歪めた。


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