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作品名:無限の素子 作者:本間 範子

第42回   第一章 異端の少女《エレズィエト》(30)
 第四大陸北海岸沿いにあるユラニオゥム精製棟《ユラニス・カトリイェエム》からの出入り口である海底洞窟のパァゲトゥリィゲェエトでは、輸送マリィンの出航準備が進められていた。
 すでにユラニオゥム燃料の積み込みは完了し、残るは艦員の乗艦だけだった。艦員たちを乗せ、最後にマリィンの昇降蓋から乗り込もうとしていたファドレスの腕を見送りに来たヴァシルが掴んだ。
「わたしが護衛に付きたかったのだけど」
 アートランに止められましたと震えていた。ファドレスが苦笑した。
「クェリスが付くんだろう? あの娘(こ)も強いし、それに何か起きるというのも決まったわけじゃない」
 自分に任せてくれて光栄だと、震えるヴァシルの手を握った。
「心配ない、キャピタァルに届けたら、折り返し戻る予定だ」
 一か月もかからないと眼を細め、ぎゅっと抱き締めた。
「ファ、ファドレス、こんなところで!」
 ヴァシルが恥ずかしくて顔を赤くし、それでも突き放せなかった。
「帰ってきたら、リド・ルアンに行こう」
 『空の船』の連中にも会いたいし、そのくらいの休みはもらわないとなと笑った。ヴァシルがえっと驚いてから、目尻を下げた。
「わたしは、休み、取れても、一日か二日でしょうけど」
 それでもいいとファドレスがうれしそうに見上げているヴァシルの髪を撫でて、離れ、居住まいを正した。
「ヴァシル議員、輸送マリィン《エポォラァル》、出航します」
 敬礼して、昇降蓋から中の梯子を降りていった。
 ヴァシルが膝をついて、その蓋に触れ、すっと飛び離れた。マリィンはゆっくりと潜行してその姿を水没させると、大鉄扉が輸送マリィンの出航のために開き、海底洞窟を通って、極北海に出た。
 ファドレスは、艦長のクォリフィケイションで出航を命じてから、艦長室で一息つき、二ウゥルほどのちに、艦橋に戻った。
 くすんだ藍色の外套を着たクェリスが潜望鏡を覗いていた。まだ海面近くを航行しているので、潜望鏡で海面を見ることができた。
「クェリス、魔導師の服のままか」
 ファドレスが呆れると、覗いたまま、ああと答えた。
「嫌いだ、つなぎ服」
 外套の下も短いズボンと袖なしの上着だった。すらっとした褐色の素肌の手や脚がちらっと見えていた。
「チクチク痛いんだ、ケミカル繊維は」
 バレーやキャピタァルに滞在中は仕方なく着ているのだ。
 ずっと覗きながらすぐ隣に立っているファドレスと話を続けた。
「航路、変更するかと思ったんだが」
 ファドレスが行法士席の前のモニタに眼を向けた。通常、《ユラニス・カトリイェエム》からキャピタァルに輸送するときは、第四大陸の東側に沿って南下していくのだ。ぎりぎり通信衛星の有効圏内を通っていくことになる。不穏な動きがあるというので、第三大陸と第四大陸の間のタウニス海を通っていくのかと思っていたが、変更なしとのことだった。
「あと二ウゥルほどしたら、俺が警戒に出る」
 極南海に入るまで伴泳すると言うので、ファドレスがおいおいと呆れた。
「ずっと伴泳するのか、何千カーセルあると思ってるんだ」
 極北から極南まで、ほぼ惑星を半周することになる。
「二日前にも極南列島から二の大陸まで泳いだ」
 いつものことだ、二ウゥルほど熟睡すれば平気だと潜望鏡を畳んで押し上げた。
「深度一五〇セル、速度三〇カーセル毎時で航行しろ」
 了解したとファドレスが承知すると、クェリスが艦橋から出ていった。
「誰が艦長かわかりませんね」
 副艦長のバルズが不愉快そうに皮肉ってファドレスに近寄った。ファドレスが肩をすくめた。
「気にするな。あのアートラン議員の妹だぞ」
 逆らったら恐ろしいぞと苦笑した。
 バルズが待機しますと艦橋から出て、副艦長室に向かった。認証式の扉を小箱で開け、正面の椅子に腰掛けて、大きなため息をついた。
「まさか、直前になって艦長を変えるとは」
 しかも、クェリスが護衛とは計算外だと拳を握った。
 当初護衛に付くのは、第四大陸東オルダ王国の魔導師ザヒドの予定だった。ザヒドは二十代半ばの青年で、時折マリィンの護衛に付くエンジュリンやクェリスとは違い、魔力はそれほど強くない。しかも、水中が苦手だと話しているのを聞いていた。不審船からの攻撃があれば、攻撃アウムズを装備していないこのマリィンでは防戦できないので、魔導師が艦外に出て応戦するはずだった。ザヒドならば、アンダァボォウトからのトルピィドゥ攻撃でもかなりの効果が見込めたのだ。
「アンダァボォウト、こちらに向かってきているはずだ」
 クェリスは、近付く艦影をすぐに見つけるだろう。ザヒドと違って、クェリスにトルピィドゥは通用しない。せっかく音探装置をかく乱するよう、仕込んだのにと歯噛みした。
「知らせないとまずいな」
 当初の計画通りに実行したら、レジヨンのアンダァボォウトは、クェリスに攻撃されて撃沈するだろう。深海アンダァボォウトではないので、ラカン合金鋼の外殻ではないのだ。しかし、今連絡する術はない。ひそかに渡されたレジヨンの小箱の網《レゾゥ》は、海上に専用空中線を出さなければアクセスできない。しかも、レジヨン側も海上に出ていないと届かないのだ。
 艦長を殺し、乗っ取って、そのまま逃走するか。
 乗っ取れば、水中用の音波装置の周波数を合わせれば、連絡が取れるが、クェリスの攻撃は免れないだろう。だが、このマリィンはラカン合金鋼で出来ている。ラカン合金鋼はいかなる魔導師にも鉄壁の防御となる。
「それでいこう、それしかない」
 こちらに向かっているアンダァボォウトには申し訳ないが、犠牲となってもらうしかない。その後のクェリスの追跡を振り切れるかどうかはわからないが、やるしかないと決断した。
 腕に嵌めた時計を睨みつけた。


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