港口では、青灰の防寒具を着た男がひとり待っていた。レニウスのように上背はないが、鍛えられている体格だった。 「よう、レニウス、ミッションの主任、おまえに替わったってな」 レニウスが不愉快そうな顔でうなずいた。 「文句なら、トゥド様に言ってくれ、アドレィ」 アドレィがまさかと肩をすくめた。 「トゥド様が決めたんならしかたないが、急にミッションが変わったっていうから大丈夫かと思って」 ようやく段取ったミッションをすべてなしにしてと心配そうだった。 アドレィとレニウスは、トゥドの直属の部下で、アーリエギアを乗っ取ったとき行動を共にしていた。 アーリエギアとともにパリス議長を失い、ユラニオゥムミッシレェは一発も地上に到達せず敗北したとき、トゥドは、自暴自棄にならず、沈着冷静に行動した。一番嘆き悲しむと思ったトゥドの毅然たる態度に、残ったものたちはパリスの再来と心酔した。そして、極北の冷たい海に潜み、補給基地の備蓄を大切に使いながら、『時期(とき)』を待った。 バレーの中には入れなかったが、パァゲトゥリィゲェィトや港口で旧パリス派のインクワイァと接触、内部事情を得たり、足りない医薬品や物資などを流してもらったりして、潜伏を続けていた。 その一方でなんとか学院、いや今や学院に味方する連中も含めた三者協議会《デリベラスィオン》に対して報復しようとミッションを練ってきたのだ。そのミッションの実行チィイム主任はアドレィだった。 「こいつを加えたミッションにするなんて、危険すぎる」 アドレィの黒い瞳がちらっとエンジュリンを捉えた。レニウスも内心はアドレィと同じだった。だが、トゥドがそうすると決めたことには逆らえない。 「裏切ったりしないよな」 レニウスがエンジュリンに念を押した。エンジュリンが黙ったままうなずき、ミッションに使われるアンダァボォウトを見遣った。 「あれが参号艇?」 さっさと歩いていく。待てとレニウスが背中を追いかけ、アドレィも続いた。 参号艇の側には、アンダァボォウトの乗組員が立っていた。 「レニウス班長が主任だそうですね」 アドレィが両肩をすくめた。 「急に変更になった。五号艇に伝達しないといけないが、俺が八号艇で行く」 八号艇は参号艇の隣に接岸されていた。先ほどの乗組員は八号艇に入っていった。アドレィがレニウスに敬礼した。 「レニウス主任、それでは八号艇、先行します」 レニウスが嫌そうな顔で腕を組み、うなずいた。 「指定海域での合流まで網《レゾゥ》での通信は中断だ」 八号艇の昇降蓋を閉めるアドレィを見送った。ゆっくりと水中に沈んでいく艇体を見つめていたレニウスが、エンジュリンに伝えた。 「出発は一ウゥル後だ」 それまであそこで待機だと港口の隅にある詰所に連れて行った。扉は軽金属で出来たもので、手動だった。取っ手を回して開けて入ると、中では男たちが五人ほど椅子に腰掛けて、温風機を囲んでいた。みんな灰色の防寒着の上を腰まで脱いでいた。 「レニウス班長、そいつが素子なんですね」 ひとりが立ち上がって険しい顔を見せた。ほかの四人は怯えたような眼をしていた。 「ああ、エンジュリンだ」 参号艇の乗組員たちだと紹介した。よろしくと頭を下げるエンジュリンにみんな一様に驚いて固まってしまった。レニウスが声を上げて笑った。 「よろしくとはな、おまえ、面白い」 エンジュリンが怪訝そうに首を傾げた。 「挨拶するのはふつうだろう」 「まあそうだが、俺たちは敵同士だ。ふつうはしない」 エンジュリンが眼を細めた。 「今は味方だ」 まったく妙なやつだとレニウスが口はしをゆがめた。 先ほどからエンジュリンを睨みつけているのが、参号艇艇長グリド、レニウスに椅子を勧めながら、艦橋からですとヴァトンを渡した。レニウスが椅子を断り、ヴァトンを受け取って、小箱に差し、ファイルを展開した。 「行動監視初動調査報告書……」 長い題名のファイルには、三十七名の名前と所属、調査開始から十ウゥル(二十時間)の行動が記録されていた。いつどこに行き、誰と話し、電文から音声通信の内容までが書かれていた。 「ここまでやるとは、協議会も汚いな」 なんのことかわかったエンジュリンがふうと息をついた。 「不満分子の監視システムは、どんなソシアリティム(社会制度)にでもある」 今さらと眼を光らせた。レニウスがはっと驚いた。その眼の光は闇のように暗く、今まで垣間見られていたかわいらしさの微塵もなかった。 ……やはり、トゥド様の睨んだとおりか。 「それもそうだな」 その三十七名のうち、二十二名とは接触があり、内通者のハイラムに今回の行動開始を知らせるように指定したものたちだった。だが、肝心のハイラムの名前はない。 「気付かれていないとは、うまくやってるんだな」 レニウスがつぶやき、ファイルを閉じた。
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