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作品名:無限の素子 作者:本間 範子

第39回   第一章 異端の少女《エレズィエト》(27)
 レニウスとエンジュリンが退室し、他の護衛や職員たちも出て行って、ひとりになった艦長室で、トゥドは、小箱に残っている母パリスの最後の声を再生していた。
『トゥド、発射ルゥムに入った。おまえは、マリィンでバレー・トゥロォワに向かえ』
『わたしは……母さんとこの艦で戦いたいです』
『言うことを聞け。他のマリィンにミッシレェ発射コォオドを送ったが、不達になった。セアドとも交信できない。おそらく電波塔になんらかの障害が発生したんだろう』
『まさか』
『素子の攻撃にあったのかもしれない、おまえは、トゥロォワが用意している大型送受信装置を使ってミッシレェ発射コォオドを送れ』
『でも、母さん……』
『電波の届く範囲のマリィンからユラニオウムを発射しろ』
『はい……』
『頼りにしてるぞ、トゥド』
 あの後、アンダァボォウトで近海にいたこのマリィンに到着した。急ぎ、三艦のアンダァボォウトでリレェして、バレー・トゥロォワの送受信装置から発射コォオドを送り、五台のマリィンからユラニオゥムミッシレェを発射させた。  
 だが。
 一発も地上に落ちなかった。
 このマリィンにもユラニオゥムミッシレェを配備する予定だったが、思いがけず母が議長罷免という状況となってしまって、通常弾道のミッシレェの積み込みもできていなかった。
母の最後の言葉。
……頼りにしてるぞ、トゥド。
「はい、母さん、必ず、必ず」
 必ず、ユラニオゥムミッシレェを地上に落としてみせる。ようやく、そのための道が開けたのだ。
「リィイヴ……おまえの娘をこんな形で使えることになるとは思わなかったが」
 リィイヴの娘を訓練村から連れ出し、反乱組織《レジヨン》に加担させることは、リィイヴへの復讐になる。それだけのつもりだったが、まさかこんな形で利用できるとは思わなかった。
「あの素子、リィイヴに言われてアスィエを守ってるんだろうが」
 素子が好きだの嫌いだので学院を裏切るはずもない。脱走されるとわかった時点でのとっさの行動ではあろうが、反乱組織の全容を探ることとアスィエを守るために、協力しているように見せかけているに違いない。
まるで本当に好きな娘に好かれたいからというような素振り、表情。
『魔導師』など、イカサマ師だ。ヒトを欺くくらいなんとも思っていない。それならそれで、ギリギリまでひっぱってせいぜい使ってやろうとほくそえんだ。
「逆らえば、釦(ボタン)を押すまでだ」
 胸の小箱に触れた。母の無念を晴らすために素子に報復する。それが無理なら、最低でもリィイヴを苦しめてやる。
「おまえのかわいい娘をこっぱ微塵にしてやる」
 バラバラになった血肉をかき集めて嘆き悲しむがいいと小箱を握り締めた。
 艦長机のモニタに、艦橋から、補給基地に到着したという連絡が白い四角で届いた。

 極北海の氷塊列島《イルゥズフィジェ》は、巨大な氷山の連なりだ。数十の島は、季節と海流によってその大きさと位置が変化する。その氷山島の最大の大きさをもつヴァウベク島にある補給基地には、電波発生装置が設置されているので、その電波を捉えて位置を確認できるのだ。
 補給基地の港口で接岸したマリィンは、横腹の舷梯を開き、岸壁に架橋板と運搬帯を出して掛けた。ゴミや廃棄物などを積んだコンテナが降ろされていく。汚物処理の排出管も挿管された。岸壁にはマリィンの横に並んでいた三台のアンダァボォウトの乗組員たちが待っていた。
 レニウスがエンジュリン、部下の黒つなぎたちと降りていくと、待っていた乗組員たちが駆け寄ってきた。氷山をくり貫いて作られているので、気温がかなり低い。そのため、レニウスや黒つなぎたちは、保温装置が組み込まれている防寒着を着ていた。エンジュリンは寒くないというので、そのままの格好だった。防寒着を着ていないエンジュリンを不思議そうに眺めながらも、アンダァボォウトのレジヨン壱号艇の艇長が敬礼した。
「レニウス班長」
 一列に横に並んでいた連中も続いた。
「ご苦労」
 五号艇からバレー・トゥロォワの情報が届いたとヴァトンを渡した。隣にいた黒つなぎにヴァトンをトゥドに持っていくよう指示した。その後姿をちらっと見ていたエンジュリンが尋ねた。
「バレー・トゥロォワで情報を流しているものがいるんだな」
 レニウスがああとうなずいた。
「さすがにキャピタァルは警戒が厳重なんでな」
 取りやすいところから収集しているのだ。
「聞かないのか、流しているやつが誰か」
 エンジュリンがいやいいと手を振った。
「アートラン師匠(せんせい)にはわかっているだろうから」
 レニウスが艇長たちから小箱に報告書のファイルを無線で受け取っていく。
「そのアートランって素子は、ずいぶん強い魔力を持っているようだな」
 エンジュリンが奥の扉から箱型の搬送車が連なってきたのに気が付いて、そっちに気を取られたらしく、レニウスの言うことを聞いていなかった。レニウスがやれやれと苦笑した。
「面白そうなんだろ? 見に行くか」
 エンジュリンがうれしそうにうなずいて、先に歩き出したレニウスに付いて行った。
 搬送車の中には、透明や深緑の人造樹脂の箱が積まれていた。食料や医薬品のようだった。その後ろには、銀色の筒状の貯蔵容器が何本も載せられていた。
「合成ペトロリゥムか」
 テンダァやリジットモゥビィル、外での発電機などの動力源にしているのだ。レニウスが、搬送車の出てきた倉庫に連れていった。
 倉庫は、氷をくり貫いた二十セルほどの高さの丸天井の空間に鉄材で骨組みが組まれている。その中に鉄材と人造板で組まれた五階層ほどの棚があって、上げ下ろしするための大型ゴンドラが二機掛かっていた。エンジュリンがぐるっと見回した。
「ほとんど空だな」
 レニウスが、ああと一階の部分を指差した。
「オゥトマチクや弾薬はたくさん残ってるがな」
 食料はまもなく尽きると肩をすくめた。倉庫の左側面にある扉が開いて、空になったコンテナが出てきた。
「あの奥は廃棄物処理場だな」
 見たいとエンジュリンがさっさと歩き出した。あわててレニウスが後ろから付いていくと、途中で足を止め、コンテナを運ぶ作業員に話しかけた。
「処理影響評価指標バァアジョン(版)はいくつなんだ」
 作業員がいきなり聞かれて戸惑い、首を振った。
「ここでは、処理せずに廃棄しているだけですから」
 処理影響評価はしていないと言って、先に行ってしまったコンテナを追いかけた。エンジュリンが廃棄場の扉の中に入った。氷の洞穴の中に、うず高く不燃物や人造樹脂の箱などが積まれていた。大きな排出管があり、海中に伸びていて、生塵、汚水、屎尿などがそのまま流されていた。寒さのためにあまり臭気はなかった。じっと見つめているので、レニウスが声を掛けた。
「どうした」
「この程度の廃棄物ならいいが」
廃棄物処理用の高濾過膜もなく、処理施設もない。垂れ流しになるのもしかたなかった。
「ユラニオゥム廃棄物を投棄してると思ったのか」
 エンジュリンはそれには答えず、港口に戻ってきた。


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