マリィンを追尾させた一角獣ナルヴァルの群れは、途中で疲れてしまい、別のドォルゥファンの群れに引き継いでいた。だが、そのドォルゥファンの群れはマリィンの影を見失ってしまい、クェリスでは、それ以上の追跡ができなかった。 あらかじめ、アートランと打ち合わせたとおりに、バレー・トゥロォワのパァゲトゥリィゲェィト近くにあるリオト島に向かった。ざぁっと海から岩に上がったクェリスの頭の上から声がした。 「見失ったようだな」 黒つなぎを着たアートランが腕組みして立っていた。 「ああ、深いとこに潜ったらしい」 魔力のドームで包めば濡れることはないのだが、クェリスはずぶ濡れだった。水に濡れるのが好きなのだ。 岩場の間に焚き火を炊いていて、火に当たれと手を振った。湯を沸かして煮出した茶を鍋ごと渡した。すぐ側に漁師小屋に見せかけたバレーの詰所があり、備品や食料を置いていた。クェリスが直接鍋から茶葉ごと飲んだ。 「マリィンの位置はわかってる」 それよりもこの時期になって行動を起こした意味がわからんとアスィエに小箱を渡した男がパリスの五男トゥドであることを含めて、現況を話した。 「反乱蜂起のためにヒト集めしてるんだろうけどな」 勝ち目はないのにとクェリスが茶を飲み干した。アートランが、もしそうなら、なにか勝算あってのことだろうといらだたしげにため息をついた。 「ミッシレェもってるとか」 それも考えておかなければならないと空を見上げた。 「エンジュリンと連絡とれないのか」 小箱を持っているはずだった。 「電波不達になる。海に潜っていたらたしかに届かないが」 アートランが海に手を入れて、大きな二枚貝を掴み、クェリスに投げた。自分の分も取って、殻ごとガリリッとかじりながら戻ってきた。クェリスがもらった貝を眺めてから、同じようにかじり出した。 「いいか、クェリス、時々、生で丸ごとぜんぶ食べるんだ、何でもいいから」 クェリスも三者協議会《デリベラスィオン》の議員候補として、エンジュリンほどではないが、テクノロジイを使うことがあり、キャピタァルやバレーなどで過ごすことも多かった。 「わかってる」 テクノロジイで汚染されていない食料を身体に入れて、浄化する必要があった。 「兄貴、あいつが何考えてるかって、わからないって言ってたよな」 クェリスがガリガリ音を立てて殻を噛みながら尋ねた。 「ああ、俺が読み取りできないのは、仮面とあいつだけだ」 イェルヴィールのヴィルヴァ学院長のように読み取りにくいものはいるが、会話をしながらできないことはない。だが、エンジュリンは、赤ん坊の頃から直接触れても、読み取れないと不愉快そうに頭を掻いた。 「ふだんはおっとりした貴族の『ご子息』みたいな感じなんだがな」 わずかながらふわっとした優しい感情の波を感じる。そのふだんの態度にも裏表はなく、心優しく、暖かい。だが、時々だが、暗い眼をする。読み取りができないからなのか、底知れない暗さに思えた。 「仮面の親父が帰ってこないせいだろ」 エンジュリンの父親は、大魔導師イージェンだ。 七年前、二の月に出かけたきり、戻って来ない。生死のほども不明で、アートランとエアリアが何度も二の月まで様子を見に行っているのだが、二の月は、ラカン合金鋼よりも硬い黒い岩の塊りで、砕くこともできず、中に入ることもできないのだ。 「たしかにそれもあるだろうが、おととしの五大陸総会の後からおかしい」 その前はそれほどでもなかったとまた海を見た。クェリスも、確かにセラディムの学院で一緒に修練していたときもそんなに暗いやつじゃなかったと同意した。 「五大陸総会の後って、あいつが自分の目玉くり貫いて、仮面の親父の眼入れたときだよな」 「あれは、発作的にしたみたいだ。総会で仮面が非難されたことがつらかったみたいなんだが」 クェリスが、それでなんで、目玉入れ替えるんだか、わけがわからんことをするやつだとため息をついた。 どうしてそんなことをしたのか、問い詰めても答えなかった。仮面が失踪したことを非難されたからなのかと尋ねても、頑なに口を閉ざしていた。ただ、ひどくうろたえた顔を見せた。だから、それが原因なのだろう。 あの底知れぬ暗さ。仮面の瞳があいつに暗さを見せているのか。 アートランにもよくわからなかった。 ドルゥファンが一頭、海面から顔を出していた。アートランが海に顔を突き出した。 「そうか、ご苦労だったな」 後は別の群れが引き継ぐと頭を撫でると、キュウウゥと鳴いて、ザブンと撥ねながら泳ぎ去った。 「マリィンは極北の海を北上してる」 補給基地に帰還するのかもしれないと北に眼をやった。 「俺はどうすればいい?」 海に近寄り、手を入れて、茶色の海藻を掴み上げて食べながら、クェリスが尋ねた。指令があるとアートランが焚き火の側に戻った。
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