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作品名:無限の素子 作者:本間 範子

第36回   第一章 異端の少女《エレズィエト》(24)
 三者協議会《デリベラスィオン》トゥロォワ支部の担当官フリアは、自分のラボに戻り、リンクスから指示された不満分子の行動監視についての初動報告を作成していた。
フリアは、『マシィナルバァタァユ』当時十二歳だったので、地上に送られず、テクノロジイについての学習をしながら、『理(ことわり)』の教導を受けるという、非常に難しい教程をこなし、昨年協議会の記録担当官に就任した。
何度か地上に研修に行き、そのまま暮らしてもいいというほどの地上派だが、アートランが協力的であり有能であることでリンクス同様使いたいと残しているのだ。
「まだワァアクしますか?」
 ラボの職員が声を掛けた。モウディというワァカァの女性だった。続けるならカファいれますけどと気遣った。フリアがモニタの右隅の時刻を確認した。
「あら、もうこんな時間」
 とっくに就業時間が過ぎていた。
「気が付かなかったわ、あと少しいいかしら」
 はいと返事をしながら、カファを入れて机に置いた。
「忙しいのですか」
 ええ、いろいろとねとため息をついた。
「あなた、地上に研修に行ったこと、あったわね」
 モウディがはいとうなずいた。十年前、家族で行ったが、あまりにつらくて半年たらずで帰ってきましたと申し訳なさそうだった。
「たしかに、慣れるのは難しいわよね……」
 もう少し住環境が良ければいいのだけどと苦い顔をした。
身体をねじって、机の引き出しを開け、ヴァトンを取り出した。デェイタを保存したものをモウディに渡した。
「時間外で悪いけど、これをリンクス議長に持っていってくれるかしら」
 渡したら直帰していいからと託した。バレーのベェエスに記録が残ってしまう電文で送りたくないものはヴァトンに保存して手渡しするのだが、フリアは忙しくて自分で持っていけないときは、いつもモウディに頼んでいた。
「わかりました」
 それではお先に失礼しますと頭を下げてラボを出た。
 フリアのラボは、中央塔の三階にあり、議長室は二十三階なので上がるためにエレベェエタァルゥムに向かった。途中何人かのワァカァ職員やインクワィアに出会い、挨拶をしながら、三階の共同ポットルゥムに寄った。だが、用足しをするでもなく、ポットルゥムの脇にある非常階段への出入口に入っていき、下に向かって降りて行った。
地下二階ほどまで行き、通路に戻った。ほとんどヒト気もない。ある扉の前に来て、認識盤の訪問釦を押した。扉はすぐに開き、目の前にひとりの男が立っていた。
「ハイラム様」
 モウディが恥ずかしそうに顔を赤くして頭を下げた。
ハイラムは三十歳そこそこの年頃で、小柄で優しそうな顔つきだった。微笑みながら、モウディを中に引っ張りこんで、抱き締めた。
「どうした、なにかあったのか」
 モウディが胸にしがみつきながら、人造樹脂で出来た箱に入っているヴァトンを見せた。
「議長にヴァトンを届けることになったので持ってきました」
 ハイラムがそうかとうれしそうに受け取った。
「いつもありがとう、でも、危ないからもうしなくていいんだよ」
 受け取ったヴァトンをタァウミナルに挿入した。モウディが懸命に首を振った。
「いえ、ハイラム様のお役に立ちたいから!」
 担当官に復帰したときのためですものと眼を潤ませていた。
 ハイラムは以前協議会の担当官だったが、二年前に外されていた。ラボの職員だったモウディが、そのまま残留していたので、自分に好意を持っていることを逆手に取って、復帰したときにすぐにワァアクができるように情報を知っておきたいからとヴァトンの受け渡しのときに持ってこさせるよう、言いくるめてしまったのだ。
かつてインクワイァとワァカァの間での交流を禁じられていたときでも、手軽に性交渉しようとしてワァカァに手を出すインクワイァはいた。今では、上層地区や中央塔でも、多くのワァカァが職員や担当としてワァアクしていたので、そうした関係をもつインクワイァとワァカァは増えていた。
「あまり時間がないけど、ちょっとだけ」
 そう言いながらまた抱き締めたハイラムの腕の中で、モウディが真っ赤な顔を伏せた。
 ほどなく、ハイラムが離れたので、モウディが長椅子から身体を起こし、恥ずかしそうな仕草で背を向けて身支度をした。ハイラムも青いつなぎ服の前を閉じて、ヴァトンを返した。
「一刻も早くこんな備品保管庫の管理主任ではなく、協議会の担当官に復帰したいよ」
 そうすれば、また君と一緒にワァアクできるのにと悲しそうな目を向けた。それまでがんばって情報届けますとモウディが約束した。
 モウディが出て行ってから、ハイラムが有線箱を開けて、送話器を取り、部下のワァカァに体調が良くないので、今日はもう上がると告げた。
引き出しの奥から、銀色の箱を取り出し、鍵の暗証番号を入れて開け、中にある小箱を出した。タァウミナルに移した情報デェイタを別のヴァトンを介して、その小箱に納め、管理主任室を出た。
 ハイラムの自室は中央塔の外の集合宿舎にあった。以前は中央塔内にあったのだが、担当官ではなくなってから、外に追い出されたのだ。自室に帰るときの経路に使っている管理区に入った。途中、管理区の作業員に出会うことはあるが、ハイラムが保管庫の管理主任であることを知っているし、よく通っているので、不審に思うものはいない。
 かなり歩いてパァゲトゥリィゲェィト近くまでやってきて、作業抗の詰所の中を硝子窓から覗き込んだ。中にはひとりしかいなかった。この時間帯では、すでに作業は終了して、夜勤交代でひとりかふたりが詰めているだけだろう。以前は詰所の奥にある殺菌室で防護服に着替えなければ、作業抗から作業渠には出られなかったが、今では殺菌室もなくなり、防護服もいらなかった。詰所の横に扉があり、そこから作業抗に入れるように変わっていた。ハイラムのクォリフィケイションは管理関係の主任であることから作業棟や管理区関連の扉の開閉ができた。扉を開いて、作業抗を歩き出した。足元に小さな非常灯が点灯していて、暗いながらも足元だけは見えていた。
 一ウゥルほど歩いて作業渠に到着した。エレクトリクトォオチがところどころに付いていて、プゥウルの水面からゆらゆらとしているのがわずかに見えていた。壁際の鋼鉄製の階段を登り、作業渠の上に位置する船渠に上がった。船渠はマリィンが出入りする大きな開閉扉があり、今は一艦マリィンが船渠入りしていて、点検を受けていた。大きな開閉扉は水を抜いている間は閉められている。その脇に作業員が出入りする扉があるので、その扉を潜って『外』に出た。夜中の冷たい外気にさらされ、ハイラムがぶるっと震えた。
「しまった、上着」
 中は空調が効いているので気にならなかったのだ。外に出るのだから着てくればよかったと後悔した。今さら取りに戻るわけにもいかない、しかたないと寒さに震えながらそのまま岩壁にそって歩き、岩の間に手を入れた。ごつごつとした岩の間から、折りたたんだ棒と箱を取り出し、棒を指した箱を開けて、緑の釦を押した。つなぎ服のポケットから小箱を出して、開き、電文を送った。その棒は空中線だった。
「移動していたら、届かないが」
 震えながら待つこと数ミニツ後、小箱が震えた。音声通信だった。
「こちら、ハイラム」
 耳に入れた細い線から少し雑音が混じっていたが、声が聞こえてきた。
『こちら、レジヨン五号艇だ』
 アンダァボォウトが近くに留まっていたので、電波が届いたのだ。三者協議会《デリベラスィオン》の情報が入手できたので、送信したいと言うと、了解したと返ってきた。少し容量が重いので時間がかかると言ってから、情報デェイタを送信した。
『ハイラム、この名簿の中の人物に以下の電文を見せてほしい』
 五号艇から電文と名簿ファイルが送られてきた。電文を見て、ハイラムが驚いた。
「とうとう行動を」
『よろしく頼む』
 ハイラムが必ずと約束して音声通信を終え小箱を閉じた。


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