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作品名:無限の素子 作者:本間 範子

第33回   第一章 異端の少女《エレズィエト》(21)
 アスィエが立ち去り際、エンジュリンが「自分たち」の方を見ているのに気がつき、不愉快そうに顔を逸らした。
 エンジュリンは、タァウミナルを乗せたワゴンを押し、護衛班の班長レウニスに連れられて宛がわれた部屋に入った。壁際に簡易ベッドがあり、その横にユニットの扉があるだけだった。監房室のようだった。
「ここでワァアクするんだ」
 レウニスがモニタと椅子を二脚持ってくるようにと小箱で指示した。
 ほどなく到着し、職員が接続していった。エンジュリンがすぐに立ち上げて打ち始めた。
 少ししてからレスニスが話し掛けた。
「おい、素子」
 エンジュリンがモニタの画面に眼を向けたまま、返事した。
「俺の名前はエンジュリンだ、レウニス班長」
 レウニスが含み笑いをした。
「名前で呼んでほしいのか」
 拗ねたような様子でうなずくのを見て今度は声を出して笑った。
「おかしいか?」
 レウニスが背中から覗き込んだ。
「いや、おかしくない、エンジュリン」
 その間にもずっと数値を打ち込んでいるのを見て、尋ねた。
「その数値はなんだ?」
 エンジュリンが一度手を止めてから、これは等深線の座標数値だと指差した。まさか全部覚えているのかといぶかしんだ。
「全海域図作成に必要な等深線座標数値を記憶している」
 全陸図等高線座標数値も記憶しているから、地上の地図も描けるのだ。
「魔力でならすぐに描けるが、タァウミナルのデェイタにするのは時間がかかる」
 レウニスは寒気を感じた。
 素子。
 空を飛び、光の球を出す。膨大な量の情報を正確に記憶する力。ヒトを超えたものの力だ。ヒトの形をしているだけにすぎない。ヒトではないものだ。
「おまえは、テクノロジイを否定していないのか」
 使いこなしているようだがと疑問を投げた。エンジュリンが首を振った。
「やむなく使ってる、そういうことだ」
 どことなく歯切れが悪いなと感じたが、椅子に戻り、横顔を見つめた。
「海底火山噴火の予測はどうやってわかるんだ」
「グランヴァル海域の火脈算法を起動させるとわかる」
 それでも予測値に幅があるので、実際近くに行って岩肌から伝わる振動や地熱を感じとれば、より正確な予測が得られると説明した。
「算法っていうのは」
 テクノロジイでいうところの、コォオドのようなものだと説明した。では、噴火の予測はと尋ねた。
「海底に触ればわかるってことか?」
 顎が引かれた。そのわかる仕組みがわからないことが不気味なのだが、それが素子の力なのだろうと納得するしかなかった。
 一ウゥル(二時間)ほど経った頃、訪問音がした。この部屋には備え付けのタァウミナルがないので、出入口の横に付いている訪問者の顔が映し出される小さなモニタァを見て確認してから開けるようになっていた。
「ロイエン?」
 扉を開いた。
「どうした」
 ロイエンはすぐには答えず、ちらっと部屋の中を見て、魔導師に聞きたいことがあると小さな声で言った。ちょっと待ってろと手で制してから、トゥドに小箱で連絡した。
「では、よろしいんですね」
 トゥドの許可が下りたので、ロイエンを部屋の中に入れた。
「エンジュリン、ロイエンが何か聞きたいことがあるそうだ」
 エンジュリンが叩く手を止めて、椅子ごと振り向いた。ロイエンは、入口の前に立ち、下を向いて、エンジュリンを見ないようにして尋ねた。
「……その……俺の母親、アリスタってヒトは……どこにいるんだ」
 エンジュリンが眼を伏せた。
「アリスタは、『マシィナルバァタァユ』の少し前に亡くなっている」
 ロイエンがはっと顔を上げた。眼が真っ赤に腫れていた。父も亡くなり、本当の母も死んでいた。ロイエンから、自分はひとりぼっちだという悲しみの波が伝わってきた。
「何で死んだんだ」
 ロイエンの声が震えていた。エンジュリンはすぐに答えなかった。しばらく黙ってから、顔を上げた。
「そこまでは知らない」
 ロイエンが戸惑っていると、レウニスが腕を組んで壁に寄りかかった。
「聞きたかったのはそれだけか」
 ロイエンががっかりした様子でうなずき、ぐいっと眼を袖で拭った。
「もう学習に戻れ」
 レウニスが追い出すようにして部屋から出した。
エンジュリンが小さくため息をついてから作業を再開したのを見て、レウニスがすぐ後ろに立った。
「おまえ、ほんとうは知ってるんだろう、ロイエンの母親の死因」
 エンジュリンが手を止めた。否定も肯定もしなかったが、知っていることは明らかだった。動揺していることが分かるような顔色だった。素子は冷徹で感情がないと聞いていたので、意外だった。
「おまえ、わかりやすいな」
 エンジュリンがやれやれという風に小さく肩を落とした。
「兄さんにも言われた、すぐに顔に出るって」
 レウニスがその様子が妙にかわいらしく思えて苦笑した。よく見るとまだ顔に幼さが残っている。ワゴンの上の硝子ポットを電磁保温器から取り上げ、ふたつの杯に注いだ。
「カファは苦手のようだが、これしかないから」
 少し休めと差し出した。驚いた眼で見上げてきた。
「ありがとう」
 礼を言ってすなおに受け取り、口を付けた。
「どれくらいかかるんだ、海図を作るのに」
 レウニスはアウムズ専門分野で、射撃や操縦の腕は優れているが、コォオドを組むようなワァアクや研究はあまりしたことがなかった。
「グランヴァウルに限定したとしても、休まず入力して五日くらい」
 ということは、六十ウゥル(百二十時間)かとため息をついた。このタァウミナァルの処理能力が低いので、時間がかかるのだ。
「その前に見つかってしまうだろう、おまえの師匠とやらに」
 そうだがと、また見上げてきた。
「俺がナビゲェィトすれば、今すぐにでも逃げ込める」
 ここに海図が入っているからと指で頭を指した。レウニスが呆れて首を振った。
「おまえにナビゲェィトさせるわけないだろう」
 海図も作っても使わないと思うぞと椅子に座った。
「わかってる、それでもいい」
 作りたいから作ってるとカファを飲み干し、また打ち始めた。


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