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作品名:無限の素子 作者:本間 範子

第32回   第一章 異端の少女《エレズィエト》(20)
 ハーデンが席を外し、ほどなく、ワゴンにタァウミナルとボォウドを乗せて戻ってきた。床の差込口から電源を取り、正面の大型モニタに接続して、ワゴンをエンジュリンに押しやった。
 トゥドとアスィエが、モニタが見える位置に椅子を移動した。アスィエがいったいなにをするつもりなのかといぶかしげにエンジュリンを見ていた。エンジュリンがボォウドに向かい、タァウミナルを立ち上げた。
『ウルティミュウリア、テクノロジイの頂(いただき)』
 最初の立ち上げ画面に浮かび上がった文字を見て、このマリィンの乗組員以外のみんなが息を飲んだ。
「なんと、またこの起動画面を見られるとは」
 ライマンドが感慨深げにため息をついた。
 今の基礎オペェレェションコォオドの起動画面には『讃えよ、万物の理(ことわり)、空と海と大地と、そこに住まいするすべての生きとし生けるものを』という文句が表示されるのだ。
「この起動画面が懐かしいのか」
 エンジュリンが振り返ると、ライマンドが険しい眼で睨んだ。さっとボォウドに向き直り、カタカタと釦を叩き始めた。
 ハーデンがトゥドの側で屈みこみ、耳元でこっそり話しかけた。
「あいつの指定どおりの応用コォオドとデェイタを入れておきましたが……その、大丈夫ですか」
 妙な病理コォオドなど流すのではと心配したが、トゥドが独立系だからそれは心配ないと首を振った。
 エンジュリンが鮮やかにボォウドを叩くところを、ロイエンが食卓に手を付き、身を乗り出すようにして見入っていた。
 このマリィンで初めてボォウドやモニタを見せてもらった。話はアスィエやカージュの違反者たちから聞いていたが、実際に見るのは初めてだった。使えないとワァアクにならないと言われて、読み書きや勘定は出来るが、ボォウドやタァウミナルを使えるようになれるかどうか、不安でいっぱいだった。それを素子がいとも容易く使っているのを見て驚いていた。
 モニタを見てくれとエンジュリンが顔を上げた。みんなの視線が正面のモニタに集まった。黒い画面だったモニタの中央から、パアッと緑の放射線が網のように広がり、五大陸の地図が表示された。その地図の南半球のある位置から、白い光を中心に円が出てきて、モニタの地図上を覆っていった。
「あの白い範囲が、南天の星《エテゥワルオストラル》、有効圏内」
 エンジュリンがそしてとボォウドを叩いた。
 北半球のある位置から、青い光を中心に円が出てきて、やはり、地図上を覆っていった。
「あの青い範囲が、北天の星《エテゥワルノオォル》、有効圏内」
 その白円と青円が重なり合い、五大陸のほとんどを覆い尽くした。
「ほう、これが北天の星《エテゥワルノオォル》の網(レゾゥ)か」
 感心するトゥドに、エンジュリンが黙ってうなずき、第二大陸の北海岸に赤い光点を付けた。
「今年に入り、あの位置、つまりリド・アザン村から北天の星にアクセスがあったということがわかり、記録から、サウリという死亡しているはずの元アーリエギア乗組員の小箱からアクセスされたことが分かった」
 その小箱の出所を探るために調査班が動いていたのだ。トゥドがなるほどとアスィエの首から下がっていた小箱を掴んだ。
「アスィエ、この小箱でキャピタァルに通信しようとしただろう」
 アスィエがはいと小さな声で返事をした。でもと顔を伏せた。
「北半球に網(レゾゥ)があるとは知らなかったので、繋がるとは思っていませんでした」
 ただ、小箱をもらったとき、うれしくて、繋がらないとわかっていたのに、祖母に通信しようとしてしまったのだ。アスィエが首に掛けていた提げ紐を外してトゥドに渡した。
「ごめんなさい」
 トゥドがその小箱を艦員に渡し、サウリに返した。
「いや、カージュを襲撃すれば、このマリィンのことは知られることになるのだから、かまわなかったがな」
 おかげで情報提供者が来ることになったわけだしとエンジュリンを見た。聞きたいのだがと尋ねた。
「どこからビィイクルを打ち上げたんだ」
 エンジュリンが顎に手を当てて、少ししてから振り向いた。
「ビィイクルは使っていない。アートラン師匠とエアリア先導師が大気圏外に運んでいった」
 何人かがううむとうなった。ライマンドが拳をガンと肘掛に叩き付けた。
「アートラン! バレーの統廃合に反対しただけなのに、わたしに違反者の汚名を着せて、カージュに追いやった!」
 アートランは、ライマンドがひそかにテクノロジイ存続のための画策を考えていたことを読み取っていた。読み取りしたことによって知り得た心の奥底による処分は避けていたが、アートランがどうしてもライマンドはカージュ送りにしたいと主張したので、統廃合反対を規則違反とこじつけたのだ。
「なぜ、北天の星を使うことになったんだ」
トゥドが机に肘をかけ、首から提げた小箱をいじった。ちらっと見たエンジュリンがすぐに眼を前に戻しボォウドを叩き続けた。
「キャピタァル中枢統制《サントォオル》で、バレー・トゥロォワとユラニオゥム精製棟の全機能を統制するためだ」
 加えて南と北の間での迅速な情報伝達、輸送マリィンの監視などが必要という判断になったからだと説明した。
「さすがにアルティメットひとりでは手が回らないということか?」
 トゥドの問いかけに、エンジュリンの手が止まって、ボォウドから離れた。
「……そういうことだ」
 どこか言いよどんでいるような感じだったが、そうかと納得して、このマリィンを追跡しているのかと聞いた。
 エンジュリンが、またボォウドを叩き出した。
「このマリィンは、北天の星の網《レゾゥ》に入っていないので、キャピタァルからアクセスできない。したがって、俺の小箱を追跡できないが、そのかわり、マリィンは海獣たちの追尾を受けている。海中にいる限り、アートラン師匠には、この艦がどこにいるかは伝わってしまう」
 海獣たちの追尾とはなんだとシュティンが問い詰めた。
「師匠は、全海域のドゥルゥファンやセティシアンから情報を得ることができる」
 なにをばかなとシュティンがつぶやいたが、その後は押し黙った。そんなばかなことが現実にあることをいやというほど思い知らされてきたからだ。モニタにマリィンの航行経路が青い筋で描かれた。
「海獣たちは、尋ねられなければ師匠に報告することはない。だから、これまでこのマリィンが潜行していても、知られることはなかったが、これからはどこにいっても報告するよう命じられるはずだ」
 トゥドがそうかと難しそうに眉を寄せた。エンジュリンが提案した。
「グランヴァウルに入り込めばどうか」
 追尾をかわせるはずだと極北海から第四大陸の東の外れに抜け、巨大大洋《ジガンテクスメェエル》に入り込む手前の海域に円を描いた。
「グランヴァウル……」
 海底火山のある複雑な地形の海域で、マリィンでは航行できない海域として知られている。
「グランヴァウルには、複雑な地形に加えて、海底火山があって、高温の海流が流れているので、海獣たちは近寄れない」
 シュティンがしかしと反対した。
「海獣たちが近寄れないかもしれませんが、マリィンで航行するのも危険な海域です」
 海底火山の噴火もありうる、その上海図が作成されていないため、ナビゲェィトできないのだ。
「海図なら、俺が作成する」
 少し時間をくれればと言い出した。
「海底火山の噴火も予測できる」
「素子が作った海図など、信用できるか」
 それに噴火の予測なんて、できるはずないとシュティンがぶるっと震えた。トゥドが面白そうだと手で制した。
「作ってもらおうじゃないか」
 使うかどうかは見てから考えると言い、散会すると立ち上がった。


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