リド・アザン村からおびき出されたと気付いたエンジュリンは、海岸線に沿って『飛んで』戻った。村の方から黒煙が上がっている。 火を掛けられたのか。 消さなければとまず村に向かった。何人かの男たちが崖の方に走っているのが見えた。沖合いに、黒い塊が見える。海中戦艦マリィンだ。横腹が開いていて、テンダァが五隻、海岸に向かっていて、ほぼ接岸していた。 ボルトとルイゼは大丈夫かと心配した。いくつかの小屋が燃えていた。集会所と主務所も燃え上がっていて、隣のボルトの小屋の屋根にも飛び火している。 消し止めようと手のひらを向けて、水を出しながら、主務所に飛び込んだ。 「ボルト!」 気配はない。死体などもなく、崩れ落ちそうだったので、外に出た。隣の小屋にも気配はなく、手繰ると、山羊小屋の方にいるようだった。山羊小屋には火は掛けられていないが、周囲の異変を感じて山羊たちが激しく鳴いて暴れていた。その小屋の隅に、ボルトとルイゼが震えていた。 「ボルト、ルイゼ、怪我はないか」 すばやく駆け寄り、無事であることを確かめた。 「エンジュリン様、大変です! オゥトマチクを持ったものたちが襲ってきて!」 黒いつなぎ服を着た五人ばかりのものたちが、シュティンたちを連れていったと海岸の方を指差した。 「助けに来たと言っていました」 ボルトがこんなことになってと眼を真っ赤にしていた。 「アスィエは」 ルイゼが首を振った。 「シュティンたちと一緒に逃げました」 エンジュリンがはっと海の方に眼を向けた。 「兄さんが来る」 ラトレルもマリィンを見れば攻撃するだろう。 殺させたくない。 まだ自分のことを何一つ知ってもらっていない。もっと知ってほしい。素子というだけで嫌わないでほしい。 悲しみや憎しみに歪んでいるアスィエ。 笑ってほしい、喜びに溢れた笑顔を見せてほしい。 急いで山羊小屋を出て、上空に飛び上がった。 海上を見るとやはりラトレルはテンダァを沈没させていた。しかも、ラトレルが次に繰り出した光球が向かった先は。 バアァァァン! テンダァにぶつかる寸前、魔力の壁を作って、ラトレルの光球を跳ね返した。 光が去った後、テンダァの前に立ち塞がっていた。 「お……まえ……?」 ラトレルが驚いて眼を見開いていた。 「殺させない」 テンダァをかばうようにして両手を広げた。 「なにを言ってるんだ、逃亡しようとしているんだぞ!」 ラトレルが怒鳴って、光球を次々に繰り出した。そのたびに光の壁に跳ね飛ばされている。見下ろして、テンダァに乗っているものたちに手を振った。 「早く行け」 「ふざけるなっ、エンジュリン! どういうつもりだ!」 ラトレルがテンダァをかばったエンジュリンに近寄り、襟首を掴んだ。 「おい!何とか言え!」 足元で二台のテンダァが荒波に制御できずに衝突し乗っていた者たちが海に投げ出された。 「アスィエ!」 エンジュリンが魔カでラトレルを跳ね飛ばし、海に飛び込んだ。 「うわぁっ!」 ラトレルは、すさまじい勢いで飛ばされ、海に落ちた。 エンジュリンは、魔力の殻で身を包み、海中を探った。テンダァの破片と荷物らしき袋が波によって浮き沈みしている。濁った水だが、気配ですぐに浮上しようともがいているアスィエを見つけた。すっと泳いで寄って行き、抱き上げた。アスィエが激しく抵抗していたが、構わず海上に上がった。 「なにするの、離してっ!」 マリィンの横腹の舷梯に飛び降り、中にいた乗組員にアスィエを渡した。波間に何人かが揺られていた。 「シュティン!?」 アスィエが、シュティンが見えなくなったと叫んだ。 「早く助けて!」 「ゴォムボォウトを出せ!」 ゴォムボォウトが押し出されてきたが、投げ出された者たちのところまでは届かない。 エンジュリンが海に飛び込み、シュティンたちを引き上げて、マリィンに降ろしていった。みんな、何が起こったのかと寒さからだけでなく震えていた。 最後のひとりを助け上げたエンジュリンが、艦員に手を振った。 「これで終わりだ、早く閉めろ」 艦員が反射的に開閉装置を押し、開いていた横腹を閉めた。エンジュリンが壁際の有線箱を開いて、中の送話釦を押した。 「艦橋、別の魔導師が接近中だ、攻撃回避のため緊急潜行」 艦橋の担当官が了解し、緊急潜行の警報が鳴り、抑揚のない女の声が艦内に響いた。 『緊急潜行、戦闘体勢レェベェル五、総員配置につけ』 ようやくシュティンがずぶ濡れの身体を動かして、エンジュリンに詰め寄った。 「おまえ、いったいどういうつもりだ! なんで俺たちを助けたんだ!」 そのとき、奥の扉が開いて、鈍い緑色のつなぎ服を着た小柄な男が黒つなぎの男をふたり従えてきた。 「それは、わたしも聞きたい、魔導師」 ゆっくりと近付くそのヒトに、アスィエが駆け寄っていった。 「おじさま!」 おじさまと呼ばれた男が濡れたままのアスィエを抱き締めた。 「アスィエ、よく来たな、待っていた」 アスィエが喜び輝く顔でしがみついた。 「はい、ようやくおじさまのところに来られました」 エンジュリンは、そのアスィエの喜ぶ顔を見て、胸がざわめいてきた。 あんなふうに笑うんだ。 なんて愛らしいんだ。 エンジュリンが棒立ちになっていると、いつの間にか黒つなぎの男たち五、六人に囲まれ、長身オゥトマチクを向けられていた。 「トゥド様、どうします?」 一斉にオゥトマチクの引き金に手を掛けた。トゥドがアスィエの肩を抱いたまま、エンジュリンを見回した。 「オゥトマチクで撃っても無駄だ」 引けと手を振った。黒つなぎたちがさっとオゥトマチクを降ろし、エンジュリンから離れた。 「なぜ、助けた」 エンジュリンが答えられず、戸惑った顔をした。シュティンが詰め寄った。 「こいつは協議会の『犬』です! きっと、このマリィンに潜り込んでトゥド様を暗殺しようとしてるんです!」 トゥドがほうと感心して、そうなのかと尋ねた。エンジュリンが首を振った。 「俺はただ……殺させたくなかっただけだ」 ちらっとアスィエを見たのをトゥドが見逃さなかった。 つなぎ服の革帯からいくつかぶら下がっている輪のようなものを取った。その輪をアスィエの首に嵌めた。訳がわからず、アスィエが小首を傾げた。 「おじさま?」 エンジュリンが眼を見張った。周囲のものたちも息を飲んでいた。トゥドが優しそうに微笑んだ。 「鋼鉄の首飾り、わたしからの贈り物だ。とてもよく似合っている」 アスィエがうれしいですと頬を赤くして輪に触れた。 「冷たくて、硬くて、ステキです」 エンジュリンが眼を険しくしてトゥドを見つめた。 壁際の階段を下からカッカッと駆け上がってくる音がして、若い男の声がした。 「アスィエ!」 灰色の眼を大きく見張ったアスィエがトゥドから離れ、よろっと足をふらつかせた。走ってくるその男に向かってこけそうになりながら走り出した。 「ロイエン!?」 十五、六の年頃の少年で、枯れた草のような色の髪、黒い瞳で、背は高かったが、やせ細っていた。ふたりは手を伸ばし合い、ロイエンがしっかりとアスィエの細い右手を掴んだ。 「アスィエ、会いたかった、だから俺は!」 アスィエが左手で、掴んでいるロイエンの手に触れた。 「ロイエン、またあなたに会えるなんて」 うれしいと涙を流した。トゥドがそのふたりに近付いた。 「積もる話もあるだろう。その前に、まずはシャワーだな、アスィエ」 着替えてくるといいと案内に黒つなぎのひとりを呼んだ。 「ありがとうございます、おじさま」 後でゆっくり話そうと送り出した。黒つなぎとロイエンに挟まれて、アスィエが扉の向こうに消えたとき、トゥドがエンジュリンと向き合った。 「さて、ここでは、なんだから、場所を移して話をしようか」 「だめです! こんなやつ何するかわかりません!」 シュティンが反対したが、トゥドが手のひらを向けて黙らせた。胸元から下げている小箱をいじった。 「べつになにもしないだろう?」 トゥドが尋ねると、エンジュリンが首を折った。
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