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作品名:無限の素子 作者:本間 範子

第27回   第一章 異端の少女《エレズィエト》(15)
 アスィエに小箱を渡した人物がアリアンではないと確認したアートランは、リド・アザン村に向かって北上していた。妹クェリスから届いた伝書の内容に怒っていた。
「まったく、こんな始末になるとは」
 未登録のマリィンがあったなどは思いもよらなかった。デェイタ上から完全に消えていたから、仮面も気付かなかったのだ。
 アリアンが書き上げた情報によれば、極北海のどこかに補給基地があって、食料、水、医薬品、弾薬、合成ペトロリゥムなどが備蓄されていたのだ、それも相当量。
 アリアンも補給基地の場所は知らなかった。それは、書いているときに思い浮かべている記憶を読み取っていたので、確かなことだった。
「そんなものがあったら、十五年食いつないでいけただろう」
 だが、この時期に『同志』を集めるような行為の意味は何か。状況の分析をするようにと、小箱で電文をキャピタァルのリィイヴに送った。

 クェリスとリギルトのふたりの魔導師は、極南列島《クァ・ル・ジシス》の孤島から違反者たちを連れ去ったと見られるマリィンらしい不審船を追って北上していた。
 クェリスは海中を驀進し、リギルトは空中を飛翔した。クェリスがところどころで海獣たちから情報を聞き、マリィンらしき不審船は、三の大陸と一の大陸の間を抜けて、極北の海へと向かっていることがわかった。
 一度海から上がり、上空のリギルトと合流し、飛びながら話した。
「じゃあ、リド・アザンに向かってるっていうの?」
 リギルトが目を丸くした。クェリスがたぶんなと兄そっくりに口元を歪めた。
「違反者を連れてったとこみると、反乱企んでるんだ」
 カージュの違反者は、さまざまな分野のインクワィアやワァカァだが、リド・アザンの連中はマリィンやリジットモゥビィルなどのアウムズ専門分野のインクワイァが多い。使えると踏んだのだろう。
「勝てっこないのに」
 リギルトが戸惑い、まだ暗い西の空を見た。東側はもう明けてきていた。クェリスが後ろを振り返った。
「反逆者をあぶりだすのに丁度いい。抵抗してくれば、容赦なく始末できる」
 兄アートランが読み取りによる『審問』を行なえば、反逆者はすぐに割り出せる。だが、それは大魔導師が望まなかったこともあって、三者協議会《デリベラスィオン》の議員たちも反対していた。
「俺なら、『テクノロジイを捨てなければ殺す!』で、終わらせるけどな」
 まどろっこしいことはかえって事態を悪くするのにと呆れていた。それはアートランも同意見なのだが、大魔導師の意思を尊重してほしいと言われれば、やはり強行することはできないのだ。
「師匠(せんせい)に伝書送らなくちゃ」
 リギルトがきょろきょろと見回した。
「こんな海のど真ん中じゃ、遣い魔は呼べないぞ」
 クェリスがとにかく急いで追いつくぞとふたたび海に飛び込んだ。
 翌々日の明け方には極北の海に入った。どんよりと曇った空と冷たい海。ふたりとも魔力のドームで身を包んでいた。リギルトが、力がでないとぼやいた。
「おなか、空いたよ」
 ぐすっと鼻をすすった。エンジュ兄さんなら、なにか食べさせてくれるのにと足元の海中を進んでいるクェリスの影を恨めしそうに見下ろした。勝手に何か食べようものなら、殴られそうだった。
 クェリスの下に黒々とした影が上がってきた。その影にまたがり、クェリスが海上に姿を現した。すーっと降下して寄っていく。影は、長い一本角が鼻先から伸びているナルヴァルという体長五カーセルほどある大型の海獣だった。
「どうしたの、そいつ」
 くるっと丸く愛くるしい眼でリギルトを見た。かわいいなぁと手で頭に触れた。
「こいつの群れが不審船を追ってる」
 ナルヴァルは五頭から十頭程度の群れを作って行動する。クェリスが乗っているのが、集団の長なのだ。この群れは、どうやら、別の小さな海中船も見かけたらしいのだ。
「そんなに海中船がいるの?」
 リギルトがおおごとになったと青ざめた。
「なにっ!」
 クェリスが急に大声を出して、乗っていたナルヴァルの背中を蹴って、飛び上がった。
「不審船の横腹から何か出てきて、海岸に向かったんだと!」
 急げと手を振り、速度を上げて、リド・アザン村の海岸に向かった。


 三の大陸北海岸ランス王国とアラザード王国の国境付近地下に広がるバレー・トゥロォワで師匠アートランを待っていたラトレルは、報告が遅いと叱られ、急ぎリド・アザン村に戻るためにバレーを出た。
 途中天候が急変し、霙混じりの暴風雨を降らせる低気圧と海上でぶつかり、一度一千カーセル上空まで上がって、雲の上に出て、二の大陸を目指した。
「まったく師匠(せんせい)も勝手だ」
 自分は移動の合間に『空の船(バトゥドゥシェル)』の恋人の元に訪れて、好き勝手なことをしていたくせに、報告が遅いと叱るなんて。半日遅れたからといって、それでどうなるものでもないだろう。
 ラトレルはぶつぶつと文句を言いながら、やはり厚い雲に覆われている二の大陸北海岸に降下していった。
 リド・アザン村の上空から降りていくと、村から煙が立ち昇っているのがわかった。 火の手も見えてきて、火事のようだった。
「エンジュリンはどうしたんだ」
 まだ『魔力』が使えないので、消火できないでいるのか。ここは『使い』時だろうと眼を険しくした。ふと海の方にも目をやると、真っ暗な闇の中に黒々とした艦体が海上に浮かんでいるのが見えた。
「なんだ、あれは……?」
 まさか、マリィン?!
 間違いない。アンダァボォウトより大きいし、セティシアンではない。
海岸に眼を向けると、小さな灯りがいくつか揺れていて、ヒトが数名ずつ乗ったテンダァ(艀舟)が何隻か荒れた海を木の葉ように大きく揺れながらマリィンに向かっていた。 マリィンが何台もの投光器で場所を示している。
「逃亡するつもりなのか」
 攻撃していいものか、あのマリィンはどこの所属なのだろうか。
 しかし、このまま行かせるわけにもいかない。
 決意したラトレルが拳を堅く握って、光らせ、前に突き出した。拳から光球が出て、テンダァを攻撃した。
ボォオオオーンッ!という爆音がして、テンダァを粉々に砕いた。
「わぁぁぁっ!」
 何人か乗っていたものたちが、悲鳴を上げて、跳ね上がり、砕けたテンダァの破片とともに海中に落ちていく。
 もう一台。拳から発せられた光球はまっすぐにテンダァに向かっていった。
 バアァァァン!
 テンダァにぶつかる寸前、まぶしい光が広がり、ラトレルの光球を跳ね返した。
「なにっ!?」
 跳ね返された!? 
 ラトレルが茶色の瞳を見張った。
 光が去った後、テンダァの前に黒い外套がひらめいていた。
「お……まえ……?」
 短い黒髪が風に靡いていた。
「殺させない」
 テンダァをかばうようにして両手を広げた。
「なにを言ってるんだ、逃亡しようとしているんだぞ!」
 ラトレルが怒鳴って、光球を次々に繰り出した。そのたびに光の壁に跳ね飛ばされている。
「早く行け」
テンダァに乗っているものたちに手を振っていた。
「ふざけるなっ、エンジュリン! どういうつもりだ!」
ラトレルがテンダァをかばったエンジュリンに近寄り、襟首を掴んだ。
「おい!何とか言え!」
足元で二台のテンダァが荒波に制御できずに衝突し乗っていた者たちが海に投げ出された。
「アスィエ!」
 エンジュリンが魔カでラトレルを跳ね飛ばし、海に飛び込んだ。
「うわぁっ!」
 ラトレルは、すさまじい勢いで飛ばされ、海に落ちた。


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