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作品名:無限の素子 作者:本間 範子

第24回   第一章 異端の少女《エレズィエト》(12)
 一の大陸南方海岸から、二の大陸に向かって、全速力で飛んでいたアートランは、夜中のうちに移動しておきたかったと歯噛みした。
「まったく、ラトレルのやつ」
 気が効かないと文句を言いながら、小箱を叩き、キャピタァルに電文を打った。ほどなく三者協議会《デリベラスィオン》議長であるリィイヴから音声通信が来た。
『どちらにしても、生きてるなんて、信じられないよ』
「確認したいことがある。それが終わったら、どちらかはっきりする」
 いったい、何を確認するのと尋ねられたが、後で話すの一点張りで突っぱね、とにかく、人員を増やして、ふたつの衛星による地上監視を強化し、キャピタァルとバレー・トゥロォワの不満分子の行動を監視するように伝えた。
『わかった、やっぱり、中天の星、稼動しておけばよかったね』
 今さら遅いと吐き捨てると、通信を終えた。
 夕方には二の大陸に入り、夜のうちに、目的の場所に到着した。
 ハバーンルーク王国王都近郊にある、古い貴族の館だった。十数年前、ヴラド・ヴ・ラシス(商人組合)が買い取り、改装増築して本拠として使っている。その会頭の部屋の窓を開けた。
 部屋には誰も居なかった。だが、廊下を歩いてくる気配を感じ、重厚な机の隅に腰掛けて待っていると、扉が開いた。
 入ってきた人物は、何者かの侵入に驚いたようで、扉を後ろ手で閉めてから、動かなかった。
「誰だ」
 アートランが机に腰掛けたまま、顎を上げた。
「すっかり強欲じじいの顔になったな、ジェトゥ」
 アートランは、昔セラディムで行なわれた五大陸総会に出席したジェトゥの顔を見知っていた。顔半分近くを覆うほどの顎鬚を蓄えたジェトゥがため息をついた。
「初めて見る顔だな、誰なんだ」
 魔導師であることはわかっている。しかも、かつて学院長であった自分が気配を感じないほどに強い魔力を持っている。
「俺は、アートランだ」
 そうかとジェトゥがゆっくりと机に寄って来て、椅子に掛けてもいいかと指差した。小さくうなずいたのを見て、国王の玉座のように見事な造作の椅子に深く身を沈めた。
「セラディムの所属で、大魔導師の弟子だったな」
 フンと鼻先で笑い飛ばした。
「十五年前はな、今は、三者協議会の議員だ」
 毎年ラキャテシオンからの上納金を取りに来させていると明かした。
「なぜイージェンが来なくなったのか、取りに来る魔導師は説明してくれないが、おまえは聞かせてくれるだろうな」
 それはこれからの話次第だと、ふところから小箱を取り出した。
「それは……異端の道具だ」
 ジェトゥがあからさまに不快な顔をして、目を細めた。ああそうだと開いて、画像を見せた。
「こいつが、小箱を地上で訓練しているマシンナートに渡した」
 画像を見て、そんなはずはないとつぶやいた。
「知ってるな、こいつのこと」
 アートランはヒトの心を読み取ることができる。心象という曖昧なものではなく、はっきりとした思考がわかるのだ。直接触れれば、さらに心の奥底も探ることができた。
 だが、ジェトゥの口から語らせたいと白状するのを待った。ジェトゥもアートランが読み取りできることはわかっていた。隠し立ては無駄だし、洗いざらい話すしかないと口を開いた。おそらくだがと前置きした。
「これはアリアンだと思う」
 トゥドはアーリエギアの消滅とともに死んだことになっているので、ジェトゥがそのように答えるのは当然だった。
「父親のセアドと一緒に匿っていたんだよな」
 うなずいて机の一番下の引き出しを開けた。魔力で施錠してあるので、他の者は開けられないようになっていた。その中から、やはり堅く施錠された箱を出してきて、開いた。箱の中には、ふたつ、小箱があった。
「セアドとアリアンの小箱だ」
 そのうち、イージェンに渡して始末してもらおうと思っていたがと取り出して机の上に置いた。
「イージェンはふたりを匿っていたこと、わかっていたようだが、一度も触れなかった」
 アートランが、ヴラド・ヴ・ラシス幹部との密約とマシンナートふたりのことは仮面から聞いていると話した。
「セアドは死んだ。アリアンは、ラキャテシオンにいる」
 セアドは腎臓を患い、薬や魔力で手当てはしたが、治らず、おととし亡くなったとのことだった。
「ラキャテシオンか……」
 ピエヴィから異端の道具が流れたかもと調べたが、その痕跡はなかったと話した。
「本人に確かめる」
 そうしてくれとジェトゥが了解した。
「仮面のことだが、異端の始末はいろいろと面倒で、金の取立てなどに来ていられないんだ」
 当分、別のものが来るが、滞りないように渡せと言い渡した。
「わかった」
 わたしもいつまで生きていられるかわからんがと見つめた。
「きちんと息子に引き継いでいるようだからいい」
 ふたつの小箱をかっさらうようにしてふところに納め、さっと姿を消した。窓が開いていて、夜の風が吹き込んできた。
 閉めていると、従者控室から従者が茶を持って来た。
「会頭、お茶をお持ちしました」
 そこに置いてくれと机を示した。
 九年前、長く会頭としてヴラド・ヴ・ラシスに君臨していた父アギス・ラドスが亡くなった。七十四歳、五十歳前後が寿命の地上の民にあっては、かなりの高齢だったが、最後まで矍鑠(かくしゃく)としていた。四つになったひ孫にひいじいと呼ばれて息を引き取った。息子、孫、ひ孫に囲まれた幸せな最期だった。
 次期会頭については紛糾した。会頭を世襲にしてはいけないと息子ジェトゥは主張したが、五大陸の長老たちは、逆にぜひ会頭になってほしいと切願し、やむなくその願いを聞き入れた。
 今では、アギス・ラドスの時世よりも各自治州の鉱山、工房に多大な影響を及ぼしていた。しかも、そのやり方は、宮廷や学院の裏をかくような仕組みで行なわれていた。 各王国もヴラド・ヴ・ラシスが係わっているとわかっていながらも、商業はもとより、人足斡旋、物流、鉱業、工芸業などさまざまな方面において組合の力を使わなければ、うまく回って行かなかった。もちろん、今までどおり、人買いや娼館、賭博、武器、薬物などの裏取引など、裏商売には絶大な力を及ぼしていた。
 机の茶を含みながら、異端の始末は進んでいないのだなと深いため息をついた。


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