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作品名:無限の素子 作者:本間 範子

第21回   第一章 異端の少女《エレズィエト》(9)
 極南列島《クァ・ル・ジシス》の東寄りの孤島にあるカージュに向かうよう命じられたクェリスとリギルトは、途中腹が減ったとぐずるリギルトをクェリスが蹴飛ばしながら、翌々日の夕方には到着した。
 南方の暖かい風と夕陽が沈む中で、波がゆったりと海岸線を洗い、生い茂る樹林は、瑞々しい空気を生み出していた。
 島には大きな港はなく、上陸するには、沖合いに停留して、そこから艀(テェンダァ)で近付くしかなかった。クェリスとリギルトは、小さな砂浜に降り立った。
「さきに飯食わせてよ」
 でないと、動けないよというリギルトの口に、足元に落ちていた貝殻を拾って突っ込んだ。
「うぐぅ!」
「それでも食っておけ」
 リギルトが砂と一緒に吐き出してひどいやと眼を赤くした。
「フン」
 鼻先で笑い飛ばし、ぐずぐずするなと砂を蹴り、密林の上を滑るように飛んでいった。あわてて追いかけて、足元に広々と広がる緑の絨毯を見て、濃くてよい空気を作ってると感心していた。
「なんだあれは」
 クェリスがその美しい緑の絨毯の一部が黒ずんでいるのに気付いた。
「山火事だったのかな」
 リギルトがグンと速度を上げて、近寄った。海岸までの間が焼け焦げていた。しかし、この燃え方はおかしかった。
「なんで、こんな、まっすぐ……」
 焼失部分は、海岸から、カージュのある島の中心部に向かっていた。
 カージュに何かあったのかと急いだ。
 果たして、カージュの木と葉でできた小屋のような建物が、燃え尽きていた。あちこちに黒焦げになっていて、見る影もない。
「なんでこんなことに」
 クェリスが険しい眼で見回し、生存者を捜そうとリギルトと手分けをした。ガァアと声がして、大鴉が枝に止まり、さあっとクェリスの肩に降りてきた。兄からの遣い魔だった。すばやく赤い筒から伝書を取った。リギルトが、こっちに来てと手招いたので、伝書をふところに入れて、走り寄った。
 クェリスが屈み込んでしげしげと覗き込んだ。
「焼死か」
 黒焦げになった死体だった。いくつか転がっている。その中で燃え方が弱いものがあり、すでに数日経っているようで、腐敗が進み、うじ虫が這いずり回っていた。もちろん、ブンブンと羽虫も飛び回っていた。
「ひどい臭いだな」
 クェリスが淡々と見て回った。リギルトが眼を赤くしていた。クェリスが、腹や頭に傷があるのに気が付き、ためらいもなく、うじ虫が集っている傷にぐいっと指を突っ込んだ。なにか堅いものが当たり、ほじりとった。ひしゃげた鉄の玉だった。覗き込んだリギルトがふえっと変な声を出した。
「それ……オゥトマチクの弾じゃ……」
 クェリスが指先で弾をぐりっと回し、眼を細めた。
「そうだな」
 他の死体も調べてみると、いくつか銃痕が見つかった。
「これって、オゥトマチクをもった連中に襲撃されたってことなのかな」
 リギルトが、死体は全部で十五体、身元は確認できないが、半焼のものの中には監視官がいるみたいだと指差した。
「ひどいや、こんな死に方」
 撃たれて焼かれちゃうなんてと鼻をすすった。クェリスがふところの兄アートランからの伝書を開いた。カージュで、異端の道具を隠し持つものがいないか、調査せよとあった。
「オゥトマチクを隠し持ってたのか、それとも……」
 ここに来るには、持ち物など一切持ち込めないように厳重に点検する。そもそも、服すら剥がされて、裸で連れて来られるのだ。
 ここに収監されたものたちは百名からいたはずだった。監視官は十五名、魔導師はいない。ほとんどが三の大陸セラディムの教導師と王立軍の軍人だ。一ヶ月に一度セラディムの学院が様子を見に来ることになっていて、数ヶ月に一度は監視官を入替していた。
「兄貴とセラディムに伝書を送る」
 その前に、焼けた道をたどろうと飛んだ。よく見ると、土が盛り上がったところがあり、なにか、馬や荷車ではないものが通った跡だった。何度か雨が降ったようだが、痕が残っていた。
「リジットモゥビィルの帯状痕だ、間違いない」
 リジットモゥビィルが上陸し、密林を焼き払いながら、カージェを襲撃し、そして。
 海岸までやってきた。クェリスが沖にドゥルゥファンたちが泳いでいるのに気がつき、ザブザブと膝のところまで海に入って呼んだ。
「おい、おまえたち、ちょっと来い」
 この島の周辺を縄張りにしているらしい三頭のドゥルゥファンたちが、ゆっくりと沖から近付いてきて、海面から顔を出した。
「おまえたち、何日か前に海から妙なものが島に上がったのを見なかったか」
 ドゥルゥファンたちは、互いに顔を見合わせるような仕草をしてから、一番身体の大きなドゥルゥファンがギュルルと鳴いた。
「なんだと、海獣王《バレンヌデロイ》でないと言えないっていうのか」
 クェリスがヒトならぬ速さで手を出し、ドゥルゥファンの背びれを掴んだ。
「ギュルルッ、ギュルルッ!」
 掴まれたドゥルゥファンが暴れたが、ぎゅっと抱きかかえ、締め付けた。
「いいから、さっさと吐け! 吐かないと、あいつが頭からバリバリ食っちまうぞ!」
 ぐいっと頭をリギルトの方に向けた。リギルトがへっと驚いて仰け反った。
「お、俺、俺?!」
 あとの二頭がさあっと逃げていく。バチャバチャ水を跳ね上げていたドゥルゥファンが急におとなしくなって伝え始めた。
「最初から素直にそうしてればいいんだ」
……四回陽が登って沈んだくらい前、陽が空高いころ、海の中を泳ぐ堅い皮の大きな黒い船、海上に顔を出し、口を開いて、別の小さな船吐き出し、海岸に上がり……
「戻ってきて、黒い海中船が北上していったのか」
 キュルルゥとうなずいた。クェリスが離すと、海面を飛び跳ねながら、沖に戻っていった。砂浜に戻ってきたクェリスに、リギルトが文句を言った。
「ひどいよ、クェリス姉さん」
 ヒトを野獣みたいに言ってとむくれた。
「違うか」
 違うよと憤慨するリギルトを無視して、ふところから紙と携帯用のペンを出した。
 兄アートランとセラディムの学院への伝書を書き、兄が寄越した大鴉と大海鳥を呼び寄せ、赤い筒に入れて、飛ばした。
「おそらく、黒い海中船というのはマリィンだろう。揚陸舟艇で火炎放射台でもつけたリジットモゥビィルを上陸させたんだ」
 マリィンを追いかけると海に向かって行くので、ちょっと待ってと止めた。
「遺体を埋めてやらないと」
 そんなの、セラディムの学院が来てやればいいと先を急ごうとするクェリスに、あのままじゃかわいそうだよと抵抗した。
「先に行っててよ、埋めてから追うから」
 いつもはぐずぐず泣きながら従うリギルトが頑固に主張していた。追いつけないくせにと呆れて肩で息をして、さっさとやってしまおうとカージェに戻った。
 遺体を埋めてから海岸に戻った。
「俺は海中から追う。おまえは空から行け」
 リギルトがうなずいて了解した。


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