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作品名:無限の素子 作者:本間 範子

第16回   第一章 異端の少女《エレズィエト》(4)
 時を溯ること、五年前―。
 鋼鉄の扉、その向こうの、作られた空気の空間は、無味で深みも味わいもないが、他の魔導師たちがいうほど『気持ちの悪い』ものではなかった。
「ようこそ、キャピタァルへ」
 パァゲトゥリィゲェィトでエンジュリンを出迎えたのは、金髪を逆立つように靡かせた紫がかった青い瞳の小柄な男だった。黒いつなぎ服を着ていた、
「師匠(せんせい)」
 付いて来いと言われて、歩き出した。
 港になっているゲェィトの少し離れたところで、十歳になる自分と同じくらいの年頃の女の子が、ふたりの男たちに両脇から抱えられて引き摺られていた。
「離して、離してっ! 地上なんかに行かないわ、行きたくないっ!」
 死んじゃう!と泣き喚いていた。
 灰色の瞳を涙で濡らし、身体を振って、叫んでいた。
「助けて、おばあさま! おばあさまっ!」
 愛らしい顔立ちなのに、恐怖で歪んでいた。その女の子の激情の波がぶつかってきた。
 テクノロジイから切り離される恐怖、父親への怒り、素子への憎しみ。
身体が、心が、泣き震えている。
 駆け寄って、抱き締めて、地上はそんなに恐ろしくない、テクノロジイがなくても暮らせると言ってやりたくなった。
 同じ年頃の女の子は何人か知っているが、こんな気持ちになったのは初めてだった。胸がキュウゥと締め付けられ、ドキドキしてきた。
……この気持ち、なんだろう……
 だが、師匠に早く来いと呼ばれてしまい、肩越しにアンダァボォウトに押し込められていくのを見送るしかなかった。
 その昔は検疫棟で厳重な検疫を経なければ、キャピタァルやバレーの内部に入れなかったが、今では、検疫棟はなくなり、パァゲトゥリィゲェィトからすぐに第一階層に入れるようになった。中央統制塔には、これで行くからと屋根のないモゥビィルに乗せられた。師匠が発進させ、滑るように走り出した。
 隧道(トンネル)から第一階層に出てきて、目に飛び込んできたのは、鋼鉄と人造石で出来た都市だった。映像では知っていたが、実際に見るのは初めてだった。整然とはしていたが脈動を感じることはなく、ヒトは大勢いるのに命の息吹は感じられなかった。
 ゲェィト地区からまっすぐに伸びた幹道の正面に尖塔が現れた。中央統制塔。キャピタァルはじめふたつのバレーの都市機能を統制している。正面門は自動で開き、モゥビィルは正面玄関口で止まった。
 玄関広場の受付に座っていた担当官が立ち上がったが、誰かわかって、すぐに頭を下げた。そのまま、奥に入って行き、エレベェエタァの前にやってきた。
「だいたいエトルヴェール島と同じだ」
 エトルヴェール島のジェナヴィルには何回か行ったことがある。地上に建てたマシンナートの施設は全てなくしたが、地下の中央管制室は残していた。
 師匠が上への釦を押して、箱を呼んだ。返事もせず、あちこちを見回しているエンジュリンに、早く乗れと押し込んだ。箱は、三者協議会《デリベラスィオン》議長室のある二十三階まで上がり、灰色の通路を左に向かって、正面の扉の横にある茶色の硝子板に、首から提げていた小さな箱を押し当てた。
 横にすうっと静かに動いて、開いた。
 大きな硝子の窓の前にモニタァがいくつも並んだ机があり、その前に円卓があって、椅子が囲んでいた。モニタァの机の前に六十は過ぎていると思われる白髪の女性が、泣きながら訴えていた。
「お願いします、なんでもしますから、あの子を地上へなどやらないで下さい!」
 最高議長の机の向こう側には、茶色の髪を短く刈り込んで、右が茶色、左が灰色と色の違う瞳の男が座っていた。細面で穏やかそうな中に聡明な雰囲気がある。だが、今は、ひどく動揺して青ざめていた。
「こんな不正を十年も続けていたなんて。それも協議会《デリベラスィオン》の議員が」
 計画が進まないわけですと厳しい眼で見据えた。
「しかも、あの子になにを教えていたのか、あきれてものも言えない」
 机に肘を突き、頭を抱えた。側に立っていた初老の男がもうしわけないと頭を下げた。
「リィイヴ、わたしの過失でもある。まったく気が付かなかった、ほんとうに、何と言ったらいいか」
 リィイヴが、正式な処分が決まるまで謹慎してくださいと言って、出て行くように手を振った。女性がきっと眼を吊り上げた。
「あなたの娘なのですよ! こんな酷いことするなんて! どこまで素子たちに媚びるのです!」
 早く連れて行くようにと係官に命じた。両脇から抱えるようにして、退室させた。師匠がそれを横目で見てから、エンジュリンに来るよううながした。リィイヴが顔を上げ、眼を見張った。
「アートラン、その子……」
 額に掛かった金髪を掻き揚げて、アートランが議長机に腰掛けた。
「エンジュリンだ」
 リィイヴの横にいた裾の長い白衣の初老の男がおおっと感嘆の声を上げた。
「こんなに大きくなって」
 眼が赤くなっていた。エンジュリンが見上げて、お辞儀した。
「こんにちは」
 よろしくと大人びて言う、その様子に、うんうんとうなずいた。
「レヴァードだ、こちらこそ、よろしく」
 レヴァードの眼から涙が零れた。
「おっさん、着替えさせてキャピタァルを案内してやってくれ」
 アートランが頼むと、レヴァードがうれしそうに了解して、まだ小さな手を握った。
 ふたりが出て行ってから考え込んでいたリィイヴが、アートランを険しい眼で見上げた。
「わかってたんだよね、ファンティア大教授がデェイタを改ざんしていたこと」
 アートランが机から降り、壁際の給水器から水を杯に入れて飲んだ。
「いや、知らなかった。知ってたら、おっさんに確認させてた」
 この件はおまえが思うように根深いとため息をついた。
「ファンティアも『当初』はシリィ化に協力しなければならないと思っていたのは確かなんだ。協議会の討議での発言も特に問題なかったしな」
 訓練計画委員会の委員長でもあった。改ざんは、孫娘を手元に置きたかったからしでかしたことだった。
 しかし、孫娘が成長するにつれて、テクノロジイを否定する『理(ことわり)』を教えなければならないことに苦悩し、やがて従わなければいけないという屈辱から素子への憎しみが募ったのだ。それは、ファンティアだけでなく、マシンナートみんなの心のどこかにあるものだった。
「だいたい、おまえが手元で育てていれば、こんなことにはならなかったんだ」
 非難されて、リィイヴが辛そうな顔を両手で覆った。
「ぼくが知らない間に……耐えられなかった」
 十年前、ファンティアの娘ティスラァネと自分との間の子どもアスィエを見せられて、大変な衝撃を受けた。まさか病棟で治療中に精液を採取されて処置されていたとは。すべて母パリスが命じたことだった。すぐには受け入れがたく、アスィエを抱くこともできなかった。
「それだけじゃないだろう、姉さんに遠慮してた」
 素子である恋人エアリアとの間には、処置されていなくても子どもは出来ない。それでも、『組み合わせ』で娘がいることでエアリアがつらい思いをすることがわかっていて、手元で育てることなどできなかった。
ようやく顔を上げたリィイヴが手元のボォウドを操作した。
アートランがふわっと浮き上がり、リィイヴの後ろに回って、モニタァを覗き込んだ。
「成果がまったく得られていないな」
 アートランに指摘されて、リィイヴがくやしそうに画面を見つめた。
 十年前の『マシィナルバタァユ』後、学院、インクワイァ、ワァカァからなる三者協議会《デリベラスィオン》は、それまでほとんど地上のことを知らなかったワァカァたちに、パリスたち強硬派が地上にしようとしていたこと、地上の現況、そして、テクノロジイを捨てて、地上で暮らすことという降伏の条件を理解させようと努力してきた。だが、協議会のインクワイァやワァカァの議員たちのほとんどは、結局は、表面的に従っていただけで、内心では、素子や学院に服従していなかったし、一般のワァカァたちも、厳しい自然環境の中で、テクノロジイを捨てて、生きることを強いられることには抵抗があった。
 自ら望んで地上に出たいというものはごくわずかで、無作為抽出したものたちを地上にいくつか作られた訓練村で強制的に研修をさせていた時期もあったのだが、厳しい地上の環境に愕いてしまい、逆効果とわかって、現在は中止されていた。
「無理やり取り上げるしかないのはわかってる。でも、それだと地上の民も共倒れになる」
 結局十年前と状況は変っていないのだ。
「それにしても、イージェンは……」
 リィイヴが、大きなため息をついて、両手で顔を覆った。すっと扉が開いて、大きな青い瞳で銀髪を背中の中ほどまで垂らした小柄な美しい女が入ってきた。
「エアリア」
 リィイヴが呼ぶと、ゆっくりと机に近付いた。
「アートラン、ここにいたの」
 エンジュリンを連れてきて、レヴァードに預けたと話した。
「リィイヴさん、わたし、バレー・トゥロォワに異動します」
 アートランが来たのでと長い睫に縁取られた眼を伏せた。リィイヴがそうと悲しそうに肩を震わせた。エアリアがまた交代の時期が来ますからとリィイヴの椅子の側に両膝を付いて見上げた。
「それに、会議や衛星運行委員会には来ますから」
 電文でも画像通信でもできるようになったのだしと微笑んだ。リィイヴが膝に置かれた手を握った。
「じゃあ、俺はお邪魔のようだし、中枢《サントゥオル》に降りてるぜ」
 アートランが手を振って、出ていった。
「アートランったら」
 エアリアがくすっと笑った。
「エアリア?」
 戸惑っているリィイヴに、エアリアが眼を細めて首に腕を巻きつけて顔を近付けた。若い頃はかわいらしい感じだったが、今は年を重ねた艶やかな美しさがあった。
「わたしたちだけで、どこまでやれるかわからないけれど」
 進むしかないですと言われ、リィイヴが、吐息のようにああとうなずいて、重なってきた唇を受け止めた。


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