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作品名:無限の素子 作者:本間 範子

第15回   第一章 異端の少女《エレズィエト》(3)
 夕方になったので一度小屋に戻ったアスィエは、さきほどぶつかった虹彩異常症のシリィの男がいたので、料理をひっくり返して、シュティンの小屋に向かった。
「どうされました、アスィエ様」
 シュティンは、四十半ばで、海中戦艦マリィンの元艦長だった。
 この村は、地下でテクノロジイを信奉して暮らしていた異端《マシンナート》に、テクノロジイを捨てさせ、地上での生活に慣れさせるための訓練村であった。シュティンたちが協議会によってこの村に連れて来られて十年が経っていた。慣れるものかと抵抗し続け、教導師に隠れて、ジェネラルと呼ばれるテクノロジイの基礎知識を書き溜めていた。『理(ことわり)』の学習をしたいと言えば、紙とペン、インクはいくらでもくれる。他の村民たちとこつこつ続けていた。
 二年前アスィエがやってきた。十歳までキャピタァルにいたインクワイァで、かつての指導者の孫であり、決してテクノロジイを捨ててはならない、協議会に屈してはならないと語るアスィエに、村民みんなで団結して守って行こうと決意したのだ。
「シリィの男が来たの」
 年の頃は十代後半くらいだと言うので、シュティンは真っ青になった。一緒に暮らしている部下の男に、至急ヒトを集めて、みんなで袋叩きにして追い出してしまおうと話し合った。男はすぐに了解した。
「きっと協議会が寄越したに違いありません。そんなこと、絶対にさせませんから」
 安心してくださいと白湯を出した。
 アスィエが、おなかすいたわと恥ずかしそうに顔を伏せたので、お待ち下さいと床下の板を外した。
 穴蔵があり、梯子が掛かっていて、下に降りて、棚から何かを持って来た。銀色の薄い紙に包まれたもので、アスィエに差し出した。包みを開くと、豆のペーストと野菜の酢漬けを挟んだ薄いパンとチーズが入っている。どう見ても、異端の食べ物だった。棚の下には、いくつか箱があり、その中には電力を発すると思われる発電機もあった。
「あなたたちは?」
 うれしそうに食べながら尋ねると、さっき食べましたと空の銀色の包みを見せた。
「携行食の在庫が少なくなりましたので、補充の依頼をして、シリィの男のことも報告したいと思います」
 お願いとアスィエがふところから厚い布の袋を出して、シュティンに差し出した。そこに、部下の男が戻ってきて、さんざんな目にあわされたと言った。
 シュティンが、なんとかここから逃げ出さなければ、アスィエがその男に無理やり性行為されると震えた。
 また床板を剥がし、地下に降りた。ボストたちがいきなり小屋に入ってきても、何をしているかわからないように、穴蔵に入ったのだ。
 板はそのまま外しておいて、アスィエから渡された袋を開けた。さらに白い布に包まれた四角いものが出てきて、布を広げると、手のひらに乗るほどの銀色の箱が出てきた。折りたたみになっていて、開くと片側が硝子のような滑らかで透明な板が張ってあり、もう片側には文字の入った釦が並んでいた。シュティンが、釦を押し始めると、透明な板が光を放って、文字が浮かび上がってきた。何回か押して、文を作り上げた。
「電文、送ります」
 上から部下の男とアスィエが覗き込んでいて、ふたりしてうなずいていた。
 しばらくして、箱の硝子面にチカチカと光る文字が現れた。
「返信来ました」
 釦を操作すると、文章が表示された。シュティンが箱を掲げた。
「アスィエ様、あと数日待てとの指示です。そうすれば、ここから連れ出すと」
 どうやら、準備が整い、時期も来たとのことらしかった。アスィエが硝子を覗き込むようにして身を乗り出し、部下もよかったと目を潤ませた。あと少しの我慢ですとシュティンが箱をアスィエに返した。シュティンが穴蔵から上がってきた。
「あなたがたも一緒に連れて行ってくれるよう、おじさまにお願いするわ」
 こんなところから逃げましょうと手を握った。シュティンが泣き出した。
「ありがとうございます、ここから逃げられるなんて、夢みたいです」
 部下も腕で目を拭った。とくに囲いなどもなく、逃げようと思えば、いつでも逃げられるが、地上のどこにも行くところはない。だから、今まで逃げるなど考えられなかったのだ。それがようやく逃げ込む先が見つかった。みんなにも伝えて、きっとここから逃げようと部下と喜んだ。

 主務所でエンジュリンが調理した食事を一緒に取ったボストは、とてもおいしいと喜んで食べ、隣で休みますと下がっていった。
 壁の地図を見ていると、震えを感じて、懐に入れた小箱を取り出した。開いた硝子面に文字が浮かび上がっていた。共有網と書かれた領域の中に数字が出ていた。
「これか」
 その数字は小箱固有の番号で、ひとつひとつ違う番号が付与されている。小箱は通信しているが、相手先はこの地域を網羅している『通信衛星』の網(レゾゥ)ではない別の規定網を使っているらしく、領域を中位に広げたが、表示されなかった。領域を高位に広げ、『通信衛星』網(レゾゥ)にアクセスし、極南島にあるキャピタァルの中枢《サントォオル》にリレェしてもらい、番号を連絡した。
「……ヌフディス・ヴァンアーヴゥ・八八九〇七二」
 三ヶ月前、キャピタァルの中央管制・中枢《サントォオル》で、『通信衛星』アクセス記録を点検しているとき、未許可の通信記録があり、調べたところ、二の大陸北海岸付近から発信されているものだった。網(レゾゥ)にアクセスしてきたが、どこかに繋がることもなく、すぐに切れていた。そのアクセスに使われたブワァアトボォゥド、通称小箱の登録番号が現存する番号ではないことがわかり、出所を調べなければということになった。
 一番可能性あるとすれば、三の大陸にあるバレー・トゥロォワだったが、小箱の管理は厳重で、全数の確認を取ったところ、所在が不明なものはなかった。そのため、他に異端の道具《テクノロジイリザルト》が流出するとしたら、二の大陸にあるバレー・ドウゥレの残骸から鉄材などを持ち出して、熔解鋳造を許可しているビエヴィかもしれないとエンジュリンたちが調査しにいったのである。
そのアクセス記録の小箱の番号を割り出し、所有者を突き止めていたが、念のために送った番号の所有者デェイタが表示された。
「……ヌフディス・ヴァンアーヴゥ・八八九〇七二、サウリ、アーリエギア搭乗者のため、死亡と認定……」
 アーリエギア消滅とともに十五年前に死んだはずの者の小箱が残っていて、今さら稼動したということも考えにくい。
「サウリの小箱を」
 誰かが所持していて、充電型のリヴァス・リスティ電池の充電をしている。充電できるとしたら、やはりバレーかキャピタァルの連中だ。この村から一番近い異端の施設としては、三の大陸バレー・トゥロォワだが、そこからここまでは、マリィンかアンダァボォウトでなければ来られない。あるいは、かなり考えにくいのだが、地上をなんらかの方法で移動し、大陸間の連絡船に乗ってここまで来たとか。
「そんな方法、考えもしないだろう」
 やはり、アンダァボォウトを無断で使用したというところが妥当だろう。バレー・トゥロォワのみならず、全海中船の燃料管理表を再点検するべきという電文を送った。
 小箱からの通信が音声であったら、この小さな村の中なら、『耳を澄ませば』聞こえるが、電文ではさすがに無理だった。だが、誰が所有しているかはもうわかっていた。 小屋から飛び出してぶつかってきたとき、柔らかな胸元に硬いものを隠しているのがわかった。
「……アスィエ……あんなに……」
……キレイになって……。
 五年振りに見た異端の少女は、すっかり年頃の娘になっていた。
……あの気持ち……あの時、感じた気持ち……
まだ十歳の頃に、初めて覚えた淡い想い。
それが、熱い滾りになっていくことに戸惑っていた。
……せっかく食べさせようと作ったのに……でも、また作ってやろう。
 椅子に腰掛けて、翠青の双眼をゆっくり閉じ、熱くなった身体を落ち着かせようとした。


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