城に戻り、朝食を用意しようと言われたが、断って、すぐに出発すると告げた。 「盗賊ではなかったが、騒動の元になったので、追放したということにしておく」 アルトゥールが大魔導師によろしく言ってくれと書面を寄越した。 「いつも上前を取りに来る魔導師はそっけなくてな、今度はおまえたちの誰かが取りに来てくれ」 なかなか面白い小僧たちだと笑った。 「それはわたしたちが決めることではないので」 書面は一応お預かりしますとラトレルが受け取った。 城から都市区外に出るまで送るとドゥレンが馬車に乗せた。馬車には、エンジュリンたちが闘技場の控室に置いて来てしまった荷物が積まれていた。 「世話役の女性は咎めないでくれ」 エンジュリンがこれを渡してほしいと袋を渡すと了解してくれた。 北門の外で、降ろされ、見送られて、幹道を歩き出した。 「朝飯、食べたかったよ」 リギルトが泣きそうな顔で肩を落とした。ラトレルが呆れて、二十カーセルほど先の幹道沿いに飯屋があったことを思い出し、そこで食べさせてやると荷物の中を探った。 「ん?」 あるはずのものがない。あわてて、道端で袋を広げて、中身を出してみた。 「ない……」 金入れがないとあわてて、リギルトの袋も探ったが、なかった。 「あの女に盗られたか」 ラトレルが参ったなと言うと、エンジュリンが首を振った。 「イラリアは何も盗ってない。飲み食いした分を支払わないといけないから、側近に渡してくれるようにって預けた」 えっとラトレルとリギルトが驚いた。 「有り金全部か?」 うんとうなずかれて、ラトレルが襟首を付かんで揺さぶった。 「ばかか、おまえは! 金貨五枚分もあったのに、全部渡すやつがあるか!」 物価の高いこの大陸でさえ、どんなに飲み食いしても銀貨五枚から十枚くらいで充分だ。金貨一枚で銀貨五十枚の価値があるのだ。 この先の旅費、どうするんだと眼を剥いて怒った。リギルトがへたりこんで空を仰いだ。 「飯食えないのかぁ」 エンジュリンが、ウサギを獲って焼いてやるからと頭を撫でた。リギルトが喜んで俺も一緒に行くよと、ギャーギャー文句を言っているラトレルを無視して、ふたりで森の中に走っていった。 「エンジュリン、少しはわたしの言うことを聞け!」 走り去る背中に怒鳴った。 「あーあ、この先、ずっと野宿か……」 しかも、猟しながら、草むしりながらかとため息をついた。 背中を射られたサリナスは、傷のせいで、少し熱を出してしまい、薬をもらって眠った。夢の中で、エトリアに何度もあやまっていた。 「すまない……エトリア、すまない」 貞淑な女なのに、毎日知らない男たちの相手をさせられて、どれほどつらいことか。早く取り戻したい。ルロイと三人で暮らしたい。 「おとうさん、おとうさん!」 ルロイの声がして、ゆさぶられ、目を覚ました。 「ルロイ」 薬のおかげで熱は下がったようだが、身体がだるかった。 「おとうさん、おかあさん、帰ってきたよ!」 えっと寝床で起き上がった。扉の前に、エトリアが立っていた。 「あなた……」 サリナスが信じられず、これは夢だろうと思いながら、立ち上がって、近づいた。手を伸ばし、頬に触れた。 「エトリア」 ぎゅっと強く抱き締めた。愛する妻の温もりが夢ではなく確かなものだと感じて、嬉しさに目頭が熱くなった。エトリアも嬉し涙でサリナスの胸を濡らした。 「どうしたんだ、まさか、足抜けしてきたとか」 そんなことをすれば、ヴラド・ヴ・ラシスの手の者が追ってきて、ひどい目にあわされるか、殺されてしまうだろう。 「いいえ、この方が身請けしてくださったのです」 ガルディンの隣にイラリアという世話役の女が立っていた。 「おまえが……どうして」 イラリアがそれがねと呆れたようなため息をついた。 「エンジュリンが、金貨二十枚とこの手紙を寄越してね」 手紙を差し出した。手紙には、見たこともないような、それはそれは美しい筆致で、懸賞金の金貨二十枚でサリナスの妻を身請けしてくれと書かれていた。 「飲み食いした分も支払うからって、別に金貨五枚も寄越してさ」 どっかの貴族か大金持ちのご子息なんだろうねぇと苦笑していた。 「エンジュリンが」 ほんとうなら、そんな情けは受けられるわけがない。 息子に見直してもらおうと身勝手に勝負を挑んだ。殺して褒美をもらおうとした。恨まれてもしかたないのに。 だが、ここはこの情けを受けておこうと思った。いつか、恩を返したい。もし、できなかったとしても、恩義に報いるような生き方をしようと決意した。 (序章 完)
|
|