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作品名:無限の素子 作者:本間 範子

第1回   序章 異形の少年《ディフェラン》(1)
 この世界、五つの大陸を持つ。
 一の大陸セクル=テゥルフ、二の大陸キロン=グンド、三の大陸ティケア、四の大陸ラ・クトゥーラ、五の大陸トゥル=ナチヤ。
 各大陸にあまた存在する王国では、魔力と知識でもって真義と秩序を守る魔導師の組織である魔導師学院が、王室と宮廷を補佐し、国政に強い影響を与えていた。

 五大陸のひとつ、二の大陸キロン=グンドの中央に位置する湖、バランシェル湖のほとりには、樹林のように立ち並んだ煙突から四六時中休むことなく朦々とした白煙を吐き続けている鉄鋼鋳造都市が広がっていた。城壁のように高い石塀に囲まれ、見張りやぐらもあって、まるで要塞のように堅牢な都市だった。
 十五年前、ここは、静かな漁村だった。だが、この湖で『災厄』と呼ばれる惨事があり、それまで緑豊かだった湖周辺が焼かれて、荒野となってしまった。そこに、建てられたのが、鉄を鋳造する踏鞴(たたら)場だった。それまで湖での魚獲りとわずかな畑を耕して暮らしていた村人たちは、大部分がその踏鞴場に雇われて、給金をもらい、暮らしの糧とするようになった。
 やがて、踏鞴場は、その鋳造する鋼鉄によって、豊かになり、ヒトも集まり、金も集まってきて、大きな街になっていった。さらに、周辺の村や湖を領地とするガーランド王国と隣国ウティレ=ユハニとの国境にある関門の街をも囲みこんで、ついに七年前、かつて大陸北東地域に広大な国土を有しながら隣国に侵略されて滅んだ大国イリン=エルンの大公家の生き残りを領主とし自治都市として独立した。
 独立するに当たり、ガーランド王国には、土地代を含めてかなりの金が流れたということだった。もちろん、その独立には、裏で商人組合《ヴラド・ヴ・ラシス》が動いていたであろうというのが大方の見方だった。
 自治都市ラキャテシオン。ガーランド王国の王都よりも活気に溢れているといわれている。だが、ヒトと金が集まるところ、必ずうまい汁を吸おうという連中もやってくる。鉱夫たちのわずかな給金を巻き上げようと、酒場や娼館が大きな港街にも負けないほど立ち並び、賭場なども賑わっていた。
 三箇所にある門のうち、北側の門は、隣国ウティレ=ユハニとの境にあり、かつて関門の街として栄えていた地域だった。そのため、ウティレ=ユハニからの物資やヒトが流れ込んで来ていた。その北門で、たくさんのヒトや荷車、馬車が行き来する中、あきらかに商人でも農夫でもない、場違いな感じの三人の若者が検問所で足止めを食らっていた。
「なんで、これでだめなのか」
 門番に通行証を突っ返されて、すんなりとした肩までの茶色の髪を後ろで束ねている知的な眼差しの若い男が食い下がった。茶色の外套に剣も帯びている。まだ若く、軍人ではないようだし、人買いや用心棒などの荒っぽい商売のものたちのようでもない。学生か、修行中の剣士という風体だった。門番が追いやるように手を振った。
「これはひとり分だ、しかも、商人許可証もないと通れないやつだ」
 その若い男の後ろには、ふたりの若者が立っていて、覗き込んできた。ひとりは、背は高いがまだ幼さの残る顔立ちの黒髪の少年で、黒い外套を着て、やはり剣を帯びている。その顔を見て、門番がぎょっとした。ヒトの目を惹くような、なかなかに整った目鼻立ちで、しかも右眼は青で左眼が翠の異形だった。
「そうなのか?」
異形の少年に咎めるような口調で尋ねられ、三人の中では少し年嵩らしい茶髪の男がむっとした。
「知らない、こんなもの使うの初めてだし」
 もうひとり、群青の外套を着た顔つきも身体つきも逞しい少年が、黒髪の頭の上から覗き込んでいた。茶髪が、通行証を突き出した。
「おまえが用意したんだよな、リギルト」
 どうなんだと問い詰められ、リギルトが、筋肉が盛り上がった腕を組み合わせて、うーんとうなった。
「急いでたんで、とにかく通行証くれって頼んだだけから、よくわからない」
 茶髪の男が、はあとため息を付いて、リギルトの胸先を突付いた。
「わからないじゃ、済まされないぞ」
 リギルトが参ったなという顔で頭を掻いた。
「いや、だって、通行証にいろいろあるなんて、あ、そうか、組合のでなく、執務省の正式なやつを作ってもらえばよかったんだな」
 茶髪の男があわててリギルトの腕を引っ張って叱った。
「ばかっ、そんなこと、ここで言うな!」
 異形の少年が茶髪の男の手から通行証をひらっと奪い取った。
「というか、兄さんがきちんと目を通しておけばよかったんじゃないのか」
 手抜きするからと責められて、兄と呼ばれた茶髪の男が不愉快そうにそっぽを向いた。
どうもおかしな連中だと門番が眼を険しくして、警備隊の何人かを呼んだ。
「連行しろ」
 密入者に違いないと命じた。
「まずいぞ」
 こそっと茶髪の男が異形の少年にささやき、逃げようとふたりに手を振った。だが、警備隊の連中が三人を取り囲んだ。
「ちょいと、あんたたちったら」
 警備隊が三人を取り押さえる寸前に、女の声が割り込んできた。門番が声のする方に顔を向けた。
「なんだ、イラリアじゃないか」
 顔見知りらしく門番は困った顔をした。細身の身体で、栗色の髪を長く背中に垂らした三十くらいの女で、まるで娼婦のように赤い口紅を塗り、胸元が大きく開いた上着に腰をぎゅっと絞ったスカートを履いていた。どうしたと門番に尋ねられて、ぐいっと身を乗り出すようにして話し出した。
「こいつら、あたしに仲介料払いたくないから、自分たちでやろうとして、入り込もうとしたんだよ」
 三人とも、女が何を言っているのかわからなかった。この女とは一度も会ったことはない。
「そうなのか?」
 門番がじろっと三人を見た。
「どう見ても、まだ小僧だし、闘技士ってツラではないぞ」
 イラリアがあははっと大口を開けて笑い、門番に身体を押し付けるようにして摺りより、そっと何かを渡した。
「むさくるしい連中ばかりじゃ、『御婦人方』がつまらないだろ? たまにはこういう小僧たちが出たほうが、客が集まるのさ」
 門番が渡されたものを素早くポケットに入れ、ふむと納得したようにうなずいた。
「なるほどな、世話役がいるなら、まあ、いいだろう」
 囲んでいた警備隊を追いやるように手を振り、散らした。
 わけがわからず呆気に取られて突っ立っている三人の背中をイラリアが押しやった。
「さあさ、早くお入り」
 門番も入るようにと手を振って、検問の番を待っている列に戻っていった。
 首を捻りながらも、とにかくラキャテシオンに入り込むという当初の目的は果たした。
 よくわからないままに、イラリアという派手ななりの女に、大きな円形の壁に囲まれた建物に連れてこられた。
「闘技場……?」
 王都にはかならずあるものだが、この自治都市にもあるとはと、珍しげに見ていると、イラリアが鉄格子の門扉の前に立つ男と話をしているのが目に入った。
「なあ、ラトレル兄さん、このまま逃げようよ」
 リギルトが、大きな背中を丸めて屈みこみ、茶髪の男にささやいた。
「そうだな、一応、『使わずに』入り込めたし、後はなんとか」
 だが、イラリアがすぐに戻ってきてしまった。
「ついておいで」
 さっさと歩き出し、闘技場の裏口らしき門から中に入っていく。ラトレルとリギルトが逃げ出そうとしたが、異形の少年がイラリアについていってしまった。


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