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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第97回   セレンと水の都《オゥリィウーヴ》(3)
 湖に着水してすぐ、略式ながら改まった服に着替えたラウドが、イリィと一緒に甲板に出てきた。サリュースも着替えてやってきた。五人の魔導師で、荷物とともに全員を湖岸に運んだ。アリュカが気を利かせていて岸に馬を用意させていた。
「学院に来てください。宿舎をご用意しております」
 アリュカがお辞儀してイージェンに告げ、先頭を切って馬を駆った。
イージェンがリュールをかかえたセレンを抱き上げて馬に乗せ、ヴァンもひょいと別の馬の鞍の上に乗せた。
「イージェン、俺、馬なんか乗れないぞ!」
 ヴァンがあわてて降りようとした。
「俺が操るから大丈夫だ。それに慣れないとな」
 セレンの後ろに軽々とまたがり、鞭でエアリアとリィイヴを指した。
「エアリア、リィイヴを一緒に乗せろ」
 リィイヴがひきつった顔でエアリアを見た。エアリアはまったく気にしない様子で、お辞儀してリィイヴに乗るよう鐙(あぶみ)を示した。足をかけるところというのはわかった。しかたなく片方をかけるとエアリアに止められた。
「反対です、左足をかけてください」
 あわててかけていた右足を下ろした。すでに荷物を積んだ馬車に乗ったダルウェルがぼやいた。
「この 俺が御者か」
 イージェンが自分とヴァンの乗る馬を歩かせながら振り向いた。
「文句言うな。無職のおまえには仕事にありつけるだけでもありがたいことだろう」
「やれやれ、大魔導師になっても、変わらんな」
 ダルウェルは内心少しも変わらないイージェンにほっと胸をなでおろしていた。
 先に王宮に向かっていたラウドたちは、正門から執務宮に入った。国王執務室の奥の居間に通された。部屋の奥にある大きな椅子に座するものがいた。ラウドたちが入ってきたのに気づき、立ち上がった。アリュカが両手を胸で交差させて頭を下げた。
「ごきげんよう、陛下、エスヴェルン王国王太子殿下をお連れ致しました」
 国王が一歩前に出た。ラウドが片膝を付き、右の拳を床に付けた。
「セラディム国王陛下、初めてお目にかかります、エスヴェルン王国王太子ラウドと申します。陛下のご健康と御国のご繁栄あらんことを、心よりお祈りいたします」
 深くお辞儀した。国王が腰を折り、ラウドの手を取って立たせた。
「ラウド殿、楽にされよ。遠路ようこそお越しくださった。非公式ゆえこのような部屋にての面会お許しくだされよ」
 ラウドが立ち上がり、軽く頭を下げた。父よりも年のように見えるが、ふっくらとしており、髭も濃く、はつらつとしている。病気がちの父と違い、壮健なのだろう。サリュースが、片膝を付いて挨拶した。
「国王陛下、ごぶさたいたしております。お元気なご様子、なによりと存じます」
 国王がうなずいた。
「サリュース、なかなか訪(おとな)うことはできないだろうが、たまには顔を見せなさい」
 サリュースが恐縮してさらに頭を下げた。国王が身内での夕卓を用意するので、ラウドに同席するよう誘った。アリュカが大魔導師の後継者イージェンは総会承認後に謁見をと伝えた。
 宿泊の部屋に案内され、椅子に座った。従者が冷たい茶を入れて置いた。イリィに座るよううながした。
「サリュースは陛下と顔見知りだったんだな」
 ラウドが硝子の杯に口をつけた。花の香りのような匂いのする茶だった。イリィもすすりながら首を折った。
「若い頃にこちらに留学されていましたから」
 席を立ち、窓に寄った。すぐ下に池がある。澄んだ水で水草の間を小さな魚が泳いでいた。池には浮島があり、色とりどりの花が咲いていた。白い柱や壁、石畳の回廊。美しい王宮だ。かすかに潮の香りのする風が気持ちよかった。

 執務宮の学院控室に入ったサリュースが、長椅子に腰を降ろして大きなため息をついた。アリュカがテーブルの硝子の杯に冷たい茶を注ぎ、渡した。受け取りながらサリュースがアリュカを見つめた。
「ヴィルトがあんな男を後継者にしたばかりに…災厄が増えていく」
 ぐいっと杯を空け、喉を潤した。
「エアリアを後継者にしてくれていれば余計な気苦労もせずに済んだのに」
 アリュカが空になった杯を受け取り、長椅子の横にある小卓に置いた。
「久しぶりに会ったのに愚痴ばかりなのね」
 頭から被っていた白い布を取り、はらっとサリュースの横に落とした。それに気を取られている間に、アリュカが大胆にもサリュースの膝の上に跨った。サリュースが真っ赤になって咎めた。
「こんなところで!」
 アリュカがサリュースの首に腕を回し、妖艶な笑みの顔を近づけた。
「こんなところだから…いいのよ…」
「アリュカ…」
 色香に押されて困っているサリュースの口を艶やかな唇が塞いだ。
 長椅子から起き上がって外を見るとすっかり暗くなっていた。アリュカに白い頭布を渡し、襟の留め金をかけた。アリュカが少し乱れた髪を撫で付けた。
「エアリアはよい娘に育ったようね」
 サリュースが、テーブルの茶を自分で入れて飲んだ。
「なにがいい娘だ、あの災厄にすっかり手なずけられて。わたしに意見までする始末だ」
 アリュカがふふっと笑った。
「あなたの弟子になったときも言うこと聞かなかったようだけど。自分より魔力が下のものの言うことなど、聞きはしないのよ、あの子たちは」
 サリュースが二杯目を飲みながらアリュカを見た。
「エアリアはヴィルトやあの災厄の言うことは聞くが、あれはどうなんだ。ヴィルトが話しても聞く耳を持たなかったのだろう?」
 サリュースの短い外套を肩の留め金で止めながら、アリュカが目を伏せた。
「ええ、それは…そうなのだけど」
 サリュースが椅子に腰を降ろした。
「来る途中、近寄ってきた。化物だ、あれは」
 アリュカがちらっと窓の外を見た。
「化物だなんて嫌うから、よけいにあの子が荒れるのよ。少しはかわいがってあげればいいのに」
 サリュースが険しい眼をした。
「あれは理解不能だ。それに別にわたしが嫌っているから、あのようにおかしいわけではないだろう」
 アリュカが詮方ないふうに吐息をつき、学院長たちが泊まっている離邸に行くというサリュースを見送った。

 イージェン一行が王宮裏門に到着すると、学院の教導師が出迎えに来ていた。すぐに宿舎に案内されてくつろぐよう言われた。
「学院長たちは全員到着しているのか」
 イージェンの尋ねに教導師は首を振った。
「ラ・クトゥーラのターヴィティン王国学院長様がまだです。明日までには到着される予定ですが」
 そのほかのものたちはみな到着しているとのことだった。宿舎の窓の外は池だった。さっそくセレンが白い石柱の間から顔を出した。
「わぁ…」
 小さな魚が泳いでいるのが見える。落ちそうなほど手を伸ばしているのに気づいてヴァンが抱きかかえた。
「ここは海じゃないぞ」
 セレンが悲しそうにうなずいた。
 夕飯はこの地方の料理だという、肉や野菜に香辛料と米で作る炊き込み飯だった。米は他の大陸にはほとんどない珍しい穀物だったので、興味深く食べた。
セレンがすぐに眠くなったらしくリュールと長椅子で横になってしまった。ヴァンが隣の部屋のベッドに寝かせてやった。イージェンが部屋を見回した。
「エアリア、セレンだが目を離すと池に落ちそうだ、気遣ってくれ」
 エアリアがうなずいた。男どもは全員隣の部屋に移った。
 いつの間にかどこかに行っていたダルウェルが瓶を抱えて戻ってきた。
「せっかく来たんだから、異国の酒を飲まねば」
 リィイヴが頬を引きつらせた。
「また酒?毎晩いいの?」
 イージェンが懐を軽く叩いた。
「解毒の薬はあるから、飲めばいい」
 ヴァンが喜んで部屋の隅の戸棚から杯を持ってきた。
「いくらいい薬があるからって毎晩だとヘパタイティスになるよ」
 リィイヴが呆れて肝臓を傷めるとたしなめた。ヴァンが拝むように手のひらをたててリィイヴに頼んだ。
「どんな酒か味見するだけだから」
 杯に注いで乾杯もなくダルウェルが一気に飲み干した。
「シリィはみんな、酒強いなぁ」
 ヴァンが感心して少し口に含んだ。
「うわっ!」
 思わず吐き出しそうになった。口の中が焼けそうなくらいきつい。
「こんなの一気に飲んだら死んじまう…」
 イージェンが指を杯に突っ込んでかき回した。
「蒸留酒だな。かなり強い」
 急にダルウェルが飲むのを止めた。


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