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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第95回   セレンと水の都《オゥリィウーヴ》(1)
 大魔導師の道具『空の船』は、一の大陸と三の大陸を隔てる海《セルビン海》を渡り、夜明けとともに三の大陸ティケアに上陸した。上陸したといっても、実際は上空を飛行しているのだが。
 五大陸総会を開くセラディム王国王都までは、あと半日というところだったが、船は上空に停留した。艦橋で地図を見ていたイージェンの後ろから声が掛かった。
「どうして停まったの?」
 リィイヴだった。他の連中は酔いつぶれてまだ起きてこなかった。
「あまり早く着いても全員揃ってないからな。それに、ここで合流するヤツがいるんだ」 
 リィイヴが地図を見た。ティケアの地図になっていた。
「…ティケアのバレーはどこか、知ってるか?」
 リィイヴが悲しそうに顔を歪めた。
「アーレみたいに消滅させるの?」
 イージェンがティケアの地図を消した。
「いずれな」
 リィイヴが窓に寄り、薄く雲が広がっている空を見た。
 厨房に行くとエアリアが湯を沸かしていた。イージェンたちを見て、顔を赤らめて頭を下げた。
「おはようございます」
 目を伏せたまま手を動かすエアリアをリィイヴがまぶしそうに目を細めて見つめた。イージェンが厨房の隣の食堂を見ると、ラウドがテーブルを拭いていた。
「今朝はふたりで作ってもらおうか」
 粥にして、果汁も出すよう言いつけた。エアリアは訳がわからず、首をかしげた。リィイヴがくすっと笑った。
「ちょっと飲みすぎ」
 エアリアが呆れた顔で吐息をついた。
「まさか、学院長様も?」
「ああ、一杯だけとかいいながら、けっこう飲んだ」
 イージェンが笑って湯を小鍋に入れ、ふところから小袋を出した。小袋を開けて薬草を出し、小鍋に入れた。
「これで薬湯を作れ」
 エアリアがうなずいた。ラウドがテーブルを拭き終えてやってきた。
「おはよう、殿下」
 イージェンが頭を下げ、リィイヴも挨拶した。ラウドは応じると、すぐに顔を伏せて桶の水を代えた。
薬湯が出来たらみなに飲ませて、それから朝飯にするよう言い、イージェンが厨房から立ち去った。リィイヴが、薬湯が出来たら呼んでくれるよう頼み、食堂で座って窓の外を見ながら待った。やや曇っていた空が少し晴れてきた。
 ほどなくして、ラウドが小さな杯とヤカンを盆に載せてやってきた。
「できたぞ」
 リィイヴが立ち上がり、盆を受け取ろうとしたが、ラウドがそのまま盆を持って身体を回した。ずんずんと行ってしまうので、付いて行った。船長室の隣に入った。サリュースとイリィ、ヴァンがぐったりして寝ていた。窓を少し開けていたが、いるだけで酔いそうなほど酩酊の臭いが漂っていた。
「そうとう飲んだようだな」
 ラウドが呆れてつぶやき、盆を絨毯の隅に置いて、やかんから杯に薬湯を注ぎ分けた。リィイヴは、ひとつ手にして、ヴァンの肩をゆさぶった。
「ヴァン、大丈夫?イージェンが薬くれたよ、飲んで」
 ヴァンが身体を起こし寝ぼけ眼でリィイヴの差し出す杯に口をつけようとした。ラウドが注意した。
「まだ熱いぞ、冷ましてやらないと」
 リィイヴがあわてて杯をひっこめて、息を吹きかけた。ラウドも同じように息を吹きながら、イリィを揺り起こした。
「イリィ」
 伏せていたイリィは目を擦りながら仰向けになり、目を開けて、飛び上がった。
「で、殿下!」
 うろたえてひれ伏した。
「申し訳ございません、とんだ失態を!」
 ラウドが苦笑して杯を差し出した。
「たまにはいいだろう、酔いつぶれるのも」
 イリィが深々と頭を下げて、杯を受け取った。リィイヴが別の杯を持って隅に丸まっているサリュースをゆすった。
「学院長さん、起きられますか」
 サリュースは顔を伏せたまま動かなかった。
 後のふたりは起き上がった。とくにヴァンは、信じられないほどすっきりしたと驚いた。リィイヴが薬湯の盆をサリュースの側に置いて、みなで食堂に向かった。入れ替わるようにイージェンが部屋に入った。
 ぐったりと横になったままのサリュースの側に腰を降ろした。
「特級のくせにずいぶんとだらしないな」
 胸元を開いてさすってやると、サリュースがだるそうに手を振った。
「余計なことするな」
 イージェンが手を引っ込めた。
「解毒できないはずもないが…掃除サボるための仮病だったら、どうするかな」
 サリュースは、いっぺんに眼が冴えたが顔が上げられなかった。
「裸にひんむいてへさきからぶらさげるか、極北で三年くらい一人暮らしさせるか、どっちにするか」
 いじわるく言い、サリュースの尻を叩いた。
「まあいい、薬湯飲んでのんびりしてろ、いずれにしても今日は午後まで停まっているから」
 そう言って立ち上がり、出て行った。
イージェンが、船室の用桶を集めて船倉で処理していると、ラウドがやってきた。
「サリュースはよくないのか」
 サリュースの様子を見に来たのだ。
「そのようだ」
 洗い桶に水を入れ、ささらで洗おうとした。ラウドが顔をあわせないようにしてささらをとった。
「俺がやる」
 代わると熱心に洗い出した。
「調薬の手伝いをさせたときもそうだったが、殿下は何でも熱心にするな、いいことだ。しかも丁寧で上手だ」
 ほめられてラウドがようやく顔を上げ、うれしそうに微笑んだ。
 
 用桶を船尾に干してから、舳先のほうに向かった。イリィが剣の振り方をヴァンに教えていた。剣をもった腕を振り上げながらヴァンがぼやいた。
「けっこう重いんだな」
 イージェンが少し離れたところで見ていたリィイヴに言った。
「おまえも懐剣くらい使えたほうがいい、エアリアに教えさせよう」
 リィイヴが驚いて手を振った。
「ぼくはいいよ、身体動かすの苦手だし」
 ラウドが険しい目つきでリィイヴを睨んで、イリィたちの方に行った。ラウドがかなり離れてから、リィイヴがイージェンの側に寄った。
「ぼく、いつか殿下に切られるかもしれない」
 深刻そうな顔にイージェンがふっと笑った。
「そうかもな。おまえとエアリアが仲良くしているのが面白くないんだろう。だが、そのくらいのことがあったほうが、生きがいがあるってもんだ」
 リィイヴが手すりに寄りかかった。気楽な言い方に呆れながらも一理あると思った。
「それもそうだね。でも、エアリアといると、ついテクノロジイの話になってしまうけど」
 シリィにテクノロジイの話をするのはそれだけで啓蒙行動になるだろう。
「ああ、かまわん。むしろ、エアリアには聞かせてやってくれ。いずれ詳しく知る必要が出てくるからな」
 他のものには言わないようにと釘を刺した。
イージェンが北の空を眺めた。
「来たか」
 つぶやいた。次の瞬間、目にも止まらぬ速さでヴァンの側に行き、持っていた剣を掠め取って、振り返った。空から影が降ってきた。その影に剣を振りかざした。閃光が輝き、キィンと金物がかちあう音が響いた。
「おおっ?!」
 イリィをはじめみな息を飲んだ。閃光の中に影が浮かび上がる。群青の外套がひらめき、キンキンキンと激しく剣をかち合わせる音が耳を貫いた。光でよく見えなかったがイージェンと同じくらい大柄な男のようだった。男の剣が青く輝いた。なにごとかと甲板に出てきたエアリアが叫んだ。
「みんな、目をつぶってください!」
 目を閉じ手で顔を覆う。
 グオォォォーーツ!
 獣の咆哮のような音がして、看板の上が青い光の球が広がった。
 キィーンと耳を劈くような音がして、剣が空中をくるくると回転しながら飛んできて甲板にぐさっと刺さった。光が去ったあとにイージェンと群青の外套をまとった男が立っていた。イージェンの手には剣があった。飛ばされたのは男の剣だった。


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