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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第92回   セレンと海の獣《セティシアン》(2)
 船倉から手桶に水を入れ、雑巾を持って艦橋に上った。堅く絞って拭き始めた。何度か雑巾を絞り、中側外側と拭き終えた頃、空の船は海上に出た。片付けして甲板に上った。セレンたちがへさきで下を見下ろしていた。
「セレン!」
 へさきで乗り出すようにしているセレンを見て、驚いた。セレンが振り返って、顔を赤くして叫んだ。
「殿下、海、海です!」
 駆け寄り見下ろすと、波頭に日の光がきらめいた。漁船の姿も見える。漁師らしきヒト影が見える。みな、上を見上げて唖然としているようだった。
「驚いているだろうな、空飛ぶ船など」
 ラウドが後日でも大魔導師の船と発表したほうがよいのではと思った。
「セレン、海が好きなのか」
 ラウドがセレンを抱き上げた。セレンがうれしそうにうなずき、また下を覗き込むようにした。次第に海面が近づいているように見える。空の船はゆっくりと高度を落としているようだった。
「着水するぞ」
 イージェンがいつの間にか後に立っていた。ぐぃんと降下しズズーンという音とバシャーンという激しい水音を立てて、海に降りた。その衝撃で船体が大きく揺れた。
「うわっ!」
 ヴァンやリィイヴが手すりにしがみつき、ラウドがセレンを抱き支えた。跳ね上がった水が甲板にまで達し、覆いかぶさった。しかし、甲板を洗い流す前に魔力のドームが甲板を覆い、水を跳ね返した。海面に着いた船体は、尋常ではない速さで進み始めた。ヴァンが海を見回した。
「凄い速度だな、時速で…五十カーセルくらい?」
 リィイヴが手すりから身を乗り出し後ろに顔を向けた。
「もっと速いね、七十カーセルくらい出てるんじゃないかな。マリィンより速くトゥルピィドゥより遅いってところだね」
 セレンが手すりの間から顔を出した。
「セレン、危ないぞ」
 ラウドが後ろから身体を支えた。じっと海面を見ていたセレンが指さした。
「殿下、大きな魚が」
 示す先を見ると船に並ぶように黒い影が動いていた。
「魚?まさか!」
 ラウドが信じられないという風に叫んだ。リィイヴたちも寄ってきて目を凝らした。
「あれは…」
 黒い影は次第に海面に上がってきた。灰色の背中が海上に出てきた。イージェンが見下ろして、うなった。
「セティシアン…しかし、この船の速さについてこれるはずはないが」
 魚とはいうものの、実は獣である。体長十六カーセル、泳ぐ速度は時速四十カーセル程度。深海に潜っていることが多いが時折海上に上がってくる。たくさんの小魚を従えて回遊するのだ。今船を追っているものは、通常のものよりはるかに大きかった。
「まさか、セティシアンに偽装したマリィンとか…ありえるか?」
 イージェンがリィイヴに尋ねた。リィイヴが船と並んで泳ぐ巨魚を見つめた。
「マリィンを生体擬態するなんて聞いたことないね。それにあれはどう見ても生物のようだけど」
 海に着水したことを知り、サリュースとエアリア、イリィも甲板に出てきた。船の速度が落ちていった。セティシアンもあわせるように速度を落としていく。
 イージェンがサリュースとエアリアにセティシアンを指し示した。
「なにか感じるか」
 サリュースが眉を寄せた。エアリアは首を捻った。そのとき、ラウドが叫んだ。
「セレン、何を!」
 みながその声の方に視線を振った。イージェンが瞬時にラウドの側に現われた。
「どうした!」
ラウドが海面を指差した。
「セレンが飛び込んだんだ!」
 海面に小さな水の輪が広がっていた。ラウドが手すりを乗り越えて飛び込んだ。
「殿下、やめろ!」
 イージェンがとっさにラウドの足首を掴んで止めた。
「離せ!」
 もがくラウドを甲板に引っ張り上げた。
「エアリア、行け!」
 エアリアが甲板を蹴り、海に飛び込んだ。
「エアリア!」
 手すりを掴んでラウドが叫んだ。
 魔力の球で身を包みながら海中に飛び込んだエアリアは、セレンの姿を探した。目の前は灰色の巨体で視界がほとんど塞がれている。大きな身体にセレンらしき影が貼り付いていた。急いで近づいた。影はやはりセレンでセティシアンの目に近いところにしがみつくようにしていた。セティシアンの目がぎろっと動いてエアリアを睨んだ。
「何、あれは?」
 氷のように冷たい、恐怖に似たぞっとする感覚。胸を掴まれるような圧迫感。それを振り払うように頭を振り、セレンを抱えようと手を伸ばした。そのとき、セティシアンが急に巨体を捻り、エアリアを跳ね除けようとした。素早く避け、接近してセレンの腕を掴んだ。抱き寄せてセティシアンから離れた。そのまま、海上に飛び出た。その姿を見て、ラウドが怒鳴った。
「エアリア、セレン!無事か!」
 そのふたりを追って、セティシアンが海上に飛び上がってきた。
「ああっー!?」
 みな、驚き叫んだ。セティシアンの巨体の上半身が海から飛び出し、巨大な口を開けてエアリアたちを飲み込もうとした。
「いったい、何なの、これは!」
 エアリアが右手を天にかざす。その手の上に光の杖が出現し、振り下ろすとその先から光を含んだ竜巻が噴出した。竜巻は大きな口の中に吸い込まれていった。
「やったのか!」
 ラウドが手すりから身を乗り出した。だが、大きく開いた口の奥から光が噴出してきた。光がエアリアとセレンを飲み込むかと思われた。エアリアの魔力のドームが強く輝き、光を跳ね返した。光は散り消え、セティシアンは大きな水柱を上げて海に潜っていった。
 甲板に降りたエアリアがセレンを横たわらせた。イージェンが胸に手を当てた。息もあり、鼓動も少し早いくらいだった。
「セレン、大丈夫か」
 イージェンが呼びかけると、セレンが目を開けた。
「師匠…」
 抱き締めた。
「どうして飛び込んだ。そんなに海が好きか」
 セレンが眉を寄せて申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい、でも…魚さんが呼んでいたんです。おいで…って」
「なにっ…」
 イージェンが絶句した。セレンを抱き上げて立ち上がり、セティシアンが潜っていく影を見た。
 セレンを部屋に運んでいくイージェンの後ろ姿を見ていたラウドが、それを追うように行こうとしたエアリアを呼び止めた。
「エアリア!」
 エアリアが背を向けたまま立ち止まった。
「夕べは…すまなかった。自分の気持ちばかりぶつけて、そなたの気持ちを考えなかった…許してくれ」
 ラウドが頭を下げた。エアリアが肩越しに振り返り、目を見開いた。
「殿下…」
 心が乱れる。胸が締め付けられる。
「気になさらないでください。罰の続きを受けてきます」
 小走りに去っていった。その様子をサリュースが少し困ったような怒ったような複雑な顔で見ていた。
 船長室に戻ったエアリアは書物を開いた。頁を開いた瞬間に記憶していく。すごい勢いで捲っていく。それでもまだ終わっていなかった。
「さすがに三十冊は多かったか」
 部屋に入ってきたイージェンが声を掛けた。リィイヴも一緒だった。積み上げた中の一冊を持った。
「こいつだ、内容、わかるか」
 リィイヴに渡した。リィイヴが開き、目を通し始めた。ぱらぱらと捲っていたが、顔を上げた。
「これは、紀元百五十年、第二大陸キロン=グンドの環境ニュゥメリックデェイタ報告書だね。大気、土壌、海水、水源、植物、動物、人体の汚染数値と過去との推移検証、バレーの環境ニュゥメリックデェイタは、最古のもので紀元二千三百年前後だったと思う、その前のものはないはずだけど…もしかしたら評議会が隠しているかもしれない」
 リィイヴが返した書物を机に戻したイージェンがうなずいた。
「数値が落ちたふりをしたんだろ?インクワイァには戻りたくなかったからか」


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