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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第84回   セレンと仮面の後継者(4)
 昼少し前にエスヴェルン王都郊外に広がる南の平地の上を通過した。ヴァンとリィイヴが辛そうな顔で見下ろしていた。
「どうした」
 ふたりの様子に気づいてイージェンが尋ねたが、リィイヴが黙って首を振った。
 王宮の上空で停まり、円形屋根が特徴の学院玄関の前に降りた。イージェンがエアリアの肩を掴んだ。
「エスヴェルンの学院は俺を歓迎しないだろうな、特にあのバカ学院長は」
 珍しくも気後れしているような言葉に、エアリアが手ぶくろの手にそっと触れた。
「でも、大魔導師様ですから」
 自信を持ってとでも言いたげな風にイージェンがふっと力を抜いて、扉を開けた。玄関広間には、サリュースをはじめ教導師たちが待ち構えていた。皆、青ざめた顔で声もなく仮面を見つめている。ゆっくりと広間の中に入っていき、サリュースの前まで来た。
「こんな形で再会とはさぞかし不本意だろうな、サリュース」
 まさか本当にあの男が仮面の後継者となったとは。サリュースは表面上冷静を装っていたが、背中には冷や汗が流れていた。
「確かに。わたしが不愉快に思っていることはわかっているわけだ」
 あの暴威。そして、味合わされた屈辱。到底忘れられるものではない。忌々しいこと、この上なかった。
 イージェンとエアリアは会議室に向かい、セレンはヴァンとリィイヴを連れて、以前泊まっていた宿舎に向かうことにした。
「ふたりを頼むぞ」
 セレンがうなずいた。
 会議室には、学院長サリュース、クリンスと巡回中の三人の特級魔導師を除く六人の特級魔導師、そしてイージェンが席に着いた。イージェンが懐から書筒を取り出し、その中から一枚の紙を選んで隣のサリュースに渡した。サリュースが嫌そうな眼で乱暴に受け取り、広げて眼を落とした。紙を持つ手が震え、眼の縁に涙が滲んできた。それはヴィルトが最期に残した伝書だった。
「そいつを五大陸総会で読んでほしい。おまえに」
 サリュースは戸惑った顔を向け、伝書を横の学院長代理に渡した。坊主頭の学院長代理も深い悲しみに沈んだ。全員が伝書を読み終わった。
「五大陸総会の議事録を後日持ち帰るから、今は俺が仮面を継いだことだけ事実として受け止めろ」
 イージェンが言うと、エアリアが立ち上がり、頭を下げた。
「大魔導師イージェン様、エアリアでございます」
 サリュースが怒りに顔を赤くしてテーブルを叩きながら立ちあがった。
「エアリア!おまえ、この男を!」
 エアリアと同じ位の年頃の少年も立ち上がった。
「大魔導師様、シドルシドゥです」
 丁寧にお辞儀した。サリュースが困惑した。
「シドゥ、おまえまで…」
 他の魔導師たちも次々に立ち上がって挨拶をした。最後にサリュースがテーブルに両手を付きながら顔を伏せた。
「…災厄のおまえが大魔導師か…」
 イージェンが立ち上がった。
「おまえだけじゃない、俺が大魔導師になるなんで忌々しいと思っている連中はな」
 サリュースが顔を上げ隣を見た。その視線の先には、ヴィルトと同じ仮面があった。しかし、その仮面にイージェンの顔が重なった。暗い闇のような髪に、端正な顔だが粗暴な表情、翠の瞳を思い出した。むしろ、仮面を継ぐ前の顔を見ていただけよかったかもしれない。
「連中って誰のことだ」
 サリュースが尋ねると、イージェンがみなに座るよう手を振った。みなが次々に座った。
「トゥル=ナチヤとキロン=グンドの連中だ。少々揉めたんでな」
 少々どころではないだろうと呆れながら、サリュースがため息をついて椅子に腰を降ろした。
「わかった、それも五大陸総会の場で聞こう。そのほうがよさそうだ」
 イージェンがおかしそうに笑った。
「くくっ、わかってきたようだな」
 首を巡らせて全員を見回した。
「エアリアを連れてきてしまったので、クリンスがこなし切れなくなりそうだ。体制が決まるまで、誰か手伝いに回せないか」
 学院長代理が少し考えてから、返事をした。
「レフェニス州を巡回中のルカナを向かわせましょう。一番近いですし、近々戻る予定でしたから」
 すぐに伝書を送るよう言い、隣のサリュースに仮面を向けた。
「ここの国王陛下や宮廷への挨拶は、総会から帰って来てからのがいいのか」
 サリュースが腕を組んだ。
「出発前にご挨拶したほうがいい。いずれにしてもエスヴェルンの所属ということになるだろうからな」
 サリュースとしては忌々しいということは置いても、イージェンにエスヴェルン所属となってもらわなければならないのだ。これまでもヴィルトがいたからこそ、他の学院も一目置いている存在だった。イメインの素子であるのだから、本来はトゥル=ナチヤの学院に所属するのが筋である。しかし、イェルヴィールの学院長を殺害していることからも忌避するだろう。ここは折れても所属させようと算段した。

 午後遅くに国王に謁見賜るよう伝達させ、イージェンはサリュースとエアリアを連れて、スケェィルにやって来た。部屋には当番のシドルシドゥが先にやってきていた。
「イージェン様」
 シドルシドゥがお辞儀した。部屋の中心にある白い板上に赤い光点が光っていた。
「迎えに行くのはいつだ」
 イージェンが尋ねた。シドルシドゥは右膝をつき、その光の点に手のひらを当てた。
「一歳の誕生日に迎えに行きます」
 いたしかたないこととはいえ、両親は辛かろう。自分もまともな夫婦の間に生まれれば、一歳の誕生日に学院に連れてこられたのだ。しかし、自分は野で育ったからこそ、雑草のように強くなれた。王宮の学院で苦労もなくぬくぬくと育つより、たとえひとときでも厳しい環境で育ったほうがいい。そして、肉親と過ごせる喜びや楽しさ、離れる悲しみや辛さも知らなくてはいけない。
「今後は、五年後にしろ。きちんと育てているか、定期的に様子を見に行け」
 サリュースが反対した。
「五年後では、物心ついてしまう。それではミスティリオンの効果が薄れる」
 イージェンがサリュースに仮面を向けた。
「ミスティリオンは絶対じゃないだろう。刷り込みではなく、まごころから国と民のために尽くす魔導師に育てろ」
「そんな…」
 難しいことをと、サリュースは先が思いやられた。五大陸総会でもこの調子で言いたい放題だろう。確かに同じようなことをヴィルトにも言われたことはある。だが、絶対ではないにしろ、ミスティリオンによる刷り込みをし、学院を一義に考えるように育てないと目の前にいるもののようになるのは眼に見えている。イージェンには国と民を憂う気持ちがあるようだが、学院をないがしろにするに違いない。それでは『学院』としては困るのだ。
 イージェンが奥へ続く廊下に向かった。突き当たりに黒い石がはめ込まれている。そこに手ぶくろを押し当てた。淡く光って黒い石の横が扉となって開いた。中は階段になっていて、地下に向かっていた。その階段に足を踏み降ろしたとき、階段の壁に点在している灯りに火が点った。はるか下まで灯りが連なっていた。
「こんなところに地下への道があったとは」
 エアリアが不思議そうに見回した。三人でゆっくりと降りていった。ひやりと空気が冷たい。
「あることは知っていたが、入ったことはなかった」
 サリュースも足元に気をつけながらイージェンの後に続いた。どのくらい降りていったか、黒い石の扉に突き当たった。イージェンがその扉を押した。ギギッと石が擦れる音がしてゆっくりと石扉が開いた。中は階段よりもさらに凍るほど冷えていた。暗闇だが、三人にはそこが儀式殿のように天井が高く広い場所とわかっていた。その真ん中に大きな物影があった。横に七間ほどのかなり大きなものだ。
「あれは…船?」
 エアリアが二、三歩入って見上げた。確かに船のように底が尖っていて細長い姿で、軍船のように横に砲門らしき小扉がいくつかある。しかし、櫓を出す口はないようだった。イージェンが近づいていく。
「ああ、ただし空を飛ぶ船だ」
 サリュースもエアリアもただ驚いて見回した。
「空の船《バドゥウシエル》」
 イージェンが言ったと同時に船の甲板を囲む手すりの柱の上についている石がひとつひとつ光り出した。ぐるっと一回りして全て光の玉となったとき、船全体が光り出した。
「上に上がるぞ」


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