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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第83回   セレンと仮面の後継者(3)
 翌朝、セレンは着替えて外の井戸で顔を洗い、学院長室に向かった。起きたときにイージェンは横にいなかった。昨日のことは夢だったのかもしれないと気落ちしながらも、少しはエアリアたちの手伝いをして、いい子にしていようという気持ちが出てきた。学院長室の扉を叩き、開けて入った。
「おはようございます」
 頭を下げてから顔を上げた。
「…せ、師匠(せんせい)」
 学院長椅子に座っている仮面がセレンを見ていた。
「おはよう、よく眠れたか」
 ああ、師匠の声だ。セレンは夢でなかったとほっとした。
「はい」
 手招きされ、机の向こうのイージェンの側に行った。両腕をつかまれ、膝の上に上げられた。しばらく、イージェンがセレンを眺めたり、撫でたりしていたが、顔を見つめて言った。
「エアリアと朝飯食べてこい、その後フィーリたちに挨拶に行くから」
 うなずいて膝から降りた。イージェンは食べないのかと思ったが、ヴィルトと同じになったということは、食べたり飲んだりするところはヒトには見せないのだろう。厨房に行く途中でクリンスに会った。
「エアリアさんは厨(くりや)ですか」
 クリンスが食堂だと言った。
「昨日イージェン殿と一緒に来たふたりを案内していったんだ。おまえも朝食食べておいで」
 食堂の窓際の席にエアリアたちがいた。
「エアリアさん…師匠が朝ごはん食べてきなさいって…」
 エアリアが席を立って配膳卓に向かった。背中を向けていたふたりが振り返った。ひとりがうれしそうに呼んだ。
「セレン!」
 セレンが驚いて声もなく見つめた。立ち上がってセレンをもうひとりとの間の席にひっぱって座らせた。
「会えてうれしいよ」
 にこにこしてセレンの顔を覗き込んだ。セレンが少し肩を引いて、ふたりを見て首を傾げた。
「…ヴァ…ンさん…あの…お姉さんは」
 ヴァンが青ざめたが、すぐに寂しそうな笑みを浮かべた。
「お姉さんは一緒に来なかったんだ。俺とこいつはイージェンやおまえと暮らしたくて」
 セレンがうれしそうに笑った。リィイヴがセレンの髪に触れた。
「ぼくのこと、覚えてる?」
 セレンがうなずいた。
「海に行くとき一緒でした」
 リィイヴがヴァンと顔を見合わせた。
「覚えててくれたんだ、うれしいなぁ」
 エアリアがセレンに盆を持ってきた。ヴァンとリィイヴもバレーの食事とは違い、かなり味が薄く堅い。苦労しながらも一生懸命食べた。
 食べ終えて、みなで学院長室に行った。イージェンは、ヴァンとリィイヴにここで待つよう言った。一冊づつ本を渡した。それはモゥビィルでセレンに読んでやっていた幼年向けの教本だった。
「これを読んでいろ」
 ふたりは夕べ座った壁際の椅子に腰を下ろした。

 イージェン、エアリア、セレンの三人は、執務宮に向かい、二階の内府執務室を訪ねた。執務室にはセネタ公がいて、仮面を見て、お辞儀した。
「大魔導師様、お戻りになられたのですか」
 イージェンが振り返ってエアリアに言った。
「いちいち説明するのは面倒だな、首から名前の札でも掛けておくか」
 エアリアが苦笑を堪えた。セネタ公が仮面を見つめて、一歩下がった。
「イージェン殿か?」
「ああ、どうやら落ち着いてきたようだな」
 セネタ公は驚きながらも片膝を付いて深く頭を下げた。そして、護衛兵に急ぎ、フィーリやユデットを呼んで来るよう命じた。
 会議室の円卓ではなく、隣のゆったりとした長椅子を据えた休憩室で待っていた。フィーリが真っ赤な顔で、開け放たれたままだった扉から入ってきた。
「イージェン殿が戻られたというのは、まことですか!」
 後からユデットも飛び込んできた。ふたりで部屋の中を見回していたが、長椅子から仮面の魔導師が立ち上がり近寄ってきた。仮面が話しかけてきた。
「フィーリ、ユデット」
 涙もろいフィーリが、仮面がイージェンと分かって顔を崩してその足元に突っ伏した。
「よく戻ってくださいました!あ、ありがとうございます!」
 ユデットもひざまずこうとしたが、イージェンがふたりの腕を取って立たせた。
「こんな姿になったが、中身は変わってない、これまでどおりにしてくれ」
 胸元から手ぬぐいを出して、フィーリに渡した。フィーリがありがたく受け取り目頭を押さえた。
 ヴィルトが亡くなり、自分が跡を継いだが、急いでエスヴェルンに向かい、五大陸総会に出席しなければならないと告げた。ヴィルトの死を悼みながらセネタ公が言った。
「ヴィルト様から、五大陸総会での審議の結果にもよるが、イージェン殿が望めば当国学院長に就任してもよいとのお言葉をいただいております」
 フィーリとユデットも喜んだ。イージェンが仮面を少し逸らした。
「水を差すようで悪いが、以前ならともかく、今俺は学院長をやってる余裕がない」
 三人ががっかりして顔を見合わせた。イージェンが立ち上がりながら言った。
「その代わり、俺よりも国と民に尽くしてくれる学院長を連れてきてやる」
 エアリアはそれを聞いて、もしやダルウェルではないかと思ったが、口を挟まなかった。セネタ公は胸を撫で下ろした。
「イージェン殿ご推薦なら安心です。今後もカーティアのことをお心に留めていただければ…」
 イージェンがうなずいた。
「そうだな、時々は様子を見に来ることにするか」
 急いでいるので、ジェデルには新しい学院長が決まったら一緒に挨拶に来る、よろしく伝えてほしいと告げた。セレンがフィーリとユデットにお辞儀をした。
「ありがとうございました」
 ふたりが名残惜しそうにセレンを見つめた。
「イージェン様と遊びに来て下さい。一緒に海に行きましょう」
 ユデットが右手を握り、フィーリが左手を握った。セレンが頬を赤らめて微笑んだ。
 学院に戻り、学院長室にいるヴァンとリィイヴを連れて出た。外まで送りに来たクリンスに言いつけた。
「ひとりで大変だろうが、エスヴェルンから誰か回してもらうから、それまでなんとか持たせろ」
 勝手に仕切られ、もともと気弱なところのあるクリンスが、言い返すこともできず困ったような顔で頭を下げた。イージェンが両脇にヴァンとリィイヴを抱え、エアリアがセレンを抱えて、飛び上がった。
「いいか、出来るだけ休みを取らずに飛ぶつもりだ、気を張れよ」
 エアリアが緊張から青ざめた。しかし、ヴィルト亡き今、イージェンを師として修練しなければ。なんとかついていこうと心に決めた。
 セレンは眼をつぶってエアリアにしがみついていた。空を飛ぶのは怖かった。イージェン以外ではなおさらである。エアリアもしっかりと抱いてくれたが不安だった。だが、エアリアの胸元に顔を押し付けていたらふわっと優しい匂いがした。またあの年嵩の少女を思い出し、気持ちが落ち着いてきた。
 途中、小用を足す以外は昼中飛び続けた。日が落ち、真っ暗闇の中も飛んでいたが、セレンが寝てしまった頃、ようやく地上に降り立った。イージェンはまだ飛びたかったようだが、ヴァンとリィイヴも疲れている様子だったのであきらめた。
「まだ行けるが、おまえたちがきついだろうからな」
「ああ、助かった。身体が痛い」
 ヴァンが草の上に大の字になって大きなため息をついた。リィイヴもその横に腰を降ろした。エアリアがイージェンにセレンを渡し、ヴァンとリィイヴに水の筒を差し出した。
 受け取ったリィイヴがエアリアをじっと見つめた。
「獣避けの術を掛けてこい」
 エアリアが小さく首を折り、すっと離れていった。リィイヴが追うように見ていたのに気づいて、イージェンが言った。
「気に入ったのなら、口説いてもいいぞ」
 リィイヴが驚いて眼を見張った。
「かわいいヒトだなと思っただけだよ」
 昨日の夜や今朝食堂では、緊張していたこともあって、顔もろくに見なかったのだ。改めて見ると、とてもかわいい少女だった。
イージェンが腰を降ろしてセレンを外套の中に包み込んだ。
まだ先になるだろうが、いずれふたりにはよい娘を嫁にして、テェエルに根付いてほしいと思った。そのためにも、マシンナートの脅威からテェエルを守らなければ。
エアリアが術を掛けて戻ってきた。手招きされてイージェンの側に座った。
「おまえも休めるときに休んでおけ。俺が起きているから」
 エアリアがこくっと首を折り、横になった。小さな焚き火がパチパチと木のはぜる音を立てて、柔らかな光と暖かさを放っていた。
 翌朝、夜明け前、ぶるっと寒気を感じてリィイヴが起き上がった。立ち上がって東の空を見た。薄紅の朝焼けの空だった。
なんともいえない色と光の美しい帳に言葉なく見入っていた。すでに起きていたエアリアが近くの湧き水で顔を洗ってきた。
「おはようございます」
 膝を少し折って、丁寧にお辞儀をするエアリアにリィイヴも同じようにお辞儀した。
「おはようございます」
 エアリアがくすっと笑った。リィイヴが首を傾げるとイージェンがセレンを立たせて言った。
「今のは女のするお辞儀だ」
 リィイヴがぎょっとしてこわばった顔を見せた。
「あ、そうなんだ」
 目覚めていたヴァンが苦笑をこらえていた。リィイヴがヴァンの様子にすねた。
「あなたに笑われたくないけど」
 イージェンが顔を洗ってくるよう言った。エアリアが湧き水の方を指差して教え、三人で向かった。火の始末をし、三人が戻ってきてから水を飲み、干し肉を少しかじって出発した。


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