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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第68回   イージェンと仮面の魔導師(2)
 パリスが驚き、震えた。モニタはプツッと切れた。パリスがすぐに我に帰った。
「コォウド7を発動すれば、もしやアルティメットも素子も一度に…」
 パリスの口元がファランツェリと同じ冷たい笑いで歪んだ。
「どうせアルティメットに消滅させられるのだから」
アンダァボォウトから外に声を掛け、帰りかけていたニーヴァンを呼び止めた。
「アルティメットがベェエスにエンテロデェリィイトを流した!おそらくバレーを消滅させるつもりだ。コォウド7発動、核フロアを切り離せ!」
 ニーヴァンが腰を抜かした。
 パリスは小箱でファランツェリを呼んだ。
「ファランツェリ、コォウド7を発動する。すぐに核フロアに移動しろ、ジャイルジーンの移動は私が手配する」
 ファランツェリの驚いた声が響いた。
『どうしたの?!何があったの?!』
 詳しくは核フロアでと言って、切った。オペレェタァのひとりが報告した。
「地下レェイベル7で緊急事態発生です。素子が抵抗行動に出ました。遮断壁で閉鎖、メタニル散布で対応」
「ふん、やはりな。おとなしく切り刻まれるはずはないと思ったが」
 アンダァボォウトを出航させた。
 研究棟の核フロア、地下レェイベル3には、コォウド7発動と同時にインクワイァが集まってきていた。研究棟から離れた作業棟、共同棟にいたものたちは、地下港へ急行、マリィンに搭乗するよう指示された。同時に貴重な物質デェイタや標本の搬出作業が行われた。
 核フロアには各研究チィイムのブリーフィングルゥムがあり、それぞれ六人いる評議会構成員の大教授と共に集まっていた。ジャイルジーンは病棟とのことで、ルゥムにはいなかった。集中管理ルゥムから全ルゥムに経緯が説明され、刻々と状況が報告された。
『アルティメットが地下レェイベル7に侵入。…遮断壁が攻撃を受け、消滅』
 全員の口から驚きの声が漏れた。
「ラカン合金鋼が消滅だと?硬度5500、耐熱温度5000度の金属だぞ」
「異能の力でいくつものバレーを消滅させてきたとは聞いていたが…」
 なんとか核フロアに滑り込んだカサンが震えていた。共同棟へ向かう途中で発動を知らされ、避難してきた。
 育成棟では、魔力は物理的に証明ができない現象、ありえないこととして否定すると教えられた。子どもの頃からそれをずっと信じてきた。それが表向きのことだと知らされたのは、教授になってからだった。
「あの仮面が…アルティメット…」
 あの仮面の魔導師がアルティメットであるということはバレーに帰ってきてから聞かされた。素子は滓(かす)だか、アルティメットは、想像を絶する異能者だ。知っていたら、あんな口は利けなかっただろう。カサンはぎゅっと眼をつぶり、頭を抱えて膝の上に突っ伏した。
『核フロア、切り離し開始。各員、固定帯装着』
 椅子に備えられている固定帯を装着、研究棟の一部である核フロアの推進機関が点火され、切り離された。ゲェィトが開き、水路に入った。
「作業棟や共同棟のインクワイァは全員マリィンに乗れたのかしら」
 顔を伏せたままのカサンに同室の教授が尋ねた。カサンは顔を上げずに首を振った。
「わからん」
 あまりに緊急だったので、逃げ遅れたものもいそうだった。その女が続けた。
「けっこう使えるワァカァもいたのに、残念だわ」
 コォウド7はインクワイァ脱出最優先、ワァカァ廃棄やむなしの緊急対策。脱出したのが核フロアとマリィンのみでは、員数的にもまったく足りない。ワァカァは置き去りにされ、苦痛を味あわせぬためと称してメタニルで毒殺されてしまう。
 アリスタは逃げられただろうか。ワァカァ出身のわりには気が利き、頭も回るので使い勝手がよかった。昨日朝体調不良で休養したいと連絡があったきりだった。
「エンテロデェリィイトに侵された領域、かなり広範囲らしくて、前回の複製保存以降のデェイタはほぼ全滅のようよ」
女ががっかりした顔で、カサンを見た。カサンがようやく顔を上げた。
「そんな…」
核フロアは、地下水路を進み、海へ向かった。

 イージェンは、深い眠りについていた。昏々というほどに眠っていた。
「イージェン…死んじゃったんですか?」
 リィイヴが泣きそうな顔で仮面を着けた魔導師に尋ねた。魔導師は首を振って否定した。
あの硝子の部屋のあった地下レェイベル7からレェイベル4まで上がってきた。ヴィルトが三人を連れてさらに上の階を目指そうとしていたが、レェイベル3のフロアが切り離され、地下レェイベルは完全に封鎖されたことに気づいた。足元にあるバレーを支えている動力の動きが活発になってきた。その熱の上昇は尋常ではなく、これ以上熱くなると危険だった。
「バレーごと、わたしを始末するつもりか…」
 ヴィルトのそのつぶやきにリィイヴが青ざめた。ヴァンも首を巡らせて周囲を見ながら言った。
「イージェンを連れて逃げてくれ。ふたりならなんとかなるだろろ?」
 だが、仮面は外套に包んだイージェンを見下ろして、答えた。
「おまえたちは助ける。イージェンがここまで我慢したのは、おまえたちを助けたいがためだ。それを無駄にしたくはない」
 ヴィルトは、タァアミナァルを介さず、ベェエスへのゲェィトから直接侵入して、ベェエスのデェイタを走査した。エンテロデェリィイト病理コォウドを流す前に、マシンナート、バレーに関するデェイタはもちろんイージェンのデェイタ、記録ビデェオも視た。
なんとかふたりを助けたいという、イージェンの気持ちに応えてやらなければならない。もはや、トゥル=ナチヤやキロン=グンドでのことを問い質すことはできなかった。しかし、この気持ちを持つものが、欲望のためにヒトを害するとは思えなかった。自分への復讐も兄を想う気持ちからであろうし、復讐の相手であっても、学院長として冷静に判断して秩序を守るために誠意を尽くした伝書を遣したことからもその心根はわかるというものだった。
「イージェン…もっと早く会いたかった…」
 イージェンを抱え上げた。
「ふたりとも、わたしにしっかりとしがみつくんだ」
 緊張した顔でヴァンとリィイヴがヴィルトの両脇からしがみついた。魔力のドームが四人を包み込んだ。
「眼を閉じていろ」
 ふたりがきつく眼を閉じた。ドームの輝きは強くなり、まるで金属の殻のようになった。浮き上がった殻は分厚い地下の封鎖壁にぶつかった。封鎖壁は霧となった。核フロアのあったところがおおきな空洞となっている。更に上昇していくと、周囲の壁やそこにあったラボの機材機器が霧となって殻に吸い込まれていく。そして、尖塔のようにバレーの中心に聳え立つ研究棟が光の粉となって消えていった。
 その消え去った場所にヴィルトたちが浮かんでいた。そのまま、バレーとテェエルの緩衝地帯であるパァゲトゥリィへと飛んでいった。パァゲトゥリィの中に入った。たくさんのワァカァらしきマシンナートが倒れていた。
「これは…」
「ヴァン、リィイヴと言ったな、おまえたちの指導者がバレーを犠牲にわたしとイージェンを殺そうとしているのだ、そのために、インクワイァだけ脱出してワァカァを見捨てた」
 ふたりは肩を落とし、イージェンを見つめた。ヴィルトが懐から巾着を出した。その中から鈍色の板を出した。外套を開き、イージェンの胸にその板を押し付けた。
「イージェン、素子の実《クルゥプ》、異能の力を継ぐものよ」
 板が光り出し、イージェンの胸に減り込むようにして埋まっていく。
「あっ…」
 ヴァンとリィイヴがその光のまぶしさに手で顔を覆った。ヴィルトがイージェンの身体を抱きしめた。
「後は頼んだぞ」
 その光の輝きは増し、ふたりの身体を輝かせた。
光が消えた後、ヴィルトが外套で頭からつま先までイージェンの全身を包んだ。
「ゲェイトへの通路を行け、そしてテェエルに出るんだ」
「あなたはどうするんです?イージェンは…」
 リィイヴが尋ねると、足元を見た。
「バレーの地下にあるプライムムゥヴァが爆発すれば、地上に『瘴気』の災厄が広がる。汚染を食い止める」
バレーの地下で異変が起きた。激しい振動がバレーを揺さぶった。
「地震?!」
 立っているのがやっとの激震だ。ヴィルトは懐から書筒を出し、リィイヴに渡した。
「イージェンはきっとよくなって、おまえたちのところに戻るから、これを渡してほしい」
 リィイヴがしっかりとうなずいた。
「早く行け」
 ヴァンとリィイヴはよろけながらもゲェィトへの通路へ駆け出した。リィイヴは一度振り返ったが、ヴィルトの姿はもう見えなかった。
「間に合うか!?」
 ヴァンが次第に苦しくなってくる息の下から言った。すくなくとも三カーセルはある。地震は続いていたが、通路は崩壊していない。急に止んだ。ゴゴゴーッという音が足元からしてきた。しかし、その音もまもなく消えた。振り返ったリィイヴが青ざめた。
「早く…通路から出ないと…」
 奥の方が霧状になって消えていくのがわかった。前方が少し明るくなってきた。山脈の深い切れ込みに出たのだ。通路の端、舗装された部分から外に出た。
「こんなことが…」
 リィイヴが再び振り返って、その現象に立ち尽くした。舗装された通路の端までが霧状になり、すさまじい勢いでバレーの方に戻っていく。戻っていくというよりも、バレーの中心に吸い込まれていくように思えた。バレーにあった全てのもの、建物も、残っていたものたちも、テクノロジイリザルトも、霧となって消滅した。


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