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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第67回   イージェンと仮面の魔導師(1)
 マシンナートの最高評議会議長パリスは、素子イージェンとの対話の後、バレーの中央に聳え立つ研究棟の居住区の一室で、七人の子のひとりであるファランツェリと会った。
「ジャイルジーンは、余命三ヶ月といったところだ。側にいてやれ」
 ファランツェリが眼を伏せた。
「かあさん、怒ってるんだね」
 パリスがため息をついた。
「老い先短いヤツに計画をめちゃくちゃにされた。殺してやりたいが、どうせまもなく死ぬ。本当ならおまえを取り上げたいところだが…」
 奥にジャイルジーンがベッドに横になって寝ていた。その方をちらっとみて、ファランツェリが言った。
「もう一度心臓移植してもだめかな」
 ファランツェリが泣きそうな顔をした。ずいぶんと手なずけたものだとパリスは奥に冷たい視線を向けた。
「だめだな、年を取りすぎている、体力的に無理だ」
 トリストがイージェンの心臓を移植してみたいと言っていたが、おそらく無駄、逆に死期を早めることになるだろう。それはそれで一向にかまわなかったが、せっかくの素子の標本を無駄にするのも惜しい気もする。
 パリスが長椅子に座り、ファランツェリを手招きした。寄っていって、横に座った。抱き寄せて、その薄い茶色の髪を撫でた。
「まあ、そう気を落とすな。親子で過ごすのはスクゥラァでもごく一部にしか許されていないのだから、それだけでもいいと思わなければ」
 ファランツェリがうなずいた。
「イージェンをずいぶん気に入ったようだな」
 パリスが尋ねた。これから標本採取することは話したが、どう思っているか知りたかった。マリィンから助け出してくれたと言うし、同情するかもしれない。
ファランツェリがパリスに撫でられて、気持ちよさそうに微笑んでいたが、長椅子横のテーブル上のモニタァに目を移した。検疫中の記録映像が流れていた。昨日デェイタを引き出して必要な部分だけ抜粋したものだ。
「うん、すごく力持ちで、背が高くて、顔も身体も好き。それに眼が翠玉みたいにきれい。でも…」
「でも…?」
 ファランツェリがパリスから離れて腕を後で組んでくるっと回って、不満げな顔をした。
「あたしのこと、子ども扱いするんだもん、キスだって額にしかしないし…」
 パリスがにやっと笑って、また手招きした。ファランツェリが跳ねるようにして近づき隣に座った。
「もう大人なのにな、失礼なヤツだ、だがな」
 ファランツェリが首をかしげて見上げた。
「気に入ったからといって、そんなに軽々しくしてはいけない。男はじらしてどうしても手に入れたいと思わせないと」
 ファランツェリが少し不満そうに口を尖らせた。
「面倒だなぁ」
 ファランツェリが立ち上がって、部屋の中央にあるテーブルに寄った。皿の上に盛られた茶色の棒のショコラァトを摘んで舌を出してねぶるように舐めた。
「そんなに気に入ってるヤツをバラバラにしていいのか?」
 ファランツェリが眼を見張ってパリスを見た。
「うーん、残念だけど…」
 ショコラァトが付いた指を舐めながら、言った。
「殺せるときに殺してしまわないと」
 口元に冷たい笑みを浮かべていた。パリスが満足そうにファランツェリを見た。
「それに素子の生体標本は初めてなんだってね」
 得意げな表情でパリスに顔を向けた。
「ああ、死体からの標本はあるが、生体が捕獲できたことはなかったからな、今回おまえの御蔭で手に入れることができた。素子研究はまったくといっていいほど進んでいなかったが、画期的な飛躍が望めるだろう」
 ファランツェリが楽しみにしていると言ってから、モニタァをみつめているのに気づき、パリスも目を向けた。首輪を付けられたアリスタが密閉ルゥムでひとり残されていた。
「アリスタといったか、仲良くしていたようだが」
 パリスがアリスタを犠牲にしたことに触れようとしたが、ファランツェリが画面から目を離してさえぎった。
「しかたないよ、そのくらいしないと。あれであとのふたりのために言うこと聞いてるんだし」
 映像は、少し過去のものを流しているようだった。すでに、イージェンがバルシチスに土下座している場面に変わっていた。
「それより、いいの?おじさん、悲しむんじゃ?」
 ファランツェリがモニタァを見ながら言った。
「一度壊れたヤツだ。ゴミに等しい。標本採取の役に立つのだから、にいさんも文句ないだろう」
パリスがちらっと小箱を見た。あまり時間がなかった。元気でと頬に口付けして、面会を終えた。
 パリスは部屋を出て、地下の港に向かった。ファランツェリから、カーティアのミッションでマリィンにミッシレェを搭載して出撃したと聞かされ、ミッション修正案は当然出るだろうと思っていた。しかし、緊急事態にも備えて、マシンナートの中枢バレーであるキャアピィタルから、プレインで飛んできた。
 だが、乗ってきたプレインで帰るわけにはいかなくなった。地下港に移動しながら、小箱でバレーのオペレィションルゥムに連絡していた。
「今、成層圏を飛行するのはまずい。監視衛星に発見されることになる」
 状況からして早くキャアピィタルに帰還しなければならないが、プレインをアルティメットに見つかってしまう危険は避けなければならない。
「アンダァボォウトで帰還する。途中まででいいから、素子のデェイタを転送しておいてくれ」
 アンダァボォウトはマリィンよりも小型の海中潜行艇である。
「バレー間のデェイタ転送が通信衛星を介してできるようになれば、こんなもどかしいことをせずに済むものを!」
 何台かのトレイルに中継させて転送するのは手間が掛かりすぎるのだ。かといって、テェエルに固定の中継基地を作るわけにもいかない。定期的にデェイタを記憶媒体に移して、バレー間で交換するという手間も時間もかかることをしなければならなかった。
「早く死ね、アルティメット」
 パリスが吐き捨てた。小箱で地下のラボに連絡した。
「トリストに繋げ」
 執刀中なので出られない、緊急かどうかと聞いてきたので、機密ではないから、スピィカァに切り替えろと命じた。
「トリスト、ファランツェリにそいつの眼球の標本をやってくれ。翠玉のようにきれいだと言っていたから喜ぶ。わたしはキャアピィタルに戻るが、遠からずまた会うことになるだろう、それまで元気で」
すぐにトリストの返事が聞こえてきた。
『パリス議長もお元気で』
 エレベェエタを降り、地下港に入る。ニーヴァンが見送りに来ていた。
「パリス議長、お気をつけて」
 白髪頭を下げるニーヴァンに言った。
「気をつけるのはおまえたちだ。アルティメットに見つかったら、どうなるか、わかってるな」
 ニーヴァンが青ざめた。
 アンダァボォウトの艦橋に着いたパリスは、デェイタ転送が完了したかバレーのオペレィションルゥムに連絡した。
「転送完了したか?すぐに出港したい」
 オペレィションルゥムから返答がきた。
『そ、それが…ベェエスに…不正アクセスが…』
「どのタァアミナァルからだ、コォオドは…」
 ベェエスへのアクセス記録がモニタに表示されていくが、その片端から消去されていく。
「…エンテロデェリィイト…ベェエスのデェイタが…」
 ものすごい勢いで黒い画面の上から下に白い文字列が流れていき、表示されるとすぐに消えていった。
「早く接続を切れ、こちらのベェエスもやられるぞ!」
 パリスが叫ぶと、アンダァボォウトのオペレェエタアがバレーとの接続を切った。
「感染していないか、確認しろ」
 誰がエンテロデェリィイト…デェイタを消去する病理コォオドを流したのか。真っ黒だったモニタの真ん中が小さく光った。
『…ビッビビビー…』
 タァアミナァルから不快な音がした。モニタにぼおっと浮かび上がる顔があった。パリスたちが驚いて食い入るように見つめた。
『…の約束…破ると…は…パ…リス…』
 灰色の不気味な仮面。途切れ途切れに聞こえてくる地の底からのような冷たい殺戮者の声。
「…アルティ…メット…」


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