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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第64回   イージェンと硝子の部屋(1)
 エレベェエタに乗り、今度は来たときと逆に下がっていった。どこまで降りていったのか、やっと開いたとき、階は7という数字の前に三角がついていた。廊下は灰色で、マリィンやトレイルの廊下に似ていた。ゴォオオーッという音が足元から聞こえてくる。廊下の先に扉があり、中に入るとさらに扉があった。延々と扉が続いていたが、ようやく広いところにたどり着いた。奥にガラス張りの部屋があり、そこは、あの検疫ルゥムと同じような台やモニタ、金物があった。嫌な感じだ。部屋の周囲に、五人のマシンナートがいた。その部屋を迂回してさらに奥にいくと、壁際にガラス窓があった。
 バルシチスにうながされて、その窓の側まで行った。
「アリスタ、ヴァン、…リィイヴ?」
 窓から見える部屋の真ん中に三人が固まって座っていた。周りにはアウムズを構えたものたち五人が立っていた。
「あの三人をどうする気だ!」
 バルシチスが手元の釦を押した。
「アリスタを残して、外に」
 その声は中に聞こえたらしく、五人はヴァンとリィイヴの腕を握って立たせようとした。
『やめろ!』
『ヴァン!』
 アリスタがヴァンにしがみつき、ヴァンもアリスタを抱きしめて離れようとしなかった。マシンナートのひとりがヴァンの頭をアウムズで殴った。そして無理やりアリスタから引き離して、部屋から連れ出した。
「イージェン!」
 部屋から出てきたリィイヴが駆け寄ろうとして、腹を殴られた。
「リィイヴ!」
 部屋にはアリスタがひとり残された。恐ろしさに強張った顔は涙で汚れていた。
「アリスタ!」
 ヴァンが窓に貼り付いて呼ぶが、あちらからは見えないようで、おどおどと見回している。
『ヴァン!たすけて!』
 イージェンが右腕を灼熱に輝かせて、ガラス窓を叩き割ろうとした。次の瞬間。
 バァアアアーン!
「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!」
 ヴァンとリィイヴが悲鳴を上げた。イージェンが腕を振り上げたまま、固まった。アリスタの身体が破裂して、バラバラになった肉片や血が部屋中に飛び散った。
「なんてことを!」
 バルシチスの腕を掴もうとした。いつのまにかアウムズを持ったマシンナートたちに囲まれていた。バルシチスが遠くの席に座っていた。
「おまえが魔力を使おうとすれば、次はヴァンが、その次はリィイヴが同じ目に会うぞ」
 イージェンが目を赤く腫らして叫んだ。
「こいつらはあんたらの仲間だろう!俺と何の関係もないのに!こんなひどいことを!」
 バルシチスが険しい目を向けてきた。
「おまえと関係はある、三人はおまえとミッション以外で個人的な交流を持った。アリスタはおまえと性交渉を持とうした。ヴァンとリィイヴは、おまえの影響を受けて、きわめて不適切な発言をした」
 何から何まで見通されている。監視の目があったのだ。イージェンは首を振った。
「そんな!だったら、ファランツェリはどうなんだ!あの子だって!」
 ファランツェリも自分と個人的な交流とやらを持った。それに、アリスタもヴァンも友だちだったはず。このことを知っているのか。
「ファランツェリ様とこの連中を一緒にするな」
 マシンナートたちは、腰を抜かしてしまったヴァンとリィイヴを立たせた。
「ふたりの首についている輪は、ボォムだ。おまえが魔力を使おうとするとアリスタのように爆発させる。外そうとしても、爆発させるからな」
 ふたりの首に金(かね)の輪が付けられていた。ふたりをまた部屋に戻そうとした。
「ヴァン!」
 イージェンが呼んだが、ヴァンは下を向いたまま泣き続けていた。
「やめろ、あそこに入れるなんて!」
だが、マシンナートたちはアリスタの肉片や血しぶきが残る部屋に二人を押し込んだ。ふたりは部屋の隅に貼り付いて目をつぶり震えている。あまりに酷い仕打ちに身震いがした。
「魔力は使わない、だからふたりを助けてくれ!俺は、あんたが死にかけたのを助けただろう!」
 イージェンが膝を付き両手を突いて頭を下げた。
「頼む!」
 額をこすりつけて頼んだ。
「研究に協力すれば助けてやらんこともない。最後まで魔力を使わないでいられればな」
 イージェンが険しい顔を上げてバルシチスを見上げた。マシンナートたちに両側から腕をつかまれ、中央にあるガラスの部屋に連れて行かれた。ガラスの部屋に水色の服を着た連中が寄ってきた。検疫のときの台と同じものがある。
「また、検査でもするのか」
 服を脱げと言われた。裸身になって示されるままに台の上に横になった。
 バルシチスはガラスの外で釦を押した。
「ヴァン、リィイヴ、よく見ておくんだな」
 部屋の中のふたりがその声に顔を上げると、中のモニタに横たわるイージェンが映し出されていた。
「イージェン…」
 リィイヴが泣き続けるヴァンを抱きしめながら真っ青な顔でつぶやいた。
バルシチスが水色の筒のような服を頭から被り、腕を出して手袋をし、ガラスの中に入ってきた。頭に白い帽子を被って、口元を白い布で覆った。すでにあの線を頭や身体全体に何本も付けられていた。
「スコル、どうだ、バァイタァルは」
 スコルという男は、イージェンの手と足の指に指の形の筒を付けていた。
「はい、正常です。麻酔始めます」
 バルシチスがうなずくと、別の男が袋の液の針を腕に刺した。血の中に何かが流れ込んでくる。致死的な毒ではなく、あまり強くない眠り薬だ。その薬は血の中で薬の効力がなくなって無害なものとなって紛れていく。しばらくして、バルシチスが話しかけてきた。
「これから麻酔を掛ける」
 イージェンが首を巡らせてバルシチスを見た。
「眠らせてどうするんだ」
 管のついた口元を覆うものを近づけてきた。イージェンの口と鼻をそれで塞いだ。
「素子の研究のため、組織を採取する。麻酔なしで開腹するのは、いくらなんでもな」
 腹を開く…?
 管から瘴気のようなものが流れてくる。これも致死的な毒ではなく、眠らせるもののようだ。別に術を掛けるとか、魔力を使うとかを意識するまでもなく、イージェンの身体はよくないものを無害にするようになっていた。
「バルシチス教授、麻酔が効いてきません」
 バルシチスが目を見張り、別の管を持ってこさせた。
「直接気管に挿管する。痛むだろうが、導入麻酔が効かないのだから、しかたないな」
 さきほどのスコルが、口の覆いを取ってから、型を噛ませ、顎を上げさせた。管を口の中に入れてきた。ぐうっと押し込まれる。
「くぶぅっ!」
 太い異物が喉に入ってきて、そこに留まった。息が出来ない。さすがに苦しくなって身体を振った。管が喉の内壁に当たり、激しく痛んだ。身体が突っ張り、冷汗が噴出してくる。管から中に直接息気が入ってくる。同時に濃い眠気の瘴気が流れてきた。しかし、意識は無くならない。身体が危険を感じているのだ。
「だめです、麻酔効きません」
 スコルの側にいた男が手元のデェイタの表示を見ながら言った。
「濃度上げます」
 スコルが瘴気を出している装置の目盛りを操作した。さらに濃い眠気が入ってくる。
「信じられん…この濃度で意識がなくならないのか」
 バルシチスが首を振った。イージェンが眼をすぼめてバルシチスを睨んだ。
「魔力を使ってるのか」
 バルシチスが尋ねるとイージェンは痛みを堪えて首を左右に振った。
「そういう体質になっているのでは…」
 スコルが首を傾げつつもそう言った。
「効かなくてもいい、このまま組織採取する。臓器によっては摘出してしまおう」
 臓器…を…摘出って…。
「しかし、暴れますよ、いくらなんでも。せっかくの標本に傷がついたらどうします?」
 逃げたい。このままでは殺される。この状態でも魔力は使える。でも、そんなことをしたら、ヴァンたちが…。
 逃げればいいのだ、つい数日前に知り合ったマシンナートなど、殺されても気にすることなどない。しかし。
 …わたしのこと、きらい?…
 アリスタ…俺のせいで、あんなことに…。
 …あなたがほしいの…
 涙が溢れて止まらない。
「泣いているのか」
 バルシチスが覗き込んだ。目を開いた。バルシチスの顔が間近にあった。
 こいつだけは許すものか…恩知らずが。


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