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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第62回   イージェンとマシンナートの都(3)
 翌日の昼前に担当官がやってきた。
「検疫の結果は、陰性、寄生虫もいない、その他の細菌、病原体も発見されず。基本検査項目は全て正常、いたって健康体と確認された」
 新しいつなぎ服を渡された。
「迎えが来ている」
 服を着て、担当官に付いて行った。検疫ルゥムの奥の扉から続いている長い廊下を歩いていった。小箱で開ける扉があり、そこから入ると、なにもない殺風景な広場のようなところに出た。そこに既知のものがいた。
「カサン教授」
 不覚にも目頭が少し熱くなった。
「来たか、イカサマ師」
 そのキンキンした声すらも懐かしく思えた。
「カサン教授、お渡しいたします、デェイタは転送済みです」
 担当官が自分の小箱をカサンの小箱に近づけ、先の方を赤く光らせた。カサンの小箱も赤く光った。
「ああ、さきほど確認した。バルシチス教授のところに連れて行くことになってる」
 バルシチスに会ったらたっぷり皮肉ってやろうと思った。カサンが屋根のない二人くらいしか乗れそうもないモゥビィルを示した。丸い輪の付いているほうにカサンが乗ったので、その隣に座った。ゆっくりと動き出した。担当官は軽くお辞儀して、元来た扉に戻っていった。
 モゥビィルはその場所からずっと続いている隧道(トンネル)を走った。下は灰色の平らな道で起伏はほとんど見られなかった。
「これがあんたが言っていた舗装された路か」
 カサンがうなずいた。
「今までバレーに入ったシリィはいるのか?」
 それまで橙色の光で満たされていた隧道内から、パアッと明るいところに出た。思わず見上げる。
水色の天井に少し白い雲のようなものが浮かんで見えた。リィイヴが言っていた作った空のようだった。路の両脇には灰色の石で出来た同じような形の建物が並んでいた。ヒトの姿はどこにも見当たらなかった。遠くに見える路にモゥビィルが行き来しているのが見える。
「まれにいるが、だいたい神経症になって、病棟送りになる。テェエルには返せないから、まあ…飼い殺しってところだな」
 テェエルには返せない…。
「今は、俺のほかにシリィはいるのか」
 カサンが首を振った。
「ここにはいない」
 建物の中も推して知るべしといったところか、検疫ルゥムやトレイルの部屋のように無味なものだろう。知りたいことはマシンナートの暮らしぶりではない。
 バレー自体の形は円形のようだった。中心から放射状に伸びている路に横路が渡っていて、いわば蜘蛛の巣のようになっている。その中心部に向かっていた。
「ヒト影がない」
 カサンが操舵管らしきものの前にある小さなモニタを見た。
「今はワァアクの時間帯だから、みな、研究棟か作業棟に行っている。朝早くとか夕方には移動するのが見られるが」
 しばらくして、モゥビィルがゆるやかな傾斜路を登っていった。その行く先には高い尖塔のような建物が建っていた。その建物に近づいていく。建物の入り口に門があった。モゥビィルが停止し、モニタに誰かが映った。カサンがそのモニタに向かって話しかけた。
「カサン教授、バルシチス教授の研究室へ、シリィ一体、搬入許可願う」
「一体ってなんだ、ものみたいに」
 不愉快な言い方に文句を言ったが、カサンは返事をしない。
『レェィベルサンクーレ・カサン教授、搬入許可します』
 抑揚のない女の声の後、門が開いた。金属の枠にガラスがはめ込まれた尖塔が高く聳えている。
草も木もなく、獣もいない。土すらその足元にはない。万物の息遣いを感じなかった。
 建物の中に入ると、すぐにモゥビィルは停止した。降りたところには、同じようなモゥビィルがたくさん置いてあった。車庫というところだろう。
カサンが先に歩いていく。周囲を見回しながら付いて行った。廊下らしいところは床も壁も天井も白く、幅は広く、天井も高かった。円形広間のようなところに出た。そこで何人か行き来していた。みな、裾の長い白い服を着て、カサンとイージェンを見て、一様に眉をひそめた。壁側には扉がたくさんあり、そのひとつに寄っていった。扉が開き、中に入るとその狭い部屋が急に動いて上に向かっているようだった。
「登っているのか」
「ああ、エレベェエタァだ。建物の中を登ったり下ったりする乗り物だ」
 かなり上の方まで登っていき、止まったとき、扉の上には23という数字が見られた。プォンという音がして扉が開いた。それほど歩かないうちに突き当たりに扉が見えてきた。カサンが、扉の横のガラスに、小箱を押し付けた。
 すぐに扉が開いた。いくつもテーブルがあって、その上にはいろいろな形のモニタがたくさんはめ込んであった。奥の壁はガラス張りだった。
「バルシチス教授、連れてきました」
 カサンが声を掛けると、大きな椅子がくるっと回って、バルシチスが姿を現した。
「ご苦労だった」
 椅子から立ち上がり、近寄ってきた。言いたいことは山ほどあった。
「文句を言いたそうだが、おまえは、特別検疫を受けると承知したんだからな」
 不愉快を通り越して怒りが噴出しそうだった。
「どういう検査か、知っていたら!」
 バルシチスが睨んだ。
「知っていたら?来なかったのか」
 イージェンは黙った。来なかっただろう。しかし、それを口にするのははばかられた。バルシチスがカサンに何か渡した。
「レェィベルをシスーレに上げておいた。第四階層までの出入りが自由だ。研究室もユワンが使っていたところに移動するといい」
 カサンがうれしそうに受け取って頭を下げた。
「あ、ありがとうございます!」
 ちらっとイージェンを見たが、何も言わず部屋を出て行った。
 バルシチスが少し距離を置くかのように離れた。
「評議会が、おまえを審問すると言っているので、これから連れて行く」
 また扉の外に出た。今度は別のエレベェエタァでさらに上の階に上っていった。
 本当に評議会とやらの連中が俺と会うのか…?
 身体中の感覚が尖ってきた。手のひらが汗をかいていた。緊張しているのだ。黙って歩いていたバルシチスが急に話し掛けてきた。
「ティセアという女はどこにいる」
 イージェンの足が止まった。
「なぜ…それを」
 バルシチスも足を止めた。
「検疫中のことはヴィデェオで全て記録している」
 全て…。
もしやあの時、あの女たちもモニタで…。
こんな辱めを受けて冷静でいられるほど、イージェンも出来てはいない。恥ずかしさと怒りで身体が震える。
「どこにいるんだ」
 イージェンが殴りつけたい気持ちを抑えた。
「どこにいようと関係ないだろう」
 バルシチスが振り返った。
「おまえの脳波は、射精時とその前後以外はまったく乱れがなかった。どういうセルフコントロォオルの訓練をしてきたのか、知りたいもんだな」
 先を急ぐと言って歩き出したバルシチスの背を見ていて、思いついて尋ねた。
「まさか、そのヴィデェオ、ファランツェリも見るのか」
 バルシチスが振り返らずに答えた。
「おまえに興味があるから、ご覧になるだろうな」
「あの子に見られたくない」
 動揺せずにいられなかった。バルシチスが、冷たい目を向けた。
「ファランツェリ様は特別検疫の項目をご存知だ。当然精液の採取をすることもわかっておられる。おまえのマスタァベェエションを見てもなんとも思わんよ」
 もう限界だ。絶対逃げてやる。評議会の連中にひとこと言ってやって、この建物を粉々にして。ミッシレェのことなんか、もう知るか。全部仮面が始末すればいい。
 ようやく着いた扉の向こうは暗い部屋だった。高い天井で弱い灯りが照らしていた。その下に男が立っていた。バルシチスが呼びかけた。
「ジャイルジーン大教授」


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